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131.霜月家での新年①


車での移動から飛行機に乗り換えて、更に車での移動。やっと目的地である霜月家の実家に辿り着いたときには昼を過ぎていた。やっぱり移動に時間が掛かってしまうと実感したので計画の変更は必須かな。主に十二本家全部を回るのは止めようかと。


「お待ちしておりました。奥様とお嬢様方がお待ちです」


玄関口で待ち構えていた侍女たちに包囲されてしまった。晶さん達も隣にいるのだが、どうしてか一緒に侍女たちに捕まっている。どうやら巻き込まれるのが確定したな。俺に助けを求めるような顔をしているが、この状況だと無理だ。


「あの、ここまで囲まなくても」


「奥様から琴音様は逃亡する可能性もあるので気を付けることと申し上げられていましたので」


幾ら何でもここまでやってきたら逃げようとは思わない。どうにもあの家族は苦手だ。主に俺が振り回されてしまうのだが、常時高いあのテンションはどうにかならないのか。凜だけが対象外なのだが、あの子だって自分の為なら俺の事を平気で売るからな。


「それだったら護衛の人達は別行動でもいいのでは?」


「琴音様と一緒にやってきた方もお連れするように申し付けられております。私共はてっきりご友人の方だとばかり」


「それなら別行動でも」


「いえ、それには及びません」


諦めてくれ、晶さん。どうやらこの人たちは逃がしてくれないようだ。俺に出来るフォローはこれが限界である。あまり他の十二本家の敷地内で面倒事は起こしたくない。ここだけ法律が違うと言われても納得してしまうだけの権力を持っているから。


「琴音。俺達は何に巻き込まれるんだ?」


「それは私が知りたいくらいです」


「最初の家からこれはないと思うのだけど」


「諦めてください。相手が悪いです」


晶さん達も巻き込むような騒動とは一体何なのか。俺にだって予想が出来ない。危ないことではないと思うのだが、あの凜ですら今回の騒動には辟易している様子。そして茜さんですら近づこうとしないのが気になる。


「こちらで皆様がお待ちです」


案内された建物は本宅から少しばかり離れた場所に建てられていた。それなりに新しく、そして結構な大きさを誇っている。中からの音は一切聞こえない。そして何故か侍女たちがさっさと入れとばかりに背中を押してくる。意を決して扉を開けた先に見た光景は。


「にゃー!」


「「にゃー!」」


マイクを握り締め、訳分からない奇声を上げている霜月家族の姿だった。そっと扉を閉じて眉間を揉み解す。これが俺の見間違いだったと思いたいのだが、現実は非情だな。それに霜月家族以外にも全く知らない人達がかなり集まっていたようにも見えた。一言であの状態を言い表すなら。


「何でコンサートを開いているんだ」


「琴音。私にも同じものが見えたわ」


「十二本家は元旦にフェスでも開く決まりでもあるのか」


あまりの光景に素の言動を出してしまったが、二人もそれに気付くだけの余裕がなさそう。二人は十二本家の表側を知っているのかもしれないが、裏側の本性を直接見たことはないだろう。俺という例外もあるのだが、基本的に彼らは本性を人前で見せない。


「今回はいい経験ですね。十二本家の裏側をどんどん見ていきましょう」


「それってさ。私達に何かしらの影響はないのかしら」


「大いにあると思います。十二本家からのオファーが殺到するかもしれませんよ。本性を晒したのだから一切遠慮する必要がないと」


「「お断りだ!」」


稼ぐチャンスだというのに。本気で嫌がっているのは分かるけど、そこまで酷くはないと思う。霜月は人前にいれば大丈夫だし、文月は家族が揃わなければいける。一番危険度が高いのはやはり葉月か。凄いこき使われそうだ。


「ささ、遠慮せずに中へお入りください」


「ここの侍女は本当に容赦がありませんね!」


「あの方々を相手にしているのですから当然です」


数を揃えた理由が分かった。ドアを開けて、俺達を数で囲んで押し込む力業を行使する為だったのだ。普通に考えたらただ挨拶に来ただけの客人だぞ。それを相手に一切の遠慮もなく地獄へ放り込むかよ。そして霜月家族に発見されてしまった。


「アンちゃん、やっと来たのね!」


マイクで叫ばないでほしい。若干頭に響いて痛い。しかし広いホールだと思う。周りを見渡せば三十人くらいは観客がいるだろうか。その人達は椅子に座りながらテーブルに並べられた食べ物や飲み物で騒いでいるし。ステージには楽団ぽい人たちまで揃っている。


「何をやっているのでしょうね、この家は」


「琴音が特殊だと思っていたけど、他も酷いわね」


「俺達の持っていたイメージって何だったんだ」


この調子でどんどん十二本家のイメージを崩してほしい。そうじゃなければ対応だって遅れるから。だけど晶さん達が入れるのはここだけかもしれない。他の家だと入室禁止を言い渡されるのが普通なんだから。霜月家は特殊過ぎる。


「約束通り、ご挨拶にお伺いいたしました。新年あけまして、おめでとうございます」


「おめでとう。それじゃあ私と一緒にデュエットしようか。綾、マイクを寄こしなさい」


一切の脈絡もなく、綾先輩からマイクを渡された。しかもその綾先輩の顔が苦渋に染まっているの何故なのか。隣にいる凜はやれやれといった感じに肩を竦めているし。ここの家族関係はよく分からないな。


「綾姉は悔しいの。ママに認められている琴姉が」


「私だって独学で努力はしているのよ。それなのにママのお気に入りは琴音なんだから悔しいと思うじゃない。やっぱり才能なのかな」


「才能だけじゃないぞ。私だってクリスマス前はある人に頼んで特訓していたんだし」


人前で披露するのだから最大限の努力はしようと思った。だから白瀬に頼んでボイストレーニングだってやったし、歌唱のチェックだってしてもらっていた。相変わらずのダメ出しの嵐だったけど、琴音の方がいい声が出ていると変な褒められ方をしたな。


「アンちゃんの場合は下地が出来上がっていたのが大きいと思うわよ。日々の努力の積み重ねこそ大事なのだから」


「才能だけに頼っていても限界はある。努力しないと錆びるし、上昇だってしない。それは当たり前の事だろ」


「この二人に正論を言われても、腹立たしさが前面に出て来るわ」


何でだよ。俺は白瀬の鬼のような特訓を生前にやっていたからやれているだけの話だ。あれがなかったら幾ら琴音のスペックが高くてもまともに歌えるとは思えない。真面目に将来で何が役立つのか分からないな。


「それでこの惨状は何なんですか?」


「霜月家恒例の新年コンサートだけど、何か問題がある?」


綾先輩にさも当然のように言われても反応に困る。発端となったのは確実にシェリーの所為だろう。そしてその為だけにこの建物は建てられた。完全防音とは恐れ入るよ。外には一切音が漏れていないのは確認済み。金の使い方を絶対に間違えている。


「茜さんが来ないのは?」


「私の悪乗りが過ぎちゃってね。今は反省しているのよ。ちょーと歌わせ過ぎたのを」


原因はシェリーかよ。あんたのちょっとは常人にとっては厳しいだろ。プロの歌手の喉と一般人の喉は強度が違うのだから。しかも妻が悪乗りしだしたら、その家族だって一緒に乗っかってくる。旦那の姿が見えないのは不思議に思うけど。


「ご主人はどうしたのですか?」


「あっちでクールタイム中。いの一番に騒ぐのに、速攻で落ちるのはどうなのかしらね」


すでに喉が死んだのか。まだ昼を回ったくらいなのに、一体何時からこの宴は始まったんだ。そして先程からぐいぐいと凜により背中を押されているのだが、俺の必死の抵抗によりステージは空になっている。


「琴姉。諦めて上がって」


「嫌だ。何で恥を晒さないといけない」


「此処に来た時点で覚悟は決まっていると思ったのに」


「誰がこんな惨状を予見するんだよ。分かっていたら日程をずらしていたのに」


「だから教えなかった」


確信犯なのは扉を開けた時点で知っていた。俺の性格を把握していたからこそ霜月の誰もが事前情報を教えなかったのだろう。何でこれだけの面子が揃っている状態で歌わないといけない。霜月家だけだったならまだ妥協していたのに。


「大体あの人たちは誰だよ」


「ママの事務所に所属している人達よ。時間を空けるのは勿体ないから私も手伝うわ」


更に綾先輩まで俺の背を押すのを手伝いだして観念した。流石に二人は無理だ。絶対に一曲歌った程度では解放してくれないだろう。それだったらもう覚悟を決めて馬鹿になった方が精神上、楽になれるかもしれない。


「もうヤケクソだ!」


「私と話題のアンノーンによるデュエットよ! 聞く準備はいいわね!」


「「「イエェーイ!!」」」


シェリーに感化されたのか会場の盛り上がりが凄い。顔すらも隠さないで歌うのはこれが初めてだけど、俺のデビューがこれでいいのかよ。それに唯さんにだって許可を取っていないけど。今更の話か。


「これ、ネット中継とかしてないですよね?」


「するわけないわよ。これは完璧オフの娯楽なんだから」


「娯楽に全力を出し過ぎです」


要望を出したのはシェリーであり、それを実行してしまったのが旦那なのは分かり切っている。下手に資金が潤沢にあるのだから多少の融通が利いてしまう。やりたい放題にも限度があるだろ。


「でも参加者が呟く可能性はあるわね。撮影とかは禁止にしているけど、その位は許容しているから」


「それで情報が漏れたのですか」


美咲が少しだけ情報を知っていたのはその所為か。相変わらずよく分からない情報統制でシャットアウトしていると思ったのに。それでも顔がばれないだけマシかも。ここにいる観客には知られてしまったけど。


「一曲目はやっぱりあの時の曲にしましょう。私もアンちゃんも全力で歌っていなかったから」


「修学旅行のあれですか。サポートするのが目的でしたから確かに全力で前に出ようとはしなかったですね」


合唱部を盛り立てるのが目的だったのだから、俺もシェリーもそちらを意識していた。だから歌い方も違っていたし、自分自身が全力を出していない。あれで全力を出していたら合唱部を食い散らかしていたからな。


「歌詞を忘れていたらモニターがあるから見ていいわよ。それじゃいっくわよー!」


足元にモニターが設置されていた。確かにこれならば歌詞をうろ覚えの曲であろうとも歌えてしまう。カラオケボックスの感覚でも歌えるのは良いのだが、後ろの楽団はどうするのだ。ただの置物じゃないよな。


それから五曲ぐらいは歌わされただろうか。曲が終わったら逃げようとしたのだが、襟首を掴まれて強制的に次の曲に付き合わされるを繰り返した結果だ。断じて興が乗って騒いだわけではない。


「確かにこれなら茜さんが逃げ出すのも分かる」


「アカ姉の最高連続は九回だったかな。最後辺りは死にそうな顔をしていた」


現在は一席を貸してもらい、凜からの飲み物で喉を潤しているのだが柑橘系は駄目だろ。文字通り染みる。確認せずに飲んだ俺も悪いのだが、軽くむせたぞ。炭酸系統だったら盛大にむせていたな。


「琴姉のおかげで私の被害が減ったよ。感謝感謝」


「私と入れ代わりに綾先輩が上がったけど、よく付き合えるな」


「あれは意地だと思う。喉の強さでいけば、ママは化物レベルだから」


それは痛感したな。本気で歌えば喉の疲労は尋常じゃないのに全然余裕そうなのが凄い。俺なんて休憩を挟まないとやってられないというのに。これを勇実もやっていると考えれば、プロってやっぱり凄いんだな。


「このままひっそりと帰れば怒られるかな?」


「追手を差し向ける。しかも全力で。私も密告する」


逃亡は許されないらしい。十二本家の本気から逃げられる気が全くしないぞ。それでもタイムリミットを設定したのだが、それがせめてもの救いか。嫌な予感しかしないけど。

暑くてダラーとしていたら母の「あっ」という声と共に、

麺つゆを頭から被せられました。

日常にコントを混ぜるのは止めてもらえないでしょうか。

そんな夏を過ごしております。

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