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125.聖夜前夜の幕間


クリスマスイブを成功させるために下準備をしたり、正月の計画の為に各方面への連絡を取ったりしていたらあっという間に告白当日を迎えてしまった。その際に貯蓄を計算したのだが、やっぱり出費が予定よりも多いことに頭を悩ませる。


「美味しいものを食べて気分を変えよう」


「本当に忙しそうだったわね。誰に連絡を取っていたのかは分からないけど」


計画の詳細を話したとしても誰にどんな話をしているのかまでは教えていない。もしかしたら巻き込む可能性だってあるからな。正直、今回の計画に香織を巻き込むと下手したら彼女が危険な目に遭うかもしれないから。


「難色を示す人もいたけど、そこは何とかしたな。大体の下ごしらえは終わったと思う」


大歓迎の人物や、それこそ計画を止めようとする人物もいた。ごり押したり、条件を提示したりと様々な方法で了承を取り付けたけど結構疲れたな。でもおかげで当日は最初さえ乗り越えれば、後は何とでもなる感じにはなったはず。


「それで迎えの車はまだなの?」


「もう少しだと思う。でもその恰好の香織も新鮮だな」


「琴音もね」


お互いに恰好は瑞樹さんが一番お勧めした服装をしている。二人とも大人の雰囲気を意識したカジュアルな恰好。きっちりとしたものもあったのだが、主役の人達よりも目立ってしまえば台無しになってしまうから。


「お互いにこんな日を迎えるなんて最初の頃は思わなかったな」


「普通に学生としての友達で終わると思っていたのは確かね」


「最初の出会いも普通じゃなかったし」


「友達でもないのに家でご飯食べたりね。新しいバイトの人だとは思ったけど、それが同い年でしかも如月だとは思いもしなかったわよ」


それはあれか。香織も初対面の時は俺の事を年上だと思っていたのか。そうなると誰も初対面の時に俺の年齢を当てた人はいないことになってしまうのだが。しかし香織の初対面は最初から結構きつめだったような。


「香織は人見知りなのか?」


「そうかもしれないわね。琴音のおかげでそんなこともなくなったけど」


「何で?」


「あそこまで年上相手に堂々と話している姿を見ていたら、将来的に私もそうならないといけないと思ったのよ」


社会人としては必須スキルでもある。目上の人相手に仕事するなんて普通だからな。俺が普通に話せるのはその延長線上でしかない。立場的に俺の方が畏まられる場合が多いけど、俺としてはそんな立場が好きではない。


「香織は喫茶店を継ぐと聞いたけど」


「隠している訳じゃないからいいけど。他の選択肢を探す気すらないわね」


「どっちを継ぐんだ?」


店長はお店の経営と飲み物関係の知識。沙織さんは軽食やデザートの知識と腕前が必要となる。両方を取得するのは時間としても厳しいうえに、あそこをたった一人で支えていくのはほぼ不可能に近い。


「母さんの方。学園を卒業したら専門学校に進むつもり」


「なるほど。やっぱり学園卒業後はそれぞれの道か。晴美や宮古だって何かしら考えているだろうな」


「二年生も終わりそうだからね。進学か就職かを考える時期はもう過ぎていると思うわよ」


「私は何も考えていないけどな」


「意外ね。琴音なら色々と計画を組んでいると思ったわよ」


実家を継ぐという道は絶たれている。だけどそれ以外の道は想像以上に多い。何個かありえないものも存在しているが、可能性として考えるならば候補に入る。ただ十二本家が絡んでいる道もあるから外堀を埋められるかもしれない。


「私は正月の件を片付けるまでは将来を考えないようにしている」


「いや、父親を殴るまで将来を考えないとか異常だからね」


「それは分かっているんだけど。性分だから仕方ない」


総司の頃から家族関係で問題を抱えているからな。特に捨てた母親とか、家族を見放している父親とか。それらの所為で鬱憤が溜まっているのが原因だろう。だからこそ一発入れないと気が済まない。


「でもそれが片付いたら将来を考えるのよね?」


「私が私でいられたらな。その時は腹を括って為すべきことをなさないと」


「どういう意味よ」


「それは秘密で」


未来がどうなるかなんて分からない。こんな状態になるなんて総司の頃から思ったことはない。だから未来で俺がどうなるのかも未定だ。消えるのか、それとも残って天寿を全うするのか。どちらにせよ、その時は真剣に考えるさ。


「迎えが来たな」


「当然のようにリムジンなのが納得できないわね」


俺も普通の車の方が良かった。そこら辺の気遣いが出来ないのは十二本家の特色なのだろうか。何で普通の学生が背伸びして大人びた格好しているのに、リムジンで移動しないといけない。明らかに場違いだ。


「金持ちの感覚は私達と違うな」


「琴音もそこに入るはずだけど。でも、何だろう。琴音がお金持ちになる姿が想像できないわ」


「それは仕方ない。だって私だし」


今までそんな姿を見せた覚えはあるが、いつもの俺の姿の印象が強すぎて上書きされない。無駄に使えるお金もないし、自身で稼いだお金だって生活の一部として使っているに過ぎない。実家からの仕送りも続いているが、なるべく貯蓄に回そうと思っている。


「これから行く場所のお店って星二つのあそこなのよね」


「有名店ではあるな。よく予約を捻じ込めたと思うよ」


本当に強引な手段を使っていないかと思うほど。ネットなどで調べたのだが、やっぱり予約は三か月以上前から行っていないと取れないと書かれていた。それを僅か数週間前であっさりと、しかも二組も取れるとは思わないだろ。


「研究のし甲斐があるわね」


「何を使っているのか分かればな」


何の材料を使っているのか推測することは出来るだろう。だけど調理方法が特殊なものだったらお手上げ。それを探るためには色々な方法を自分で試さないといけない。そこへ辿り着いたとしてもまた新しい技術が生まれるのもまたしかり。


「料理に果てはない」


「真理ね」


美味しいものを食べたい、作りたいという欲求に際限はないからな。だからこそ日々新しいものが生まれ、美味が、激マズが現れる。大体、高級食材を使われた時点で俺達には手が出ない。練習するのだって無理だ。


「一応、母さんに習いはしているけど見習い以下の自覚はあるわよ」


「カレーの腕前はいいのに」


「それ一品だけじゃダメでしょ。それに喫茶店よ。主にデザート作りをどうにかしないと無理なのよ」


香織がデザートを作っている姿を見たことはないな。俺に隠れて色々とやっているのかもしれない。だけど食べたこともないのだから、実態を知らない。家庭で作るのであれば、形が悪くても美味しければそれでいい。


「私もお菓子作りはあまりやっていないからな」


「教えては貰っているけど、それだって母さんの真似でしかないから。独創性も求められるじゃない」


似たようなものばかりだと飽きられるからな。しかし親子といっても霜月家とは全く違う。あちらは一切教えずに、娘が独学でやっているだけ。母親にも考えはあるのだが、娘がそれを理解しているとは限らない。


「琴音と付き合い続ければ、飽きることなくインスピレーションが湧きそうよね」


「それは私が馬鹿やらかすか、何かに巻き込まれること前提だよな」


「当たり前じゃない。正月もそうだけど、今回のだって琴音が正気なら実行しないと思うわよ」


「そうかな?」


最初に考えていた計画は中止にした。考えたのは悩み、決断できない学園長に変わって従業員が指輪を運ぶというもの。でもやっぱり渡してもらえるならば本人からと思わないだろうか。だから間接的に誰かが渡すというのは止めにした。


「それに確実性がないわよ。結局は学園長が動くかどうかに掛かっているんだから」


「それが普通なんだよ。本来なら私が手を出していい問題じゃない。お互いの気持ちが大事なんだよ」


無理矢理二人を繋ぐのは役目じゃないし、やりたくもない。それぞれの意思を大切にしないと、俺自体を否定することになる。意思が無ければ、今の俺はただの傀儡になっているはず。その意思の所為で問題事を抱えているともいえるが。


「到着したな。それじゃ最初は段取り通り」


「段取りといっても私は終始食べているだけじゃない」


香織の担当は俺のパートナーではあるのだが、やってもらうことは何もない。ただ一緒に来てもらっただけ。実行するのは全部俺の役目であり、恥をかくのも俺だけ。事前準備も万端なのだから失敗することはないはず。後は学園長次第だな。


「改めて思うけど、やっぱり私達。場違いじゃない?」


「いや、予約が取れない店なだけだからな」


一般的な値段で言えば高いのだが、それでも一般の人が入れないお店じゃない。今日はイヴだけあって店内は満席であるのだが、この中に何人の著名人がいるのかは分からない。そして誰も他に意識を向けてもいない。


「あまりキョロキョロしない」


「こういう所に来るのは初めてなんだから仕方ないじゃない」


中には見られるのを良く思わない人だっている。そういう人に難癖をつけられるのは避けたい。だけど今日という日にそんな人がいるとも思えないけどな。色んな人にとってイブは特別な日ではなかろうか。もちろん独り身には関係ない話。


「私達はただ記念に来ただけだと思えばいい」


「その通りなんだけどね。それで先生達は?」


「結構離れた場所にいる」


事前に席の位置は教えてもらっている。俺達と学園長とは四席ほど間に挟んだ形になっており、隙間から覗き込まないとよく見えない。それを指示したのは俺だけど。隣り合っていたら、気まずいだろ。お互いに。


「私からだとよく見えないわね」


「それは私も同じ。あまり見る気もないから、いいんだよ」


「監視の意味がないわよ」


「する気もないから結構。干渉するのは一回のみで十分だ」


それで成功するかどうかは賭けだけど。今日の主役も俺ではなく、学園長。その邪魔をするのは絶対にダメだと思っている。後は学園長が一体どのタイミングで切り出すのかが重要になる。俺の計画については一切教えていないからな。


「琴音が動き出すのは最後辺りよね?」


「そのつもりでいる。その前に学園長が動いてくれると大変助かるんだけど」


むしろすでに行動しているのであれば俺は動かなくていいから凄く安心なんだけど、そんな様子は見受けられないな。ガチガチに緊張している様子からして、全くアプローチできるようには見えない。あれで本当に大丈夫なのか。


「琴音。私から言わせてもらえば、あれは絶対に無理だと思う」


「同感。佐伯先生の方は察しているけど、あの人から動かないかな」


今日という日と、学園長の様子から重要な告白が待っているのは丸分かりだからな。佐伯先生の様子も若干、表情が硬いかもしれない。あれで楽しく食事とはならないか。お互いの様子に溜息しか出ないぞ。


「難題だな」


「琴音はこういった経験があるから引き受けたの?」


「あるわけないだろ。死んだ後に告白されたくらいだぞ」


「普通に考えて、頭のおかしい発言しているわよ」


それは俺だって分かっている。生前にあの告白を受けていた場合、俺はどうしていただろうか。今の俺が考えても仕方ないことだと理解しているのだが、それでも気になってしまう。というか受けた後の勇実が何か怖い。


「それにしても二人とも、こっちに気付きそうにないわね」


「察してやれよ」


自分の事で手一杯なのだろう。告白する側とされる側。お互いに気持ちはあるのに、それを相手に打ち明けられないでいる。学園長は分かるのだが、佐伯先生が遠慮している理由は何だろう。

琴音がやろうしたルートは三つほど考えていました。

一つ目は定番の方法。

二つ目は今回の方法。

三つめが確実に馬鹿だと思う方法ですね。

答えは次の話で。


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