111.状況整理
明けましておめでとうございます。
本年も本作をどうか宜しくお願い致します。
クラスメイト達と合流した時、まだ食事中の模様。ホテルの大広間を貸し切っての食事風景なんて見る機会がないけど、やっぱり数が多いからこそこういった場所が必要なのだと理解した。
「只今戻りました」
「その恰好はどうしたのよ?」
やっぱり突っ込まれるよな。俺の服装は昨夜から変わっていない。学生たちが制服なのに対して、俺だけが白いワンピースを纏っているのだから凄い目立っている。香織とはあの告白をしてから最初の顔合わせなのに全く以前と変わっていない気がする。
「荷物を強奪されたので仕方なくです。私だってこんな恰好はしたくありませんでした」
「琴音のイメージとは合わないものね。どうせ綾香さんにでもやられたんでしょ」
「その通りです。香織もよく分かっているじゃないですか」
「琴音の事情を知っている身としては理解しておく必要があるじゃない。でも琴音並みに強烈な人物だとは思わなかったけど」
香織の中で俺のイメージはどうなっているのだろうか。俺は綾香ほど濃い人物だとは思わない。制止役に回っている人物が濃くてどうするんだよ。俺なんてあの連中の中にいれば埋もれてしまうような人物だぞ。
「他の連中もかなり強烈ですよ」
「昨日のライブを見ていたら分かるわよ。野次を飛ばしていたあの人たちもそうだけど、それにやり返そうとする琴音たちもどうかと思うわ」
負けず嫌いの連中が集まっているからな。俺としては昨日のライブは大人しい方だと思う。級友たちの人数が少なかったからな。あれの数が増えていたら普通に壇上へと乱入してくる奴すら現れる。それを叩き落すのが俺達の仕事になる場合もある。
「琴音は何か食べないの?」
「私はすでに食べ終わっています」
「本当に今回は自由に過ごしているわね。少しは自重した方がいいわよ」
「どうしてですか? まだ修学旅行は終わっていないのですからもっと楽しまないと」
「そろそろ先生方の機嫌を考えたほうがいいわ」
「そうだな。少しは俺達の事を考えてほしいな」
後ろを振り返れば、少しばかり怖い表情をしている近藤先生がいた。だけどその程度の威圧など俺には通用しないぞ。過去に何度教師から注意されたことか。そのどれもが無駄な努力だったのかは繰り返し行われたバカ騒ぎが証明している。
「次、何かあったら強制送還だからな。ちゃんと忠告はしたぞ」
「大人しくしておきます」
それを出されると屈するしかない。本来であれば入院した時点で俺の修学旅行は終わっていたはずなのだ。それを強権を用いて継続しているに過ぎない。二度目は通用しないという教師達からのお達しなのだろう。そもそも退院直後に色々とやらかし過ぎた。
「大体、退院直後に逃亡劇とか何を考えているんだ」
「それには深い訳がありまして」
「訳があろうとあんなことを起こされたら他の生徒達にだって迷惑が掛かるんだぞ。修学旅行が中止になったらどうやって責任を取るつもりなんだ」
責任の取りようなんてない。補填することなんて出来ないし、後日改めて修学旅行を開催することなんてやれるはずもない。言い訳のしようもないから今は大人しく説教を聞いておくか。反省する気は一切ないが。
「ふぅ、酷い目に合いました」
「全く反省していないわね。自業自得なんだからこれに懲りて、自重しなさい」
「そんな言葉は私の辞書にありません」
近藤先生の短い説教が終わり、空いている席に腰かける。お目付け役のように俺の隣に香織がいるのだが、誰かの指示だろうか。それに自重なんてしていたら俺らしくないじゃないか。琴音として色々としがらみのある中で自由を探しているのだ。
「それにしても注目を浴びていますね」
「そりゃ昨日のライブが原因でしょう。私は個人的に呼ばれたし、晴海達はクラス単位で琴音から許可を貰ったからいいけど。他のクラスなんて話でしか聞けなかったのよ。内容を知りたいと思うじゃない」
「仕方ないですよ。あのフロアに全員は入らなかったのですから。抽選に漏れたと思ってもらうしかありません」
「それで誰もが納得する訳じゃないのは琴音だって分かっているでしょう?」
確かに不公平感はあるよな。同じ修学旅行なのに不平等があったら不和になり兼ねない。ならばどうすればいいのか。多少なりとも不平等を改善すればいい。流石にもう一度開くことは出来ないから妥協案になってしまうが。
「仕方ありません。あとで映像を貰いますから、修学旅行の何処かで放映してもらいましょう」
それが俺に出来る限界かな。映像に関しては唯さんに頼めば快く承諾してくれるだろう。しなかった場合は色々と対抗策を考えて、納得してもらうことになるだろうが。そんな馬鹿な考えをあの人が持つとは思えない。
「昨夜のライブは映像として一回限り放映します。それで何とか妥協してください」
スタッフからマイクを借りて宣言したら、広間に集まっていた生徒達から歓声が上がってしまった。やっぱりこういったことは共有が大事なんだな。全員にデータを渡すという手段もあったが、それは外部に流出したら拙いと判断した。唯さんからの要請を考えたら当然だ。
「私のイメージはこれで崩壊しますね」
「去年のイメージの方が最悪だったのだから改善される結果になると思うわよ。良いか悪いかは私にも分からないけど」
琴音がやらかしたイメージをどうやって払拭すべきなのか最初の頃は悩んでいたのに、馬鹿な連中とのバカ騒ぎで解決するきっかけを掴むとはどういうことなのか。ただしこんな方法は今回限りの荒業であることを忘れてはいけない。
「ただ琴音の謎が増えることにはなるわね。どうやって歌手や女優と知り合ったのか探る人が出そうよね」
「探った所で何も出てきません。もし仮に彼へ辿り着いたとしたら瑠々以上の変態です」
「友達を変態扱いしていいの?」
本人も認めていることだからな。小さな事柄から、一体どうやったらそこまで調べられるのか俺達の誰も知ることが出来ない。真似しようとした奴だっていたのだが、結局は瑠々を見失って諦める結果しか残らなかった。
「奇人変人の集まりであるのは自他共に認めている事実ですから」
「常識人はいないの?」
いるのだが俺達と一括りで扱われているために変人認定されているのだ。本人達も最初は抵抗していたのだが、ある程度の期間抗議活動をしても一切改善がされないために諦めた。そして更に悪乗りが加速したのも付け加えておこう。
「馬鹿達の話は一旦忘れましょう。今日の予定は何だったでしょうか?」
「有名なテーマパークで遊ぶだけよ。到着は昼頃。社会見学みたいなのは琴音が入院している間に終わったわね」
一応は学園行事なのだからお堅いものだって入っている。だけどメインはやっぱり生徒達にとって楽しいと感じられるものが多い。今回の場合はその筆頭だな。だが何故、俺はそんな体力を思う存分使うようなときに徹夜参加なのだろうか。
「予定をちゃんと覚えておけば良かったです」
「生徒同士の思い出作りとしたら一番の山場じゃないかな。それなのに琴音ときたら」
「何も言い返せないのが辛いです」
結局は自業自得なのだが、何故に俺は予定を頭の中に入れておかなかったのか。今回の修学旅行は退院直後から関係ないことをやりすぎて色々と忘れているような気がする。家族に対するお土産はちゃんと覚えていたのに。
「伝えておくけど、琴音の監視役に私が抜擢されたから」
「何で?」
「馬鹿やっている自覚はあるでしょう。これ以上、何かあったら修学旅行が危ぶまれる可能性があるんだって」
「よく了承しましたね」
言ったのは教師の誰か。別に俺がやったことなんて可愛らしい方だというのに。馬鹿達が本当に馬鹿をやった場合の惨状は体験した者達しか分からない。だけど声を揃えて言うことがある。もう勘弁してくださいと。
「琴音に付き合えるのなんてそれなりに付き合いのある私か晴海と宮古しかいないじゃない。友達たちは昨日の件で貸しがあるから了承してくれたし」
そういえば香織の友達たちも昨日のライブに参加していたのだったか。もう誰を招待したのか覚えていない。ただ小鳥だけは観客の中で一番目立っていたな。恐らく強引な手段で別のホテルを抜け出したのであろうが。
「小鳥と出会ったら舞い上がっていそうですね」
「目立っていたわね。肩車で」
前の方に出てくることが出来ずに、恐らく護衛の女性の人に肩車してもらいながらライブを見ていたからな。あれは印象に残っている。ついでに言えば肩車している女性の疲れ切った表情も。俺の逃亡劇もそうだが、下手に身体能力が高い人間の追跡は本当に大変なのだ。
「あの子の事だから琴音の事を探し出してでも会いに来ると思うわよ」
「修学旅行ではまともに会話もしていませんからね」
「それに他のクラスの人達だって昨日の件を聞こうと近寄ってくるわね」
「面倒臭い事態になってしまいました」
「自業自得よ。私としては思い出をありがとうだけど」
思い付きで行動していると、後の事なんて一切考えないのだから後始末が大変だ。今回の事態だって冷静に考えたら予測できることだというのに。やっぱり修学旅行でテンションが変な上がり方をした影響だろう。
「逃亡劇第二幕を敢行しましょうか」
「止めておきなさい。確実に強制送還されるわよ」
だよな。でも今回の場合はテーマパークの中なのだから、一幕に比べたら難易度は下がるはず。下手にアトラクションへ乗ってしまえば出口を抑えられて詰むし。何より俺自身が楽しむことが出来ないのが辛い。
「当たり障りなく適当にあしらうしかありませんか」
「変装でもすればいいんじゃない? 京都では色々とやったんでしょう」
帽子被って髪型変えていただけなのに。思い出したことだが今日だけは私服での行動が許されている。完全な遊びであるし、時間通りに集合場所へ集まれば問題ないから。結構、この学園はそういうところが緩い感じである。
「護衛の人達に伊達眼鏡持っていないかどうか確認してみましょう」
「何処かの芸能人みたいになっているわね」
全くだ。何で同じ学園の生徒達から存在を隠さないといけないのか。特に問題となりそうなのが別のホテルに泊まっている生徒達だな。今回の事は友達から伝わっているはずだから、事情を知ろうとする輩が出てくるはず。一々その対応をしていたら自由時間が削られる。
「この眠い時に限って」
「それこそ自業自得よ。勝手に寝れば良かったのに」
「寝ようとするとくすぐられたりして妨害されるのです。勇実が眠ろうとしたら私も報復として妨害行動をします」
「不毛な争いね」
どちらも負けず嫌いなのが悪い。報復することを諦めたらいいのだが、それでは自分だけがやられているようで嫌なのだ。相手にやり返してスッキリしてから寝たいじゃないか。それが悪循環を生んでいると気付いていながら。
「男だったらどうするのよ?」
「ティッシュで紙縒りを作って鼻に突っ込む。背中に氷を入れる。足をくすぐるなどやり方は様々です」
「悪辣すぎる」
まだまだ序の口なのに。気付いたらジャイアントスイングされていた時だってあったんだぞ。エスカレートしたら歯止めが全く効かなくなるのだ。しかも徹夜でテンションがおかしくなっているのだから猶更だ。
「琴音相手に不毛な争いはしないようにするわ。勝って得るものはないのに、失うものが多い気がする」
「争いとはそういうものです」
すでに何かを失うことすら気にしていないぞ。勇実相手には最初から男女の違いすら意識していないから。あれはすでに妹と同じようなものだ。プロレスみたいな喧嘩をして、師匠に仲裁されて撃沈するまでがテンプレである。
「そろそろ朝食の時間も終わりそうね」
「部屋のベッドを見た瞬間に倒れ込みそうです」
「あまり時間ないから寝ない方がいいわよ。バスで仮眠を取りなさい」
「それが賢明ですね。変装も考えないと」
昨日の件で護衛の人達から警戒されているから俺からのお願いを聞いてくれるかどうか。騙すつもりも逃亡するつもりもないと説明しても信用してもらえるかな。そんなことをやるなら最初から声を掛けないというのに。
「何事もなければいいけど」
今日は大人しくするつもりなのだから、変なものを引き寄せないようにしないと。主に奇人変人の連中から。それ以外に何かあるかな。
多少、頭痛が残っていますが大分快復しました。
最後の最後まで油断は出来ませんね。
十二月は色々とあったんですけどね。
姉、初子育て。父、入院。私、インフル。母、多忙。
ドタバタが凄まじい年末でした。