10.悪意との対決
以前の話を読んでくれた方には申し訳ありませんでした。
筆者が納得できなくなったので書き直す結果となりました。
内容は本来11話だったのを繰り上げ、加筆したものとなっております。
大変申し訳ありません。
10改訂版.悪意との対決
無事とは言えない一日がやっと終わった。今日の被害は何だろう。所有物の破壊に精神的な被害といった所か。しかしこれだけのことをやっておいて未だに姿を現さないのも違和感があるな。
志津音のことだから面と向かって馬鹿にしに来そうだと思ったんだが。
「明日の予定はこんな所だ。それと如月は学園長室に行くように」
「分かりました」
やっと準備が整ったか。意外と早かった気がする。証拠を揃えるのだから次の日に出来るとは思わなかったのだ。それに俺から壊れた物品を預かったのだって今朝だったな。
学園長、有能だなぁ。
「それじゃ私達が付いていくよ。一人だと階段が危ないよ」
「そうね。行く前に何かあったらことだな」
何故か護衛が付くことになった。松葉杖があるのだから歩くのに不自由はないのだが。ただ怪我している左腕は痛いが。引っ張られるように相羽さんと皆川さんに椅子から立ち上がらされ両隣に立たれた。
うーん、こんな姿を他の人に見られたら何か噂が流されそうだが、今回は一つ解決するためだから仕方ないだろう。
「琴音、何してんの?」
そしてフラグ通りに香織と出会った。しかしこの状況をどう説明したものか。松葉杖をついている俺にそれを守るように二人が両隣にいる。うん、俺も状況の把握が出来ない。
「携帯に連絡しても出ないしさ」
「ごめん、携帯無くして」
「何やってんのよ。それにその姿は?」
「ちょっと、階段から落ちて」
「それはちょっととは言わない」
何か話していると段々と香織の機嫌が悪くなってきているな。ふむ、ただ説明しようにも今は時間がない。流石に学園長を待たせるわけにもいかない。学園長とも初めて会うのだから最初の印象は大事だ。
ここは逃げよう。
「あとでちゃんと説明するから。今急いでいる」
「本当にちゃんと説明しなさいよ。あと両親にも」
どうやらあとで怒られる予定が出来てしまったようだ。どちらにせよ店長に腕時計のことを話さなければいけないのだから早いか遅いかの話なんだよな。覚悟を決めるしかないだろう。
店長よりも沙織さんが怖いんだが。
「それじゃまた後で」
「何か知らないけど頑張ってきなさい」
エールを送られながら香織と別れ、一路学園長室を目指す。松葉杖のおかげで普通の歩行と変わらぬ速度が出ているのは助かる。そうでもないとまた結構な時間が掛かってしまっていたな。
教室と学園長室は結構離れているから。それで学園長室の前までやってきたのだが。
「二人は帰って下さい」
「流石に一緒に話を聞くのは無理?」
「流石にね。学園長もいるのですから相手から何かされるわけもないと思います」
「分かった。ほら相羽、行くよ」
「如月さん、ファイト!」
二人に手を振って扉と向き合う。高そうな扉だなぁと関係ないことを思いつつノック。別に緊張する必要もないし、学園長については事前に情報を仕入れている。だからこの人なら安心して任せられるとも判断している。
権力が通用する人でもない。それに生徒達からの評判もいい。あまり外に出る人ではないそうだが。
「如月です。入っても宜しいでしょうか?」
「入ってくれ」
実際に会ってみた学園長の第一印象は若いだった。男性なのはまだ分かるのだが、年齢はまだ30歳にも届いていないと思う。その割に顔が怖い。無表情なのも相まって迫力がある。
ただ相対してみて分かったが、本気で俺のことを心配しているようだ。そういう雰囲気を感じることが出来る。
「この度はお手数をお掛けすることになり大変申し訳ありませんでした」
「いや、これは学園側の責任だ。学園内でこのような事態を招き遺憾の限りだ」
「そう言って頂けると助かります。それと公正な判断を期待させて頂きます」
「ふむ、君が変わったというのは本当のようだな。大人しくなったというか品行方正となったというか」
「熱が冷めたともいえませんか」
「それは本来そのような部分があればの話だ。去年までの君からそのような感じはしなかったがな」
「ご尤もです」
その慧眼に感服するな。よく見ていらっしゃる。中身が変わったといっても信じて貰えるはずもないから誤魔化そうとしたがこれじゃ誤魔化しようがないな。まぁなるようになるか。
「それで他の方は?」
「ホームルームで担任に呼ぶように指示を出している。間もなく来るだろう」
「噂をすればといった所ですね」
丁度よく扉をノックする音が聞こえた。学園長が返事をすると扉が開き案の定というべきか卯月志津音、その取り巻きの綾子が姿を現した。俺の姿を確認すると志津音は明らかな嘲笑を浮かべた。
呼ばれた理由は分かっているはずなのに随分と余裕があるな。それとも証拠が出たところで裁かれない自信があるのか。うん、考えるまでもなく後半の方だな。
「あら、随分とみすぼらしい恰好をされている方がいらっしゃいますね」
開口一番にそれかよ。というか他の生徒と変わらぬ姿なのにみすぼらしいって何だよ。堂々と正面から喧嘩を売るのなら買うが、場所が場所だ。ここは学園長に譲る。志津音達が入ってきた辺りから雰囲気が怖くなってきているのだ。
怒っているな、これ。
「まずは座れ。話はそれからだ」
「随分と乱暴な言葉づかいですこと。私のことをご存じないのですか?」
「2年4組の卯月志津音だろ。把握しているから座れ」
「くっ、分かりましたわ。あとで後悔しても遅いでしょうが」
これは確実に分かっていないな。目の前で厳しい目つきをしている方が俺達と同じ十二本家の方だということ。ターゲットとなっている人物以外の情報は集めていなかったのかよ。
何だろう、俺はこんな杜撰な計画を立てるような相手にボロボロにされたのだろうか。何か俺も恥ずかしい。
「さて私も忙しい身だ。単刀直入にいうが、卯月志津音。なぜ如月琴音を階段から落とすような真似をした」
「あら、何のことでしょうか。全く身に覚えがないのですが。それともこれは学園長と如月家が結託して私を嵌めようとしているのでしょうか。怖いですわぁ」
あまりにも堂々とし過ぎていて俺と学園長は額に手を当てる。状況を考えろよ。何の証拠もなく十二本家のご令嬢を呼び出すわけがないだろ。俺も学園長も呆れて言葉も出ない。
だがこのままだと一向に事態が進まないのだから学園長は溜息を吐きながら言葉を出す。
「では卯月志津音は如月琴音の制服を切り裂いたり、荷物を盗難し破壊したり、階段から突き落とすようなことはしていないということだな」
「えぇ、存じ上げないことです。それにしても恐ろしいことが起こっていたのですね。学園の管理責任ではないでしょうか」
「これを見てもか?」
学園長の机に置かれていたノートパソコンを俺達に見えるように回す。そこに映っているのは俺を突き飛ばす志津音の決定的な瞬間。まっ、あるわな。監視カメラ位。
さてこれで決定的証拠は押さえたといえる。ただ綾子は慌てているようだが、志津音は全く気にせず余裕なまま。
「よく作られた映像ですね」
「ほぉ、これが作り物というか。一切の画像加工をしていないのだがな」
「えぇ、私が如月さんを害した記憶はないのです。そうなればそちらの画像が加工でないとおかしいですわ」
うわぁ、暴論すぎて開いた口が塞がらないんだが。学園長は頭を抱えているぞ。物的証拠はある。これは間違いなく加工などされていなくて専門に回せば証明も出来る。
なのに志津音は加工だと断言している。まるで私が言えば黒でも白になると言わんばかりに。
「あー、ならこれならどうだ」
うん、学園長も面倒臭くなってきたな。取り出したのは一枚の紙。えっと警察署からの報告書だな。そういえば紛失物を近藤先生に預けていたからそれのだろう。
「如月琴音の壊れた物を鑑識に回して貰った。急いで貰ったのだが予め君達の指紋を渡していたから早かったな。君達二人の指紋が確認できた」
「そうですか。それでは私は嵌められたのですね。そちらの方に」
駄目だこいつ、話が全く通じない。というかこれは会話になっていない。まず志津音の言葉には根拠がない。俺は今まで接触などしていないのにどうやって指紋を入手するんだよ。
それに学園の大体の場所に監視カメラが仕掛けられていると思う。何かあった時の保険だと思うのだが、女子更衣室などに仕掛けられていないことを願う。
「えーと学園長。一応言っておきますが階段から落とされるまで私はそちらの方と接触しておりません」
「庶民は黙っていて貰えませんか」
いらないことは言うなってことか。別に俺が何を言わなくても学園長の判断は何も変わらないと思うぞ。公正な判断をするのであれば学園長は今の所、味方だ。
「そもそも如月琴音が庶民というのはどういうことだ?彼女は如月家のご令嬢だろう」
「あら学園長ともあろう方が知らないのですか。彼女は数々の悪事がバレて如月家を追い出されたのです。本来であれば如月の名を使うのもおこがましいのです」
「本当か?」
「戸籍は如月家です」
一応、本当に一応の為に学園長は俺に確認してきたから本当のことを話す。大体そういった家から本当の意味で追い出されたのであれば戸籍からも除籍されるものだ。
そうなれば確かに如月家との縁が無くなり正真正銘庶民となる。だから志津音が言っていることは全くの的外れなのだ。
「よくそんなデマを信じたものだな。君も何故このような者に良い様にやられたのだ」
「隠れるのは上手かったもので」
これは本当。階段での笑い声を聞くまで志津音がやっているなど想像していなかった。それだけ琴音に対する敵は多かったといえる。
「な、学園長は私よりも彼女を信じるのですか!?」
「ここまで証拠が揃っているのであれば疑うなという方が無理だろ。何より庶民でも我が校の生徒だ。私は公平に判断しているのだがね」
「たかが学園長如きが卯月家の私を信じないというのですか」
志津音の発言に一番焦ったような顔をしたのは綾子だった。どうやら意外にも綾子は知っていたようだが、やはりと言うべきか志津音は知らない。それが予想通りとはいえ俺を含んだ三人は呆れて溜息を吐いた。
怪訝な表情をしている志津音に俺が代表して答えよう。
「貴方が如きと言った方は皐月家の方です。貴方の発言が卯月家に影響を与えると考えてのことなのですよね?」
十二本家が対等な関係ではあるがお互いに牽制し合っている関係だともいえる。なのに侮辱するような発言をするということは立場を悪くするということ。権力に胡坐を搔いているとこうなるの見本だな。
というか学園長のことは少し調べれば分かることなのだ。例えばネットで学園紹介を見るだけでも知ることは出来る。
「更に皐月家の方が提示した証拠を全て偽物と言ったことも悪影響を与えるでしょう。それは対等な十二本家を信用していないのですから」
どんどん顔色を青くしていく志津音に、きっと俺の顔は悪い顔をしているだろう。少しだけ胸がスカッとした。それに学園長のことだからこの会話は全て記録しているはず。
記録したものを使えば卯月家に対して有利な交渉をすることだって出来る。一令嬢として発言には責任を持たないといけない。
「如月琴音の言う通り私は皐月三堂だ。このことは卯月家の当主に報告させてもらう」
「い、いえ、それは。……如月さん私達友達ですよね!」
変わり身早いなぁ。俺に擦り寄って何とか許してもらおうと考えているのだろうが、俺だって聖人君子じゃない。ここまでやられて許しますとはとてもじゃないが言えない。
それに如月の名を持っているからこそ簡単に許すことは出来ない。ここで許してしまえば如月家は卯月家に媚を売っていると思われるかもしれないからだ。。
「確かに去年のことを考えればそうですね。ただ今学期より私と貴方は一切の連絡を取り合っていない。それが友達と言えるでしょうか?」
「ですが私は去年、貴方に色々なアドバイスを」
「そのアドバイスで私の立場が悪くなっていたことに私が気づいていないと思っているのですか?」
確かに琴音の性格は元から悪かった。我儘で他人を貶して馬鹿にして。ただやっていたことはその程度だ。琴音自身それ以上のことは考えていなかった。ある人に怒って欲しかっただけ。例えそれが歪んだ思いだとしても。
それが明確に変わったのは志津音と出会ってから。行動はエスカレートするし、ただでさえ見た目の良くない化粧が更に悪くなった。良い様に利用されていた。
琴音よ、友達は選べよ。
「今期に入ってから私は貴方と接触しなかった。その結果、貴方の思うような私ではなくなった。それが貴方にとって面白くなかったのでしょう」
「そ、そんなことは」
「私が何もしないから貴方は何もできない。私が他者を馬鹿にしないから貴方も出来ない。私は貴方の都合のいい物じゃない」
だから標的を俺にした。俺が煩わしく思ったからこそ俺に八つ当たりをしていたに過ぎない。その方法がかなり過激であろうと志津音にとってはどうでも良かったのだ。
ただ思うように動いてくれない俺に対して嫌がらせをしたというだけ。それが一日考えて俺が出した結論だ。予測であるのだから外れている可能性もあるのだが、志津音の様子を見ていれば当たっているのだろう。
何も言えずに肩を震わせているのだから。
「学園長。これ以上は時間の無駄です。結論を」
「君がそう言うならいいか。卯月志津音、進藤綾子。君達の行いは一人の人間を殺す可能性さえあった。ただし君達両親と協議した結果、停学2週間とする」
へぇ、てっきりこの学園長なら退学処分くらいするだろうと思っていたのだが停学で収めたか。だけど停学したところでこの二人にこの学園での立場なんて残っているかな。
今回の行動は良くも悪くも目立った。そりゃ怪我した俺が普通に歩き回っているのだから誰の目にも触れるし、何かあったと探りを入れる者達だって存在する。そうなれば真相位出てきそうなものだ。
人の口には戸が立てられないとは言ったものだ。
「如月琴音もそれでいいかね」
「学園長が決めたことなのですから私が異を唱えるのもおかしいでしょう」
「理解してくれて助かる。それではこの話は終わりにする。卯月志津音、進藤綾子は退室。如月琴音は残ってくれ」
はて、何故俺だけ残されるのだろうか。青い顔をしながら出ていく志津音達に興味などなく学園長を見ている。俺としては今の学園長の判断に不服はない。だって絶対にあの処分には裏があると思っているから。
停学明けの志津音が俺に対して何もしないという保証なんて全くない。むしろ今まで以上のことをする可能性だってある。そこを考えていないとは思えないから。
「君が処分に口を出さなくて助かった」
「先程言った通り私は従うだけです」
「今回の件で卯月家に報復することだって出来たであろうに」
「面倒です。それにそのようなことをして私に何のメリットがあるのですか?」
「君は本当に変わったな。まるで別人のようだ」
中身が別人だからな。大体報復してどうなる。卯月家が没落する?今の状態でも十分権威は失墜するだろうに追い打ちをかける理由はない。それに俺は志津音を敵としているが卯月家に恨みはない。
その後のことなんて知ったこっちゃないのだから。志津音についても同じだ。この後どのような顛末になろうと興味はない。
「それで今後は守られるのですよね?」
「君や君の周囲に学園内で報復をする可能性はない。やはり分かっていたか」
「予想は出来ます。考え付いたので転校ですか」
「あぁ、流石に私もあの二人をこのまま残していたのではまた問題を起こしかねないと考えているからな。両親が納得しなかったら退学にしていただろう」
「考えていた通りの人物で安心しました。学園長」
あの二人が居なくなるので万々歳だ。報復で俺にちょっかいを掛けてくるのであれば構わない。俺が個人的に片付けるなり、また協力して撃退すればいい。ただ周囲に被害が及ぶのだけは許せない。起こってしまってからでは遅いから。
「今回の呼び出しも私が現状を知るために用意したのですか?」
「そうなるな。いやしかし、去年の君を知っているからこそ驚くな。よくそこまで考える」
当事者が何も知らないまま今回の問題は終えることは出来る。先程学園長も言っていた通りあの二人の両親、それと如月の親ともすでに話は終わっているはず。なら俺や志津音が揉めたところで結果は変わらないのだ。
明日この学園から志津音が消えていたとしても何の問題もない。すでに結論は出ていたのだから。今回のこれはある意味で茶番だ。決まっていたことを言い渡すためだけの。
ただ被害者の俺を蔑ろにしないための学園長の心配りだろう。
「如月の奥様の予想とは違うが随分と優秀になったものだ。これなら何の問題もないだろう」
「何の話ですか?」
母の予想とは何だ?これは本当に知らない。琴音の記憶にも母と学園長に接点はなかったはず。なのにまるで何かを相談し合っていたような感じがある。琴音に関する俺の知らないことが。
「それは私から説明するわ」
学園長室の隣、応接室から出てきたのは話に出てきた母だった。何で此処にと思ったが今回の件で呼び出されたのだろう。その割に卯月家の方がいないのは先に帰ったのか。母だけが残ったのか。そこは分からない。
だが今までの俺の会話は全て聞かれていただろう。聞かれて困る内容を話した覚えもないから怯える必要もない。
「三堂学園長、この度はお世話になりました」
「何、私としては優秀な人材は宝だからな。今の如月琴音なら十分に将来を期待できる」
「そう言って頂けると助かります。それでは私達も失礼させてもらいます。琴音」
「分かりました。学園長、この度はありがとうございます。それでは失礼します」
普通に挨拶しただけなのに母が微笑んだのが不思議だった。この人が琴音に対して微笑むなんていつぶりだろう。いつも小言を言うか、顔を顰めるかしか記憶がないのだが。
それも仕方ないんだがな。母の言うことを琴音が真剣に聞いていたら自殺の原因すら生まれなかったのだから。琴音にとって反発するだけの存在だったのだろうが俺としては違う。
この人は本当は琴音を更生させようとしていた。やり方が甘かったのと琴音が全く聞く耳を持たなかっただけ。
その原因は他にあるのだから。
話の流れ的にあの話は必要ないのではないかと筆者が判断して今回の結果となりました。皆様には混乱を与える結果となり申し訳ありません。