「永遠の理」
教会内の誰もが俺のメテオラを注視していた。
「卑欲連理──永久に続く物語」
燦然と煌く白銀のメテオラ。
それこそが俺の色で、俺の願いだった。
「ほう……」
そんな俺のメテオラを、アダムが興味深そうに見ていた。
「確実に致死量の出血だったはずですが……一体貴方はどんな権能なのです?」
アダムの測るような視線が俺を射抜く。
「さあな。俺自身まだ力の使い方が分かってるとは言いがたいけど……これだけは言える」
スペルビアと出会って、過去と向き合い、己の罪を知った。
そこから派生した祈りを手にした今、俺はこいつらが不憫でならなかった。
「お前の祈りはつまらないな。アダム」
俺の断言に、アダムがぴくりとこめかみを動かす。
「周囲に呪いを撒き散らす権能? そんなもののどこに『未来』があるってんだよ。結局お前は過去しか見ていない。だからお前はいつまで経っても自分と向き合うことが出来ないんだ」
「ふ、ふふ……ふはは……」
口元を手で押さえ、必死に笑いを噛み殺すアダム。
「まさか貴方にまで言われてしまうとは……これは結構……腹が立ちますね。貴方に私の何が分かると言うんですか? 知った風な口をぺらぺらぺらぺら……いい加減にしてくださいよ、うっかり殺してしまいそうになるではありませんか」
「殺せるものなら殺してみろよ。お前の呪いが、俺の祈りを越えられるっていうならな」
「…………」
ちらりと、アダムはヴォイドに視線を送る。
「好きにしろ。わしもクリスの権能には興味あるしのう。その試金石としてお前は申し分ない」
「……畏まりました」
主人の許可をもらったアダムが、俺に向き合う。
今までの慇懃な態度とは違う、どこまでも獰猛な気配を滲ませながら。
「イザーク、カナリアを守れ」
「……お前、やれるのかよ」
「当たり前だろ。それとお前には後で話を聞かせてもらうからな」
「ああ、いいぜ……だけど早くしろよ。こっちも結構限界が近い」
青ざめた表情のイザークが咳き込みながら応える。アダムの権能によって今この瞬間にもイザークは病魔に蝕まれ続けている。そして、それはカナリアにも言えることだ。可及的速やかに、原因を排除する必要がある。
つまりは……
「アダム、二人にかけた呪いを解除しろ」
俺は目の前のアダムに向けて、突きつけるようにそう言った。
「権能を手に入れた途端に強気ですか。随分と傲慢なのですね」
傲慢。
ああ、そうさ。
俺は傲慢なんだ。
俺は俺の平穏を奪われたくない。
どんなものにも終わりがあると知っていながら、それを否定する。自分勝手な傲慢さこそが俺の本質で、原罪なのだ。
「まあ、私は人の祈りがどんなものであろうとそれを否定してしまうほど狭量ではないつもりですからね。いいんじゃないですか? 素敵だと思いますよ」
アダムは全く感情の篭っていない声音で言い放つ。
結局のところ、こいつは他人なんてどうでもいいと思っているのだろう。だから相手が何を考えていようと、何を望んでいようと最終的には塵芥同然。ゴミにも劣る害悪であると、そう断じているのだ。
──全て、私の呪いを浴びて腐ればいい。
そんなアダムの心の声が聞こえてくるかのようだった。
「……もう一度だけ言う。二人の呪いを解除しろ」
「もちろん、お断りします」
「……だったら、」
俺は眼前の『敵』を標的に据えて、足に力を込める。
「無理やりにでも、言うことを聞いてもらうぞ」
「出来るものなら!」
アダムの殺気が膨れ上がると同時に、群青が俺に向けて殺到してきた。
祝福の権能。
アダムの祈りが即座に俺の体を包み込み、体内に侵食してくるのを感じる。
始めに感じたのは異物感。次いで変調。体が鉛か何かにでもなってしまったかのように重く感じる。さらに風邪なんかとは比べ物にならないほどの虚脱感。体温が上昇していくのを感じる。吐き気に眩暈、さらに少しずつ強くなる鈍痛。
これは、思っていた以上に……きついな。
エマもこの辛さを味わっていたのだろう。そう思うと、体に力が灯っていくのを実感できた。
「──再生」
俺は白銀のメテオラを展開する。
ゆっくりと体に力が戻っていくのを感じながら、俺はアダムに肉薄していく。
腰に挿した刀を抜き放ち、一閃。
煌く白刃がアダムに迫るが、バックステップでかわされてしまう。
案外動きが様になっているのを見るに、アダムもただの素人というわけではなさそうだ。
「……不死? いや、どちらかというと超回復といったところですか」
俺を観察し続けるアダムは独り言を呟くかのようにそう言った。
超回復。
本質は違うのだが、俺の権能は傍目から見ればそういう風に写るのだろう。
俺の権能の本質。それは生まれ変わり、つまりは輪廻にある。
大切な者を守るために、日常を壊さないために、ただ維持し続ける永遠の理。
それは俺の肉体に表面化している。
俺はどんな攻撃を受けようと、すぐに再生することが出来るのだ。
「私の祝福とはすこぶる相性が悪そうですね。あなたの永遠は」
忌々しげに呟くアダムに、俺は内心そうだろうなと首肯する。
実際、相性は悪いのだと思う。
アダムは広範囲型の権能であるが故に、一撃一撃が遅い。イザークを例にしてみても効果が現れてから戦闘不能に陥るまでのタイムラグがある。
要は俺の再生速度がアダムの攻撃速度を上回っているという単純な理屈。そして単純な構造ゆえにそれを覆すことは根本的に不可能だ。
物理的に、アダムは俺に勝つことが出来ない。
「しかし、それでも貴方の権能は欠陥が多いと思いますけどね。私の攻撃が通用しない。それは確かに脅威ですが、貴方の権能には攻撃性が一切無い。貴方は誰にも負けない無敵かもしれませんが、誰にも勝つことが出来ない無能でもあるのですよ。このままでは千日手です」
「かもな。だけどそれでもいいんだ。俺は日常を守りたいだけなんだから、誰かを傷つける力なんてそもそも要らないんだよ」
俺の本質はそこではない。
誰も彼もを傷つけるお前の本質からしたら、相反するところだろうけどな。
それに……
「それに、千日手にはならねえさ。このまま戦っていればいつかは俺が勝つ」
それもまた単純な理屈の話。
ダメージが通らない俺は、俺の心が折れない限り戦い続けることが出来る。
いつまでも、いつまでも、それこそ永遠に。
スペルビアは俺の祈りを地獄だと言った。
そして、きっとそれは事実なんだと思う。日常を守る為に、永遠に戦い続けるなんて本末転倒の大馬鹿者の所業だ。愚かとしか言い様が無い愚考。
けどさ、俺はそれでもいいと思うんだ。
大切なモノがあるから、人は戦える。
輝く未来を信じている限り、俺はどんなに辛くても今を堪えられる。
バカは死んでも治らないというのなら……
──何度でも、繰り返すだけだ。
生まれ変わって、再誕して、輪廻して、回帰して、何度でも転生し続けてやる。
何も出来ない自分は嫌いだから。
彼女たちのように、俺も輝いて見せたいから。
「死ぬまで死に続けてやるよ」
これこそが俺に出来る唯一のことだから。
「……貴方の祈りは狂気に近い。私も大概だと思ってはいましたが、貴方の権能ほど歪んではいないつもりですよ」
「お前にだけは言われたくないな、それは」
「いえいえ、実際とんでもない二律背反だと思いますよ? 日常を守るため、永遠に戦い続けるなんて矛盾しています。一体どういう精神構造をしていればそんな権能に至るというんです?」
「それも、お前にだけは言われたくねえ」
きっとアダムは俺の権能が理解出来ないだろう。
俺がアダムの権能を理解出来ないように。
「呪え──グライヒハイト」
一層深い群青となったアダムのメテオラが教会に満ち始める。ぐずぐずと、木製の椅子が腐り始め、大理石の床がただれ始める。
そんな毒壺と化す教会の変貌を食い止めるのが、俺のメテオラだった。
「回帰しろ──リバース!」
白銀の光が群青を上書きしていき、混沌と化していた光景を再び元の空間に再構築する。
認めない、許さない。
誰にも俺の日常を壊させたりなんかしない。
「く……ッ」
そこで初めてアダムに焦りが見えた。
俺の権能で上書きされたという事実。それ自体が彼の権能の進行速度が俺の再生速度に追いついていないという何よりの証拠だから。
俺は勝利を確信した。
「相性が良かったのは認めるよ。それに状況も良かった。あんたはイザークとの連戦だったからな、それも影響していたのかもしれない」
実際、お互いにベストコンディションからのスタートならどうなっていたかは分からない。相性が良いとは言っても、俺の権能は持久戦を前提をしているのだから、最初から力を使っていたアダムとではある程度のハンデはあっただろう。
けれど、それでも……
「やっぱりお前は弱いよ、アダム」
「…………ッ」
俺の断言に、アダムはその整った相貌を歪ませる。
「他人を呪う権能なんて、結局思いの強さで勝てないんだ」
アダムは他人という大きな括りを権能の対象としている。
不確定多数を対象としている時点で、アダムの祈りが他のそれに比べてぼやけてしまうのは明白だ。
名前も知らない誰かより、慣れ親しんだ人にこそ深く思い入れがあるように、人は自分という世界を中心に展開している。だからこそ、アダムの祈りは純粋性という意味で、他の権能に大きく劣る。
効果範囲という意味で、アダムの権能は優れているのだとしても、その代償として効果深度が著しく低いのだ。
「……私が、弱い?」
「そうだ。お前は弱い」
「…………ふざけるな」
わなわなと震えるアダムは、俺を鬼の形相で睨み付ける。
「ふざけるなよ健常者が! お前らはいつもそうだ! 勝手に私たちを劣等だと決め付けて悦に浸る! 優越感がそんなにも欲しいか!?」
唾を飛ばしながら激昂するアダムは明らかに普段の様子とは違った。
触れられたくない彼の中のスイッチを、思い切り押してしまったのだと悟る。
「再生? 何度でも蘇る? 俺の日常を壊すな? ふざけるなよ……貴方は知っているのですか? 生まれつき体の弱い者の苦痛を、弱者の苦しみを知っているのか!?」
「……それがお前の本質か」
何となく、少しだけアダムのことが分かったような気がした。
きっと彼の前世は俺とは比べ物にならないほど悲惨なものだったのだろう。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いてきたのだろう。狂わずにはいられないほどに。
「弱者と笑うなら笑いなさい! それでも私の祈りだけは……この祈りだけは下らないなんて言わせない!」
最後の抵抗とばかりに、アダムの群青が俺に迫る。
あれほど脅威に感じていたというのに、今ではそれもなくなっていた。
「あんたの祈りが下らないかは知らない。だけどよ、人を傷つけてそれを良しとするだけの祈りなら、俺は認めない。そんなものはただの嫉妬だ。自分には手に入れられなかったから、あんたは取り上げるんだろう?」
「黙れ……ッ!」
悲鳴のような絶叫を上げるアダム。
思えばアダムの祈りは俺と近しいものなのかもしれない。
過去に手に入れられなかったものを、取り戻そうとあがき続ける俺達。
俺は零れ落ちた日常を、再び取り戻すための回帰を。
アダムは手に入れられなかった健康を羨んだ末に呪いを求めたのだ。
もしかしたら、転生者は皆大体同じような感傷を抱いているのかもしれない。
過去を悔やんだからこその権能なのだとしたら、俺達は皆等しく罪深い。
「だったら、負けたくねえな」
どれだけマシな自分になれるのか、俺達は競い合っている。
だったら負けられねえだろ?
なあ、鈴。
「終わりだ」
俺も少しは強くなれたかな?
ふいに脳裏を過ぎった疑問はそのまま流れ去り、過去へと消えた。
その答えはこれから見つかるだろう。
少しずつ、強くなっていけばいい。
未来はきっと、輝いているだろうから。
──振りぬいた俺の刀が、アダムを切り裂いた。




