98.目覚めて感じるもの
起きて最初に感じたのは激しい頭痛と猛烈な吐き気。似たようなので酷い二日酔いだな。これである程度緩和されているとしたらあの時に意識を失って良かったかもしれない。どちらにせよ痛みに耐えきれず、シャットダウンするだろうな。
「トイレ行きたい」
思いっきり吐きたい。ベッドから起きて、スリッパを履いた段階で何処にいるのか気付いた。ベッドにいる時点で元いた旅館ではないことは分かっていたんだけど。またここに戻ってくることになるとは。
「病院か。また入院することになるとは」
廊下へ出たまでは良かったのだが、トイレが何処にあるのかさっぱり分からない。以前に世話になった病院とは違う。県が違うのだから当たり前か。どこに行けばいいのかとキョロキョロしていたら誰かが近寄ってきたな。
「琴音ちゃん! 良かった、目を覚ましたのね」
「その前にトイレへ連れて行ってください」
瑞樹さんだったのだが、こちらは限界を迎えつつあるのだ。感動的場面で廊下に汚物をまき散らすわけにもいかないだろ。むしろ俺がそんな醜態を晒したくはない。
「あわわ、顔色真っ青。二日酔いの晶みたい」
「そんな情報いりません。トイレへ、トイレの情報を。ウプッ」
「あっ、マジのパターンだ。こっちだよ」
手を引かれて、ゆっくりと案内されているのだが本音で言えば全力疾走でトイレへ駆け込みたい。何とか我慢しているがいつ限界を迎えても不思議じゃないのだから。
「到着したよ」
「失礼します!」
一言断ってトイレの入り口からダッシュ。胃の中身を全部出すつもりで吐き出したのに、出るのは液体ばかり。一番辛いパターンだよ、これは。嗚咽を漏らしながら考えたのだが、あれから結構な時間経過しているな。そうじゃなければ夕飯の何かしらが出てきていたはず。
「まさか修学旅行終わっていないよな」
やっと人心地がついた感じだな。でも一週間も経っていないはず。体力もそんなに落ちている感じもしないし、身体の痛みもない。一日か、二日といったところだろうか。
「お待たせしました。それと心配掛けて申し訳ありません」
「目を覚ましたのならいいわよ。まだ本調子じゃないみたいだけど」
「吐き気はある程度収まりました。頭痛はまだ結構ありますね」
日本語がおかしくなるくらいには大丈夫じゃない。限界を分からずに、飲み過ぎたあの頃を思い出す。仲間全員が次の日、呻き声を上げるだけの屍となっていたからな。
「まだ朝も早いから横になった方がいいわよ」
「何時ですか?」
「午前五時。私は各方面に報告してくるから。それと七時には晶達と交代ね」
「分かりました。それではお疲れ様です」
病室に案内されつつ、現在の状況について説明してもらった。俺が気を失ってから二日が経過。つまり今日は修学旅行三日目ということになる。唐突に倒れたのと一向に目を覚まさない様子、顔色も悪くなったということで救急車が呼ばれ即日入院。
「結構、大事になっていたんだな」
しかも京都観光を一日分失ってしまったのは痛い。予定では今日も午前中は観光。午後に移動して、次の目的地へと向かう。次は大阪だったか。移動が多いんだよな、今回の行程。
「夢の内容は覚えている。むしろあれを忘れろという方が無理だ」
小さな琴音との再会。夢で終わらせるには惜しい。現実であったことだと思うことにしている。色々と疑問に思っていたこともある程度は解決したのだが、根本的なことは分からないまま。永遠の謎になりそうだ。
「というかあれだけ寝て、まだ眠気が襲ってくるとは」
寝貯めというものが効かないということを実感したな。どうせ頭痛が酷くて食欲も動く意欲もないのだから睡眠欲には負けておくか。寝れば頭痛の方も少しは良くなるだろう。
次に目を覚ましたのは備え付けの時計で午前八時を回った頃。頭痛も随分と和らいだような気がする。もう少ししたら気にならないくらいに落ち着きそうな気はするな。
「さて、何をしよう」
まずはスマホの確認でもするか。病院内で使うのは気が引けるが、どれだけの連絡が溜まっているのか気になるんだよ。充電はされているようだけど、電源は落とされているな。パスワードを入力っと。
「結構溜まっているな」
登録している人たち、全員からメールが届いているのかもしれない。内容は大体同じか。目を覚ましたら連絡をくれみたいな。流石に病室で通話する訳にもいかない。退院してからでいいか。でも学園側には連絡しておいた方がいいよな。
「お腹減った」
吐き出したのもあるけど、一日食っていないようなものだからな。廊下に出れば、瑞樹さんみたいに晶さん達がいるかもしれないから連絡を頼もうかな。もしかしたら誰かしらの教師がいるかもしれない。
「おはようございます」
「やっと起きたのね、眠り姫」
何だよ、その名称は。入院したのだって今回を合わせてまだ二回目だぞ。取り合えず、学園側への連絡を頼んでみたら恭介さんが快諾してくれた。どうやら日替わりで教師がやってくる予定になっているみたいだ。
「大体午前九時位には来るわね。昨日は何人かの生徒もお見舞いに来ていたから。今日も来るんじゃないかしら」
「修学旅行なのに悪いことしちゃいましたね」
「私達もあの日は酔いが醒めたわ。担当者は全員何があっても動ける態勢を取ったから」
「本当にすみません」
「体調不良なら仕方ないわよ。でも原因が分からなかったみたいね。一応、私達も説明を受けたけど、精神的な負担が掛かったんじゃないかということだけ。身体に異常は見受けられないと言われたわ」
流石はお医者さん。確かにその通りだ。原因については判明しているが俺から説明できることじゃない。それに説明したところで信じてもらえる気もしない。
「簡単な検査で結果が良ければ退院できると思うわよ」
「よし、修学旅行を満喫します」
折角京都へやってきたのに一切観光しないで移動なんて嫌だ。出来る限りの観光はしたい。問題はやっぱり時間だよな。午後に入ってしまったら殆ど見て回れないだろう。どうしようかな。
そして本当に簡単な検査を受けて異常なしということで退院した。そして観光するという意欲が更に増した。原因は病院食。何で修学旅行に来て、病院食を食わねばならぬのか。絶対に美味いもの食ってやると。
「お騒がせしました」
「元気になればそれでいい。他の生徒たちも心配していたんだから元気な姿を見せてやれよ」
やってきた教師は近藤先生だった。本当は他の教師が来る予定だったのだが、俺が目を覚ましたということで担任である近藤先生がやってきたという訳だ。だが問題がある。ここで捕まったら絶対に行程通りに連れて行かれてしまう。現在の時刻は十一時を回ってもう少しで昼だ。
「先生。単独行動は?」
「駄目に決まっているだろ、馬鹿野郎。気持ちは分かるが我慢しろ」
ですよねー。生徒一人を残して全体を移動させる訳にもいかない。誰かしらの保護者は絶対に必要になるだろう。そう、保護者さえいれば何とかなるのだ。後は学園側の許可を取る必要がある。
「学園長に相談します」
「止めろ。お前はあの人の弱みを握っているんだ。絶対に許可出すぞ、あの人は」
分かっているからやろうとしているんだよ。ちゃんと見返りだって用意するぞ。検査までの間、暇だったから色々と計画を練ってみたのだ。だけど俺一人じゃ無理で協力者が必要不可欠。その人にも相談する必要がある。
「学園長からの了承は頂きました。ただし保護者は必須ということです」
「行動早いな。というかいつの間に連絡したんだよ」
ちょっと離れている間に。見返りのことも話してある。クリスマスイヴに静流さんとのデートを企画してあげると。もちろんプロポーズにも協力することを添えている。
「後は保護者ですね。こちらも当てがあります」
「如月の顔の広さは本当に謎だな」
問題があるとすれば知人がまだ京都にいるかどうか何だよな。来ているという情報は貰っているし、入院している間に連絡も貰っている。だけど現在どこにいるのかが記されていなかった。
「もしもし、奈子?」
『琴音か。大丈夫なの?』
「無事に退院した。それで奈子は今どこにいる?」
『京都で瑠々を缶詰にしている最中。締め切りまではまだあるけど、こうしないと原稿書かないから。この子は』
相変わらず瑠々の面倒を見ているのか。でもいいこと聞いたな。まだ京都にいることが判明したし、締め切りに余裕があることとか。友人は利用するもの。そして利用されるもの。
「私に付き合ってくれない? 面白いことするぞ」
『それは私達にとっても面白いことか?』
「人それぞれだ。それでどうする?」
『参加しよう。待ち合わせ場所は私達がいるホテルでいい? その方が都合付けやすいから』
「了解」
保護者ゲット。これで単独行動する問題は解決したな。後はどうやって他の生徒たちと合流するか。そっちに関しては護衛の人達に頼むしかないか。絶対に難癖つけられそうだけど。
「近藤先生。段取り付けました」
「お前の意外性にはもう突っ込まん。一応、その人達に挨拶する必要があるから俺も途中まで同行するぞ」
そりゃそうだよな。関係性に関して突っ込んでくれなくて助かる。喫茶店の客としか言いようがないからな。昔の友人といったところで、いつの友人なのかと突っ込まれたら困る。琴音のことを知っているからな、近藤先生は。
「それでは如月の事、お願いします」
「分かりました。心配するようなことはないと思われますので安心してください」
奈子と近藤先生のファーストコンタクトは無難に終わったな。ここで本性を出されたら台無しだからな。後はもう一人の存在とか。あいつが喋りだしたら色々とアウトだ。そこは奈子だって分かっている。
「いえーい。久しぶり」
「全く。ぶっ倒れるなんて貴女らしくない。誰にも心配を掛けないのが持論じゃなかったか」
ハイタッチしつつ、全く身に覚えのない持論を持ち出された。そんな持論を持っていたら高校時代に家出なんてするわけないだろ。大体巻き込まれて迷惑かけまくっていたじゃないか、俺達は。
「そんな持論は持ち合わせていない」
「知っている。巻き込まれ型の私達にとっては頭の痛い悩みね」
「呼んだ?」
「「呼んでいない」」
ぐすんと嘘泣きをするな、問題児。見た目が小さいお前がそんなことをすると周りが誤解するだろ。小さいのコンプレックスの癖にそれを利用する瑠々がいまいち理解できない。
「高校時代から本当に変わっていないよな、瑠々は」
「私だって成長したい。だけど運命がそれを許さない」
「「はいはい」」
適当に相手をするのが適切な処置であると俺も奈子も理解しているので素っ気ない。下手に相手をし始めると長くなるし、面倒なことになるのだ。下手に関わると本当に厄介なんだよ。
「それじゃ移動しながら昼食取るところを決めようか。そこで今日の予定について説明する」
「分かった。瑠々はどうするの? 誘われたのは私だし、瑠々だと見た目が保護者ぽくないから」
「隠れてでも付いていく」
「「それは止めろ」」
おじさん以上に隠密行動が得意な瑠々がそれをやると本気で見つけられないから困る。長年の勘で奈子だけが発見することが出来るのがせめてもの救いとなっている。その所為で奈子が苦労を背負っているのだが。
「それじゃ京都観光へ出発!」
「「おぉー」」
新たな仲間を加えてホテルから出る。昼食を取る場所を探している間に綾香に報告したら滅茶苦茶文句を言われた。心配していた私を無視してどうして奈子たちを誘ったのかと。更に通話まで掛かってきて面倒臭いことになってしまった。でも悪いのは俺なんだからちゃんと謝っておいた。
緊急業務連絡:十三時三十九分。護衛対象である如月琴音を見失う。
最後に問題を発生させるのが最近増えましたね。
ネタもないので正月に決めた今年の抱負でも。
ノートPCを今年こそ買うというのを決めました。
何故かその十日後に買っていましたけどね。
相変わらず自分の行動が意味不明です。