95.過去の雑談と
更新頻度を上げたいのに忙しい毎日です。
温泉から上がり、自分達の部屋に戻ってきたまでは良かった。だけど部屋に入れるような状況じゃない。何故なら部屋の前には他のクラスの生徒たちが群がっているから。普通に考えれば分かることだよな。有名人がいればどうなるかを。
「さて、どうしたものか」
「冷静に考えているところ悪いけど、どうにもならないと思うわよ」
そうなんだけどな。隠れながら様子を見ている俺と晴海、宮古。姿を見せたら絶対に質問攻めにされることが予想できるからだ。部屋に入れない責任は誰にあるのかといえば綾香達だろうな。あいつ等が来る前に対応策を考えないといけないのだが。
「そもそもどうしてばれたんだ?」
「誰かが見ていたんじゃないかな。皆、暇していたからあっという間に広まったんだと思うよ」
宿でやることなんてあまりないからな。そこへ有名人の話が出れば、一目見ようと集まるのは必然かな。他にも何かしらあるものだと思ったんだけど。そういえば卓球台とかなかった。それでも風情を楽しむとかは若い子たちには通じないのだろうか。
「綾香達が来たら、絶対に不味いよな」
「不味いわね。ここに迷惑が掛かるのは流石にヤバいかも。私達に責任が回ってきそうだし」
「というわけで琴音は一旦離脱して、綾香さん達と行動していて。私達は周りをぶらぶらして時間を潰すから」
結局はそうなるか。本当ならこの後に香織も合流して、何かしら喋って暇をつぶす予定だったのだが、それも無くなってしまったな。何でこうも厄介ごとばかり回ってくるのか。そういう星の下にだとあきらめるしかないかな。
「それじゃ私は戻るよ」
「消灯時間には戻ってくるのよ。誤魔化すのも限界があるんだからね」
「肝に銘じておく」
先生が巡回してくるだろうからな。別に布団の中に座布団でも入れて誤魔化せるとは思う。幾ら何でも布団の中までチェックはしないだろう。過去の俺達ならやられていただろうが。抜け出していること前提で探し出すからな、あの頃の先生たちは。
「綾香、蘭。そっちの部屋にお邪魔することになりました」
「あらら、迷惑かけちゃったみたいね」
「全くです」
無事に合流できたのはいいが、周りの視線が凄いな。流石は有名人だというのもあるが、もう一つは俺に対してだろう。だって浴衣着ていないで学園指定のジャージを着ているから。何か着るのが恥ずかしいんだよ。
「風情がないわね。琴ちゃんは」
「性分なので仕方ありません」
別に用意されていなかったわけじゃない。肌の露出なんかで気恥ずかしさが勝ってしまったのだ。だけどそんな恰好をしているのは俺一人じゃない。他の生徒でもジャージを着ている者はいる。風情を楽しめていないのは俺一人じゃないのだ。
「それにしてもギャップが凄いわね。以前はそこまで恥ずかしがることなんてなかったはずだから」
「確かにそうね。上半身裸を私に見られてもごめんと謝るくらいの余裕はあったはずなのに」
「蘭。私はその話を知らないんだけど。一体何があったのかしら?」
パートナーとの間に亀裂が入ったような気がする。でもそれは俺の所為ではない。迂闊な発言をした蘭の所為だろう。怖いくらいの笑顔で迫ってくる綾香は妙な迫力があるよな。対岸の火事だとばかりに俺は距離を取ろうとしたのだが、蘭に腕を掴まれて阻止されてしまった。
「別に何処かの誰かに水を被せられて脱いでいただけですよ」
誰かというのは過去のクラスメイトのことだ。いたずら大好きな馬鹿がいたからな。普通、廊下を歩いていたら、窓の外から水が飛び込んでくるとか想定できないだろう。やった本人はバケツ片手に笑っていたので、思いっきりドロップキックしてやったが。
「惜しいことをしたわ。過去に戻れるのであれば何が何でもそこへ行きたいと思うわね。むしろ蘭は何でそんな場面に居合わせたのかしら?」
「委員長としての仕事があったのよ。貴女達の誰も手伝わないから私が主にやっていたじゃない」
「それに私が巻き込まれるような形でしたね」
主な雑事は蘭と俺が一手に引き受けていた。誰も率先して手伝わないので無理矢理拘束するようなこともあったな。それでも抵抗する奴は奈子に仲介してもらう感じだったか。俺達にとっての最終兵器だったな、女帝は。
「さて、部屋に到着したから口調を戻してくれないかしら。やっぱり私達には違和感があるから」
「これが今の私なんだけどな。意外と使い分けるのは苦じゃないけど」
これは琴音の影響だと思う。本来なら男と女で口調自体にも違いが出てくるもの。だけど琴音自体が口調を使い分ける機会が多かった所為か、影響されて今の状況にも適応できてしまっているんだ。
「それじゃ何の話をしようかしら。本当なら他の子達から琴ちゃんの日常を聞きたかったんだけど」
「それは私が話しちゃダメなのか?」
「やっぱり他の人達から聞いた方が面白いじゃない。本人だと隠す場合があるから」
そりゃ恥ずかしいことを率先して暴露するようなことはないからな。ネタとして語る人は知っているけど。あの人の場合、それをネタとしてではなく日常だと捉えているから性質が悪い。喫茶店のお客さんだけど。
「十二本家は知っているよな? 私はそこの長女となっている。別に資産家の娘らしく優雅な生活はしていない。今は一人暮らしで自由を満喫している最中だ」
「十二本家のイメージからしたらよく一人暮らしを許したと思うのだけど」
「蘭の言うとおりね。身辺警護とか考えると一緒に暮らしていたほうがいいと思うのが普通よね」
「元々この身体の持ち主が度を越した行いをしたのが原因なんだよ。それで実家から追い出されたようなものだ。私としては今の生活の方がありがたいと思っている」
「総司だとお金持ちの暮らしは合わないわよね。殆どのことを一人でやっていたから。むしろストレスが溜まると思うわね」
その通りなんだよ。以前に美咲が部屋で世話を焼いてくれたのだが、別に足を怪我している状態でもやれるというのに、全部彼女がやってしまって俺は暇になってしまっていた。あんな性格ではあるが、職務はきちんとしているんだよ。一応は俺のことも主人だと思っているようだし。
「学園では生徒会に所属していた。今は任期が終わって、一般生徒になっているけど生徒会長のノリが以前のクラスメイト達みたいなものだったな」
「私達の頃の生徒会長は頭固かったわよね。私達への対策とか色々と打ち出しちゃってさ。その所為で私達以外の生徒も迷惑していたわよね」
「そもそも私達が馬鹿なことをやっていた結果だろ。その自覚はいい加減持てと何度言えば分かる」
「終わったことじゃない」
そうだけどな。苦労していた俺と蘭からしてみたら何度説教しても懲りない連中ばかりでキレたこともしばしば。そして生徒会長が打ち出した対策は殆ど効果がなかったんだよな。結局は俺と蘭、そして奈子が一番の抑止力になっていたのだが。
「琴音のところの生徒会長が私達の世代だったらもっと面白くなっていたかもしれないわね」
「「絶対に嫌」」
あの面子に葉月先輩が加わったら、それこそ誰も止めることが出来ない地獄絵図が生まれてしまう。葉月先輩を知らない蘭も本能的に感じてしまったのだろう。あれ以上の惨事が生まれてしまったら俺達だって匙を投げないといけなくなる。なら誰が責任を取るんだよという話になるのだが。
「十二本家って意外と面白い人が多いのかしら?」
「琴音の記憶から言わせてもらえば変人は多いな。私の部屋で何人か集まって騒いだが、酷い惨状が生まれてしまった」
あの二次会は色々な思いを裏切って、黒歴史を生み出すような結果になってしまった。でもあれで後悔したような人物はいなかった気がする。ただ全員が楽しめたか、苦い思い出となったかは別れているが。長月がちょっとだけ後悔していたかもしれない。
「琴ちゃんも暇はしていないようね」
「暇があれば家事をするか、バイトするか、勉強するかとやることは多いからな。学生として暇があれば動いていた方がいいだろ」
「一つだけ学生らしくないことが混ざっているんだけど」
蘭の突っ込みも何のその。以前の俺の生活と何一つ変わっていないのだから仕方ないだろう。そこに勇実達が加わって、毎日騒いでいたのが懐かしい。主に苦労ばかりしていた気はするが、過ぎ去ってしまえば思い出になってしまっているな。
「今の生活に不満はないぞ。女性になって苦労するほうが多いけど」
「私にしてみれば違和感しかないのよね。総司みたいに接してはいるけど、見た目が違いすぎて戸惑う方が大きいかしら」
そうは見えないな。確かに困惑するような仕草を見せるときはあるけど、それはよく観察してみないと分からない程度の誤差だ。むしろここまで順応していることの方が驚きだろう。死んだ人間が生きていて、しかも男女が逆転していることを信じているのだから。
「全然そんな風には見えないんだが」
「女優が簡単に表情を読ませるわけがないじゃない。蘭も同じよ」
「マネージャーが弱みを見せたら、どんな要求を吹っ掛けられるか分からないじゃない。私達の業界も闇が深いのよ」
職業ごとに色々とあるものだな。基本的に内勤ばかりだった俺には分からないことだけど。人付き合いで表情を作ることはよくあるな。偶に我慢できなくて素を出す場面もあるが。大抵、失敗したと後で後悔するんだよ。
「でもさ、あの総司が凄い美人に生まれ変わったのは本当に驚きよね。女装させた時も驚いたけど、今回の場合は本物だから」
「女性陣総出で俺のことを弄った時のことか。あれは本当に私にとって黒歴史だから思い出させないでほしい」
学園祭での出し物だったか。どのクラスが代表一名の男性を美人にさせられるかで競うものだったと思う。何故かそれで選ばれたのが俺だったんだよ。そこはネタ狙いで筋肉隆々の奴を選ぶべきじゃなかったのかと思うのだが、優勝賞品に目が眩んだ結果だな。
「その経験が活きたんじゃない?」
「活きるわけがないだろ。女性としての過ごし方は以前の琴音を参考にしているんだよ」
記憶を共有しているからこそ出来ることだ。これで一切の記憶を引き継いでいなかったら大変な惨状になっていたと思う。下着の付け方だって分からない状態は流石に不味いだろ。参考にしているのはそういう部分だけで、人付き合いの部分は一切見習っていないけどな。
「女性として生きるのがこんなに大変だったなんて思いもしなかった」
「それを言えるのは男性と女性の両方を経験した人だけよね。私も男性になったら同じことを思うはずよ」
誰が勝手に性転換するような事態を想像する。これが同一の性別だったのなら苦労はしなかったはず。以前と同じように過ごせばいいだけだから。だけど世継ぎのことを考えると、また別の問題が浮上してきそうだよな。家柄で結婚相手を選ばれてもこっちとしては迷惑なのだ。
「琴ちゃんは許嫁とかいるの? いるんだったら紹介してほしいんだけど」
「絶対に妨害工作を行うだろ。残念ながらそんな人物はいない。それに私が好意を寄せているような人物もいない」
「中身がまだ男性としての意識が残っていれば当然の結果よね。聞けて安心したでしょう、綾香」
「その言葉を信用することにするわ。それと琴ちゃん。お着換えしましょうか」
何でそうなるんだよ。俺がジャージ姿なのがそんなに気に入らないのか。部屋に用意されている浴衣を片手ににじり寄ってくる綾香が恐ろしい。助けを求めるように蘭を見れば、素知らぬ顔でお茶を啜ってやがる。これは駄目だな。
「蘭。助けてはくれないのか?」
「私も見てみたいから潔く犠牲になって」
売られたのか。こうなればどんなに抵抗しても無駄なことを学生時代に嫌というほど思い知らされている。かといって素直に自分で着替えるといっても聞き入れてくれない。無理矢理剥ぐことにロマンがあるらしい。犠牲になっている奴のことを考えてやれよ。
「もう好きにしてくれ」
「そこは抵抗してくれないと面白くないんだけど。昔からそうだったわね」
「何しようが結果が変わらないんだったら体力使うだけ無駄だ。それにそう思うなら止めろよ。素直に着替えるから」
無理矢理されるよりだったら、自分から着替えたほうが何倍もマシだ。そう懇願しても結局は綾香の手で着替えさせられることになったんだけど。それに蘭まで加わってきたのは何でだよ。こういう所で結託するからお互いに相性がいいのだろう。
「思うんだけど、琴ちゃんは見た目が年齢と合っていないわよね。どう考えても高校生には見えないわよ」
「自覚はある。内面が二十歳を優に超えているからな。おかげで初対面の人達は大学生以上だと判断してくるんだよ」
「私服だったら私達もそう思っていたはずよ。内面が外見に出ているのかしら」
それが妥当な考えだろうか。そして着替えが終わったのだが、やっぱり何か恥ずかしいな。男性だった頃は開放感があって良かったのだが、女性だと色々な場所が見えそうで嫌だ。主に胸とか太腿とか。
「予想通り妖艶な感じになったわね。これなら男子連中も大喜びだわ」
「まさかこれを写真に撮ってアップするわけじゃないだろうな?」
「ブログとかには上げないわよ。魔窟の方には上げるけど」
そっちか。魔窟というのは同級生達だけのグループのことだ。誰かしらが必ず反応を返すあたり、まだまだ仲がいいのだろう。俺もそれを利用していたのだが今では覗くことすら止めている。だって今の俺が利用するのはおかしいだろう。
「勇実あたりが騒ぎそうだ」
「一番反応が分かり易いわよね。ここに乗り込もうとするんじゃないかしら」
「それは一番被害を被るのは私じゃないかしら。いつも貴女達の所為で頭を下げていたのだから」
その分、キレた時の反応が一番怖いのが蘭なのだ。俺なんてあれに比べたら可愛いもの。本気でキレた場面を見た連中は俺の方が一番恐ろしいというのだが。それについては否定できないな。
「それじゃ三人映るように並ぶわよ。もちろん真ん中は琴ちゃんね」
「絶対に俺の反応が面白くなるからが理由だよな」
女子の真ん中。しかも学生時代よりも色気が上がっている二人の間とか意識するなという方が無理だ。同性だから大丈夫だと思われそうだが、中身は男の意識が残っている。でも男性に挟まれるよりはマシか。琴音の感覚で拒否反応が出そうだ。
「うん、バッチリ撮れたわね。琴ちゃんの表情も狙い通り、赤面で恥ずかしがって愛いわね」
「今回の旅行の記念になったわね。思わぬ収穫だったのは確かだけど、ある意味で一番嬉しかったことでもあったかしら」
「私にとっては予想外の連発で疲れたぞ。それでそれをアップしたら私は解放されるのか?」
「もうちょっと付き合ってもらおうかしら。琴ちゃんだって皆の反応が気になるでしょう?」
そりゃ気にはなるな。あいつ等の反応なんて定番なものか、予想外のものなのかのパターンに分かれるからな。楽しみな部分と不安な部分で俺の気持ちも真っ二つに分かれている。流石に綾香も俺であることを暴露しないはず。それをやられたらそれこそ収拾がつかない。
「早速、琴ちゃんに着信アリだね。勇実かな?」
「残念。私の方の友人からだ。香織だな。何かあったか?」
消灯時間まではまだ時間がある。その連絡ではないはず。むしろ俺がいないことを不審に思って連絡してきたのかもしれない。綾香達と一緒にいることは同室の二人以外は知らないはずだからな。クラスメイト達はどう思っているか分からないけど。
『貴女は、誰?』
予想外すぎる変化球が来たな。おかげで俺の頭の中が真っ白だ。
相変わらず当初考えていたプロットから逸脱していきます。
筆者にとっても修学旅行編は急転直下状態です。
正月からのネタでもご紹介しましょう。
新年早々にマウス故障からの、愛猫が次の日に鼠を咥えて颯爽と登場。
深夜一時に鼠を放せと外で猫を振り回す飼い主。
明らかに不審者であるという自覚はありましたが仕方のないことです。
ネタはまだありますが、次の機会に。