102.過去との企画
移動中、気まずい雰囲気となっていたが無事に他の生徒たちが宿泊しているホテルへと到着した。気まずい雰囲気にしていた原因は俺にある自覚はある。本当の記憶を取り戻しつつある所為か、何か変わったのかもしれない。
「やっと合流出来ましたね」
「原因が自分にあると自覚は持ちなさい」
「反省はしていません」
晶さんの突っ込みも何のその。自分の行動にはちゃんと責任を持っているつもりだ。だから後悔も反省もするつもりは一切ない。大丈夫、俺の過去と比較したら規模が比較的大きいだけで穏便なものだから。
「やり過ぎも注意よ。駄目だと思ったら私達でも止めるから」
「その点に関しては大丈夫です。絶対に止まりませんから」
「「止まれ!」」
妨害があった方が燃えるじゃないか。でも晶さん達が出向くようなことになったら俺が勝てる確率なんてほぼゼロだ。単独ではどうやっても人海戦術には勝てない。晶さん達四人が組んで来たら俺なんてあっという間に組み伏せられてしまう。
「もう滅茶苦茶よ」
「今更気付いたんですか?」
「猶更感じたのよ」
これでも結構大人しくしている方なんだけど。だって騒ぐのが俺一人なんだから。基本的に十二本家と組んで馬鹿やる機会も少ない。常時一緒にいるわけでもない。幼馴染と一緒にいた時の方が騒がしかった。
「和月学園の生徒で如月琴音と言います。先生と連絡を取りたいのですが取次ぎをお願いできますか?」
馬鹿な話をしつつフロントに辿り着いたので一応尋ねてみた。別に近藤先生の連絡先は知っているのだが、今やっていることは単に嫌がらせである。目の前の男性に対しての。今回の修学旅行は本当に以前の俺の知り合いに良く会う。
「承りました。少々お待ちください」
「ちゃんと人の顔を見て接客するのがマナーだと思いますよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら嫌味を言うと、相手は凄く嫌そうな顔をしてこちらに顔を向けてきた。就職していることは知っていたし、場所も把握済み。どうやって弄ってやろうかと旅行前は考えていた。
「平穏が終わった」
「私がここに来るという情報を受けた時点で平穏は終わっていたと思いますよ」
「そうだな。綾香からは無茶な予約は入るわ、勇実達からは無理難題を吹っ掛けられるわ。俺の胃が爆発しそうだ」
学生時代も苦労していたからな。苦労人に属している時点で胃の心配をしたところで無駄なのだ。どんなに頑張っていても精神的にやられてくるのだから。それで言えばよくあのクラスに最後まで所属していたと言える。脱落する奴もいたのに。
「綾香は知っていますけど、勇実達もですか?」
「何処から情報を得たのかは分かるんだが、いきなり展望フロアを貸し切りにしたいと言われたんだぞ。何で俺みたいな下っ端が支配人に交渉しないといけないんだよ」
それはまた大変なことで。我がクラスの中でも真面目をずっと通していたから仕事だと割り切って交渉したのだろう。意外とそういう方面には強かったからな。だから謝る場面ではいつも矢面に立たされていたのだが。
「伊達。お疲れ様」
「騒ぎの元凶が何を言っている」
伊達信二。俺達のクラスでの役割は中間管理職。上の者に謝り、下の者たちに振り回される一番不憫な役割を担っていた。そのおかげか随分と精神が図太くなったものだ。最後辺りなんて何をしたところで動揺すらしなくなったな。これに関してはクラス全員なのだが。
「魔窟の方はどうなっていますか?」
「祭り状態だぞ。綾香とのツーショットが載った時点で偉い騒ぎだ」
グループ名が魔窟というのですら大分ふざけている。だけど中身はその通り。関連性のない話題が飛び交い過ぎて統一性が皆無。だけど一致したら問題にしかならない事柄が飛び交う。落ち着きなんてないに等しい。
「今回集まる面子は?」
「急遽開催だから殆どの連中が無理だったな。予定が詰まっている連中が多いから」
一芸に富んだ連中が多いからそれなりに活躍している所為で何か月か前に企画していないと出席率は悪い。俺としては安心できる。それは伊達も同じだろう。一堂に介したら伊達の胃が本気で穴だらけになってしまうだろう。
「さて、私は逃げる準備をしよう」
「無理だろ。その状態だと」
両脇をガッチリと晶さんと恭介さんにガードされているからな。逃亡という単語を喋っただけで両腕まで掴まれる始末。しまったな、逃亡事件で随分と警戒心を高めてしまったらしい。これでは逃げることなんて無理だ。
「それにお待ちかねの方々の到着だ」
終わった。時間的には十九時を回っていて他の生徒たちは食事を終えたか、まだ途中である可能性がある。それだけがまだ救いだった。今、到着した連中を見たらそれこそ騒ぎになる可能性が高い。
「情報通り。琴ちゃんだ!」
「諦めろ。俺はすでに諦めている」
後ろから聞こえてきた声に伊達同様、俺も諦めている。この状態ではどうやっても勇実に捕まる未来しか見えない。伊達はまだ俺が総司であることを知らない。だけど魔窟からの情報でどういう人物なのかは知っているのだろう。
「これも運命だよ。今日は私達と一緒にライブをしよう!」
「いいぞ」
「えっ?」
何で了承したら言った本人が疑問の声を上げるんだよ。後ろにいる三人もだ。信じられないようなものを見る顔は止めろ。伊達からの話でどんな状態なのかも把握できている。それに俺にも考えがあるのだ。
「嘘だ。あの琴ちゃんがこんな簡単に了承してくれるはずがない」
「現実を見ろ。自分の耳を信じろ。それともなかったことにするか?」
「それは嫌! でも理由は教えてほしいかな」
理由は単純だ。今回の事では晶さん達護衛の方々にそれなりに迷惑を掛けた自覚はある。だからせめてのお詫びとして本物のアーティストによるライブを聞いて頂こうと思った次第。俺が参加してクオリティを下げることになるかもしれないが。
「晶さんに恭介さん。イグジストによるライブ。見たいですか? 今回のお詫びとして招待しますよ」
「軽食とか出る?」
「伊達?」
「用意はしている。こっちのスタッフ何名か回す予定は組んでいるぞ」
流石は用意がいいことで。これは勇実達の要望じゃないな。こいつ等は俺と演奏が出来ればそれでいいと思っていたはず。主催はこいつ等だが企画は別の人物だろう。大体は予想ついているけどな。
「お酒もOKですけど羽目は外さないでください」
「これはどう考えればいいのかしら。あの騒ぎと釣り合うのかな?」
「微妙な所だよな。だけど幾らかは相殺されるだろ」
二人の中で逃亡事件はどれだけ規模の大きなものとして捉えられているのだろう。一応は一流アーティストのライブですら天秤が傾かないほどの苦労を与えたのだろうか。そんなつもりは一切ないのだけど。
「参加人数はどれ位まで大丈夫なの?」
「展望フロアを貸し切っているから結構な数が大丈夫なはずだ。だが先に入っている人達も含めると護衛会社全員は無理だな」
「なら鬼ごっこに参加した人達に限定しましょう。私としても他に招待したい人達がいますから」
伊達の言葉に、俺が補足する。しかしフロントの前で相談することじゃないよな。言ってしまえば企画の段階で決めるようなことを直前でやっているのだ。他の客から随分と奇異の眼を向けられているような気がする。
「私のベースは?」
「もちろん準備しているよ。時間は二十一時開始ということで決めているからね」
「了解。一旦別れて展望フロアで集合。音合わせ後に本番でいいだろ?」
「私達はそれでいいよ。機材の準備とかもあるから。でも逃げちゃ駄目だよ?」
色々と覚悟は決めているのだ。今更逃げるような真似はしない。それに今の会話に疑問を浮かべなかった時点で確定していることもある。だから自分で決めていたことを今回だけは破る覚悟を決めた。
「それじゃまた後でな」
まずは招待する人物に連絡を取った方がいいだろう。スマホでもいいのだが、やっぱり顔を見せたほうがいい。色々と心配を掛けたことだしな。まずは部屋を確認して、いなかったら食事をしている所を尋ねてみるか。
「相変わらず無茶なことをやったわね」
顔を合わせた途端にこれである。部屋を訪ねたら普通に香織がいた。探す必要もなかったな。逃亡している最中の画像は逐一送っていたから元気であることは伝わっていたはず。心配していたというよりも呆れられていたな。
「実はこれからまた無茶をする予定だが来るか?」
「私も参加させるとか今度は何をするつもりなのよ?」
「展望フロアでイグジストとライブする。嫌ならいいけど、どうする?」
「……行くに決まっているじゃない!」
今の間は俺が何を言っているのか信じられなかったのだろう。だけど俺の付き合いを考えたら不可能じゃないと分かっての即断。流石はファンだな。微塵の躊躇すらなかった。というか両肩を掴んで顔を近づけるな。掴まれている肩が痛い。
「落ち着け。頼むから落ち着いてくれ」
「それで何時からやるの!?」
何か変なスイッチが入ったな。こんな香織の姿を見るのは初めてだな。随分と興奮しているのが分かる。だけどあまり大声を上げないでほしい。あまり他の生徒に知られたくはないのだから。
「二十一時だ。他にも護衛の人達や私の知り合いが来るから。恐らく綾香達もな」
企画は綾香だろうな。無茶な予約というのは部屋の確保でもしようとしたのだろう。しかし予定は大丈夫なのだろうか。あいつが急遽企画したのは確かだし。俺と出会わなければこんなことにもなっていなかったはず。
「私と一緒の部屋にいる子達も誘っていい?」
「その位ならいいだろ。あと宮古と晴海も誘っておいてくれ。私はこれから準備する必要があるから」
「お安い御用よ!」
テンション高いな。それほど嬉しいのだろう。でも香織は勇実達のライブにも参加していたはずなのに。やっぱりファンとしては何回でも見たいのだろうか。俺が参加することについて何も言わなかったのが気になるが。
「そういえば飯どうしよう」
夕飯食い逃したな。香織が部屋にいるということは食事は済んだということだろう。いいや、伊達が軽食の準備はしているといっていたからそれを少し貰うことにしよう。駄目だと言われたら伊達に許可を取ったと言えば何とかなるだろ。
「後のことは知らないけど」
あいつのことだから上手く立ち回ってくれると信じている。しかし妙に協力的だったな。何か綾香に弱みでも握られていたのだろうか。でも俺達が無茶をしても嫌そうな顔でいつも引き受けてくれていたよな。
「気にしても始まらないか」
問題は俺の方だな。一応は自室で勘を取り戻そうと毎日弾いてはいたが、今のあいつ等との実力差がどれほど離れているか分からない。そこの若干に不安がある。あいつ等の足を引っ張るのは嫌だな。
「こうなるんだったらもっと練習しておけば良かった」
大体期間が短すぎるんだ。十二本家で馬鹿やってからまだ数週間しか経っていない。それなのにまた馬鹿なことをやろうとしているのだからつくづく短い期間に色々とやっていると思う。
「もう少しで今年も終わりだというのに一気に収束でもしてきているのか?」
それを考えると年末に一体何が起こるのか怖くなるな。碌でもないことに発展しないように気を付けなければ。片付けないといけない問題は一つ残っているがこれに関してはそこまで規模は大きくならないだろう。
「何だかんだとやるべきことはあるんだよな」
正直頭の痛い問題なのは確かだ。下手したら解決したとしても更に巻き込まれる確率が高い。絶対に引き受けたくないが、依頼されたら断り辛い事項である。根回しはしておいた方がいいだろう。
「準備の方はどうだ?」
「まだ機材の調整が終わっていないよ」
まだ開始まで一時間以上あるのだから余裕はある。ライブといってもそんなに長い時間やるつもりもないだろう。勇実達だってライブツアーの最中なのだから。体力使いきってそっちに支障をきたすのはプロとして駄目だろ。
「なら私は自分の準備でもするか」
「その私服なら着替える必要もないね。折角、衣装を用意したのに」
逃亡していた時から着替えていないからな。それに勇実が用意した衣装など着たくもない。絶対に碌でもないものを用意していたと思う。変な恰好をされるのはもうこりごりだ。
愛猫が網戸を突き破って逃亡。
それを見て立て付けの悪くなったドアを蹴破ったことを思い出しました。
大惨事になったのは言うまでもなく。
ペットは飼い主に似るものですね。
さて、網戸の修復はどうしたものか。




