96.初めての秘密共有
暫しの思考停止から回復した後に何故、香織に感づかれたのか考えてみる。そもそも俺自体が琴音を真似するような行動を取っていないことが原因じゃないだろうか。心当たりが有り過ぎてどれなのか見当がつかないな。
「琴ちゃん、どうしたの?」
「友達に私の中身についてばれた」
「それは一大事ね」
その割には全く深刻そうに捉えられていない蘭である。俺もそうだけど、いつかは友人知人の誰かに感づかれるとは思っていた。前述したとおり、俺自体が正体を隠そうとしていないから。むしろよく今まで怪しまれなかったと思うよ。
「遅かれ早かれだとは思っていたけどな」
「それでどうするの? 隠す?」
「別に隠す必要がないな。この部屋に呼んでもいいか?」
これが全く知らない人物だったら白を切る覚悟はあった。だけど今回の相手は香織だ。信用できる人物であることは俺が一番知っている。仮にこれで嫌われることになったとしてもそれは仕方ないこと。俺が付き合うべき問題なのだから。
「この部屋の名前は?」
「小菊の部屋よ。分からなければ店員に聞くといいわ」
番号で部屋が決まっているわけではないんだよな。全部、花の名前になっているから結構把握し辛い。だから店員に聞くのが一番なのだが。俺も部屋に戻るときは店員に聞く必要があるな。
『疑問に答えるから小菊の部屋に来てくれ。分からなければ店員に聞くといいらしい』
返信完了。これで来ないというパターンはないだろう。あれが例え、一時の気の迷いであったとしてもこんな返信があったのなら気になるはず。あとはどうやって俺の現状について説明するか。今では説明する必要がない場面ばかりだったからな。
「私達のサポートは必要?」
「蘭は綾香の相手をしておいてくれ。下手に口を出されるとややこしくなる可能性があるから」
「承ったわ」
「よし、ならお酒を飲もう!」
結構、深刻な状況だと思うのに部屋の中の空気はいつも通りだよな。高校時代、色んな事を体験した所為で並大抵のことでは動揺しない胆力を身に着けている。それが出来なかった教師陣は大体胃を痛めていたな。
「流石に琴ちゃんへお酒を勧めるのは拙いわよね?」
「未成年だ。幾ら修学旅行でもそれはやっちゃいけないだろ」
法令は守れ。それも俺達が厳守していること。警察の厄介になることだけは絶対にしてはいけなかった。俺達が問題児でもそこまで有名にならなかったのはこのおかげだ。後は成績を常に上位キープしていたのもある。
「それじゃ飲んでいる気分になれるものをあげよう」
見た目はビールだよな、最初だけは。炭酸が落ち着けば普通のジュースなのだが、これが酒の席に一緒に置かれると間違える場合もある。飲めば分かるけどな。甘いから。つまみも用意している所から最初から酒を飲む予定にはしていたのだろう。
「こうやっているとOLが集まって飲んでいるようにしか見えないわね」
「見た目だけならな。未成年なのに全然そういう風に見えないのはもう慣れた。居酒屋に居ても違和感なかったみたいだし」
「飲酒したの?」
蘭の目が怖いな。そういった部分へ対して一番厳しいのが蘭だから。だから委員長とか言われるんだが、本人は当時一切気づいていなかったらしい。数少ない良心だから、誰もが大事にもしていた。
「するわけないだろ。ある人の頼みで同行しただけだ。もちろん報酬として晩飯はごちそうになったけど」
「琴ちゃんのことを信用するわ。昔からそういった所はしっかりしていたものね。あら、来たみたいね」
軽めのノックだから馬鹿みたいに騒いでいたら気づかなかったな。気を使ってのことだろう。そもそも俺が何故ここにいるのかは知らないはず。事前に晴美とかに聞いていたら別だけど。
「気にせず上がってくれ」
「何で着替えているの?」
俺の服装に違和感を覚えるということは何処かで俺のことを見ていたということか。苦笑のみで答えておいた。理由を説明するのも馬鹿らしいからな。この部屋の住人達が自慢したいだけのことだから。
「それじゃ座ってくれ。そっちにいる二人については無視してくれて構わない。どうせ後で絡んでくるから」
「随分と親しそうね」
やっぱりというか不信感があるみたいだな。そもそも香織は俺と綾香達に接点があることを知らない。つまり琴音として会ったことがないことを知っているのだ。そりゃ喫茶店の娘なのだから有名人が来店したら両親から聞かされるだろう。
「それでさっきのメールの件だが」
「間違って送ってしまったあれね。書いた本人が言うのもおかしいけど、ありえないわよね」
確かに見た目や家族が公認しているのに、本人と別人である可能性はないよな。現実的に考えた場合だが。その非現実に身を置いているのが俺なんだけど。だから理由を説明しようにも無理なんだ。本人がそれを知りたいというのに。
「別に私自身が一切隠していないから正直に答えるけど、如月琴音本人である」
「そうよね。私がおかしかったのよね」
「外見は、だけどな」
思いっきり疑問符を浮かべている表情をしているな。普通の思考なら中身が入れ替わっているという発想は簡単に出てこないだろう。奥でこちらの様子を見ながら晩酌している連中がおかしいのだ。蘭はまだまともだったけど。
「中身が違うんだよ。中身の正体は本名、沖田総司、二十三歳で男性。何の因果か如月琴音の中に入り込んでしまったよく分からない存在だ」
「何よ、それ。ふざけているの?」
いたって真剣なんだけどな。年齢に関しては死んだ当時のもの。それに三年が加算されているのが奥の二人。多分だけど、二人の年齢を暴露したら絶対に仕返しされそうだから口を噤んでおこう。三歳ぐらいのサバ読みならちょっとした誤差だろう。
「こっちは大真面目に答えているんだ。それとこっちからも聞きたい。どうして違和感を感じたんだ?」
俺らしく行動していたのは最初からだ。それに対して違和感を覚えるとしたら普段と違う行動をしていた場合のみ。今日は綾香達と出会ったという不測の事態以外、特にこれといったことはなかったはず。
「そっちの二人と一緒にいるところを見たのよ。後ろ姿だけど。それがあまりにもカチリと嵌るような感じがしたから気になって。それであんな変なメールを送ったの。本当は削除しようとしたんだけど間違えて送ったの」
なるほど。他にも勇実達と一緒にいるときもそんな感じはしていたのだろう。学生が現役ミュージシャン相手に平然と突っ込みいれている時点でおかしいよな。俺にとっては当たり前の行動でも琴音としては違うのは当然だ。
「昔の馬鹿やっていた同級生なんだよ。しかも一目で中身の私のことを理解してしまうような変人だ」
「私は違うわよ」
蘭からの訂正が入ってしまったが、どちらにせよ信じている時点で同列になってしまう。ここまで話しても香織の不信感は消えないな。簡単に信じられる内容ではないことも分かっている。これはどう説明したものか。
「いつからそんな状態になったの?」
「香織と出会った日。あの時からずっと私は中身が違っていた。以前の琴音は多分だけど、亡くなったと思う」
琴音としての影響は色濃く残っているが、意志らしきものが残っている感じがしない。もしも残っているのであればここまで父親のことを忌み嫌っている俺のことを批判しに出てくることだろうから。
「どうやって入れ替わったの?」
「それは私も知りたいくらいだ。私自身も三年前に亡くなっている。それがどうして三年後に琴音の中に入り込んだのかは全くの謎。私と琴音に接点があったとは思えない」
記憶を遡っても如月家と付き合いがあるような記憶はない。クソ婆が何かしらの接点を持っている可能性は否定できないが、それでも十二本家のガードを崩せるような人物ではないと思う。あれはまさに鉄壁だからな。
「ずっと私達を騙していたの?」
「別にそんなつもりは一切ない。私が自分を偽っている訳でもないし、こんなことを簡単に口外するわけにもいかないだろ。だから聞かれるまで黙っていることにしているんだよ」
「偽っていない?」
「琴音を演じるのではなく、私らしく行動するべきである。演じる場面はあるけど、それは普通の生活じゃない時だ。主にパーティーとかばれたら大変なことになるからな」
本性出して馬鹿みたいに大食い出来ない。それこそ色んな噂が後日飛び交うことになってしまう。それ以外だと俺が演じるようなことはなかったはず。むしろ琴音を演じるのは俺には無理な気がする。
「大体琴音を演じていたら香織とこんな仲になっていなかっただろ?」
「それは確かにそうね。以前の琴音は私も嫌いだったから」
「そういうこと。あれにも事情があったのだが、それを言ったところで仕方ないよな」
覚えている限り、その原因は卯月にあって、そしてとどめが父親だろう。琴音としては随分と追い詰められて、最後はあんな結果になってしまったのだから。ただ現在問題となっているのが何故そこで俺が出てきたのかということ。
「琴音、一つ言ってもいい?」
「何?」
「頭、大丈夫? 妄想もそこまで行くと大問題だと思うんだけど」
一瞬の沈黙の後、俺は声を押し殺して笑い。隣で聞いていた綾香と蘭は大爆笑。訳が分からず、俺と隣を交互に見ている香織だが、何も悪いことをしていない。ただその反応が面白かっただけだ。
「悪い悪い。当たり前の反応過ぎて笑えただけだ。そうだよな、それが普通なんだよ」
「改めて考えると私達の方が異常なのよね。異常なことを当たり前のように捉えているのだから」
「それでも私達と一緒にいた時の記憶があるのだからそこら辺を繋ぎ合わせると総司本人だと判断できるのよ。だけどそれを香織ちゃんが知っているわけじゃないから仕方ないわ」
「蘭の言う通り。付き合いとしては綾香と蘭たちの方が長いからな。私、いや俺のことをよく知っているからこそ辿り着く結論だったんだ」
「なら本当のことなの?」
それについては頷いておく。ここまでの話で嘘や偽りを含んだ話はしていない。全てありのままを伝えているつもりだ。今の状態で知り合った人物に話したのはこれが初めてだから上手く説明できている気がしないけど。
「今の意識はどっちなの? 男性? それとも女性?」
「そこら辺は随分と曖昧になっている。男性としての意識はまだ残っているけど、琴音の方へ引っ張られることが多くて。裸を見られた時の反応なんて男としてどうだと思うだろ」
「確かに。私の裸よりも自分の裸のことを気にしていたものね。普通なら私のことを凝視するはずよね」
むしろ相手の裸すらまともに見れない状態だったからな。今だと大分緩和してきているような気はするけど。そうでなければ温泉でゆっくりと入浴は出来ていないだろう。目隠しして何とかなるレベルだったからな、最初は。
「そんな感じだけど、今の自分は女性だと思っている。色々と無防備なところはあるけどな」
「偶にそれでハラハラするこっちの身にもなってほしいわよ」
「そんな場面を見てみたいものね」
「茶々を入れるな」
お前の脳内だと過去の俺に変換されてそうで怖いんだよ。スカートは制服で慣れてきているのだが、率先して履こうとは思わない。それよりだったら普通のズボンを履いていた方が気が楽なんだ。
「いいわ。信じてあげる。これって口外したら拙いわよね?」
「大変なことになるな。特に今の家族には絶対に言えない。色々なものが崩壊するはずだから」
「でも今の琴音と過去の琴音で随分と違っているから違和感を感じるはずだけど」
「そこら辺は如月家の呪いが関係しているな。人が変わったような感じになるのは珍しくないらしいから」
一例で挙げるのならば祖父が該当しているらしい。琴音は変わった後の祖父にしか出会っていないから判断の基準にならないけど。だから俺の性格が途端に変わったとしても珍しくはないのだろう。
「何か琴音の前、総司さんについて興味が出てきたんだけど」
「別に変わった人物じゃなかったぞ。私から言わせてもらえばごく普通の一般人だ」
「「それはないわ」」
隣から盛大に突っ込まれてしまった。俺としては普通だと思っていたのだが、やっぱり他人から見たら変わりものなのだろうか。それを言ってしまえば綾香も蘭も変人枠に入ってしまうのだが。言わないけど。
「総司の写真ならまだ保存してあるから見てみる?」
「見てみたいです」
「ちゃんと画像は選べよ。割と普通ので頼む」
特に女装している写真はなしで頼みたい。あれは本人ですら驚くべき変化になっているからな。鏡を見た瞬間、自分自身ですら誰なのか分からないだけ変化していたから。女性陣からは大絶賛で、化粧を施した奴ですら出来栄えに驚愕していた。
「普通のやつね。ならこれかしら」
一体何枚撮っているんだよ。綾香に撮られた覚えなんて数回ほどしか記憶にないのだが。知らないところで色々と撮られていそうだ。今の俺も似たような状況だと思うが。写真部の奴らマジで盗撮じゃないかと思うようなものを保有しているからな。
「へぇ、やっぱりというか面影が全然ないわね」
「あったら怖いわ。というか私の顔ってこんな感じだったのか。何か忘れていたような感じだな」
自分の顔は朝に身嗜みを整えるために毎日確認していたはずなのに、画像を見るまで忘れていた気がする。それと同時に頭の奥底で鍵が開けられる音を聞いた。それが変化の予兆だったのだろう。
「あれ? 私は彼と会ったことがある?」
「琴音?」
ここで俺の意識は途切れた。
修学旅行に何故暴露回を入れたのかは筆者も分かりません。
正月ネタ第二弾。
初夢は溺死でした。入浴中でしたから心臓に悪かったですね。
正夢にならず良かったと思います。
最近、碌な夢を見ていない気がします。




