103.過去との昔話
準備をするといっても俺がやるのはベースの調整だけだ。元々は俺が使っていたものを勇実達が管理してくれていたみたいだから特に不具合もない。むしろ何で俺のベースを持ち歩いているのかが不思議だ。
「何で私のベースを持っていたんだ? 急遽用意した割には手入れもしてあるようだし」
「私達のお守りのようなものだから。ライブや収録の時はいつも一緒だよ」
本来のメンバーは五人だということだろうか。別に俺の事なんて忘れて過ごして貰っても俺としては構わなかったのに。寂しくは思うけどな。それでもいつまでも引きずるよりは全然いい。
「忘れてくれてもいいんだぞ」
「それだけは絶対に嫌」
キッパリと断られたな。勇実はヴォーカル担当だから調整するものがない。機器に関しては専門の担当者が準備している。何で突発的な小さなライブなのに専門スタッフが揃っているんだよ。
「何で嫌なんだよ」
「私の所為で総司はいなくなったのだから、私だけは絶対に忘れちゃ駄目なの」
別に勇実の所為ではないのに。あれは同僚の犯罪行為が行き過ぎた結果であり、勇実には何の原因もない。俺の名前を出したことだって迷惑だったから突発的に出た言葉。俺だってそれを責める気は一切ないのだから。
「あれは仕方ないことだろ。勇実が気にする必要は全くない。私は守れたことに安心しているし、死んだことには悔やみはするが、責める気はないぞ」
「それでも嫌なの」
譲れない一線か。勇実の中で俺の存在がどれだけ大きいのか理解してしまう。恋人とかではなく、殆ど家族と変わらない付き合いをしていた自覚もある。生きていた時間、殆ど一緒にいたからな。
「というかいい加減突っ込めよ!」
何で誰もこの会話に突っ込みを入れないんだよ。俺がこれでもかと暴露した言葉を連発しているのに誰も俺が総司なのかと聞いて来ないのがおかしい。普通なら聞くとこだろ。俺だって今更だと思っているけどさ。
「認めてもいいの?」
「あのな。綾香や瑠々が気付いてお前達が気付かない訳がないだろ。特に勇実は確実に気付いているはずだ」
付き合いの長さを考えろ。あの二人との付き合いは高校からだ。勇実に関しては赤ん坊の頃からだぞ。義母や師匠だって俺であることを理解して、勇実だけが外れていることはないと信じている。
「お前らだって何か言えよ」
「空気を読んでいるんだよ。言わせんな」
お前がそんなことを言っても信用はないぞ、新八。どんなことがあってもふざけるのがお前の持ち味じゃないか。若干、失望を込めた視線を送ると憤慨しているような感じになったが一と歳三に抑えられたな。
「大体ここまで私のことを巻き込んでおいて今更認めないと言われても困る」
「だって琴ちゃん、女の子じゃん」
「そこで正論をぶっこんでくるなよ!」
後ろの三人がずっこけたぞ。そんな理由で認めたくなかったとは思わなかった。俺が死んだことを認めたくないとかそんな深刻な理由を想像していたのに、まさかの性別の違いかよ。確かに重要な要素ではあるが。
「総司が死んだことを認めないほど私は馬鹿じゃないよ。だから総司の死を忘れないで背負って生きていくことを決めているの」
「今更真面目に語られてもそんな雰囲気じゃなくなっているからな」
「あれ?」
その台詞をもうちょっと前に言ってくれたらしんみりした空気が続いたかもしれない。だけどお前の正論の所為ですでに馬鹿らしく思えている俺には全く感じ入るものがない。取り合えずいつも通りの勇実ということか。
「もういいや。それで選曲はどうする? 一応はお前達の曲はチェックしていてある程度なら弾けるぞ」
俺がどうとかの話は一旦区切ろう。それよりもこれから行うライブについて詰めていく必要がある。まだ始まりまでの時間は結構ある。何をやるのかすら決めていないのは流石に不味いだろ。
「折角だからさ、いつもと違う曲をやろうよ。主に学生時代とか白瀬が作った曲とか」
「お前達のイメージが死ぬぞ」
ノリがいいのは確かなのだがふざけ度MAXの曲が多すぎる。白瀬は作詞作曲を担当していた奴なのだが、今でもイグジストに楽曲を提供している。本当の意味で奇才で、八割が馬鹿みたいな曲を俺達に提供していたのだ。
「そ、そこはほら。ちゃんと選ぶということで」
「あのカオスボックスの中身はまだ増殖中だ」
一の言葉に嫌な記憶が蘇るな。一応は提供されているのだから弾けるように練習はしていた。内容は酷いものだったが。それでも白瀬が作ったものだから完成度は高い。演奏者のことを一切考えていないけどな。
「でもさ、偶には歌いたいとか思わない? 校長先生の歌とか」
「歌い始めで全員コケるぞ」
卒業式の日に演奏したもので一番の色物を出してくるか。前奏は落ち着きのある綺麗なイメージだったのに、歌い始めでいきなり演奏がピアノのみに変わり、中身は童謡みたいなものへチェンジ。半数以上がこけたことを思い出す。
「私一人よりも琴ちゃんと一緒なら大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのか教えてくれ。私はあんな恥ずかしい内容のものは歌いたくない」
幼い子供が歌うような中身だぞ。それをいい声で勇実が歌うものだから違和感が半端ない。それに俺が参加してどうするんだよ。俺のイメージだって一気に崩れてしまう。
「唯さーん! 紙とペンをください!」
取り合えず俺がこいつ等を纏めないといけないな。これだと本当に色物が含まれたライブになってしまう。こんな感じも懐かしく思える。昔はいつもこんな調子で俺が仕切って何とかしていたものだ。
「そんなに長くやるつもりはないのだから選曲は十曲もあれば十分だろう。最初は落ち着いたものを据えて段々と盛り上がる曲を入れていけば」
「そんなの面白くないよ。でも長く持ちそうにないのは本当だね。流石にライブ後だからさ」
「私も午後は走り回っていたから疲れているんだよ。最長でも一時間以内で終わらせるからな」
演奏しつつ歌もやるとなると意外と体力を使うのだ。それに集中力も。折角の機会だから一曲くらいは勇実と一緒に歌ってもいいだろう。歌唱力は普通だった気はするのだが、琴音の身体だとキーが掴めていない点で不安がある。
「真ん中に総菜パンのテーマはどうかな?」
「馬鹿か。盛りが下がるどころか全員目が点になるぞ。弾ける私達もおかしいけど」
誰一人として忘れたと言えないのが酷い。ネタ的な曲はインパクトが強すぎて脳内に残り過ぎる。楽譜を見なくても普通に弾けてしまう点だけは便利ではあるのだが。
「あの悪夢を蘇らせる気か?」
「ごめんなさい。私が悪かったです」
勇実が素直に謝るのは珍しいのだが、この話題に関しては俺達にとっての黒歴史に認定されているからだ。賭けで負けて、罰ゲームでネタ曲のみのライブを行ったのだがあまりの観客の困惑っぷりにやった本人達が一番ダメージを食らった。
「提案者までもポカーンとしていたのは酷いよな」
「しかもあれが録画されていてゲリラ放送されたのはもっと酷かったな」
「あれは、悪夢」
珍しく歳三までも喋っての男性陣の感想である。学生時代の悪夢であり、当時の俺達のユニット名は新選組。学生で小さなライブハウスで行ったから観客は少なかったのだが、それを高校で放送したのが性質が悪い。
「しかもその後に私達のクラスで戦争しただろ。あれは高校の教師陣にとっての悪夢だったはず」
「録画映像の削除が目的だったのに随分と規模の大きなものになったよね。あれでよく停学にならなかったのか不思議だよ」
愉悦連中対苦労人同盟による直接対決。俺達も愉悦連中に参加しての大騒ぎ。苦労人同盟には教師陣も参加していたはず。結局、抑止力に回ったのは保護者だったな。俺と勇実にとっては監獄送りというより地獄送りだった。
「懐かしいね」
「やらかし過ぎだよな、私達のクラスは」
「俺達だって散々自由気ままにやりまくっていたのだから文句言える筋合いじゃないけどな」
一の言葉に全員が頷いてしまった。俺達もやらかしていた一端を担っていたのだから。大体保護者がやってきて俺達の暴走を止めるとかどうなんだよ。教師陣も匙を投げ過ぎだ。もうちょっと頑張ってくれてもいいのに。
「それで思い出したんだが同級生で誰がやってくるのか連絡は来たのか?」
下手に愉悦のみでやって来られたら大変なことになる。人数的には愉悦と苦労人の数が同数じゃないと抑えが効かない可能性が高い。俺の予想では綾香達と瑠々達はやってくるだろう。問題はその他だ。
「あの連中が事前連絡寄こすはずがないだろ。サプライズ大好きな連中だぞ」
「苦労人の連中だって嫌な予感を感じて来ない可能性だって高いよな。ヤバい、愉悦連中がこぞってやってきたらどうしよう」
新八ですら戦々恐々としている様子から分かるように、碌なことにならないことが確定してしまう。一だってクラスの内情を把握しているからこそ、愉悦連中の行動を予測できない。むしろ予測できていたら高校時代は色々と回避できていたはず。
「魔窟で情報拡散させた奴は誰だ?」
「新八だよ」
「死に晒せ」
「ひでぇ」
お前はそれだけのことをやってしまったんだよ。これで魔窟に情報を流さなければ身内のみで終わっていた可能性だってあった。綾香が企画の時点ですでにこの思考は破綻しているのだが、あえて口には出さない。
「でもさ、女帝こと奈子がいるんだったら力業で抑えてくれないかな?」
「今のあいつは瑠々のネタになるのであれば普通に見過ごすぞ」
「立派な担当になりやがって」
涙を拭くような真似をするな、新八。イラっとしたので持っていたボールペンを先端を向けて投げつけてやった。慣れた対応で避けられたけどな。昔のノリでやったのに相変わらずこういう時の勘はいいな。
「それと一に確認しておく。何で唯さんはカメラの準備を進めているんだ?」
「撮影しておいて使えそうなら限定特典とかに回すんじゃないか? 最近は商魂逞しくなってきたからな」
「私の許可は?」
「撮影してから許可貰いに琴音の家に突撃するかもな。本当に逞しくなって」
お前が遠い目をするな。お前達の暴走に付き合わされたから精神的に図太くなったんだろうが。大体十二本家に突撃とか普通に考えることじゃない。ノリが俺達に似てしまっているじゃないか。誰が責任取るんだよ。
「一。責任取ってちゃんと娶れよ」
「何で俺なんだよ。新八だっているだろ」
「何か駄目な気がする」
「だから何で俺にだけは辛辣なんだよ!」
いつもの流れではないか。だけど本心でもある。新八が結婚する予想が全くと言っていいほど想像できないのが不思議だ。逆に一の隣に唯さんがいるのは何故か自然な感じがする。
「許可取りに行った流れで私のことをイグジストに加入させる許可まで取りにいく予想が容易に出来るのだが」
「私は賛成だよ! それだったら私も一緒に頼みに行く!」
「余計に混乱させることになるから止めろ! 私から釘を刺しておくか」
終わった後でな。家に突撃されたら母ならすんなりと許可を出しそうで怖いのだ。最近は子煩悩というか変に暴走しやすくなっていて父との対決すらも辞さない雰囲気を醸し出している。俺としてはありがたいのだが変な方向に持っていかれそうで恐ろしくもある。
「選曲、進んでいないぞ」
「歳三から突っ込まれる日が来るなんて。割とあったな」
言うべきことはちゃんと進言するからな。時間を確認すると余裕が消えていた。昔話ばかりしていたような気がするが、悪い気はしない。消費したものは余裕の時間だが。本腰入れて考えないとだめだな。
「誰が為を入れるか?」
「喉が死ぬから!」
これは全員一致の答えだな。あれは体力の余裕がない状態でやってはいけない曲だから。下手したら勇実の喉が持たない。あれを作詞作曲した白瀬は本当に悪魔だ。もっとこっちのことを考えろと全員で突っ込んだものだ。
「全部を学生時代のじゃなくて、前半部分はイグジストの曲を入れるからな」
「ネタ曲が多すぎるからね、あっちは。まともなのは今ですら通用するはずなのに」
前提で五人組じゃないとやれないこと。俺がいなくなった代わりに一がベースを担当しているから誰かを頼まないと演奏が出来ない。だけど勇実達は他の誰かを入れてまでやろうとは思わなかったのだろう。
「それじゃ真面目に選曲するぞ。せめてライブくらいは成功させる気で取り組め」
「「「「了解であります!」」」」
睨みを利かせて、命令したら元気のいい返事が返ってきた。本当なのかどうかは分からないのだが、ここはプロ根性を見せてほしい。俺にとっては最初で最後のライブなのだから。多分。
ちなみに前回と合わせて予約投稿のミスではありません。
深夜過ぎに書き上げて限界を迎えただけです。
流石に午前三時は感想を返す元気も残っておりません。
ネタは自分で作り出さないのです! 何か矛盾している気もしますけど。
気にしないことにしましょう。