129.大晦日の振り返り
十二本家騒乱編スタートです。
時は大晦日。今年が終わり、新しい年を迎える。午前中に自室の掃除を終えて、午後からは喫茶店の掃除へと参加している最中。計画自体はすでに実行するまでやることがない。だから普通に過ごせている。
「こんなところでしょうか」
「やっぱり人数が多いと掃除も早く終わるな。去年なんて倍以上掛かったぞ」
そりゃ俺の他にも美咲が参加しているからな。あれだって本職は侍女だ。掃除に関しては俺達の誰よりもプロである。問題があるとすれば本人のやる気次第というのもあるが、美咲に関してはそこら辺が扱いやすい。
「それじゃ最後に一服して終わりにしよう」
「待っていました!」
現金なもので最後にデザートが出てくるぞと話したら是が非でも参加すると鼻息荒く宣言したからな。こき使っている自覚はあるのだが、本人が幸せそうなので俺からは何も言わない。これからもこき使う予定はあるだろうから。
「今年もこれで終わりなんですね」
「今年は良い年だったと思うぞ。有望なバイトを雇うことが出来たしな」
「香織にとっても親友が出来て、良かったんじゃない?」
「確かに琴音と出会えたことは良かったけど。最後辺りは色々と巻き込まれた気がするわ」
最初の頃は俺も大人しかったと思う。琴音の中へと入ってしまって、適応するのに時間が掛かってしまったから。別に琴音を真似るようなことはしなかったら、順応するのは簡単だった。素が俺だし。だけど人の出会いは恵まれていたと思う。
「上客が増えて、私としても半端な品は出せなくなったわね」
「母さんは最初からそんなもの出さないじゃない」
だからこそ舌の肥えた十二本家の人達だって沙織さんが作るデザートを所望するのだ。幾らなんでも俺がいるというだけで通ったりはしない。その味に満足しているからこそ、ここへ現れるのだ。俺の存在は一種の招き猫と化している。
「すっごく美味しいです!」
「お前は黙って食え」
気に入っているからこそ美咲を呼び出せたともいえる。ここに呼ぶ場合はデザートを用意しないと渋るようになってしまったからな。教育方針を間違ってしまったのかもしれないが、ちょろさは上がってしまった。
「そういえば良かったのですか。私が大晦日の晩餐に参加しても」
「部屋に居ても一人だって言っていたじゃない。なら招待しても問題ないわよね」
「そうだけどさ」
隣人である茜さん達は実家に帰省している。実家と言っても霜月家ではない。茜さんの方へ。何やら思惑があるらしく、正月には霜月家へは近寄りたくないらしい。どうやらそれが毎年の事のそうだ。一体何があるんだよ。
「あそこで一体何が行われるんだ」
「茜さんと霜月の人たちって仲が良かったわよね。それなのに茜さんでも近寄りたくないとか普通じゃないわね」
「業界では有名ですよ。元日に霜月家へ近寄るべからずと」
「美咲。その話を詳しく」
早急に対策を立てておかないと大変な事態へ巻き込まれそうな気がする。少しでも情報を知っている美咲からある程度は引き出しておかないと。約束しているだけに行かないという選択肢は存在しないのだから。
「内情は知りません。ただ、お嬢様はすでに手遅れかと思われます」
「そんなことは知っている」
明日、霜月家から送迎用の車がやってくるのを告げられている。逃亡したとしても何処までも追いかけられるのは確定なのだ。実家からの追手と、霜月家からの追手の二つを相手にするのは幾ら何でも無理がある。
「でも琴音がやろうとしているのも無謀よね。知り合っている十二本家へ新年の挨拶をしに行くとか」
「全部を回れるかどうかは分からないけどな。それぞれの家自体が遠い場合もあるから」
学園へ通うために近場に家を持っている場合が多い。正月となれば実家の方へと帰省している可能性もある。なるべく挨拶に回ろうとするのだが、移動手段が限られている俺からしたら不可能に近い。
「霜月と文月は確定だな。後は葉月家も訪ねないと先輩が五月蠅そうだ」
「前者二つに関しては行かないと追手が掛かりそうね。約束しているだけに」
「隠れ蓑としてはこの上ないのに。その為の代償が一体何なのかが分からない不安がある」
追手だって十二本家の家にまで押し込んでは来ないはず。それこそ俺の知る家々なら様々な理由をつけて撃退する方向へと傾くのが分かっている。新年早々に争いごとは見たくないのだが、馬鹿をやるのに変わりはない。
「ですがお嬢様。実家には顔を出してください。旦那様の機嫌が日増しに悪くなるのは私達使用人にとっては胃の痛い日々なのですから」
「そんなものは知らない」
「お嬢様の噂は祖父母様にも届いているのです。お二方ともお嬢様と会える日を楽しみにしているのですよ」
「勝手にすればいい」
「意固地にならないでください」
いや、計画的に実家へは戻るさ。そうしなければ父親を殴れないのだから。それがいつになるのかは俺にだって予想が立てられずにいる。最初の逃亡は計画的なのだが、その後は随分とアバウトなもの。他の十二本家の行動が予測できない為である。
「母さんには私の連絡先を教えているから。最終手段に使ってくれればいい」
「お嬢様が拒否するかもしれないじゃないですか」
「いや、どちらかというと身動き取れなくなっている可能性の方が高い」
「あっ、お察しします」
十二本家と関わるのだ。何が起こるのか分からない。それに俺だって十二本家全部の特性を知っている訳じゃない。特に葉月や、何やら裏のありそうな長月が当て嵌まる。兄弟で性格に差が有り過ぎるから。
「なるようにしかならない。明日は覚悟を決めるさ」
「琴音なら何だかんだと楽しみそうだけどね」
そうでもないとやっていられないからな。何を用意されているか分からない霜月家、煩わしい父親がいる文月家と予想が出来ない場所ばかり。葉月家だって何をやらかしてくれるのか全然予測が立たない。そんな魔境へと進んで赴く俺も大概おかしいな。
「そろそろ帰宅時間だな。美咲、あとは頼んだ」
「本当にやるのですか?」
「約束しただろ。報酬はケーキ、ワンホールで」
「それで了承するのもどうなのよ」
最近になると美咲へ対する香織の反応も辛辣になりつつある。遭遇した回数なんてそれほど多くはないのに。あれか、俺のやらかしに巻き込まれて何かの変化でもあったか。以前のクラスでも性格が豹変した奴もいたからな。
「上手くいく保証はあるのでしょうか」
「駄目なら他の方法を試すまでだ。確率的には成功するとは思うけど。色々と協力を取り付けているからな」
晶さん達ですら協力者になってくれたのだ。彼女たちにとっても俺が一人で行動するのは責任の関係上、不味いと判断したらしい。殆ど部長であるおじさんの考えであると思うけど。俺のやらかしを身近で見ていたのだから危険性を感じたのかもしれない。
「美咲に危険はないから安心しろ。最悪な事態になったら私自身が動くから」
「お嬢様が動かれますと更にややこしい事態に発展しますのでお止めください」
「大物が動き出す可能性は高いわね。その場合は琴音が責任を取って止めるのよ」
それを言われると俺は何もできないのだが。過去の奴らだって有名なのが多い上に、現在の連中だと十二本家が率先して首を突っ込んできそうだ。それこそ約束の関係上、霜月と文月が地雷になりかねない。
「成功するのを祈ろう」
「結局それしかないわね」
「それではお嬢様。ご武運を」
去っていく美咲に祈りを込めておく。絶対に計画が成功するようにと。計画の進行上、不確定要素は排除しておきたい。でもそんなことはできない。排除しようにもほぼ無理。やった場合は十二本家同士の全面戦争になる可能性だってある。
「よし、晩餐の準備をしよう」
「考えを放棄したわね。それじゃ母さんの手伝いでもしようかな」
これ以上は運を天に任せるしかない。成功したとしても事態は悪化するし、裏でどのような動きが発生するのかも分からない。だったら考えを放棄して自分の事だけを考えた方がいい。
「それじゃ、本年お疲れ様だった!」
「「「かんぱーい!」」」
店長の音頭と共に今年最後の食事が始まった。テーブルの上には様々な料理が並べられ、店長と沙織さんはビールを。俺と香織はジュースを呑みながら料理に舌鼓を打っている。やっぱり沙織さんの料理は美味しい。俺がこの域に達するのはいつになるのやら。
「やっぱり、沙織さんの料理は美味しい」
「相変わらず琴音は幸せそうに食べるわね。最初に出会った頃を思い出すわ」
あの当時は将来についての不安を忘れようとしたのだったか。突如として女性として生まれ変わったようなものだから、環境の変化について忘れようとしていた。結局は琴音という立場から抜け出すわけにもいかなくなったのだが。俺らしく行動するのもあの日から始まったんだな。
「今年一年を振り返ってみると色々と濃かったような気がする」
「最初の頃は私もあまり巻き込まれていなかったけど、最後辺りは確かに濃かったわね」
「まさか香織がテレビに映るなんて思わなかったな」
「私としては琴音が歌手デビューしたというのが信じられないわね」
まだデビューしていないのだが。だけど母が正式に許可を貰ったら事務所に所属することにはなる。将来の選択肢の一つではあるのだが、俺一人がステージに立つのには抵抗がある。やっぱり誰かが隣にいないと安心できない。
「来年も琴音にとってはイベント尽くしだと思うわよ」
「止めてくれ。すでにそっち関係は過食気味なのに」
「だって皐月家の結婚式でしょ。バレンタインに卒業式。それに入学式では双子だって来るのだから何かが起こっても不思議じゃないわ」
それを考えると嫌な予感しかしない。別に普通に過ごしている分には問題なんて起こるはずがない。だけど最近だとイベントと俺が揃うと相乗効果で何かが発生する確率が爆発的に上がってしまう。平穏が欲しいよ。
「でも皐月家の結婚式だって招待状が必ず来るわけじゃないし」
「学園長と佐伯先生が琴音を招待しないわけがないじゃない。一番の立役者なんだから」
「バレンタインだって私は女性なんだから贈る側じゃないか」
「最近だと関係なくなっている気がするわ。本人は知らないだろうけど、琴音の人気は女子たちにも高いのよ」
知りたくなかった情報だよ。あれか、行動が男らしいとかそんな理由だろうか。注目を集めるような行動をしていた自覚はある。主に生徒会の連中が俺のイメージ改善の為に動いていた為なのだが。あれで本当に効果があったのかは謎である。
「卒業式だって葉月先輩が何もしない訳がないじゃない。それにシェリーだってやってくるかもしれないのよ。琴音が巻き込まれるの確定じゃない」
「その二人が揃った場合、私に逃げ道は一切残されていないのだが」
確実に振り回されるのが確定してしまう。卒業式ならば親だってやってくるだろうから、シェリーがやって来ない訳がない。他の十二本家だって巻き込んで大変な事態へ発展しても不思議じゃないよな。そこに俺が含まれないはずもないか。
「平穏はないのか」
「その内落ち着くんじゃないかな。主に葉月先輩と霜月先輩が卒業したら」
やっぱり原因はあの二人か。俺から率先して問題を起こすような行動はあまりしていない。殆どあの二人がきっかけで巻き込まれていたようなものだ。他の十二本家は比較的大人しいから、来年は少しだけ平和になるかもしれない。
「琴音。紅白始まっているんじゃないか?」
「馬鹿達の雄姿を見ておきますか」
テレビをつけてみれば、まだ始まったばかり。あいつ等の順番は最初の方であったはずだから間に合いはしたか。大御所といえるほどあいつ等の実力もまだまだということだな。
「緊張しているな」
「分かるの?」
「それなりに付き合いはあるからな」
あいつ等の癖だって知っている。特に勇実なんて赤ん坊の頃からの付き合いだ。何を思っているかは何となく察しが付く。流石にあんな大舞台に立っていたら馬鹿達でも緊張するんだろうな。対策は打ってあるけど。
『イグジストの皆様宛にシェリーとアンノーンより応援のメッセージが届いております』
「いつの間に」
「一昨日くらいに。どうせ緊張してるだろうから、一言位伝えておこうかと」
『無様な姿を見せないことね。笑いを期待している。あの、お二方と仲が悪いのですか?』
「応援?」
「普通じゃつまらないし、あいつ等には発破を掛けておいた方がいいんだよ」
ほら、あのやる気に満ちた顔を見ろよ。緊張なんか吹っ飛んで、今に見ていろといった感じかな。普通に応援したらさらに緊張するか、安堵して緊張の糸が切れるかもしれない。だからあえてあのセリフを送っておいたのだ。
「空回りするんじゃない?」
「それならお茶の間に笑いを提供したと思えばいいさ」
記念にはなるだろ。紅白に初めて出場して笑いを提供するなんて。本人達にとってはそれどころじゃないし、所属している事務所はもっと大変な目に合うだろうけど。それでもあいつ等らしいと思えるのは同級生たち位だな。
「ちっ、笑う場面がなかった」
「応援していたんじゃないの」
応援はしていたさ。それでも笑いを求めてしまうのはあいつ等の行動を知っている為でもある。恐らく、魔窟の連中たちは俺と同じ意見を言っていたと思う。何故かあのやりきったという表情が腹立たしくなるのだ。どや顔を見せるなと。
その後は特に何もなくゆっくりとした時間が流れるだけ。俺や香織にとってこれが嵐の前の静けさであるのは察しがついている。全ては新年初めに起こってしまう、俺の行動が原因なのだ。失敗すればそれまで。下手をしたら十二本家の連中が俺の奪取に動き出しかねない。それでも。
「新年あけましておめでとう、琴音。これからもよろしくね」
「こちらこそ、香織」
新年の最初位は平穏を感じよう。そして馬鹿騒ぎの幕開けまであとわずか。
良い事もあれば悪いこともあるです。
良い事、PS4が飲み込んでいたディスクを吐き出しました。
原因は不明です。
悪い事、やったーと思っていたら家の床が抜けました。
原因、老朽化です。




