119.修学旅行の終わり
修学旅行編、完結!
テーマパークでの一件は俺の修学旅行退場という結果だけを残して無事終了した。予想通り、学生たちの帰宅時間は伸びてしまい、現在はバスへ乗り込んでいる最中。俺は荷物を回収して外で待機している。
「この埋め合わせは絶対に何かで返してもらうからね」
「善処するとしか言いようがない」
結局、生徒達への思い出は残せたのだが俺と友人たちの思い出はそれほど残せなかった。俺にとって修学旅行とは名前ばかりの自由気ままな旅行でしかない。過去が絡み過ぎて、現実感が薄かったのもあるな。
「本当にごめんなさい」
「修だけの所為じゃないから気にするな」
「誰?」
俺の目の前で礼儀正しく謝っている男性に対して香織が疑問の声を上げる。素顔というか着ぐるみを脱いだ状態で現れたのは初めてだから気付かないのも仕方ない。声すら出さなかった人物だから。
「着ぐるみの中身」
「何というかイメージと違うわね」
第一印象があれだからな。俺が所属していたクラスの中で見た目も相まって皆の玩具にされていたから。男性としては可愛らしく、背も低い。女装させると性別不明になることから弄られやすく、その所為で着ぐるみに逃避したともいえる。
「基本的にまともな部類だから。着ぐるみを纏うと性格が変わるだけ」
「それはまともと言えないわよ」
基本的には人見知りで初対面の人とはまともに会話が成り立たない。着ぐるみを着用すると陽気になり、トラブルの元となる場合もあるが普段の方が見た目の所為でトラブルを生むケースが増える。
「皆が言った通り、琴音さんは総司みたいで安心できる。こんなことを言うのは本当に失礼だとは思うけど」
「大丈夫。いい加減、慣れた」
他の連中なんて同一視するのが当たり前のように接してくるからな。修みたいに遠慮がちに言ってくるのは新鮮でもある。でも就職して人見知りも大分改善したかな。そうじゃなければ仕事に差し障るから。
「琴音さんと似ているという総司さんに興味が出てきました」
「碌な過去が出てこないから止めておけ」
小鳥が変な言葉を出してきたので止めておく。その言葉を修の前で出すのは危険なのだ。彼は生前の俺を兄のように慕っていたのだが、その所為で変な噂が流れたのを俺は忘れていない。
「僕も琴音さんに興味があるから話を聞かせてほしいな」
「では連絡交換しましょう」
「おい、二人とも。私の話を聞け」
似た者同士、波長が合ってしまったのだろうか。香織に暴露したのまではいい。だけど過去と現在が繋がってしまうのは今後どうなるのか分からない。しかも相手は十二本家だぞ。碌なことにならないのは察してしまう。
「大体小鳥。父親に聞かれたらどうするんだ?」
「修さんなら何とかなると思います」
男性と連絡先を交換したとあの父親が知ったらどのような騒ぎを引き起こすのか全く分からない。でも修なら見た目を多少加工すれば女性と間違われても不思議じゃない。いつかは知られるだろうが、時間を引き延ばすことは出来る。
「僕も見た目に関しては諦めたよ」
「強く生きろ」
「総司と同じことを言うね」
お互いに女装させられた時に言った言葉だったか。強く生きるにはどうすればいいと返されて、見本として俺が暴れたというエピソードもあるがどうでもいい。問題はこの二人がタッグを組んだ場合の対処法だな。
「考えるのも面倒だ」
今考えても仕方ない。それよりも徹夜プラス労働で疲労もピークに達している。頭を働かせるのも億劫で仕方ない。このまま布団に潜り込んだら一瞬で眠りに落ちる自信がある。でも見送り位はちゃんとしないと。心配されるのだけは避けたい。
「香織。時間だぞ」
「ちゃんと無事に帰りなさいよ」
「分かっている。晴美達によろしくな」
実は俺が途中退場することを晴美と宮古には教えていない。知っているのは教師達と香織、小鳥のみ。下手に教えると新たな騒ぎの元になってしまうと考えた結果だ。そして、香織を乗せたバスは出発していった。
「行っちゃったわね」
「行きましたね」
バスを見送り、後に残ったのは俺とシェリー。そして関係者のスタッフのみ。一般客も周囲にはいない。となれば人目を気にする必要なんて一切ない。
「「打ち上げに行こう!」」
俺とシェリーが同時に喋った内容にスタッフがこけた。修だけが予測していたように苦笑している。しんみりした空気なんて必要ないのだ。そして帰宅後の指示は貰っているが、帰宅までの指示は教師から受けていない。
「琴音ちゃんはお肉とお魚。どっちがいい?」
「お肉でお願いします」
「よし、お姉さんがご馳走してあげよう」
特に突っ込まないぞ。これで反射的に突っ込んでしまえば良くないことが起こってしまう。どれだけ年齢を重ねようとも女性は若く見られたいものなのだ。俺ですら、年上に見られるのを気にしているように。
「ただこの時間となるとお店も限られるわね」
「私としては食べられるのであれば問題ありません。何でしたらチェーン店でもいいですよ」
「それだと個室の問題があるわ。琴音ちゃんが良くても私が問題になっちゃうから」
顔が売れているからな。下手に正体がばれるとあっという間に広まって、取り囲まれる可能性が出てしまう。身動きが取れなくなるのは避けたい。自由時間といっても安易に歩き回らない方がいい。
「よし、あのお店は大丈夫みたいね。向かいましょう」
「ちゃっちゃと行きましょうか」
スタッフの方々に軽く会釈してその場を去る。相変わらず俺達の行動の早さについてこれず、棒立ち状態の中で修だけが手を振ってくれる。あれもやっぱり魔窟で育っただけあって、根性据わっているよな。
「琴音ちゃんのご飯とかもいつか食べてみたいものね」
「母と双子から苦情が来ますので止めてください」
移動中にそんなことを言われたが、家庭が崩壊する危機があるので止めてもらいたい。せめて家族に振舞ってからでないと苦情が殺到してしまう。恐らく俺の料理に関する情報は綾先輩と凜からのものだろう。カレーしか作ってあげていないのに。
「今度はベースを持ってきてセッションなんかも有りよね」
「他の面子も集まりそうなので止めてください」
下手をしたらイグジストの連中までやってきそうで俺の胃が持たない。勇実が最も尊敬している人物だし、一もファンだったはず。あれまでテンション爆上がりの状態など、俺一人で処理できる限界を超えてしまう。他の面子だって大いに暴れそうなのが恐ろしい。
「何だったら琴音ちゃんは協力してくれるのかしら?」
「私からも聞きたいのですが、何を持って私を音楽の道へと進めたいのですか?」
「うーん、人の為にあそこまで動けるのなら音楽を志しても問題はないと思うわよ。歌唱力だって娘よりも前途有望そうだし」
「それは綾先輩に才能がないというのですか?」
「才能はあると思うわよ。独学であそこまで行けたのなら、ちゃんとした教育を受ければもっと伸びるはず。琴音ちゃんの場合はその過程を全部飛ばしているから凄いのよ」
それは前世で修業した成果だ。あれを忘れていないからこそ、ある程度の領域へと踏み込んでいける。琴音の才能だって関係しているだろうが、俺としたらそこまでの話。むしろ独学でやっている綾先輩の方が凄い。
「綾先輩に教育はしないのですか?」
「学生らしさを忘れてほしくないの。今から教育を始めたら、あの子の事だから学生としての本分を忘れて没頭しそうだもの。それじゃ楽しさを伝えることは出来ないわ」
ちゃんと考えているのか。俺の場合はどうだろうか。前世から将来に関しては義母は放任していた。やりたいことをやればいいと。今は色々としがらみが増えて、将来なんて考えられない。何をするにしても中途半端なのはそれが原因か。
「到着したわね」
あの後は取り留めのない話やら、聞かれて困るような話など様々な会話をしていたのだが、あまり覚えていない。だって車の揺れで眠気が襲い掛かってきたのだから。せめて肉を一切れ食べるまでは寝ていられない。
「見た目が焼肉屋じゃない」
「私も最初はそう思ったわね。でも味は絶品よ」
絶対に個人としては来ることが出来ない高級店ではなかろうか。あれか、自分で焼くのではなくて店員が焼いてくれるような場所かもしれない。流石は有名アーティスト。凄い場所へ連れてきたな。
「ちなみにコースで運ばれてくるけど、食べたいものがあったら好きに頼んでいいわよ」
「焼き肉店のコースって何ですか?」
セットなら分かる。大体足りなくなって追加注文しているから。でもこんなところのコースは俺の思っているものと違う感じがする。実際に運ばれてきた肉を見て、絶句した。いつも料理に使っている肉と見た目からして全然違う。
「何というか十二本家らしくないわね。涎出ているわよ」
「すみません。こんなお肉を食べるのなんて久しぶりなので」
琴音としてなら食べた経験がある。俺としてはその感覚をいまいち思い出すことが出来ないのだが。体験としての記憶はあるのだが、五感は曖昧にしか共有できないでいる。その方が新鮮味が薄れないのでいい。
「迷惑料だと思ってじゃんじゃん食べて頂戴」
「いただきます」
遠慮なんてこんな食事の前ではいらない。肉を焼いて、追加で頼んだご飯と一緒に食べ進める。お肉が口の中で溶けていくというのは本当なんだな。噛む必要があまりない。もちろん歯応えがある部位だってあるのだから飽きないな。
「予想以上に食べるわね。軽く引きそう」
「夕飯を軽く済ませていますから、幾らでも入ります」
三杯目のご飯を注文したところで流石に突っ込まれてしまった。イベントの変更点の修正や、練習で夕飯は軽食しか取っていない。眠気もあったのだが、空腹も同時に感じていた状態。それに迷惑料といっていたのだから遠慮する必要性がない。
「私が話した意味わかっている?」
「迷惑料ですよね。メディア関連で大変なことになるのは予測しています。今回の企画は後先を考えない穴だらけのものだって自覚していますから」
寝不足で先の事なんて一切考えない突貫的なものだったのは分かっている。もう少し上手く立ち回れていたかもしれないが、あの時点ではあれが俺の限界だったとも思う。明日のニュースが怖い。
「有名なテーマパークでの特殊イベント。そしてシェリーの登場に、一緒に歌った正体不明。恰好のネタでしょうね」
「マスコミなんて何処にでもいるから話が回るの早いわよ。実際にネットではすでに報道されているみたいだから」
スマホを見てみると確かに今回の事態を紹介しているな。詳細については調べている最中と書かれているから、明日には全体像が報道されるかもしれない。あとはツイッターとかで尾ひれがプラスされて世間を賑わせるか。
「これであっちの方が潰されてくれると助かるのだけど」
「何をやらかしたの?」
「イグジストとシークレットライブをやりました。あちらも嗅ぎ付けられると面倒なので」
「話題に事欠かないわね、琴音ちゃんは」
参加した学生や、ホテルのスタッフから話が漏れない限り、イグジスト関係は大丈夫だと思っている。それこそ報道されるにしても時間は掛かるはず。今回の件はすでに出回っているから防ぎようがない。
「でも大変でしたが、楽しい修学旅行でした。学生としては全く違ったものであるのは否定しませんけど」
「途中退場させられる修学旅行は絶対に間違っているわね。私だったら帰ってきた娘を叱責するレベルよ」
それは当たり前だな。何でイベントでトラブルを巻き起こして、お前は帰れと言われるような事態になるのか。夜にこっそりと抜け出したとかならまだ分かる。臨時イベントを企画するような生徒は絶対にいないぞ。
「ふわぁ。でも流石に徹夜で今回みたいなのは流石に疲れますね。お腹も膨れて眠気がヤバいです」
「若いと言っても限度があるわよ」
欠伸が出て、瞼が重い。空腹からこれだけ美味しいものを満腹になるだけ食べれば眠気だって凄い勢いで襲ってくる。確かにシェリーのいうとおり若くても無理は駄目だな。あっ、駄目だ。落ちる。
---- sherry side ----
「本当に寝ちゃったわね。徹夜して今回みたいなものをやったのなら仕方ないけど」
本当は今回の件。琴音ちゃんがいなかったら断るつもりでいた。娘たちが絶賛するような子だから一体どんなものかと興味があったからこそ引き受けたに過ぎない。
「一生懸命、他人の為に頑張って。自分の事を顧みないのは美徳だけど、無理をし過ぎるのは欠点ね」
出会って数時間しか経っていない相手の目の前で眠るのは幾ら何でも無防備よ。これが男性だったら襲われても仕方ない。この子の事だからそんな相手と一緒にこんな個室には入らないだろうけど。
「歌声を聞いて分かったわ。琴音ちゃんは色々なものを抱え過ぎている」
彼女の歌には感情が入り乱れていた。確かに楽しさが大半だったけど、隠れるように悲しみと怒りという相反するものを感じてしまった。将来に対する無頓着さも十二本家だからだけでは済ませられない事情がありそう。
「私の娘と変わらないのに、一体何をそこまで背負っているのかしら」
興味は出てきてしまう。だけどそこへ踏み込むだけの資格は私にはないと思う。他人の子供に対して、そこまで踏み込んでしまえば相手方に失礼だろう。相談に乗ることは出来るけど、それだって琴音ちゃんが話してくれないと意味がない。
「見ていて面白そうな子であるのは間違いないわね」
だからこそ私はこの子を推した。また私と一緒のステージへ上がってほしくて。その時にこの子の感情にどんな変化が起こっているのか楽しみでもある。または全くの別人に変り果てるのか。
「さてと、いい加減帰りの事を考えないと。お持ち帰りするのは拙いわね」
我が家へと連れ帰ったら娘たちの追及が面倒で仕方ない。それに我が家へいらっしゃいと言ったのをこんな形で約束成立されてもつまらない。正月に来てくれるみたいだから、あれに参加させないわけにはいかないわ。
「綾は仲間が出来たとはしゃいで。凜は身代わりが出来たと安堵することでしょうね」
我が家で目覚めた際の反応を見てみたいけど、今回は我慢しましょう。それに茜さんに聞けば、琴音ちゃんの部屋を聞き出すことだって出来る。勝手に部屋へ入るけど、これは不可抗力ね。
「私が純粋な十二本家じゃなくて良かったわね」
あの無茶ばかりする変人たちに比べたら私なんて足元にも及ばない。ドッキリでホテルのベッドで一緒に寝ていたとしても不思議じゃないから。もちろんそれをやる場合は信頼している証でもある。
「寝ている姿は年相応なのね」
雰囲気があまりにも大人びて見えてしまうから、初見だと私ですら年齢を間違えそうになった。あとは立ち振る舞いが学生ではなく、社会人にしか見えない。不思議な子だからこそ、興味が出てしまうのだろう。
「それじゃ次回会う時を楽しみにしているわね」
寝顔を眺めているのも悪くはないけど、そろそろ帰らないと時間が遅くなってしまう。これだけ熟睡していればヘリの爆音でも起きないでしょう。あとは護衛の人達に運ばせれば問題なし。
「ゆっくりとおやすみなさい」
また会う日まで。
まさか修学旅行編でこれだけの話数を使用するなんて当初は考えていませんでした。
いつも通り六話くらいで終わると思っていたのですが。
更に途中から構想の変更や、書き直しとか色々とやった割には何とかなったのかな。
進行パターンを数種類考えるのは楽しかったですけどね。
次の話では後日談と、クリスマスに向けての仕込みとなります。