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130.新年は逃亡から始まる


新たな年を迎えた元旦。早めの起床と同時に朝食の用意を始める。パンを焼き、その上にカリっと焼いたベーコン。そして目玉焼き。冷蔵庫の中身は好きに使ってもよいと許可を頂いているので遠慮はしない。


「帽子、サングラス、マスク良し。それでは行きましょうか」


顔が見えないように変装し、体形も隠れるような大きめのコート。これは昨日、喫茶店を出る時と同じ格好。まずは相手の目を騙す必要があるらしいけど、本当にこの程度の変装でだますことが出来るのか疑問でもある。


「施錠の確認も良し」


玄関が開かないのも確認した。これから数日とはいえ、この部屋に誰かが出入りすることはない。もしいたとしたらそれは犯罪者であり、即通報する必要がある。たとえそれが護衛会社の人間であろうとも容赦しない。


「如月琴音様ですね。御当主様がお呼びです。私共と一緒に来ていただきましょう」


「怪しげな人物に同行する必要があるでしょうか」


まずは身元を証明するものの提示が必要だというのにそんなことをしない連中に腹が立つ。自分達が当たり前であると思っているこの連中を私も好きではない。虎の威を借りる狐とはまさに彼らの事だろう。


「それに私はお嬢様ではありません」


変装一式を外す。私はお嬢様に頼まれて今回の計画に参加している侍女。こんな安直な手が通じる相手だとは私も思わなかった。お嬢様にはまだ他の思惑があったのかもしれないけど、護衛がこの程度で騙されてどうするのか。


「如月琴音は何処だ!」


「私が申しあげる必要があるのでしょうか。逃げたお嬢様を追うのが貴方たちの仕事だと思います」


私の変装に驚き、激昂している貴方が無能であるのは間違いない。お嬢様に元々付いている方々ならこのような手に引っ掛かることもなかったと思う。お嬢様に手を焼いているのだから、まずは疑ってかかるはず。


「早くしないとお嬢様は手の届かない場所へと行かれるかもしませんよ」


すでに手遅れなのを私は知っている。私が部屋を出た時間はお嬢様が動かれた後を想定したものとなっている。だから彼らが喫茶店に至急向かってもすでにそこにはお嬢様はいない。今頃は迎えの車に乗って目的地へと向かっているはず。


「それでは私もお屋敷での準備がありますのでこれで失礼致します」


この連中に構っている暇はない。元日ともなれば挨拶に赴く様々な方への対応が私を待っているのだ。ちゃんと仕事をしないとお母さんからどのような折檻が与えられるのか。だからこそ私は真面目に働く。そしてお嬢様からの報酬にも期待している。


「お嬢様。どうかご無事の帰還をお待ちしております」


ケーキを忘れずに。


------


元日の朝と言えばやっぱりお餅を食べなければ。香織の家で朝食を頂き、現在は迎えにやってきた霜月家の車で移動中。運転手も俺の知っている人物ではないのだが、ちゃんと証明できるものを提示してくれたから大丈夫だろう。何で俺とシェリーのツーショットが証明代わりになっているのかは謎だけど。


『獲物が餌に食いついたわよ』


「やっぱりというかちゃんと騙されてくれたようですね」


移動の最中に晶さんから報告を受けた。あの連中が昨日から俺の監視を始めていたのは教えられていたのだ。その間、本来ならば休暇となる晶さん達が連中の動向を監視していた。正月だというのに休みが無くて本当に申し訳ない。


『それにしてもこんな手に引っ掛かるなんて信じられないわね』


「私と直接の面識がありませんから。あとは侮っていたのでしょうね。所詮は令嬢のやりそうなことだと」


普通の令嬢ならば変装して相手を騙す程度までは考えるだろう。今回の手法はそれに入れ替えも追加した。俺と美咲を入れ替え、姿を隠しただけ。香織の家で晩餐に参加するのは予定外だったので少しだけ計画も修正した。本来ならば俺と美咲の入れ替えは部屋を出てからやるつもりだったのだ。


「彼らにしてみれば部屋で一日過ごしたのだから本人だと思ったのでしょう」


『普通ならそうね。私達なら琴音が変装している時点で疑うわ。絶対に何かしらやらかすと。あの状態だと喫茶店周辺に人員を配置するわね。もちろん部屋の監視も怠らないけど』


騙されない人達の対応がこれである。晶さん達を騙して逃亡するならば本格的に行動しないといけない。用意する人材だって雇わないといけない。だからこそ他の十二本家に協力を要請しないといけなくなるのだ。俺一人だけだと絶対に無理がある。


『私達が追手だとしたらどうするつもりだったの?』


「最初は変わりませんね。私自身が部屋に戻るのは必須です。あとは変装して部屋を出て、外に出た瞬間に全力疾走で逃亡を図ります」


『それだと簡単に捕まるわよ』


「途中で分裂します。私と同じくらいの体形に、服装も一緒の人材の方々と。あとは人通りが多い場所まで辿り着ければいいでしょうか」


『それでも結果は変わらないと思うわよ。人員が分散することになるだろうけど、簡単には見失わないわ』


「本人が全く別の場所にいたとしてもですか?」


『は?』


逃亡に本人が参加してしまってはいずれ捕まってしまう。そんなことは承知している。晶さん達ならば変装を解くまでは絶対に疑い続けるのは分かっている。目的は戦力の分散。人数が多いだけ俺の不利は変わらない。


「エレベーターで私との入れ代わりが発生しています。本人は逃亡せずに、管理人さんへ新年の挨拶。特に管理人さんの部屋は出入りすら外からは見えませんから」


『ちょっと待ちなさい』


「しかも管理人さんの部屋は一階部分。窓から外へ出るのだって可能です」


『それは卑怯だと思うわよ!?』


人員を分散させた目的はマンションを監視している人数を減らす為。出入口は必ず監視されているはずだから、部屋の窓という裏側を攻める。全くの正反対ともなれば穴だって空くはずだ。あとは待機されている車に乗り込めれば完成である。


「こんなところでしょうか。幾らか修正する点はありそうですけど」


『琴音の行動をそこまで読める人材はうちにはいないわよ』


いたら怖い。それにここまでやってもおじさんに読まれている可能性だってある。最初の逃亡した人がフェイクであると感付かれる可能性は高いだろうな。あの人が相手ならばかなりの無理矢理を押し通す必要が出てきてしまう。騙すのではなく、力ずくで突破するのだ。


『私達からしたら琴音が逃亡した時点で減俸ものよ。それを理解して頂戴』


「京都での一件はどうでしたか?」


『処分は免れたわ。琴音の身に何も起きなかったこと。最後には捕まえられたこと。あとは部長からの口利きで難を逃れたわよ」


それは良かった。俺の思い付きで被害がいったのでは申し訳なく思ってしまう。だったらやるなと言われるだろうが、それとこれとは話が違う。衝動に負けてしまうのが魔窟出身者の宿命なのだ。俺だって例外ではない。


「私の気遣いが生きましたね」


『あれは私達にとって屈辱だったわよ。素人に負けるとかあってはならないのよ』


「相手が悪かったですね」


『部長にも言われたわよ。あれは災害だと思って諦めろと』


本当にあれは相手が悪かった。逃亡に関しては瑠々がいる時点で負けるのが確定してしまう。そこに文科系の動けない連中が加わればまだ足を引っ張ったかもしれないが、同行しているのが俺と奈子だったからな。瑠々の動きに合わせるのはそれほど苦ではなかった。


『それに私達が相手の場合を想定していたみたいだけど、何か規模が違わない?』


「晶さん達には手の内を一度見せていますから。警戒心を与えてしまった人たちにはそれ相応の対応をします」


『最初のがノーマルで、次はハードとか。私達からしたら最初からハードモードみたいなものだったわよ』


いや、あれはイージーだった。だって俺からヒントを何度も送っていたのだ。ハードなら魔窟の連中を何人か借り入れるくらいかな。今だと十二本家が俺と誰かが揃った状態かもしれない。その上になると俺ですら想像できないな。


『監視員から連絡が来たわ。琴音の部屋に侵入しようとしているみたいだけどどうする?』


「管理人さんが同行していますか?」


『防ごうとしているわね。本人からの許可もなく、ましてや家族でもない人間を普通なら入れようとしないわよ。しかも完璧な越権行為ね』


護衛がそこまでしていいわけがない。俺の行き先の手掛かりを探そうとしているのだろうが、部屋への侵入を許していいなんて俺だって思わない。そこから先は警察の領分なのだから。馬鹿もここまで来ると怒りすらしないな。


「では予定通り警察の出番ですね」


『真面目に警察を待機させているなんて思わなかったわよ。本当に琴音の交友関係はどうなっているの?』


「別にこれは母に頼んでいただけです。護衛が馬鹿な真似をしないようにと思って。喫茶店にも配置してもらっています」


今日は権力だろうが何だろうが利用させてもらうと決めていたのだ。俺の影響で友人や知り合いに迷惑が掛かるくらいならプライドなんて捨ててでも相手を落とし込む。やると決めたならとことんまで敵対してやる。


『撤退を確認。何人か連れて行かれたわね。事情聴取は確実かな』


「母の名前を使っていますから、当主である父を出しても効力は薄いでしょう。不法侵入で罪科一つ目ですね」


『もしかしてまだ何かを仕掛けている訳じゃないわよね?』


「私としてはこの位ですね。あとはあちらが勝手に自爆するかもしれません」


俺を探し出すために十二本家へ突撃してくれるのが理想である。その場合は会社ごと存在が消滅するだろうけど。流石に俺だってそこまでの仕掛けを用意している訳がない。だからこれは願望なのだ。


『本当に琴音を敵に回したくはないわね。被害甚大で再建不能レベルにまで持っていかれそうよ』


「大概の十二本家なら私以上の被害をもたらすと思いますよ。私なんてまだまだです」


『個人としての話よ。確かに十二本家なら会社を潰すのだって簡単かもしれない。だけどそれは名前と権力があるからこそ。琴音の場合は一人だとしても戦うだろうし、その為に交友関係をフルに使うでしょ。以前の人達を使われたら私達だって危ないわ』


個人だとしても一社くらいなら罠に陥れることは可能である。その場合は魔窟の連中を総動員する必要があるけど。私としての戦力ではやはり十二本家が一番強い。俺としての戦力ならば魔窟である。そしてまだ動かし方を分かるのが後者なのだ。


『私達に被害がないのであれば何でもいいけど』


「もしかしたら私が赴く十二本家の騒動に巻き込まれる可能性だってあるかもしれませんよ」


『ちょっと待った!? それは聞いていないわよ!?』


話していないからな。それにこれに関しては不確定要素が多すぎて俺にだって判断できない。本来ならば事情を話してある十二本家の外で待機してもらう手筈になっている。例外的に中へと招待される可能性はある。面白がってやる十二本家の心当たりが有り過ぎて困るのだが。


「一応、そうならないようにフォローはします」


『頼むわよ。新年早々に厄介事へ巻き込まれたくはないわ』


「すでに巻き込まれているのを理解してください」


逃亡を手助けしている時点で十分巻き込まれているのだ。下手したら会社同士の抗争に発展しそう事案だというのにおじさんは意外と乗り気だった。それが少しだけ気になる点ではあるが、今はそれを考えても仕方ない。


『監視員から報告。喫茶店への移動を確認。しかも結構な人数を動員しているみたいよ』


「簡単に罠へと掛かってくれますね。スマホの位置情報を活用したのでしょうけど」


『琴音がそんな安易な手を想定していないわけがないわね』


「すでに他の十二本家の手の者を配備済みです。あそこだけは何としてでも死守させてもらいます」


『琴音が怖いわ』


警察と十二本家による二重防備。これを突破できる人間は存在しない。私物のスマホは香織へ預けてある。あれを持っているだけで俺の位置が把握される恐れがあるから。現在使っているのは晶さんの会社から支給されたもの。これにより俺が何処にいるのか晶さん達は把握できる。本当の逃亡を阻止するのが目的だろう。


「今回ばかりは私を見失うと後が大変ですからね」


『県すら越えてしまうのだから仕方ないわね。移動距離が半端ないわ』


十二本家の実家が遠いせいである。これで移動手段をあちらが用意してくれなかったら他の隠れ蓑を探す必要があった。車に新幹線、果てはヘリに飛行機。何でもありの今回の行程。晶さん達もそれに付き合うのだから大変である。


「まず向かうのは霜月家です。晶さん達も覚悟してください」


『何が待っているのよ』


それは俺が知りたいくらいだ。他の人達から脅かされている分、俺にだって恐怖はある。精神的に疲労するだろうなと。

活動報告にコメントを送って頂きありがとうございます。

ただ気分だけで書いたものだったので続きを書くつもりはなかったのですが、

その内、書くことにします。それがいつになるのかは未定ですけど。

相変わらず活動報告で自分の首を絞めている気がします。


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