113.目的は不明瞭
パーク内に存在している飲食店で昼食を済ませて、適当な乗り物やイベントを観光したりと本当に平和な時間を過ごしたと思う。俺の眠気も一周回ってようやく落ち着いてきただろうか。気を抜けば眠りそうになるのは相変わらずなのだが。
「凄い人だな」
「メインイベントみたいなものだからじゃないかしら」
宮古の勧めで早めに場所取りしたおかげか最前列に来てしまった。俺と香織は宮古と晴美の後ろに位置しているのだが、二人はスマホ片手にパレード開始を待っている。晴美まで乗り気になるとは思っていなかった。
「琴音はあまり興味がなさそうね」
「後ろの人達の視線が気になってそれどころじゃないというのが本音だな」
まだ警戒しているというのは予想外だった。いつも通り過ごしていれば警戒も解いてくれると思ったのだが。変装しているのが不味かっただろうか。今日は本当に大人しく過ごすつもりでいるというのに。
「変装を解くと面倒臭い事態になりそうだし」
「意外と分からないものなのね」
俺と一緒にいることが多い香織が一番の被害者だな。近づいてきた学生に昨日の件についてあれこれと聞かれたりしているのを俺は少し離れた位置から見ていた。眠気の所為で勘が鈍って、察知が遅れる場合もあったな。
「意外といえば小鳥が来ないわね」
「真っ先に来るとばかり思っていたな。私よりも楽しむことを優先しているんじゃないか」
友達付き合いを優先しているのかもしれない。俺の方へと向かってくれば集団行動をしている友達も小鳥を追いかけないといけない事態だからな。修学旅行の間は大人しくしているのかもしれない。昨日は暴走したと思うが。
「嵐の前の静けさだと思うのは私の気の所為かな」
「止めてくれ。フラグになり兼ねない」
もしかしたらすでに何かしら動いている可能性すらある。それを防ぐことは出来ないのだから、何かが起こった場合は被害を最小限に留めるよう努力する必要がある。規模にもよるが。特に今回は後ろの人達に無理をさせられない。
「でも小鳥が起爆剤になるとしたら何かしら?」
「家族絡みか、私関係しか思いつかないな。どちらにせよ、私に被害が来ると思う」
「流石に私も止められるような人物じゃないからね。あの子が暴走すると止められるのは琴音位よ」
滅多に暴走しない人物ほどやることが派手になってしまう。それは過去の経験から骨身に染みている。でも小鳥が暴走したのなんて十二本家による二次会の時だけだよな。それ以外は特に何かがあったとは思えない。
「パレード始まったな」
「それじゃ考え事は一時中断ね」
音楽とダンス。そしてパークを代表するキャラクター達が織りなす幻想的な光景。それがゆっくりと進んでいくのを俺も香織も黙って見送っていく。記念になるかと思って何枚かはスマホで撮影を行っている。そして最後尾には話をしていたお姫様が皆に手を振っていた。
「琴音。私の見間違いならいいのだけど」
「大丈夫だ、香織。私にも同じものが見えていると思う」
お姫様に凄く見覚えがあるのはどうしてだろう。小さな身体に満面の笑顔。可愛らしいドレスが本当によく似合ってはいるのだが、壇上に立っているのは紛れもなく小鳥だな。何をしているのだ、あの子は。
「誰か応募したのかな?」
「親馬鹿の父親だろうな。小鳥もよく了承したよ」
あの子の性格なら断ると思うのだが。何かしら魅力的なものでもあったのか。しかも抽選をクリアしたというのが信じられない。絶対に裏から何かしらの手を回しただろう。そしてパーク内に撮影班がいるのも確定だな。
「それと猫が凄くこっちにアピールしてきているのも気になるわね」
「メインキャラクターが滅茶苦茶こっちに手を振っているよな。まるで何かがあるかのように」
「琴音。私でも分かるわ。絶対に何かしらがやってくるわよ」
「言うな。ここまで来たら私だって感付く」
つかの間の平穏が終わったと察したぞ。眠気で鈍っている頭をフル稼働して、どのような事態になっているのか予測してみるのだが全く見当がつかない。情報が圧倒的に足りないのだ。過去と類似するようなものもない。
「徹夜するんじゃなかった」
「愚痴を言っても仕方ないわよ。それでどうするの?」
黙って成り行きに任せるのは俺の性格上、無理だな。何かしらの反抗はしないと。恐らくこれから始まるのは俺の事を発見、確保するのがメインとなるはず。隠れるにしてもパーク内で限定されては発見されるのは確定だ。
「また逃げると後ろの人達も五月蠅そうだし」
「追いかける私達も大変よ。先生から一任されている身としては大人しくしてほしいのだけど」
俺の行動一つで迷惑を掛ける人物がいるのも枷になっている。でもよく考えてみよう。巻き込んだ方がもっと迷惑を掛けるのではないだろうか。それだったら単独行動した方が被害は少なく済むかもしれない。
「幸い、前の二人はパレードに夢中で私に気付いていない」
「私はちゃんと見張っているからね」
油断していないのが約一名存在しているが差し当たる問題ではない。何故ならばそんな輩は巻き込んでも文句が言えないのだから。これから何が起ころうともそれは自己責任。俺が非難される云われは一切ない。
「香織と逃避行か」
「寝不足で頭でもおかしくなった? これでも食べて冷静に考えてみなさい」
差し出されたガムを噛んだのだが、突き抜ける爽快感というのは時に痛みへと変わるのではないのか。刺激感で随分と眠気が吹っ飛んだのだが、ある意味で凶器となるな。主に複数枚を一気に食べた場合とか。
「頭は冴えた?」
「眠気は大分飛んだ。それじゃちょっと真面目に考えてみるか」
小鳥が承諾した理由。メインキャラクターである猫の動向。今の状況。合わされば見えてくるものはある。それは俺にとって最悪の未来なのだが、可能性としては低いと思う。それよりも気になる事柄があるな。
「私が壇上に上がる確率は低いと思う」
「私としてはそれを想像していたのだけど、違うの?」
「恐らく違う。確証はないから、場所を移動しよう。下手に晴美と宮古を巻き込むのは控えたいから別行動だな」
「危険性はないのよね?」
「ないな。ただ面倒な事態にはなると思う」
あくまで予測であるのだが、どんな結果になるのかは俺にだって分からない。何より夜のパレードで壇上に上がるという明確なビジョンだけしか分からない。だけどそれを否定すると俺にも最後に何が待っているのか分からないな。
「スマホを使えばすぐに合流出来るわね。それで何処に行くのよ?」
「出入口」
俺の言葉に香織は疑問を浮かべているだろうな。説明するにしても時間があまりない。相手が行動を起こすとしたらパレードが終わった後だ。それまでは俺に回すだけの手が足りないはず。あとは少しばかりの確証を得るためだ。
「まさかパークから出る訳じゃないわよね。そうなったら修学旅行から弾かれるわよ」
「壇上に上がるくらいなら強制退場も辞さない覚悟だったけど。あんな生き恥を晒すつもりはない」
「琴音の性格ならあり得るわね。無駄に行動力があるのも困りものだわ」
幾ら何でもパークの外までは相手も追ってこないだろう。最初の仮想敵は園内のスタッフだったからな。パークの中には監視カメラも設置されているのだから、幾ら逃げていても何処かで追い詰められる。パーク内にいる時点で状況は詰んでいるのだ。
「それで何でそこに向かうの?」
「確認の為だな。最悪の状態なら強行突破するし、予測が当たっているのなら現状維持。相手の出方待ちだな」
別に急ぐつもりもない。背後を見て晶さん達も付いてきているのを確認しながら歩いて向かう。走ったりしたらまた逃亡すると勘違いされるから。今回は俺が巻き込まれるのだから、下手に誤解を生んで事態を悪化させる訳にもいかない。
「やっぱりか」
「何も変わっていないと思うけど」
それが変なんだよ。入り口は相変わらず来園者がやってくるだけ。出ていく人もちらほらと見受けられるが、特に異常がある訳でもない。それが俺にとっては確認したいこと。
「監視が強化されている訳でもない。つまり私が逃げ出すことを防ぐ目的がないということだ」
「普通はパーク外にまで逃げるとは誰も思わないわよ」
そうだな。普通なら成り行きに任せて晒し者になる覚悟を決めるはず。だが俺は断固として拒否させてもらう。何故俺が晒し者にならないといけない。大体需要がないだろ。笑顔を作れる自信もないのだから。
「それで気になることって何?」
「一休みついでに説明する」
近くにある休憩スペースで近場の売店で買ったものを手に休む。俺の手にはもちろんブラックコーヒー。一時的に眠気は飛んでいる状態だが、油断するとまた襲ってくるからな。しかし、この後はどうするか。
「私が壇上に上がる可能性が低いのは小鳥の性格を考えた場合だ」
「あの子なら琴音関係だと簡単に暴走するイメージがあるわね」
「それでもだな。私もやったのだから、貴女もやるべきとは言わないだろ。あくまでお願いの形で頼んでくると思う。今回は拒絶するけど」
「可哀そうに」
それは香織が被害者になっていないから言える台詞だ。自分があの壇上に上がることになったのだったら絶対に断るのが目に見える。小鳥は外見的にまだ許せるかもしれない。だけど下手したら大学生にまで間違えられる俺があんな晴れ舞台に上がるのはきついだろ。
「気になる点だけど。どうしてあの猫は私達にアピールをしていたのか。遠目から見たら分からないだろ、私は」
「確かに。写真で琴音の顔を確認したとしても帽子に眼鏡。髪型まで変えているのだから遠目からだと分からないわよね」
小鳥ですら俺だと分かっていなかったようだし。それなのに何故あの猫だけが俺の事を認識できたのか。もしかしたら俺ではなく、別の人物へアピールしていた可能性もある。それならば杞憂で済む話なのだ。
「それに小鳥が敵に回った場合、出入り口は私兵で検問を敷かれると思っていた」
「幾ら何でもそんなことを」
「十二本家の本気はその程度普通にやるぞ」
「突き抜け方がおかしい」
何事も本気を出すのが十二本家だ。狙った獲物は絶対に逃さないぞ。流石にそんなことをしたら俺だって逃げ切る自信がない。晶さん達だって十二本家と事を構えようとはしないはず。孤立した状態だと不可能だ。
「だから目的が見えないんだ。私の思い過ごしならそれでいい」
「琴音はトラブルメーカーだから期待薄ね」
俺がトラブルを生んでいるんじゃない。周りがおかしなことをやって巻き込まれているだけだ。そりゃ何度かやらかした自覚はある。だけど巻き込まれている方が断然回数としては多いのだぞ。
「そろそろパレードも終わった頃ね」
後は適当に話していたらそれなりの時間が経ったな。主に京都での逃亡劇の話をしていただけなのだが。かなり呆れながら聞いていた香織だが、俺の回ったお店関連の話には食いついてきたな。
「それじゃ晴美達と合流するか。何かあったら先生にも連絡する必要があるな」
「そうならないことを祈るわよ」
祈ったところで何かが変わるわけではないけどな。パレードが終わった影響で周りを歩く人の数が増えたな。先程までは入り口周辺も閑散としていたのだが、買い物客で賑わいだした。それに拍車を掛けるようにメインの登場だ。
「名前何だっけ?」
「ニャンタ丸じゃなかったかしら。ふざけた名前だけど人気はあるわよ」
デフォルメされた雄猫の登場で周りが賑わいだした。ランダムに各施設へ登場するのではなかったか。簡単に見つけることが出来たり、逆に探し回っても発見できなかったりと名物ではあるよな。
「何か、こっちに向かってきているような」
「気のせいじゃない? 晴美達にはここへ集まるように連絡するわよ」
「それはちょっと待ってくれ」
俺のことを視認したら凄い勢いできぐるみの猫が猛然と走り出した。明らかにトラブルの元にしかならないのだが、逃げようにも完全にターゲットされている。何より俺達の初動が遅すぎた。
「きぐるみって意外と怖いわね」
「表情に変化がないからな」
意外と冷静な香織と、諦めている俺。どうせ巻き込まれるのなら腰を据えるしかない。持っていた飲み物を飲み尽くして相手の出方を観察する。変なことをしたら後ろの晶さん達が黙っていないはず。
「何で土下座?」
「肘とか膝は大丈夫なのかしら?」
ダッシュからのヘッドスライディング並みの土下座を敢行してきた猫に俺も香織も呆れるしかない。幾ら着ぐるみでも表面が擦り切れたりするだろ。後は外面的にどうなのだ。メインキャラクターが客相手に土下座を敢行するのは。
『お願いがあります』
何処から取り出したのかプラカードにはそんなことを書かれていた。そしてその筆跡に見覚えがあることに俺は頭痛を抑えるように頭を抱える。相手の顔は分からないのだから、知らぬふりをしよう。
「何?」
『歌ってください』
「は?」
猫の妄言にその頭を踏み付けたくなったがぐっと堪えた。流石に公衆の面前でそんなことをやったら収拾がつかなくなる。だから後で誰もいないところで折檻してやろう。そもそも歌えってどういうことだ!
ハードルは上げていくもの。
大丈夫かな、この先。
そして筆者は風邪の状態で雪寄せです。
退院明けとか諸事情で動けない人達しか我が家にはいませんからね。
だけど悪化しました。




