「そして英雄は徒人に還る」
あの教会での出来事から、三年の月日が経った。
あの小さな戦争を、俺は今でも鮮明に覚えている。忘れようにも、忘れられない記憶。
他の転生者達は今頃何をしているのだろう。
アダムとヴォイド。結局、彼らは俺の敵だったのだろうか。アダムとは最終的に拳を交えて戦いはしたが、それでもはっきりと俺の敵として存在していたようには、どうしても思えなかった。
「今日でお前ともお別れか。中々楽しかったぜ、相棒」
最後になるであろう言葉を俺に送るルームメイトに、俺も最後の挨拶を送る。
「お前は後二年だったか? それまで頑張って凌げよ」
「ああ、貞操だけは何としてでも守って見せるぜ」
がしっと、熱い握手を交わして無事を祈りあう俺たち。
そのニュアンスに違いはあるとしても、互いを思う心は本物だった。
小さな部屋の中にある私物。とはいっても小さな鞄に入りきってしまう程度の荷物を次々に準備していく。
一日でも早く出てやろうと思っていたというのに、こうしていざ去るとなると……いや、別に感慨はないか。うん。
俺は鞄を背負うように吊るし、部屋を出る。
──今日は俺の出所の日だった。
「クリストフ・ヴェール。懲役三年の任期を無事完遂。本日を持って、釈放とする。これでもう、お前は自由だ」
看守の一人が入所前に預かってもらっていた俺の荷物を手渡しながら、そう言った。
簡易ながら、これが通過儀礼というものだろうと思った俺は、
「世話になったな」
と、これまたお決まりの台詞を告げてやる。
「もう来るなよ」
「分かってる」
久しぶりに手にしたその荷物。
入所するときに、中では危険物として処理されていたその武器を俺は腰に吊るす。
「待たせたな」
俺は誰にでもなく呟いた。
少しだけ重くなった荷物を背負い、少しだけバランスの悪くなった体を揺らし、俺は歩き続ける。
暗い廊下を歩き続けていると、真っ白な世界に行き当たった。
「…………っ」
眩しい太陽に、手をかざす。
少しずつ目が慣れてくると、やがて世界が色を取り戻し始めた。
「お久しぶりです、クリスさん」
「クリス、お疲れー!」
そんな世界の中心に、二人の少女が立っていた。
一人は優しげな眼差しを俺に向けながら、一人は元気に腕をぶんぶんと振りながら。
「久しぶりだな、お前ら」
三年も経つというのに、変わらず俺を待ち続けてくれた彼女たちの姿に涙が溢れそうになる。
俺の望んだ永遠は、間違ってなんかいなかったのだと、思えたから。
「悪かったな、長いこと待たせしちまって」
「いいんですよ。私、待つのは慣れてますから」
俺の言葉にパタパタと手を振って否定するエリーに、思わず笑みが漏れる。本当に変わらないなこいつは。
「それより、約束を覚えていますか、クリスさん?」
「もちろん」
バカにしてもらっては困る。
こちとらその約束を糧にこの三年間を生き延びたといっても過言ではないのだから。
「準備のほうは私たちで終わらせましたから、すぐにでも出発できますよ」
「そっか、だったらもう行こうぜ」
「いいんですか? 出所したばかりで疲れてたりしません?」
「俺がそうしたいんだよ。これ以上、お前のこと待たせたりしたくないしな」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に、頬を染めるエリー。
何だろう。こっちまで恥ずかしくなってくるから止めていただきたい。
「こらー! 二人の世界を作るんじゃない!」
イチャイチャしていたつもりはないのだが、エマが抗議の声を上げる。
「悪かったよ……そんじゃあ、まあ。行こうか」
仕切り直して、俺たちは歩き始める。
俺の右手を掴むエマに、おずおずと手を出したり引っ込めたりする左側のエリー。俺は仕方がないな、と左手を出してやる。
「す、すいません」
気付かれていたのが恥ずかしかったのか、真っ赤な顔で謝ってくるエリー。
……あれ? エリーってこんなに可愛かったっけ?
いやいや、在り得ないって。久しぶりの外の空気に舞い上がっているのかもしれない。きっとそういうことだろう。うんうん。何せ三年ぶりだからな。多少テンションがおかしくなっても致し方ない。
(……三年、か)
三年。
長い時間だった。
本来なら国外に逃げるなんていう手もあったのだが、そうはしなかった。カナリアとの約束だったから。いや、どっちかというとただの自己満足だろうか。折角カナリアに色々と力を貸してもらったというのに、俺は結局何一つ返すことが出来なかった。
最後に言葉を交わしたのが、結局あの雨の日が最後になってしまったカナリアは、今頃何をしているのだろう。軍で小隊を率いているのだろうか。きっとそんな気がする。
今もまだ、彼女は戦い続けているのだろう。
「クリスさん?」
物思いにふける俺に、エリーが声をかけてくる。
「ん? 何だ?」
「いえ、出発するのはいいんですけど、まずはどこへ向かおうかと思いまして」
「ああ、そうだな……」
ふと、脳裏を過ぎったのは過去の残滓。
また、会いたいな。
素直に思った心のままに、俺は行き先をエリーへ提案する。
「なあ、少し遠くなっちまうんだけど、いいかな」
「私は構いませんよ。時間はたっぷりありますからね」
快く承諾してくれたエリーに礼を言って、馬車を走らせる。
御者はエリー、護衛は俺、マスコットがエマ。いつもの布陣で俺達は旅を続ける。遠く、遠い地を目指して。
転生してから何度も感じたこの思い。この世界は優しくない。だから俺達はきっと、これからも苦しみ続けるのだろう。
神の力を失った俺に何が出来るのか分からないけれど。しかし、それが普通のことなのだ。
これからは徒人として生きればいい。
これからは旅人として暮らせばいい。
どうか、どうか。
愛しいものよ、どうか隣にいさせて欲しい。
かつて抱いた祈りを胸に、俺は旅に出る。
大切な人達と共に。
いつまでも、いつまでも。
命ある限り。
祈りある限り。
いつまでも、いつまでも。
──俺達は生き続ける。
-End of Traveler-




