101.捕獲成功
今回は晶視点でお送りいたします。
捜索開始から二時間半が経過した。その間に発見できたのは僅か三回。そしてその全てが空振りに終わる。協力者の妨害がここまで厄介になるなんて思ってもみなかった。そしてそれに対して対策を立ててもその上をいかれるのが厄介すぎる。
「無理よ、こんなの」
「恐らく指揮をしているのは琴音だろうが、本気を出した場合、俺達の想定を上回り過ぎだな」
最初は気合を入れて行動していたのに、今だと捜索している全体の士気が下がっている。あまりにも相手の方が格上で何をしたところで徒労に終わると思い込んでいるのが原因なんだけど。
「部長の言っていた意味を漸く理解したわ。私達が本気を出しても難易度が高すぎて対応できない」
「十二本家の本気はヤバいな」
ヤバいなんてものじゃない。だけどまだ手段を選ばない状況にはなっていないだけマシだと思う。これで権力まで行使して来たら本当に諦めるしかない。それか会社を潰す覚悟で挑まないといけない。
「やれるだけのことはするわよ。このまま終わったんじゃ私達の評価どころか会社の評判に傷がつく」
「やれることはやっている気はするんだがな」
本気を出し、全力全開で取り組んではいる。それでもまだ琴音の後ろ姿を追いかけることしか出来ていない。包囲を幾ら固めても抜け出され、追いついたと思ったら引き離される。そりゃモチベーションだって下がる一方よ。
「それじゃ振り出しに戻ったからまた予測を立てるわよ」
「何回振り出しに戻っただろうな」
知らないわよ、数えてもいないのだから。予測地点を張っていても琴音から送られてくる自撮りで外れであることが分かってしまうのだから。運よく当たって発見できてもあっという間に引き離される。
「こことここはすでに立ち寄ったわよね?」
「なら残る場所としては五か所か。自撮りから推測してお土産がメインになっている気がするから候補としてはここか?」
あの子が何をしたいのか分からなかったけど、現在の目的だけは判明している。手拭いを買う際に私達にどちらがいいかと画像を送ってきた位だ。絶対におちょくられているのが分かっているのだが、急行してももぬけの殻であった。
「裏を掛かれたら諦めるしかないわね」
「裏を読んでも、その裏をいかれるからな。琴音の思考を読むのは無理だ」
「今回は更にその裏をいっていますけどね」
「止めてよ。そんなのどうやって見つければいいのよ」
聞き覚えのある声に自然と反応してしまったが、あまりの異常事態に思考停止してしまった。それは恭介も同じだろう。何で探しているはずの存在が私達のすぐ傍にいるのよ。こんなの誰が読めるのか。
「何で戻ってきたのよ? むしろどうやって私達の位置を知ったの?」
「そろそろ捕まらないと合流時間が遅くなりそうだったので。部長にはちゃんと制限時間を伝えていましたよ。それに普通に捕まったのでは面白くないじゃないですか」
ちゃんと後のことを考えていたのね。しかし部長め、分かっていて私達に知らせなかったわね。あの人にとっては今回の事態なんて訓練程度にしか思っていなかったのだろうか。万が一、何かが起こった場合は会社全体に被害がいくというのに。
「位置は何となくです。予測を立てて、配置を確認して、私ならここにいるかな程度。あとは瑠々に索敵を頼んでここまでやってきました」
そんなことが出来るのは琴音の能力が異常だからこそだ。私と恭介だって常に一定の場所で待機していた訳じゃない。琴音を探し出すために色々と移動を繰り返していたのに、それをあっさりと見つけ出せる訳がない。
「後は一応の為ですね。このまま逃げ切っていたら晶さん達にとってもよろしくない結果になりそうですから。捕獲成功ですよ。良かったですね」
「いいわけがないじゃない!」
明らかにこれは施しじゃない。追いかけている相手から施しを受けるなんて私のプライドが許さないわよ。確かに琴音を捕獲できたという結果だけならいいのだけど、相手から捕まりに来たわけだから私達の勝ちとは言えない。
「お土産も色々と買えたので私としては満足です」
「私達にとっては最悪の一日だったわ」
一応の為に琴音が逃げ出さないように周囲を囲んではいる。無駄なことだとは思うけど。琴音の恰好は最初の発見時から変わっていない。ただ髪型は発見時から毎回変わっていた。今はサイドポニーか。印象が随分と違って見える。
「無駄に凝ったことしているわね」
「やるからには徹底しないと」
「おかげでこっちは苦労したわよ」
微妙な変化だけど私達が知っている琴音は常にポニーテール。その印象が強すぎて最初に見た時は勘違いだと思って視界を外してしまう。その間に逃げられることが多かった。印象を変えるのもそうだが、一番厄介だったのが索敵能力の高さだ。
「琴音の知り合いは一体何者なのよ」
「普通の作家と担当ですよ」
「普通の人があんな人並外れた索敵能力と隠蔽力、対人格闘戦特化とかあり得なすぎるわよ!」
文句を一番言いたいことはこれである。琴音単体でも厄介なのに、それに知り合いが混ざると厄介どころではない。もしかしたら更に知り合いが増えたら今以上に無理なことになりそうね。
「私一人でも今回のことはやるつもりでしたけどね」
「もしかして修学旅行前から計画立てていたの?」
「いえ、退院した時に思いつきました」
事前の計画なしでここまでやれるのだったら、準備が整った状態だったらどうなっていただろうか。想像したくない事態になっていたことだけは確かね。そうなると琴音は本気では挑んでいたけど、真剣ではなかったということか。
「それで振り回される私達って」
「相手が悪かったと諦めてください。瑠々と奈子が揃ったのは偶然だったんですから」
いや、琴音一人だけであっても時間は掛かったと思う。発見さえしてしまえば捕獲は容易。だけど発見するだけでもかなり苦労すると思う。それに情報を流すようなこともしなかっただろう。
「そっちの二人。私達と一緒に働かない? 貴方達なら即戦力よ」
「「嫌」」
「無理ですよ。部長さんが直接勧誘したそうですけど即答だったそうなので」
部長ならそうするだろうね。しかし本当に一考の余地すらないほどの即答ね。だけどこれで私達が琴音の担当を外されるのも嫌ね。この二人が琴音の担当になったら被害がこっちに来そうだから。
「さてと、そろそろ移動しないと遅くなりすぎるわね。恭介は反対側をお願い」
「当然だな」
私が琴音の右腕を、恭介が左腕をガッチリと掴んで車へと連れ込む。こうしていないとまた逃げられそうだから。本人にその気がなかったとしても私達にとっては不安の材料しかない。
「もう逃げませんよ」
「それでもあんなことを仕出かしたのだから私達としては警戒するわよ」
何が原因でまた逃げ出すのか分からない。今回のことだって何の予兆もなかった。いつもと違うことがあったとしたら倒れて、入院したことくらいだろう。また何かが琴音の中であったのだろうか。
「それじゃ二人とも、またね」
「近いうちに会うだろうな。また瑠々のネタを期待している」
「楽しいことには率先して乗り込め。私の座右の銘」
もう今回みたいなことは勘弁よ。やっぱり先程の勧誘はなしの方向に持っていきたい。琴音と組み合わせたら問題しか発生する気しかしない。それはあのバンドの連中も同じ。変な化学反応引き起こしそうなのよ。
「奈子、すぐにチェックアウトの準備。琴音を追いかける」
「ネタの匂いか。面白くなりそうだな」
去っていく二人から微かな声が聞こえたけど、聞こえなかったことにしよう。これ以上、不穏な気配はいらない。もう疲れ切っているんだから。下手に問題を起こしてほしくはない。
「車で駅に向かって、新幹線で移動するわよ。琴音もそれでいいわね?」
「私としては問題ありません。今日の活動予定は全部終わりましたから」
それが本当ならこれ以上のことは起こらないと思っていいのよね。だけど警戒を緩めていいわけでもない。こんなことを言いながら今の琴音は突発的に何かをやらかしそうな気配がするから。倒れてからどうにも様子がおかしいような気がする。
「確認の為に聞いておくけど、今回みたいなことを今後やるつもりはあるの?」
車での移動中。私と恭介で後部座席にて琴音を挟んでいるので試しに聞いてみた。逃げられる状況ではないし、一応の為に確認がしたかった。素直に答えてくれない可能性もあるけど、琴音ならという期待がある。
「今回のは予行練習です。本番はまだいつになるかは分かりませんけど実行予定ですね」
「「止めてください。お願いします」」
琴音の言葉に恭介と二人揃って懇願してしまった。今回のことが予行練習だということに驚いたけど、本番をするということは本腰を入れて準備するはず。そんなの今回以上のことになることが分かり切っている。そんな事態に遭遇したくはない。
「大丈夫ですよ。その時には晶さんと恭介さんは担当から外れていますから」
「「はい?」」
寝耳に水なんだけど。琴音の予定だと私達はいずれこの子の担当から外されるということかな。そんな話は一切入ってきていないんだけど。もしかしたら琴音から打診するつもりなのかしら。私達が何をやらかした!?
「待って。ちょっと待って。それは琴音が私達に不満があるということ?」
琴音の担当になってから何かをやらかした記憶はない。むしろ琴音に振り回されていることの方が多い。十二本家の集合や今回の逃亡事件。どちらも琴音が主体になってやったことだ。私達はその対応に奔走していたはずなのに。
「違います。晶さん達はあくまで母との契約で私の護衛を引き受けています。私が敵対するのは父が契約している方です」
「確かに私達と契約しているのは琴音の母親の方ね。父親が契約しているのはちょっと評判が悪いわね」
これは私の評価というよりも全体的なものの見方でも合っていると思う。あそこは仕事はちゃんとしているのだがやり方が乱暴であることで有名だから。あとは如月家と専属契約していることを鼻にかけていることが目立つためでもある。
「琴音の護衛がそちらに移るということ?」
「一時的なものだと思ってください。私としてはあいつ等に守られているのは我慢がなりません」
これは琴音の我儘よね。過去に何があったのかは分からないけど、本当に毛嫌いしているように見える。琴音がここまで人を嫌う様子は初めて見たかもしれない。基本的に琴音はどのような人物とでも付き合えると思っていたんだけど。
「珍しいわね。琴音がそんなことを言うなんて」
「過去にちょっとありまして。ぶっ潰してやりたいですね」
琴音の発言にゾッとしてしまった。表情は無表情に変わっていて、本心で言っているのかは判断がつかないけど、雰囲気が変わり過ぎている。普段の冷静な様子ではなく、心の奥底に溜まっているものが噴き出さないように我慢しているような。
「だから本気で相手をしてあげようかと。強引な手段を取ってくれた方が好都合なんですけどね」
「一体、何をやろうとしてるのよ?」
「私としての人脈をフルに活用して翻弄してあげようかなと思っています」
相手は死ぬわね、それは。今回琴音が使った人脈なんてあの二人だけ。それ以上の人材を使った場合、どれだけの被害が周りに及ぶのか考えたくもない。大体琴音の知り合いには十二本家だっているのだ。末恐ろしいことになるのは分かり切っている。
「真面目に会社自体が潰れるわよ」
「いいじゃないですか。私程度に潰されるような会社など必要ありません」
その発言はどうかと思う。その対象には私達だって当て嵌まることに気付いているのだろうか。今回の予行練習ですら私達はいいように翻弄されていた。更に難易度が上がった状態では発見することすら出来るかどうか分からない。
「最後はちゃんと実家に戻りますよ。もちろん私の足で。後は父をぶん殴って、蹴り倒して、這いつくばらせれば私の気も晴れるというものです」
違う。琴音が十二本家の中でも比較的にまともな方だと思っていた私の考えが甘かった。狂ってはいないけど、病んでいる。そう表現するしかない。十二本家の中でもここまで過激に、暴力的になっている人物はいなかったと思う。それに変化が激しすぎる。
「琴音。それは誇張して言っているわよね?」
「まだ優しく言っているつもりなんですけど。正直な話、父を目の前にして理性を保っていられる自信がありません。下手したらもっと過激になっていますね」
父親の話になってから琴音の表情が動いていない。なのに楽しそうに物騒な発言が飛び出している。その勢いでいけば父親を殺しても不思議ではない気がする。本当に私の隣にいるのはいつもの琴音なのだろうか。今の私には全くの別人に見えてしまう。
「大丈夫ですよ。晶さん達に被害は行きませんから。むしろ行かせません」
そんな優し気に言われても全く安心できない。琴音の逆鱗に触れた場合、私達もその標的になるかもしれないと考えると恐ろしすぎる。琴音の敵になるということがどういうことなのか今回のことで理解できてしまった。
「琴音とだけは敵対したくないわね」
「私が敵認定する存在なんてあまりいませんよ。条件が結構シビアですからね」
条件が絞られているからこそ、そこまで苛烈になれるということだろうか。だけどどう考えてもやり過ぎていると思ってしまう。この時、私の中で一抹の不安が芽生えたのは当然だろう。
その後の会話が途切れたのは言うまでもない。
お風呂に入っていたら蜂がブンブンと飛び回っていました。
そっとしておきました。
入浴中に蛇が天井から落ちてきたことに比べれば些細なことです。
あれは悪夢でした。蛇は見たくもないほどに嫌いですから。