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114.素敵な思い出の為に

114話書き直しバージョンです。

変更点はほぼ全てです。


目の前で土下座している着ぐるみ。それを座った状態で見下ろしている俺と香織。傍目から見たら異様な光景であろう。だが一番困惑しているのは俺達である。それに着ぐるみの言葉も気になる。


「取り合えず、頭を上げてくれ。周りの視線が痛すぎる」


「そうね。私達の方が何かしたと思われるわ」


『ごめんなさい』


観客が周りにいる所為で声を出せないのは分かるのだが、プラカードに文字を書くのもどうなのだろう。こういったキャラクターはイメージが大事のはず。先程の土下座でイメージなんて崩壊した恐れはあるけど。


『それで歌ってくれる?』


「その事情を聞かせてくれ。何の説明もなしにやるとは言えない」


そもそもどうして俺が歌うような事態になっているかを教えてほしい。そもそも自分の歌唱力というものを俺は把握していない。琴音になってから歌など一切歌ってはいないのだから。昔の感覚で歌うのは不可能だろう。


『パークのピンチ。女王様の助けが必要なんだよ』


「案内して」


それと女王様と呼ぶのは止めて欲しい。そういう設定にしないといけないのは理解できるが、呼ばれて気持ちのいいものじゃない。俺が女王様だったら香織はどうなる。お姫様は小鳥だから、その姉妹になるのだろうか。


『こっちだよ』


案内されるままに後を付いていくが、後ろを確認するのも忘れない。万が一もないと思うが、事件性がある場合に備えて護衛の人達がちゃんといるのかを確認しておかないと。大丈夫だな。鋭い眼光が俺を捉えている。


『スタッフの控室だよ。ここなら秘密の話も大丈夫』


「その秘密の話を一般客に話しても大丈夫なのか?」


『もう藁にも縋る思いだから。彼と同じと評判の琴音なら何とかしてくれるかもと』


「琴音。もしかしてこの人」


「知り合いだな。主に勇実達の」


あえて香織には教えていなかったのに。変装していた俺を見つけたことや、プラカードに書かれた文字からおおよその人物は予測している。それが間違っているとも思えない。ある意味で特徴的な人物だからな。


「それで何で私が歌わないといけない?」


『ナイトショーで歌う予定だった人が喉を傷めちゃって』


「こういった場合に代理は複数人用意しているものだろ。その人達は?」


『不幸があったり、風邪やインフルエンザが重なっちゃって。外部の人達にも依頼しているけど、予定が合わないんだよ』


何というか間が悪いな。代理全員が何かしらの病や、事故といったものが重なってしまったのならどうにもならない。外部への依頼だって急遽、今日来てくださいと言ったところで都合というものがある。


「中止にすれば?」


『ずっと続いてきたイベントだから途切れさせたくない。何より来てくれたお客さん達をガッカリさせたくない』


「だからって素人の私が歌ってもクオリティーの問題があるだろ」


『駄目?』


「駄目というよりも無理」


ガックシと肩を落とす着ぐるみには申し訳ないのだが、幾ら俺でも現役と同程度の歌唱力を披露することは出来ない。着ぐるみはどちらかというと苦労人に属しているから力になってあげたいとは思っている。


「知恵は貸す。だから少し待って」


俺に出来るのはこの位だな。眠気で頭が働かないとも言っていられない。だけどどうすればいいのか。俺の人脈を使ってもプロの歌手なんて呼べない。勇実達は別件の仕事が入っている。最低限の体裁だけでも整えることが出来れば。


「クオリティが下がる理由を付ければいいか」


『何か思いついたの?』


「私としては穏便に済ませてほしいのだけど」


すまないが香織の願いは聞き入れられない。俺が考えたことを実行すれば、結構大掛かりに動かないといけない。人材の収集に、各関係者への了承取り。イベント内容の変更など。やるべきことは多いな。


「忙しいだろうけど、責任者の人を呼んでくれないか? もし無理そうだったら如月の名前を出してもいい」


「琴音。ちょっと疑問に思ったんだけど。何で本気になっているの?」


香織には俺が本気で今回の事に取り組もうとしていることが理解できないみたいだな。いつもの俺ならさっさと厄介事からは距離を取ろうとしているはずだと。理由はあるのだ。


「折角の修学旅行で残念な思いはしたくないだろ。特に宮古なんかは本当に楽しみにしていたみたいだからな。一緒に回れなくても、思い出は残したいだろ」


「琴音が一緒にいればいいだけなのにね」


胸に刺さる言葉だよ。だけどこれは宮古だけではない。修学旅行に参加している者達は強制的に今日一日をこのパーク内で過ごさないといけない。つまり楽しむべきイベントは一つでも多くないと損をするだけ。二回目の俺よりも一回目の子達に有意義な一日を与えるべきだ。


「香織も離脱した方がいいぞ。このパターンだと巻き込まれる可能性が高い」


「琴音との思い出を作っていないじゃない。初日からサプライズを暴露されたり、逃亡劇の画像を送ってきたりと忘れられないものはあるけど」


インパクト十分なものが多いけど、香織と一緒にいたわけじゃないからな。思い出とは違う気がする。それと気になることがある。どうして香織は俺に対する接し方を変えないのか。


「香織は私の話を聞いても何とも思わないのか?」


「実感がないかな。総司さんについては全く知らないし、以前の琴音とも接点がなかったから。私にとっては今の貴女が琴音であることに変わりがないのよ」


それもそうか。香織が以前の俺と出会ったことは本当にない。琴音と接点がないのも、偶にすれ違う程度しかなかったから。俺というものを偽らずに今まで過ごしていた状況が今を生んだのかもしれない。


「琴音。忘れているかもしれないけど、修学旅行は明日までよ。まともに過ごすつもりがあるの?」


「それは私だって望んでいることだ。確かに一日だけは私だって暴走した自覚はある。だけどその後は何事もなく過ごそうと思ったぞ」


「今回のことだって逃げれば良かったじゃない」


「香織。狩人が身近にいるのを忘れているぞ」


発端となった人物を忘れているのか。今回の事態を生んだのは着ぐるみじゃない。最初の原因となったのは小鳥の存在だ。彼女が琴音の存在を画像付きで教えたからこそ着ぐるみは俺へ辿り着いたのだ。


「あの子から逃げれる気がしない」


「見ていれば分かるわね。それに手段を選ばなかったら何だって出来るのが怖いわ」


あの見た目による懇願は中々の脅威である。鋼の意思を持てば断ることは出来るのだが、その後には良心の呵責に悩まされる。そして本気でこちらを確保しようとした場合、あの父親も協力する可能性がある。


「あの父親。本当に何とかならないかな」


「琴音さん。ようやく会えました!」


そちらの対策をどうしようかと思っていたら狩人がやってきてしまった。全く何も考えていないのだが。抱き着かれながら、小鳥の頭を撫でていたら凄く気持ちよさそうだな。香織はため息を吐いているが、条件反射みたいなものだ。


「琴音さんにお願いがあります!」


「何?」


「夜のパレードに参加してください!」


「無理」


上目遣いに元気いっぱいで頼まれたのだが、何とか断ることが出来た。これは破壊力が半端ない。反射的に了承してしまっても文句もないぞ。それでも予測していたからこそ、回避できたのだ。


「駄目ですか?」


残念そうに確認されて若干心が揺らいでしまうがそれでも無理なのだ。これから俺はパークの責任者から了承された場合、かなり忙しくなる。それにパレードと同時進行で最後の締めへ参加しないといけないのだから。


「では香織さんにお願いします!」


「何で!?」


香織の悲鳴が聞こえるのだが、凄い流れ弾だな。だから言ったのに。絶対に巻き込まれるぞ、と。俺の予想していたのとは違うパターンなのだが。俺から離れた小鳥が今度は香織に抱き着き、同じく上目遣いで攻める。


「わ、分かったわよ」


落ちたな。あれを断るには並大抵の精神力じゃ防ぎようがない。しかし、何で小鳥が夜のパレードへ参加する人を探しているのだろう。本来ならば抽選枠は二つ用意されているはず。だから別の人が用意されるはずなのだが。


「まさかパレードを一日貸し切ったのか?」


「はい。父が」


「無茶苦茶ね。十二本家の人達は」


やっていることの規模が大きすぎる。一体どれだけの金額を積めばパレードを貸し切れるのか全然分からない。理由だけは予測できるな。娘の晴れ姿を見たいという理由だけが。本当に親馬鹿一直線だ。


「父親は?」


下手したらパーク内にいるかもしれない。あれならば直接娘の姿を見たいという思いだけでやってきそうだ。しかし予想とは違い、小鳥は首を振った。


「母が軟禁しました」


「流石」


「家庭内の様子が全く想像できないわ」


俺は簡単に出来るぞ。密かに行動しようとして母親にばれたのだろう。そして事の顛末を白状して、一撃を入れられ、一室へと閉じ込められた。文月家の家庭状況ほど、分かり易いものはない。


『琴音。準備できたよ。会議室に来てほしい』


「了解。小鳥は香織を紹介してきて。私はやるべきことがあるから」


「分かりました。香織さん。こっちです」


「無茶するんじゃないわよ」


相手が了承してくれればな。別に断られたら俺の役目は終わる。他に解決策なんて思いついていないし、外部の人がやってくるのならば問題も解決だ。だがもし採用された場合は色々と考えないといけない。


「お忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます」


会議室はピリピリとした緊張感に包まれていた。それもそうだ。忙しい時に令嬢の我儘へ付き合わされているのだから。本来ならば一蹴されるべきなのだが、相手が十二本家の令嬢ならば無碍に扱えない。


「お集まりいただいたのは今回のトラブルに関する解決案を提示する為です。もちろん拒否権はそちらにありますのでご安心下さい」


別に強制するつもりはない。あくまで案であり、採用するかどうかはパーク次第。そうなれば本当に無駄な時間になってしまうが、俺の意見を推し進めるつもりは毛頭ない。


「歌姫が不在。他の候補者たちも無理となれば、更なる代替案を用意する必要があります。幸い現在のパーク内に適任者たちが揃っております」


「それは?」


「修学旅行で来園中の合唱部です。クオリティーは確かに落ちるでしょう。ですが修学旅行の記念として参加させたとなれば納得できる理由とはならないでしょうか?」


これが俺の考えた案である。かなり無理矢理な理由付けではあるが、他の代案を出せるだけ俺の頭も優秀ではない。問題となるのは合唱部が了承してくれるか。後は今後そのような申し出があった場合、どうするかがある。


「案としては確かに良いものだが、問題もある」


数分ほどの協議で案自体は採用するに値するものだと決議が出たようだ。だけど採用した場合の問題点も浮き彫りとなる。それはクオリティーが低下しすぎるのではないかというもの。


「誰かプロの付き添いがいればフォローも出来るだろう。だが、それがない場合まともに歌えるかどうかも怪しい」


プロが呼べないからこその案なのだが、俺も納得できてしまう。つまり素人が大観衆の前でまともに歌えるかということだ。緊張で本来のパフォーマンスを発揮できないのはよくあること。だけど今回の件は失敗が許されない。


「ならばフォローできる人材がいれば可能なのですね?」


「いるのであれば問題ない。むしろその人へ依頼するほうがいいだろう」


確かにそうだ。下手に素人へ頼むよりもプロを頼った方が安心感が違う。俺が知っている歌手となればやっぱり勇実が一番に出てくる。だけどあいつ等は別件で動けない。そうなれば誰がいるか。


「いる。私が連絡を取れる人の中で歌手が一人だけ思い当たります」


「ほぉ、それは誰かね」


「シェリーです」


俺の事を侮っていた責任者すら一瞬困惑し、そして大いに驚いてくれた。シェリーと言われれば一番に思いつくのはあの大御所だろう。俺も面識はない。だけど連絡を取る方法だけは持っている。


「では彼女に依頼すれば」


「クオリティーを上げ過ぎても宜しいのですか? 彼女の歌声と同様のことが出来る人がいますか?」


下げ過ぎても駄目だが、上げ過ぎても駄目なのだ。あくまで今回の件の代案であり、最高を目指しているわけではない。程々程度で済ませるのがベスト。後で比べられて損をするのは専属の人達なのだから。


「あくまで彼女に頼むのはフォローです。全部を彼女に任せた場合のリスクはそちらも理解していると思いますが」


集客効果としては最大の効果がある。だけどそうなった場合、相対的に比べられて下手したら致命的な現象が起こるかもしれない。リスクを取るか、それとも安全を目指すのか。そして報酬の件だってある。


「本当に彼女へ連絡が取れて、今回の件を了承させられるのか?」


「それは連絡を取ってみないと分かりません」


当たり前の話だが、選択権があるのはシェリーである。しかも顔を合わせたことがない俺の依頼を素直に受けてくれるかどうかも怪しい。俺の手元にある手札は彼女本人ではなく、その周りにいる家族のものばかり。


「分かった。駄目元で連絡を試みてくれ。結果次第で我々も動こう」


「分かりました」


では連絡を取ってみるとしよう。本人ではなく、その一歩前の人へ。何の因果か、丁度良くその相手は本日非番である。出てくれればいいし、駄目なら他の人を当たる。候補はそれなりに多いからな。


「茜さん。お願いしたいことがあります」


さて、ここからどうなっていくのかは俺にも想像できない。そしてパークがリスクを背負うと同時に俺もリスクを背負うことになるだろう。だって相手はあの霜月家なのだから。

感想で色々とご指摘されました方々、ありがとうございます。

内容を吟味し、構成し直したのが今回のものとなります。

ただ他のもとなると時間が掛かり過ぎますので前話までは変更しません。

機会がありましたら、再構成し直すかもしれません。

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