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107.過去との飲み会


大浴場から出て、髪を乾かし着替えようとしたところで気付いてしまった。持ってきていたジャージが紛失していることに。以前のいじめを一瞬思い出してしまったが、犯人は分かっている。この中の誰かであることを。


「あれれ、琴ちゃん。どうしたのかしら?」


「犯人確定。お前だな」


「冤罪よ」


一番最初に話しかけてきたのは綾香だったから犯人扱いしたのだが、本人は認めようとしない。それに他の面子で考えたところでほぼ除外されて、綾香しか残らないのだ。何より手に持っている服で確定できるんだよ。


「そろそろ怒ってもいいよな」


いい加減、ストレスが大分溜まっているのだ。鬼ごっこである程度は発散することが出来たのだが、今回の修学旅行は初日から綾香に振り回されている。過去を思い返した分も含んだらそろそろ爆発してもいい具合だ。勇実なんて露骨に俺から距離を取っている。


「あら、大変ね。着替えがないじゃない。なら私が用意したこれを」


「ふざけるのもいい加減にしろよ」


「あっ」


他人から言わせれば俺は静かにキレるらしい。だからキレていることに気付かないで不用意に声を掛けてくるのだが、それは俺にとって好都合な展開でしかない。だって標的の方から無防備に近づいてくるのだから。


「私の着替えを何処にやった?」


「えっと、琴ちゃんの学友に頼んで運んでもらったんだけど」


「責任は持ってもらうぞ。あとさっさとそれを渡せ」


責任の取らせ方は俺のやり方でやってもらうが。静々と渡してきたのは真っ白なワンピース。清楚で物静かなイメージを持っている人物になら似合うだろう。だけど俺には明らかに合わない。自分で言うのも何だが活動的な方だぞ、俺は。


「私はこれに着替えるが、綾香はバスタオルで出ろよ」


「うぇ!?」


「悪さをしたのだから罰を受けるのは当然だろ」


本当にやらせるつもりはないけど。女優としてバスタオル一枚で外を歩いていたらいいスクープだろう。痴女として取り上げられても不思議じゃない。でも言うだけならいいだろう。涙目の綾香だが、まだ許してやるつもりはない。


「い、勇実~」


「通常キレだから時間が経てば許してくれるよ」


勇実曰く、俺がキレるのには二つの種類があるらしい。通常キレと言われるのが日常的なもので我慢できなくなった場合に発生し、マジキレが家族関連による一番近寄ってはならない状態。どちらも同級生たちは経験しているのだが、後者は本当に恐れられているらしい。


「琴ちゃんも機嫌直してよ」


「私が嫌いなこと分かっているだろ、お前は」


「付き合いが長いからね。今回のことは綾香が悪いよ」


俺にだってやってほしくないことは存在している。今回のはそのいい例だ。仕方ないで受け入れる場合もあるのだが、今回のことは完璧に綾香の趣味であり、満足するのだって綾香だけ。着た後に誰かしらが反応するだろうが、衣服を隠すのはやり過ぎだ。


「何が悪かったの?」


「第一に着替えを隠したこと。第二にこれ見よがしに別の着替えを用意したこと。琴ちゃんにとってはその着替えが気に入らないの。ほら、女装させた時なんてかなりキレ掛けていたじゃない」


「あれと同じなのね」


あの時はかなり我慢していた。結果的に報酬も貰って機嫌は直したのだが、今回のことはメリットが何一つとしてない。俺をネタにして遊ぶのにも限度があるのだ。我慢の限界は誰にだって存在している。それは俺だって例外ではない。


「琴ちゃん。流石にその罰は綾香のイメージダウンに繋がるから私から減刑をお願いしたいんだけど」


「蘭には色々と借りがあるからな。それに免じよう」


「蘭。ありがとうー」


「綾香もいい加減に落ち着きなさい。上がり下がりが激しすぎて私も疲れて来るわ」


「はい、自重する。でも反省はしない!」


「しろよ、この馬鹿!」


反射的にお湯をかなり吸い込んだバスタオルを振り抜いていた。乾いたバスタオルなら痛みなどないだろう。だが水分を吸って重さの増したものが胴体に当たったらどうなるか。結論、綾香の悲鳴が脱衣所に響く結果となった。


「自業自得だ、この馬鹿」


「今日の琴ちゃんは容赦がないね」


お前はいつまで俺から距離を取っているつもりだよ。お前だって標的の内に入っているのに。修学旅行で誰が俺に対して迷惑を掛けたかといえば綾香と勇実の二人しかいない。これが普通の高校生が行うような修学旅行でないことは分かっている。


「ちっ、やっぱり勇実は一筋縄じゃいかないか」


「自分に被害が来るの分かっていて突っ込むほど私も子供じゃないよ」


いや、十分にやっている行動は子供みたいなものだから。大人らしい振る舞いをしていた記憶がない。巻き込まれてばかりの俺だが、当然ながら報復に動く場合もある。勇実は俺の限界を知っているからこそ、いいタイミングで逃げるのだ。


「呻いていないでさっさと着替えろよ、馬鹿」


「こ、琴ちゃんがきつい」


機嫌が悪いからな。しかし俺がこれだけのことをやっているというのに誰も綾香のことを助けようとしない辺りが俺達の関係を表しているな。蘭が助けたのだって、現在の仕事に影響するからだし。バスタオルが当たったところが赤くなっているのはいいのだろうか。


「時間が経てばあの程度は消えるじゃない。少しくらい痛い目を見たほうがいいわ」


「確かに。それじゃ移動するか。どうせ男連中はすでに飲んでいるだろ」


これは経験則から来る予測だ。同級生たちは待つということを知らない。全員という訳ではないが、八割くらいは我が道を行くような人物ばかり。だからこそ大物になる可能性は高かったのだが。突き抜けすぎているのは否めない。


「かんぱーい!」


「琴音がご乱心だ!?」


準備されていた部屋の扉を力いっぱい豪快に開き、開口一番がこの発言ならば新八ですら突っ込むだろう。ちなみに何故空き室を準備されたのかというと伊達の心遣いだ。一般の場所では絶対に迷惑が掛かるという予防線でもある。


「音頭を取ってやったんだから有難く思え」


「誰だ、琴音がこんなになるまで追い詰めた奴は!?」


「綾香だよ」


あっさりとばらすのが勇実らしい。聞いた一が頭を抱えている辺り、突っ込み役が一人減ったことを嘆いているのだろう。基本的に俺が暴走状態の時に割を食うのは一だからな。蘭と奈子を見習えよ。すでに諦めているんだから。


「それにしても琴音さ」


「何だよ、悟」


「その恰好似合わないね」


自覚はある。擬態すれば似合うような気はするがそれをやる意味がない。ただでさえ馬鹿をやっていて自分を誤魔化している状態なのだから。誰がこんな恥ずかしい恰好に馴染める。俺として着たくはなかった服装だったぞ。


「色々と隙間から見えそうで嫌だ」


「恥じらいの表情を見たかったのに、残念」


「よし、綾香を潰そう。両方の意味で」


「蘭! ヘルプー!!」


「墓穴を掘りまくっている貴女が悪いわよ。少しはその口を閉じることを覚えなさい」


同感だな。俺が何に対して怒っているのかを知っているのに更に煽ってどうする。火にガソリン撒いているようなものだぞ。自重することを知らない同級生たちの悪い癖でもある。しかも事態を収拾するのは決まって苦労人なのだから。


「僕達は少し前に飲み始めたばかりで食べ物は伊達が持ってくる手筈になっているよ」


「くそ、年齢が邪魔して飲めない。今日ほど飲みたい気分なのに」


「打ち上げ的なものでも?」


「精神的なものだ。悟だって分かっているだろ」


ここまで苛々が募っていれば嫌でも飲みたくなってしまう。しかも目の前では全く遠慮せずに飲み始めているのだ。酒が入れば少しばかり気が紛れるかと思ったのだが。誰かに勧められたとして絶対に飲むわけにはいかない。


「はい、琴ちゃん。伊達が持ってきたオードブルだよ」


「頂きます」


両手を合わせて勇実から手渡されたオードブルを食べ始める。誰もオードブル一つを占領する俺の事を注意しようともしない。普通なら数人で食べ分けるのが普通なのだが、俺達にとってはこれが当たり前の光景なのだ。


「いやー、やっぱり琴ちゃんがご飯を食べている様子は和むね」


「悟もそう思うよね。私なんて家でご飯の取り合いをしているからそんな印象は薄いんだけど」


あれは戦場だから仕方ない。そもそも遠慮するような関係でもないからな。仮に満足いくまで食えなかった場合は俺か師匠に頭を下げて追加を頼むようなことになるのだ。頭を下げるくらいなら全力で飯を食った方がいいというのが近藤家と沖田家での暗黙の了解である。


「伊達。あれ何人前?」


「四人前くらいじゃないか。琴音なら余裕だろ」


「そうだな。琴音なら普通に食べきるな」


奈子と伊達という常識人すらも俺に対する認識がおかしい。だが伊達は何を思ってそんな発言をした。お前には俺の正体を知らせていないというのに。それとも誰かが密告でもしたのだろうか。伊達ならば簡単に信じないはずなのに。


「私でも六人前が限界だからな」


「おかしいことを自覚しろ」


奈子から突っ込まれてしまった。しかし琴音はこんなにも食べる方だっただろうか。俺が入り込んだ所為で食欲が増したのは分かるとしても、身体の構造が変化したとは思えない。そういえば最初の頃はぽっちゃりしていたな。


「何で似ているのやら」


「何が?」


「いや、私が琴音になる前の琴音のことがな。食欲というか食べる量に関しては似ているなと思って」


それでも多少は太っていたという印象だ。子供の頃の琴音に関しては太っていたという印象はない。だけど中学を卒業する頃には体重計に乗ることすら拒否していたような気がする。あくまでも二番目の琴音に関してだが。


「そういえば私も出会う前の琴ちゃんについて聞いたことがなかったね」


「以前の面影すら無くなっていたからな。お前達と出会う頃には」


以前の琴音に比べて俺の場合はよく動いていたからな。早朝のランニングにバイトや買い出し。自堕落な生活をしていた琴音とは全く違う生活を歩んでいる。おかげで随分と身体がスッキリとしたはずなのだ。体力もついて俺としては万々歳。


「総司が琴ちゃんと出会っていたらどうなっていたのかな?」


「別に普通だったぞ。私が引っ張り回して、琴音がそれを楽しむ。馬鹿なことはそれほどやっていなかったがそれでも十分楽しんでいたと思う」


俺の手持ちでも限界はあったけどな。問題があったとしたら次の日をどうやって過ごすかということ。俺も琴音も家に帰ろうとは微塵も思っていなかった。家出しているのだかそれが当たり前だと思っていたのだろう。今にして思えば変な所で思考も似ていたな。


「何で急に静かになったんだよ」


琴音との出会いを思い出していたら急に周りが静かになったことに気付いた。先程まで今日の演奏についてとか、過去のあれこれについてそれぞれで盛り上がっていたはずなのに。


「私は知らないよ!」


「話していなかったからな」


大体あの時は帰ったら師匠と義母に思いっきり説教されて勇実ですら近づこうとしてこなかったのだ。終わった後には俺も精神的に疲れ切っていて爆睡していたし。次の日になったら勇実ですら聞くことを忘れていたのだ。


「いつの話なの?」


「高校時代だな。ほら、私が家出をしたときに」


「あの時は小夜子さんがピリピリしていて怖かったから聞きづらかったんだよね。でも当時の琴ちゃんは何歳くらいだったのかな?」


「小学生だったな」


「「「このロリコンめ」」」


「だから言いたくなかったんだよ!」


男連中の発言に本気で突っ込んだ。だから琴音との出会いはこいつ等に話したくなかったのだ。今でならそれほど何かを言われることはないだろうが、当時なら絶対に弄られる案件であったはず。


「でも総司がいなくなったの確か学校から帰った後でだよね?」


「一旦家に帰って準備してからだからな」


「となるとそれなりに遅い時間だよね」


「そうなるな」


「「「事案だ!」」」


「やかましいわ! 酔っ払いども!」


オードブルを食べる速度が上がってしまう。ストレスを食欲で解消しているようなものだから。しかしまだマシな方だな。時間が経つにつれてこいつ等のテンションが上がるのだから。さっさと逃げたい。

相変わらず健康診断の結果を見て、憂鬱です。

血圧が低いのは変わりませんが、新たに経過観察が増えました。

脂質と血糖値が。もちろん低い方で。

どう改善せよと。

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