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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
真章 そして英雄は徒人に還る

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「とある転生者の話」

 紅茶と山盛りの茶菓子がテーブルを占領していた。

 その山を隔てて俺の反対側に、女神スペルビアは足をブラブラとさせながら椅子に腰掛けていた。


「へー、お前も好きな奴とかいるんだな」

「そりゃあ勿論、ボクだって一人の女の子だからね! と言っても、かなり昔の話になっちゃうんだけど」

「昔って、お前今何歳なんだよ」

「えー! 女の子に年齢とか聞いちゃう!? それはないよー、蓮ちゃんはデリカシーないなー」


 語尾を延ばした女の子らしい声音でスペルビアはブーブーと俺を非難してくる。

 というか昔の名前で呼ばれるとかなり違和感あるな。出来ればクリスと呼んでもらいたい。


「いや、そりゃ神様の年齢となれば普通気になるだろう? 減るものじゃないんだし教えれくれよ」

「ぜーったい、イヤ! ボクの尊厳とか尊厳とか尊厳が減っちゃうでしょ!」


 腕を胸の前で交差して、×を作るスペルビア。

 やれやれ、どうして女ってのはそこまで年齢を隠したがるのかね。まあ、こいつの場合は数字が四桁とかいっててもおかしくないから恥ずかしがるってのとはまた違うのかもしれないけど。

 俺はひとまず追及を諦めることにして、紅茶に口をつける。


「……って、なに和んでんだよっ!?」

「うわっ、今更それ言うの」


 しまった。目の前の少女があまりにも話しやすかったせいで、話が脱線しまくってしまった。


「というか最初は真面目な話してたのに、なんで恋話(コイバナ)になってんだよ」

「いいじゃん別に。ボクは堅苦しい話より、そっちのほうが好きだし。それより蓮ちゃんの好きな人の話聞かせてよー」

「これ以上脱線して堪るか! いい加減真面目な話するぞ!」

「ええー」


 いやいやと顔を振るスペルビア。

 おかしい。仮にも神の名を冠する者だぞ。こんな緩い感じでいいのか?


「俺の中の神様のイメージは壊れっぱなしだよ」

「そういうのはよく言われるんだけどねー。しょうがないんだよ。ボクは神になってからまだ日が浅いからね。まだまだ人間だった頃の気分が抜けなくて……」

「え? お前って元々人間だったのか?」

「うん。あれ? これって言っちゃ駄目なんだったっけ?」

「いや、俺に聞かれても」


 女神の決まりごとなんて、知っているわけがない。

 というか女神が元人間だったというのは、結構驚きだな。俺の中で神の株が大暴落してんだけどどうしてくれる。


「まあ、ボクのことはいいんだよ。それより蓮ちゃんはボクに聞きたいことがあったんじゃないの?」


 そういえばそうだった。

 気付けば話が脱線しているのだからこの少女は侮れない。

 いや、少女という年齢でもないのだろうが。


「聞きたいことは色々あるんだけどさ」


 多すぎて何から聞いたらいいのか分からない。

 とりあえず、一番知りたいところから聞いてみよう。


「俺はどうなったんだ?」

「ん? それはクリストフ・ロス・ヴェールとしての君がどうなったのかってこと?」

「そうだ」


 俺の記憶が正しければ……俺は死んだはずだ。

 イザークの手によって、絶命させられたはずだったのに俺はここに存在している。もしこの状況を説明するとすれば、


「ここは死後の世界なのか?」


 これが一番妥当なところだろうと思った。

 しかし、俺の疑問にスペルビアは首を横に振る。


「君はまだ死んではいないよ。死ぬ直前ではあるけどね」


 スペルビアの言葉に、俺は胸を撫で下ろす。


「でもまあ、帰れるかどうかはまだ分からないけどね」

「分からないって……どういうことだよ」

「まあ、それもおいおい説明するよ。こうして初めて会ったわけだし、最初から順番に行こう」

「……分かった」


 知りたいことはまだまだあるのだ。ここで焦っても仕方が無い。

 俺は言葉を選びながら、スペルビアに質問を飛ばしていく。


「そもそも何でお前は他の女神と同じように、自分の転生者……つまり俺と会おうとしなかったんだ?」


 まず最初に浮かんだ疑問。

 常々思い続けていたその最大の疑問に、スペルビアは「うーん」と唸ってから言葉を探している様子。そうしてやがて、


「ボクはね、女神の序列争いになんて興味はないんだよ」


 嘆息交じりに、そう言った。


「興味がないって……お前らにとっては大切なことなんじゃないのか?」

「まあそうなんだけどね。さっきも言ったけどボクは若い女神なんだよ。だから他の女神たちほど熱心ではないのさ」

「…………」


 そう言われてしまえばそれまでなのだが、何となく納得できなくて、妙な気分だった。


「元々転生者だって適当に選んだようなものだしね」

「適当だったのかよ……」


 自分のことを特別だと思っていた俺は何だったのだろう。

 そんなの宝くじで一等当てたのと同じようなものではないか。誰かが必ず当てられるその席に、偶然俺があてがわれたというだけの話。


「といっても全くの無作為って訳でもないんだよ? 一応、ボクの好みから選ばせてもらったからね」

「ほう? つまりお前の好みは俺みたいなタイプってことか」


 なるほど。ちょっと元気出てきた。


「そうなるねー。ボクは君みたいな性根の腐ったタイプは嫌いじゃないんだよ」

「…………」


 一言多いよ、スペルビアちゃん。

 せっかくいい気分に浸ってたんだからそのままにしておけよ。


「ま、君を選んだのには他にも理由はあるんだけどね」

「いや、いい。それ以上聞くとへこみそうだ」


 どうせろくな理由ではないのだろうから、俺はスペルビアの話を断った。


「それならもうほとんど話すことはないかなー」

「いや流石にまだあるだろう。権能の話とかさ」


 ようやく女神に会えたのだ。

 出来ればこの話もしておきたかった。


「それが『ほとんど』の箇所だよ。それが今回の本題で、最後の議題になるんだよ」

「つまり……俺に何か権能をくれるってことか?」


 俺の期待感の混じった声に、しかしスペルビアは再び首を振る。


「権能ってのはさ、そういうもんじゃないんだよ。自分の格に迫る話だからさ」

「格?」

「そうそう、格の話。核の話でもあるのかな? まあ、そこらへんは好きに理解してくれたらいいんだけどね」

「……つまり?」

「つまり、そう簡単に決まる話じゃないってことさ。まず、君は君を知らなくてはいけない」


 自分を知る。

 そんなのは簡単だ。自分のことを自分以上に知っている人間なんていないのだから。神ならば、話は別かも知れないが。


「分かってないなあ。全く分かってないよ。自分という存在を、性質を全く理解していない。例えば蓮ちゃんさ、自分の色を聞かれたらすぐに答えられる?」


 自分の色? なんだろう。何かの謎かけだろうか。


「例えば混沌の青、例えば純粋な黒、例えば至高の金、自分で自分はこうだ! って言えるモノがないと権能はただのメテオラと変わらない。どこまでも洗練された究極の祈りだからこそ、権能はメテオラの上位に位置しているんだよ。つまりは自分の中にある最も望む力。それこそが権能となって現れるんだよ」


 スペルビアは喋りつかれたのか、そこで一度紅茶に口をつけて話を再開する。


「敢えて聞くよ、蓮ちゃん……いや、クリス君。君の『祈り』は一体なんだい?」

「俺の……祈り……」


 何だと聞かれても、すぐには答えが出ない。

 最も強く、切望した願い。それが何かと聞かれたら……


「俺は……日常を守りたい」


 口から漏れたのは、そんな当たり前の願いだった。


「俺は皆と一緒にいるのが好きだから」


 俺は戦いが嫌いだった。

 身を守る為に仕方がないとしても、傷つくのも、傷つけられるのも嫌だった。

 だから──


「俺は……戦うための力なんていらない」

「そう言うと分かってたよ。そんなクリス君だからこそ、今の今まで権能が宿らなかった訳だしね」


 目を伏せて、スペルビアが微笑を浮かべながら言葉を続ける。


「けどね、それだとここから出ることは出来ないんだ。だから少し強引だけど、君の本音を少しだけ……引き出すよ」


 そう言って、スペルビアはパチンと指を鳴らした。そしてその瞬間に……


「……なッ!」


 真っ白な空間に、突如として色が現れた。

 それは舗装されたアスファルトだったり、古ぼけた郵便ポストだったり、排気ガスを撒き散らす大型トラックだったり、犬を連れて散歩するおばさんだったり……


「ここは、俺の居た世界?」

「うん。擬似的に空間を創造してみたんだ」


 そう言って、何時の間にか立ち上がっていたスペルビアは歩き出す。一体どこに行こうというのだろうか。しかし、ここで置いてけぼりにされる訳にもいかないので俺は急いでスペルビアの後を追う。


「君のいた世界は随分と文明が進んでいるんだね」

「俺にすればこれが普通なんだけどな」


 見慣れた、しかし久しぶりの景色を視界に映しながら俺達は歩き続ける。


「もしかしたらこれが蓮ちゃんの日常なのかもね。何もない、平凡な毎日。戦いも争いもなーんにもない優しい世界」

「……かもな」

「蓮ちゃんはさ、この世界に全く未練とかないの?」


 唐突に、スペルビアが話題を変えてきた。


「未練か……無いと言えば嘘になるけど、それはもう自分の中で割り切ってることだから」


 だから。

 だからなんだと言うのだろう。

 だから大丈夫? そんな言葉が後に続かないことくらい、俺はとっくに気付いている。アダムが言っていた。転生者達は皆、前世を悔いていると。


 俺はその言葉を否定することが出来なかった。

 つまりは、そういうこと。


「着いたよ」


 スペルビアはそう言って、とある建物の前で足を止めた。

 学校にも似た雰囲気のある真っ白な建物。大きく聳え立つその建造物に、俺は見覚えがあった。幾度と無く通った場所だから、見間違えるなんてありえない。


「三春総合病院」


 スペルビアはその建物をそう形容した。


「知っているよね。自分の過去だもの」

「…………」

「そろそろ、君は君と向き合うべきなんだ。だから行っておいで。『彼女』が待っている」

「俺は……」


 誰だって、触れられたくない過去の一つや二つくらいはある。

 重く圧し掛かる重圧に、踏み出すことを躊躇う俺にスペルビアが告げる。


「君の原罪が、ここに在る」

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