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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
真章 そして英雄は徒人に還る

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「揃い始める役者達」

 俺が教会に到着した時にはすでに決着していた。


「何だよ……これ……」


 到着してすぐに気付いた。この空間を占める陰気に。

 淀んだ空気が重く肩にのしかかる。しかし、目の前の光景はそれ以上に重苦しい。


「やあ、クリスさん。遅かったですね」


 教会の奥、祭壇の手前でアダムが俺に両手を広げて出迎える。


「いやあ、すいませんね。どうも情報の行き違いがあったようで。貴方には難しい条件を出してしまいました」


 恭しく頭を下げるアダム。その表情が前回来た時よりも晴れ晴れとしているのが気にかかった。

 しかし、それ以上に……


「カナリア!」


 教会の中央で横たわるカナリアに、俺は意識を奪われていた。

 すぐさま駆け寄ってその身を抱き起こし、容態を確認する。

 顔色は悪い。真っ青と言ってもいいほどに血色が失われている。だというのに体温は触っただけで分かるほどに高い。彼女の体内で、エマと同じことが起きているのだとすぐに理解出来た。


「カナリア! カナリア!」


 目の前の少女の名前を連呼するが、反応はない。意識を失ってぐったりとしたカナリアは俺に全体重をかけてくる。


「死んではいませんが……恐らく長くはもたないでしょうね」

「そんな……」


 俺は間に合わなかったのか?

 俺はこのまま、彼女たちに何一つ報いないまま終わっていいのか?


「まだ終わってねェぞ!」


 俺の心を代弁するかのように突如現れた声。

 それは懸命に体を奮い立たせるイザークのものだった。


「貴方も懲りない人ですね。いい加減倒れてもいいと思いますが」


 ふらふらと、立っていることすらやっとと言った様子のイザークにアダムが告げる。


「オレはこんなところで負けるわけにはいかねェんだよ、絶対に」


 口元を紅で汚すイザークは腕をダラリと下げた状態で、


「……オレが、終わらせるンだよ……」


 自分自身に言い聞かせるように、そう漏らす。

 満身創痍の体で屹然とそこにあるイザークはどこまでも洗練されており、まるで研ぎ澄まされた刃のような趣だ。


 己の信念の為に全てを賭ける男の姿が、そこにはあった。

 その姿を見て、素直に羨ましいと思う。

 きっとイザークも、俺にはない強さを持っている。彼女たちと同じように。

 だからこそ……


「イザーク、カナリアを連れて下がれ」

「……何?」


 イザークにだけは負けたくなんてないから、俺はそう言った。


「コイツは俺に用があるんだよ。だからこれを終わらせるのは、俺の役目だ」

「…………」


 きっと最初からこうすれば良かったのだ。

 最初から逃げずに戦っていればカナリアが傷つくこともなかったのだから。


「私と戦いますか、クリスさん」

「それが必要だってんならな」

「……それも仕方ありませんか。全く、私には脚本家としての素質がないようですね。いや、この場合は俳優としての素質と言ったほうがいいですかね」


 俺の強気な言葉に、アダムは困ったような顔を浮かべる。

 最初から最後まで、そうだった。

 アダムは俺にとって不利益ばかりをもたらしたというのに、そのことに対する敵意というか害意がこの男からは全く感じ取れないのだ。


 その不可解さに説明をつけるとするなら、仮説は二つほど挙がる。

 一つはアダムという人間が害意なく周囲に災厄を撒き散らしているという可能性。もしそうであるならばアダム・ヴァーダーという人間は間違いなく壊れている。笑顔で人を殺せるような人種に、倫理観なんて備わっていないだろうから。


 そして、もう一つの可能性。

 アネモネと旧知であったかのような言い回しから薄々感じていたその疑念。

 それは……


「お前は誰かの命令で動いているのか?」


 俳優がいるというのなら、脚本家もまた然り。


「お前にとっての脚本家ってのは誰なんだよ」


 アダムの台詞から拾った俺の問いに、アダムは笑みを浮かべて答える。


「貴方にもすぐ分かりますよ。そうしたらきっと私たちは分かり合えます。共に一つの目的の為、手を取り合えるはずなんです」

「悪いが、あんたと俺の道が重なることはない」

「……どうやら嫌われてしまったようですね。はてさて何がいけなかったのやら」


 肩を落として本気で落胆している様子のアダムに俺は俺の要求を突きつける。


「高望みはしない。ただ俺は俺の平穏を奪われたくないだけだ」


 ヴェール領を出ることになって、俺の世界は変わってしまったけれど、俺の願いは何一つ変わってなんかいない。

 ただ大切な人達と、共に生きていたい。


 何事もなく、平穏無事な日常を歩いていきたい。

 ただ、それだけの祈りなのだ。


「お前たちの戦争に、俺達を巻き込むな」


 最後に言い放った俺の言葉にアダムは……


「ふ、ははは! 『お前たち』の戦争に『俺達』を巻き込むな? ああ、面白いことを言いますね。転生者に選ばれたということはつまりは貴方もそうなんでしょう? だったらそんな思っていもいないことを言うのは止めてくださいよ」


 可笑しそうに、まるで滑稽なピエロでも見つけたかのようなテンションでアダムは俺を指差して笑う。


「もし本当に気付いていないのだとしたら貴方、相当の嘘つきですね。それも自分に対して付くタイプの。いやあ、てっきり貴方は向上心が強いのだと思っていましたが全くの逆だったようですね。これは見誤りました」


 口元を指でなぞりながら、アダムが俺に向かって歩いてくる。


「転生者が戦う理由は知っていますよね? 前世をやり直すために私たちは戦っています。だとするなら大前提として『転生者は前世を死ぬほど悔やんでいなくては道理に合わない』。だってそうでしょう? 何の未練もなく前世を終えたというのなら戦う理由は無いに等しい。そんな人間を女神が転生者に選ぶわけが無い。彼女たちだって、自分の選んだ転生者に勝ち残って欲しいのですからそれは当然です」


 知った風な口を利くアダム。

 しかし俺は彼の話を……完全に聞き逃すことが出来ずにいた。


「悔やんで、悔やんで、悔やんで、死んでも死に切れなくて、何を犠牲にしてでもやり直したくて仕方が無い。我々は皆、地獄というにも生ぬるい前世を体験しているはずなのです」


「……結局何が言いたい」


「結局、貴方が平穏を求めているのは前世でそれを手に入れられなかったからでしょう? 普通に生きて、普通に暮らして、普通に死ぬ。人並みの幸せを人並みに感じて死ぬまで生きる。人は手に入れられないものをこそ、欲するのですから貴方の祈りはそっくりそのまま貴方の悔恨を顕すのです」


 アダムははっきりと、断言した。

 俺の祈りは、俺の後悔の結晶なのだと。


「権能もつまりは結局はそういうことなのですよ。自分から最も遠い情熱をこそ、人は求める。私が病魔を求めるように、貴方も平穏を求めた。ならば……『貴方にとっての後悔とは一体何なんですか』」


 アダムの問いに、俺は答えない。

 答えられなかったのだ。


「私との約束も一度は頷きましたからね。つまり、貴方にとって仲間とは最も大切なモノからは若干外れている。であるならば、妥当なところで恋人もしくは……家族ですか?」


 俺の脳裏に、二人の少女の姿が浮かぶ。

 失いたくない、俺の日常。

 このふざけた世界でも、輝き続ける俺の宝物。


「当たり、ですかね」


 いつの間にか手を伸ばせば届くほどの距離にまで近寄っていたアダムが、俺の顔を見てにやりと笑う。

 そして、


「貴方、もしかして……『家族でも、殺しましたか?』」


 俺の最も触れられたくない過去に、踏み込むのだ。


「……黙れ」


 ぽつりと、俺の口から毒が漏れる。

 黙れ、煩い、喋るな耳障りだ。


「あんたは本当に人の神経逆なでするのが上手みたいだな」

「失敬な。人の本質を見るのが得意、と言ってください」


 慇懃な態度で放たれた、どこまでも苛立たせるその声音に俺はいい加減我慢の限界だった。


「カナリア達を治療院に連れて行く。これでもう終わりだ。俺達にはもう関わるな」

「何ですか? 逃げるんですか? ここまで来て、さっきまでヤル気満々って雰囲気だったのに? それはないでしょう、私としても舞台には共演者が必要なのです。この場を持たせることこそ、私が彼に頼まれたことなのですから」

「お前の事情なんか知るかよ」


 一刻も早くこの場を去りたかった。

 気持ち悪いこの男から、距離をおきたかった。

 俺はアダムから視線を逸らすように背を向けた。すると、教会の入り口。そこに佇む人物に気が付く。

 その人物は……


「クレハ?」


 全くの、予想外の人物だった。

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