105.ライブは煽り合い
遅くなりまして大変申し訳ありません。
ライブ開始の時間となり、イグジストと臨時参加の俺が簡易ステージに上がる。それだけで学生からは歓声が上がり、何故か護衛の連中たちはハラハラと見守っているな。大丈夫、ここで何かをやらかすのは俺じゃない。
「ゲリラライブに集まってくれてありがとー」
最初のMCは勇実に任せる。俺だと何を話していいのか分からないからな。ありふれたことでもいいとは言われているのだが、本職に任せていた方が安心できるだろう。いきなりのスルーパスには要注意だが。
「私としてはここまで人が集まるなんて思っていなかったんだけどね」
ほぼ現在の俺が影響してここまでの人数になってしまったのは否定できない。勇実達の繋がりなんて魔窟の連中だけだ。学生に教師、護衛の連中は俺が呼んだのでもあり、勝手にやってきたのだから。
「今回はイグジストを結成してからは初めての五人メンバーでやるよ。多分だけどこのメンバーでやるのは今回で最後! なわけないけどね!」
「ちょ!?」
「機会があれば何度でもやるよ! 機会が無くても無理矢理作るよ!」
「ちょっと止まろうか!」
やっぱりこいつにMCを任せるのは間違いだった。下手に喋らせると俺への被害が拡大してくる。俺の希望だが、今回で最後になるといいなと思っていたのに。勇実達に巻き込まれた時点で諦め半分だが。
「新生イグジストの誕生ぐぇ」
「止まらないから実力行使な」
取り合えず軽く首を絞めておく。明らかに会場に集まっている連中が引いているがそんな視線に構っていられる状況じゃない。本来の俺の役目はこんな感じに実力行使をしてでも暴走を止めることなのだから。
「護衛の人達はお疲れ様でした。私との鬼ごっこは楽しんでもらえたでしょうか?」
俺の発言に返ってきたのは怒号だった。すでに俺が如月家の令嬢であることを忘れているのではないだろうかというほどの声量で叫んでいるのだが、そこまで酷いことはしていないと思う。俺としては結構楽しめたのに。
「次回はもう少し頑張ってもらわないと困りますね。本職の方々が素人を捕まえられないのはどうかと思いますよ」
更に煽ったらステージ上に乗り込もうとしてくる人まで出てきそうだった。もちろん晶さんなのだが。恭介さんに羽交い絞めにされて止められているのはお約束だな。さて、護衛の人達を弄るのはここまでにするか。
「呼んでない学園の人達も集まってくれてありがとうございます。あまり今回の件は公言してほしくないのでお願いします」
今度はそんなの無理と返答がきてしまった。そうだよね、こんな機会を自慢しないわけがないよな。業界のニュースとして流れないことを祈りたいのだが、それもどうなるか分からない。色々な所に影響が残りそうだ。
「魔窟の連中は発言しないでくださいね」
「恰好が普通過ぎてつまらないよ。もっとロックに」
「「そしてセクシーな衣装に!」」
「本当に黙ろうか、そこ」
悟の発言へ続くように綾香と瑠々が馬鹿な発言をしたので撃退用のゴムボールをぶん投げておく。柔らか素材だから当たっても痛くはないはず。もちろん、そんなものが命中するはずもなく奈子が難なくキャッチしやがった。
「後でこれにサイン宜しくー」
元々はそれ用のボールだからな。悟の事だからイグジストだけじゃなくて俺もセットのものをお願いしているのだろう。その位はいいのだが、俺はサインなど一度も書いたことがない。適当でいいか。
「それじゃ時間も押してきていますからライブを始めます。準備はいいか?」
MCとしては会場を盛り上げないといけないのだろうが、そんな経験もないので俺には無理な注文だ。他の連中に確認してみたら楽器を鳴らすことで返事を返してきた。後は魔窟の連中が変なことをしないのを祈るのみ。
「それじゃ一曲目、始めますよ!」
一気に会場のボルテージが上がってしまった。下手な演奏が出来ないと緊張してしまうが、結局は出来ないことはやれないのだ。俺に出来る全部を出し切るしかない。そう思ってやろうとしたのだが、止めた。楽しめればそれでいいやと。
「結構上手くできるものだな」
「そこはほら、私達のコンビネーションが成せる技だよ」
特にミスが出ることもなく中盤を過ぎて終盤へと入ったのだが、やっぱり勇実達と一緒に演奏するのは楽しい。だからこそ長く続き、学外でも演奏していたのだが。
「しかし意外と疲れるな」
「私達も最初のライブの時は思ったね。体力的にも精神的に結構疲労するよ」
現在は水分補給と小休止の最中。あと三曲ほどやれば今回のライブも終わりなのだが、特に感慨深く思うこともない。ただ昔を思い出すだけ。あの頃にはもう戻れないという思いだけは残るけど。
「残りも無難にやるぞ」
「私としては面白みに欠けるんだけどね」
ライブに面白さを取り入れてどうする。お客は演奏を求めてやってくるのだ。確かに何かしらの演奏とは違うものを取り入れるのはいいかもしれない。それによる俺への被害を考えると賛同は出来ないぞ。
「それじゃ私が面白さを取り入れてあげる」
「何をしに来た、白瀬」
唐突にステージへ上がってくるなよ。魔窟連中がずっと大人しく観覧してくれると思っていなかった。だけど今回は不思議と大人しかったのだから嫌な予感しかしない。それが今やってきたか。
「さてこちらに編曲したものがあるんだけど」
「「殺す気か!?」」
ノートPCを覗いた瞬間、俺と勇実の声が重なる。他の連中はまだ見ていないから疑問符を浮かべているが、俺と勇実が騒ぐ時点で碌でもないことには気づいているだろう。
「私達が明らかに避けた曲を三曲メドレーとか地雷過ぎる」
「私の喉が潰れるわよ」
この短時間に昔の曲をアレンジして更に繋げたのは流石としかいいようがない。だけど実験体にされるこちらの身にもなってほしい。ハッキリ言おう、これは無茶ぶりであると。
「皆ー、イグジストの未発表が聞きたいかー!」
「「「おぉー!!」」
観客を煽るなよ。絶対に乗ってくるの分かっていてやるのだから性質が悪い。それに未発表というわけでもないだろ。学生時代に一回くらいは披露したことがあるのだから。それからは俺がいなかったからやっていなかったかもしれないけど。
「観客の期待に応えるのがプロというものだよね」
「ぐぬぬ、なら白瀬も手伝ってよ」
そうだな。道連れは大事だよな。白瀬が思いっきり嫌そうな顔をしているが関係ない。発案者がやるのは俺達にとって当たり前の事じゃないか。主に周りも被害が受けることになるのだが。今みたいに。
「白瀬のちょっといいところ見てみたい。あっ、そーれ」
「「「歌え! 歌え!」」」
魔窟連中の煽りが入る始末。瑠々の棒読みに乗っかる形で他の面子が飲み会のノリで声を揃えているのがやる気を削ぐ。だけどこれで白瀬の退路は断たれたな。ここまでされて逃亡するというのは俺達にとっては屈辱でしかない。
「やればいいんでしょ。やれば」
白瀬の歌唱力は俺達も認めている。作った曲を一応は白瀬自身がチェックしているからな。偶にそれで喉を傷めながら学校に通ってくることがあったから。ちなみに楽器の演奏は出来ないそうだ。だから無理な曲でも普通に捻じ込んでくる。
「琴ちゃんも手伝ってくれるよね?」
「馬鹿言え。私担当の部分で手一杯だ。歌までは範囲外」
勇実に頼まれたとしても無理なものは無理だ。自分の演奏する所だって高難易度なのに、それへ歌まで担当するなんて俺の技量でやれるものじゃない。それぞれの担当で手が空かない。
「喉を潰す覚悟でやらないといけないのは嫌だなー」
「次のライブは大丈夫なのか?」
「ツアーだから次までは日数掛かるのよ。その間に整えれば大丈夫かな。不安はあるけど」
喉を傷めてライブ中止とかプロ失格だからな。しかもそれが自分達で勝手に開いたゲリラライブの結果となればファンからの苦情は殺到するだろう。だけど俺達は悪くない。誰が悪いかと言えば悪乗りしている魔窟連中の所為だろう。
「よし、ラスト一曲。正確には三曲まとめたものだが死力を尽くすぞ。文字通り」
「「おぉー」」
やる気なさそうに答えてくれたが、気持ちは分かる。やる前から終わった後は疲労困憊になるのが予想できる。アンコールなんて受けることすら出来ないだろう。本当に全てを出し尽くした状態になるから。
「曲名は?」
「誰が為に夢を見て希望を抱け。三曲の連名」
「私達にとって希望なんてないけどな」
見えるのは力尽きている未来のみ。それでもやるしかない。ここまで煽られていてやらないのは俺達のプライドが許さないからだ。やるなら全力で楽しまないと損だ。
そして始まったのは俺達にとって苦行だった。楽しむことなんて出来ない。自分のパートを完遂するので精一杯。大体勇実なんて歌っている最中に酸素補給しているぞ。その間は白瀬が歌っているが。
「お、終わった。もう無理。指が痛いし、震えてもう弾けない」
指先がピリピリと痛むし、指が痙攣しているように震えている。一や新八も同じ状態。歳三に関しては腕が上がらない様子。勇実は喉が限界だな。どれだけ酸素吸っているんだよ。
「白瀬、大丈夫か?」
「貧血が酷い」
それは単に酸欠になっているだけだろう。ステージ上でへたり込んでいる白瀬に酸素を渡す。ついでに水も。自分だってそんな状態になる曲を何で作るのやら。この中で一番体力がないのもあるけど。
「アンコール! アンコール!」
「はい、そこ。アンコールというなら自分で歌ってください。アカペラで。演奏できる人がいませんから」
魔窟連中が騒いでいたが、俺の言葉に一瞬で黙ったな。こんな状態の俺達にアンコールを求めるなよ。喉が限界迎えている奴に、演奏者ですら腕や指が限界なのだ。碌な演奏が出来る気がしない。
「たく、分かっていてやるのだから」
「お約束だから仕方ない。私もあっち側だったら賛同していた」
白瀬も愉悦枠だからな。しかもこいつの場合はアカペラも余裕でこなすから俺達も負けてられないと思ってしまう。恐らくそれで失敗して魔窟の連中たちが笑うのだろう。しかもしっかりと録画される状態で。
「おーい、勇実。無事か?」
「無理。ごほっ」
これは暫く声を出すのも辛そうだな。声の出ない勇実なんて脅威じゃないな。これで下手な発言も出来ないだろう。だけどその後が問題だな。溜まったものが一気に噴き出す感じだから。しかも回復速度が速いのが難点でもある。
「さてと、あとはこの惨状をどうするか」
現在、簡易ステージの周りには観客が押し寄せてきている最中。狙いはイグジストのサインを貰うこと。特に学生が多いな。こういった機会でもないとサインを貰うことなんて出来そうにもないからな。押し寄せる観客を止めてくれているのは護衛の人達。時間外なのにすまない。
「唯さーん。助けてー」
「承りました。サインが欲しい方はこちらにどうぞ」
事前に用意していたのだろう。サイン色紙の束を持って、観客たちを捌いていくのは流石はマネージャーという所か。もちろん金銭を取らない。今回のことはあくまでもファンサービスであり、売り上げを目的としたものじゃないから。
「琴音。凄かったよ!」
そしてすでにサインを手に入れている香織はこちらに来ている。随分と興奮しているのはそれだけ演奏に感動してくれたのかもしれない。それは俺にとっても喜ばしいこと。でも今回で俺が参加するのは最後なんだけどな。
「ありがとう。久しぶりの割には上手くいったとは思う。かなり疲れたけど」
特に最後で全部出し尽くした。これ以上、何かをしようとも思わない。やりきった感が凄いな。これをライブツアーしている勇実達は本当に凄いと思う。俺が生きていたら、これに参加していたのだろうか。今となっては分からないな。
「そうだ、香織。ちょっと待ってろ」
折角だから香織にだけは特別なものをプレゼントするか。今回のことを形にして残しておくのも悪くはない。俺が持っていても仕方ないものだけど、ファンとして大事にしてくれるかもしれないからな。他のメンバーと白瀬にも手伝って貰ったものを香織に手渡す。
「他の連中には内緒だからな」
「絶対に大事にする!」
香織に手渡したのはイグジストと俺と白瀬によるサイン色紙。恐らくこの世に一つしかないものになるだろう。若干、文字が歪んでいるのは仕方ない。手の震えが止まっていないからな。それでも今日の記念にはなるだろう。
「それじゃ皆、お疲れ様!」
特別な夜は終わった。今日は色々とやり過ぎて本当に疲れた。今日はぐっすりと寝れると思う。この時は本当にそう思っていたのだが、事態は俺の思いを無視して勝手に進んでしまう。これで今日があっさりと終わるはずがないのだ。
魔窟連中の所為で。
仕事が忙しくなったのと、身内の入院でゴタゴタしておりました。
入院した本人は至って元気です。
筆者も賞味期限切れのパンを食べたり、カビの生えたサクランボを食べさせられたりしましたが、
至って元気です。お腹は壊しましたけど。
母の私で食べられるかどうかの実験は止めて欲しいものです。
寝ぼけていて気づかなかった筆者も馬鹿です。




