110.過去との思い出
遅くなりまして大変申し訳ありません。
今年最後の投稿となります。
来年も何卒宜しくお願い致します。
話し出したら止まらないとはよく言うが、本当にその通りになってしまった。俺の話がずっと続くわけではなく、途中で勇実が話に割入りよく脱線してしまう。眠気など無視するが如く続く話題の数に、お互いの波長が合っていることを自覚してしまう。
「朝だな」
「朝だね」
「結局徹夜だな」
「徹夜しちゃったね」
そして終わりを自覚した途端、ドッと疲労を感じてしまったのは仕方ない。朝陽が眩しすぎて直視できない。当たり前の話ではあるのだが。疲労と眠気で頭があまり回らない。全部自業自得の話ではある。
「眠気覚ましにお風呂に行こっか。今寝たら絶対にチェックアウトの時間に起きれないと思うよ」
「そうだな。私なんて置いていかれる可能性が高そうだ」
教師がチェックするであろうが、昨日の件がある。琴音なら自分で何とかするだろうで放置される可能性を考えておくか。そんなことは絶対にないと分かっているのだが、嫌な予感ばかり増していくんだよ。
「そうなったら私達とTV出演しようよ」
「馬鹿か。そんなことしたら軽くても停学になってしまう」
修学旅行中に行方不明となって番組に出演とかしてみろ。証拠が残り過ぎて隠蔽すら出来ないぞ。録画ならまだ何とかできるかもしれないが、その損失を埋めるための金額を何処から出す。俺個人でどうしようもない問題に発展してしまう。
「学園を辞めて私達と一緒にいるという選択肢もあるよ」
「私の将来にとどめを刺すような真似は止めろ。普通の生活がしたいんだよ」
「それは琴ちゃんには無理だと思う」
過去にあれだけのことをやらかしていたのだ。静かな生活を求めるのは当然だろう。その結果がどうなっているのかは俺にだって分かっている。騒がしい毎日を送っている自覚はあるのだから。
「大体琴ちゃんのお父さんと喧嘩するつもり満々なのに普通の生活が送れると思っているの?」
「十二本家に喧嘩売るつもりだからな。普通で終わるはずもない」
ただの一般人が喧嘩を売ってただで済むような問題ではない。家族であるからこそ大事にならず内々で処理することが出来る案件なのだ。俺だってまともな考えを持っているのであればこんな不利な相手に喧嘩を売らないさ。
「私達の人生は普通と程遠いよ。私達は歌手デビューしたし、琴ちゃんなんて更におかしい」
「それは自覚している。こんな普通があってたまるか」
死んで生き返るだけでも現実ではありえないのに、更に中身が入れ替わり男女が逆転するなんててんこ盛り状態を普通に受け入れている俺達がおかしいのだ。もっと混乱しても、疑ってもいいというのに。
「でもさ。喧嘩を売って、今の生活に影響はないの?」
これは勇実としての純粋な心配だろう。如月家の家長である父親に逆らって今のままが続く保証なんて一切ない。下手をしたら以前に考えていた幽閉生活が待っているかもしれない。俺が黙ってそんな状況を受け入れるはずもないけど。
「最悪、会えるのはこれが最後になるかもしれないな」
「不吉なこと言わないでよ。そうなったら同窓生全員で救出作戦を実行するよ」
嬉しくはある言葉なのだが、これほど不安になる発言もないだろう。どれだけの被害を生んだとしても止まらない集団ほど恐ろしいものはない。しかもやると言ったら本気以上の力でやるような連中ばかりだ。不安になるのは当然だろう。
「仮に何かあった場合の対策も考えているから不用意に動くなよ。それも考慮して悟に相談するから」
使いたくはない手ではあるのだが手段を選んでいられるような状況ではないだろう。その為に修学旅行が終わってからもう一手やっておかないといけないことがある。それをどうするかはまだ未定なのだが、やるとしたら今年中だろう。
「勇実。ちょっと聞きたいことがあるのだが」
「何?」
「結婚とか考えたことはあるか?」
「私としては同性だと無理かな」
何ともいえない沈黙が続いてしまった。働かない頭を無理矢理動かして、それが俺と勇実の話になっていることを理解してしまう。違う、聞きたいのは俺達の事じゃない。俺の言い方も悪かったかもしれないが、勇実もサラッと答え過ぎだ。
「聞き方を変えよう。プロポーズされるならどんな状況がいい?」
「一言でいいと思うよ。結婚しようと」
勇実に聞いた俺が馬鹿だった。昔からそうなのだ。勇実は恋愛感情に関してだけはポンコツであると。こいつだって顔はいいのだ。プロポーズされることだってあったはず。高校時代は馬鹿やり過ぎて相手をしてくれる人もいなかったのだが。
「あれかな。琴ちゃんがプロポーズするのかな? 相手は誰なのかな? 私も協力しようかな?」
「全く持って見当違いだからそのどす黒いオーラを仕舞え」
それなのにこういう反応が返ってくる場合があるから本当に困る。こんな幼馴染がずっと隣にいる状況が続いていたのだから俺に恋愛が出来る自由などなかった。しようと思える相手がいなかったというのもあるが、七割方は近藤一家の所為である。娘を産廃扱いで隣の息子に投げ込もうとするのは止めてくれないだろうか。
「聞く相手を間違えた。他を当たることにする」
「私もそっち方面はさっぱりだからね。歳三なんかはどうかな。あれでも既婚者だよ」
メンバーの中で一番の謎だよな。あの寡黙でむっつりスケベがどうして結婚できたのだろうか。俺が生きている当時にそんな話を聞いたことすらない。それとも俺が死んだことで何かしらの変化でもあったか。聞いたところで答えないのが歳三であるのだが。
「そのイベントにはお前達全員不参加決定だからな。絶対に首を突っ込むなよ」
「そう言われると振りだと思うよね」
「相手は十二本家だ。私でも庇い切れると思うな」
「了解しました!」
もしも話が破談になった場合、誰が責任を取るかとなれば俺になるだろう。一応は責任者みたいな立場になっているから。本人同士の気持ちが通じ合えば問題なんてない。だけどそれを行動に示せない相手ならばどう転ぶかなんて分からない。
「くそ、本当に頭が働かない」
「徹夜明けだと仕方ないよ。お風呂に入って寝ないようにお互いを監視する必要があるね。特に琴ちゃんは」
「自覚している。だけど勇実だって私と変わらないだろ」
お互いにこんな状態で風呂に入ったら単独であれば確実に寝落ちする。運が悪ければ溺死する可能性だってあるのだ。第二の人生が寝落ちによる溺死とか考えたくもない。勇実だってニュースにはなりたくないはず。
「お互いに監視し合いながら入浴するか」
「その方がいいよね。同時に寝たら一巻の終わりだけど」
一人で入浴するよりは安全だろう。危険性はどちらにもあるのだから仕方ない。何が問題だったかというと勇実を止められなかった俺が悪い。勇実を責めたところで反省なんてしないのだから次に向けて俺がしっかりしようと思う。思うだけで実行するとは言えないが。
「琴ちゃんは私の裸でも苦手?」
「全般的にだ。琴音の家族なら大丈夫だけど、他がな。多分だけど義母さんも大丈夫だと思う」
家族という枠組みなら大丈夫というのが分からない。だけど他の人達に比べて勇実はまだ大丈夫な方だな。小さな頃から一緒に居て、同性同士となった影響かもしれない。男性だった時もバスタオル一枚で家の中を歩く勇実をよく見ていたのもあるか。
「何度見ても琴ちゃんの裸体は目の毒だよ」
「五月蠅い。私だって好きでこんな体格になったわけじゃない」
その後はお互いを監視しつつ、普通に入浴して終わった。何かを話している余裕なんてない。俺も勇実も眠気との戦いだったのだから。何度か湯舟に顔をぶつけてしまったのは仕方ない。その度に勇実によって救出された。
「危なかった。一人で入っていたら本当にあの世へと旅立つところだった」
「私も同じだ。やっぱり徹夜明けに入浴するのは危険だな」
自分の不注意でまた死ぬようなことにはなりたくない。前回は短い人生だったのだから琴音としては長く生きたい。それは誰もが願うことだろう。意識していても何が起こるか分からないのが怖いよな。
「このまま朝食を取りに行こうか」
「そうだな。誰かと会えるかもしれないし」
昨日のライブから現在の級友たちと会えていない。だから今日の予定を詳しく聞いていない。事前の予定はしおりで確認したが、級友たちが何をしたいかの確認はしていない。今の友人達と思い出を作らない修学旅行があるだろうか。
「変わった修学旅行になっちゃったよね」
「誰の所為だ。誰の」
お前達が関わった所為でまともな修学旅行になっていないのだ。その自覚は持ってほしいのだが、全く後悔はしていないはず。自分達が良ければそれでいいのだ。相手の都合なんて一切考えない迷惑な奴らだよ。
「意外と人が多いな」
「でも席は取れるね。他の皆はまだみたいだけど」
一達を確認できていないが、あいつがいれば来ないという可能性はないだろう。文字通り叩き起こしてくるから。徹夜が一人に、二日酔いの可能性があるの二人で出演は本当に大丈夫なのか。
「お前達、本当に大丈夫なのかよ?」
「出演のこと? 私は移動中に仮眠を取るから大丈夫。他の二人だってそれまでには体調を整えるはずだよ」
「お前達の大丈夫ほど、信用できないものはない」
最初の頃は信じていた。だが、それ全てを裏切り続けたら、一切信用することなんてなくなる。絶対に碌でもない方向へと進んでしまうのが分かってしまう。俺がいないところでそれが起こった場合、誰がこいつ等の暴走を止めてくれるのか。
「おはようございます。お二方だけですか?」
「おはよう、唯ちゃん。まだ男連中は来ないね」
「唯さん、おはよう。馬鹿二人を起こすのに苦労しているはず」
あの酔い方をした二人を起こすのは大変だからな。俺も経験があるから分かる。一からヘルプの連絡がないのは順調な証拠だろう。以前に俺が教えた最終手段を使っているかもしれない。
「昨日のライブ。大変素晴らしかったです。琴音さんの正式加入はいつ頃の予定ですか?」
「話しが飛びすぎ。私がイグジストに加入する気はない。馬鹿たちのまとめ役は一がやっているから大丈夫だろ」
「いえ、まとめ役もそうですが。やはり演奏での加入をお願いしたいと思っています。それにご相談もあるのですが」
「相談?」
何だろう。唯さんとは付き合いが浅すぎて何を考えているのか読めない。これが馬鹿たちなら何となく察することが出来るのだが。加入以外の話ならやれることは協力するつもりだけど。
「昨夜のライブを次回出すベストアルバムの限定特典に付けたいと考えているのですが」
「駄目」
反射的に断ってしまった。そんな絶望的な表情をしなくてもいいのに。参加者で俺はイグジストが所属している事務所の人間ではない。白瀬がどうかは分からない。
「私はいいと思うよ。琴ちゃんとの最初は記念に残したいから」
「お前が許可するな。そもそも私は未成年なのだから両親の許可が必要になる。その問題をどうやって解決するんだ?」
母は五分五分といったところか。父に関しては無理だと断言できる。十二本家がアルバムの特典に参加するなんて前代未聞だ。誰もやっていないことは確かだろう。俺自身の意思としてはどうでもいい。記念に残ればと思っているのも確かだ。
「私が社長と交渉してきます!」
「やる気出すのはいいけど、相手は十二本家だぞ」
「そこを捻じ込むのが私の仕事です」
それは違う。唯さんの仕事は勇実達の管理だ。琴音の両親への交渉は営業の仕事ではなかろうか。十二本家が相手となれば軒並み断るとは思う。というか唯さんのメンタルはいつの間に鍛えられたのだろう。勇実達と付き合った結果だな。
「私からアドバイスしておく。交渉するなら一月中旬以降を推す」
十二月は予定が色々と詰まっている。一月初旬は俺にとって大事なイベントが入っているから外してもらった方がいいだろう。その後ならいつでも構わない。父が生きていればの話だが。
「アドバイス。参考にさせてもらいます」
「何の話だ?」
「やっと来たか。予想通りゾンビが二人だな」
疲れ切っている一に、青い顔をしている新八と歳三。相変わらず学習しない二人だ。しかし歳三は奥さんをほったらかしていて大丈夫なのだろうか。一度は会ってみたいとは思うが、一体どんな人物だろうか。
「しかし、クラスメイトが一人も来ないな」
結構な時間が過ぎたはずなのに、学園の関係者が誰も来ないのはどういうことなのだろうか。朝食を食べる場所はここだけだと思ったのだが、他にもどこかがあるのか。それとも外へと向かったのか。
『琴音。何処にいるの?』
そろそろこちらから連絡を取ろうとしたら晴海からコールが掛かっての第一声がこれである。それは俺が聞きたいことなのだが。何かしら予定と違うことが起こっているのか。
「私が聞きたい。レストランで待機しているのに誰も来ないのはどういうこと?」
『一般客と一緒には出来ないから広間を借り切っているのよ。近藤先生だって琴音のことを探しているよ』
考えが追い付いていない証拠だな。生徒と一般客を一緒にしたらレストランのキャパを超えてしまうのは簡単に分かることだ。別の場所を確保しているのは当然だろう。
「場所を教えてくれ。合流するから」
『好き勝手やるのは勘弁してよ。私達との思い出はどうするのよ?』
「大丈夫。やるだけの元気がない。今日は大人しくしているよ」
『何で元気ないのよ?』
「徹夜した」
『この馬鹿は』
それは香織の台詞ではなかろうか。遂にクラスメイトにまで馬鹿呼ばわりされるようになってしまったか。馬鹿やっている自覚はあるけど。今の体力を考えたら今日は大人しくしていた方が吉だ。
「それじゃ今回はこれで解散だな」
「だね。いい思い出になったから私達としては大満足だよ」
「修学旅行の思い出としては絶対に間違っていると思うけどな」
修学旅行の要素が何処にあると突っ込まれること請け負いだ。初日が旧友との再会、二日目が入院。三日目が逃走とライブ。そして本日は徹夜での観光。無茶苦茶である。せめて今日くらいはまとな修学旅行を送ろう。
今年も残りわずか。
そんな大晦日の日に筆者はインフルエンザ感染です。
本当なら十二月のネタでも書こうと思ったんですけどね。
皆様もお身体にお気をつけて。そして良いお年を。