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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第五幕 そして運命は収束を始める

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第五十一話 「三人の首領」

 暗闇が支配する場所で、少女はただただ祈り続ける。

 

 どうか貴方の隣に居させて欲しい。

 ただ、それだけだから。たった、それだけだから。

 他には何も望まない。祈らない。だから貴方の隣に居させて欲しい。


 もしも運命がそれを許さないというのなら……

 何度でも、繰り返そう。

 そのための祈りなら、胸の奥で輝き続けているから。


 だから大丈夫。

 さあ、もう一度、立ち上がろう。

 最愛の人に向けた、愛を歌って。


 ──あなたが忘れてしまっても、私は決して忘れない。




---




 俺は目の前の少女、アネモネの言葉を待っていた。

 瞳に涙を貯め、言葉を探すアネモネはやがて……


「……私は、刀だから」


 諦観に満ちた声音で、そう言った。

 どんな気持ちで彼女がその言葉を口にしたのかは分からない。自分を無機物に例えたアネモネが、一体どんな感傷を抱いているのかは分からない。


 俺はアネモネではないのだから。

 人は人を理解出来ないのだから。


「……私は私の役割を果たさなくてはならない」


 ポツリと漏らしたアネモネは、「付いてきて」と俺を先導するように歩き出す。どこへ向かおうというのか、慣れた足並みで向かう先は教会の奥。通称、神域と呼ばれる場所であった。


「おい、ここは神父以外は入っちゃいけないんだぞ」

「……大丈夫だから」


 何が大丈夫なのかちっとも分からなかったが、何かあったらアネモネのせいにしてやろうと心に決めて、俺はおっかなびっくりその神域へと足を踏み入れた。

 神域は神が宿る御神体を保管する場所であり、神父たちの祈りの空間でもある。宗教国家に生まれた身としてその程度の知識はあったが、実際に訪れるのは初めてのことだった。

 古くから宗教の根幹として存在する御神体信仰はこの国でも根強い。たかが物にと思わないでもないが、それは元の世界でも同じこと。


 物に思いが在るのかは分からない。

 けれど、想いは宿るのだろう。

 でなければ神様の奇跡なんて、本当の意味でこの世に存在しないだろうから。


「……ここ」


 アネモネに連れて来られたのは一つの扉の前だった。

 この中へ進め、ということなのだろうか。


「アネモネは来ないのか?」

「私は入ることを許可されていないから」


 淡々と語るアネモネは、これで自分の役目は終わったと言わんばかりの態度で一歩下がる。態度で俺に、さっさと行けと言っているのだ。


(仕方ない、か)


 こちらとしても時間はないのだ。

 エマに罹った病気を治すために、今は少しでも手がかりが欲しい。アネモネがそれを知っていて、付いて来る様にと言ったのだから、それを信じてみよう。

 俺は彫刻の施された荘厳と言うに相応しいその扉に手をかけて、開いた。

 そして……


「……うお」


 思わず口から声が漏れた。

 目の前の光景が、余りにも幻想的だったから。

 中は予想以上の広さだった。まるで庭か何かのように、草花がガーデニングされたその空間はとても教会の中とは思えない。耳を澄ませば水の流れる音が聞こえてきて、どこかに水路があるのだと分かった。


「ようこそ、クリスさん」

「アダム?」


 かけられた声の方向へ視線を向けると、そこには先日出会った神父がいた。


「お前が、俺をここに呼んだのか?」

「ええ、素敵な所でしょう?」


 にこにこと、嬉しそうに周囲を見渡すアダムはどこまでも優しげな雰囲気を持っていた。


「アネモネからある程度のことは聞いています。病気にかかった少女がいるんですよね?」


 世間話でもするかの気安さで、アダムが突然そう言った。


「何か知ってるのか!?」

「ええ」


 頷いて肯定するアダムに、俺は詰め寄って詳細を問い詰める。


「まあ、落ち着いてください。病気はすぐに死に至るようなものでは在りませんから、まずは安心してください」

「……お前は、医者なのか?」

「正確には医者だった、ですけどね。順序立てて話していきますから安心してください」


 アダムはそう言って、どこから話したものかと顎に手を当てて考える仕草を見せる。


「そうですね……まずは私の主人の話からしましょうか」


 ゆっくりと、アダムが語り始める。

 そうして、俺の中で全ての疑問が氷解していくのだった。




---




 ヴォイド・イネインという人物を思い浮かべて、良い奴だと形容する者は少ない。それは彼の性格にもとるところであり、本人も自覚しているところであった。


 しかし、それでも一部の人間は言うのだ。彼はとても優しい人なのだと。

 大多数に好かれるようなタイプではないにしても、ヴォイドという男はある種のカリスマを持ち合わせていた。

 そして、それはこの現状にも表れていた。


「護衛の一人も連れていないとは……汝に危機感というものがないのか?」


 円卓を囲むように、用意された三つ椅子に座る人間が二人。

 その内の一人、グレン帝国の実質的なトップであるグレン元帥がヴォイドに向けてそう言い放った。それはヴォイドの身を慮ってというよりは、人望のなさを揶揄するような響きを伴っていた。

 五人の護衛を後ろに控えさせているグレン元帥とただ一人のんびりと椅子に腰掛けるヴォイド。まるで対照的な二人だった。


「ああ、いいのいいの。ここでそのまま戦争になったとしても、どうせわしが勝つだろうしのう。護衛なんて、足手まといにしかならんよ」


 そんな挑発とも取れるグレンの言葉に、しかしヴォイドは変わらぬ態度で応対し続ける。そして、それがまたグレンの火に油を注ぎ、場の雰囲気を悪化させていた。

 そんなやり取りがかれこれ三十分。いい加減、気が重いというのがその場にいる大多数の意見ではあったが、この公式の場で突然席を外すというのも無礼に当たる。


 結局は、この空気の中でじっと耐えるしかないのだ。

 いつまで続くかと思われたその小競り合いに終止符を打ったのは、一人の女の子の声だった。


「すすす、すいません! 遅れてしまいましたぁ!」


 どたどたと慌しい様子で部屋へと飛び込んできたのは一人の少女。亜麻色の髪を寝癖で跳ねさせたまま、まるで寝起きといった風情。

 それにいち早く突っ込んだのはグレン元帥だった。


「……まさかこの大事な会議に寝坊した訳ではないだろうな、司祭殿」

「ふええ!? な、なんでそれが!? 貴方もしかしてエスパーですか!?」


 先ほどまでの重苦しい雰囲気もどこへやら、騒々しい少女の登場ですっかり白けてしまっていた。

 司祭、本名はリリー・シャリーアと呼ばれる彼女は円卓の内、空席だった一つを見つけておずおずとそこへ細い腰を落ち着けた。


 グレン、ヴォイド、リリー。

 三十分遅れの開始となってしまったが、これでようやく役者が揃った。

 今回の会議で、幸か不幸か司会進行を頼まれた軍人が咳払いをした後に、この場の指揮を執り始める。


「で、では皆様揃われましたので……グレン帝国、フリーデン王国、聖教国シャリーアによる、第一回・三国合同会議を、始めさせて頂きたいと思います。ごほん、ではまず最初の議題ですが……」


 軍人はそこで一度言葉を区切り、プログラムに沿って議題を進めようとした瞬間……


「なあ、ちょっといいかのう」

「はい? なんでしょう」

「初めての顔も多いことやし、自己紹介はしといた方がいいんじゃないかのう。特にわしはそこまで顔が広い訳でもないし」

「ふん、それはそうだろうな」


 ヴォイドの提案に、グレンが鼻を鳴らす。


「相当な放蕩息子だと聞いているぞ。観光か何かは知らないが、国を渡り歩くのは外聞が悪い」

「外聞外聞って、親父みたいなこと言うなや。偉くなると皆同じことしか言えんのかいな」

「……なんだと?」

「あわわ……あわわ……」


 ヴォイドにしては珍しく棘のある台詞に、再び険悪な雰囲気に包まれる会場。

 おろおろと周囲を見渡すリリーは、遅刻してしまった罪悪感から、何とかしなければと必死に言葉を探していた。


「あ、あの……自己紹介は私も良いと思いますです」

「ほら、リリーちゃんも賛成やってさ。これで二対一な」

「我も自己紹介したほうがいいという意見自体は否定しておらんわ。我が否定しているのは汝の人格だけよ」

「そりゃ重畳。ってことで、わしが言いだしっぺやし、自分からいかせてもらいますわ」


 どこまでもぎこちない雰囲気ではあったが、三人の首領はこうして三国会議を開始した。その最初の一幕となったのは、正式な場だというのに、だらしなく服を着こなした無頼者の挨拶からだった。


「どうも、わしの名前はヴォイド・イネイン。フリーデン王国、第三位王位継承者だ」

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