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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第四幕 そして運命は廻り続ける

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第四十九話 「あの日の約束」

 権能。

 それはアネモネから聞いて知っている単語であった。

 アネモネが言うには権能とは、女神の力の一部であり、メテオラの上位互換であるということ。メテオラが運命を改変する力であるのなら、権能は運命を捻じ曲げる力。


 メテオラと権能では、強さが、出力が、思いの丈が、干渉力が、格が違う。

 権能によって引き起こされた現象は、メテオラを以ってしても覆せない。

 だとするのならば、エマの病気がメテオラによって治せなかったことにも納得がいく。


 しかし、『だとするならば』、だ。

 エマの病気を引き起こした人物は、『エマが苦しむことを心の底から切望していた』ということになるのだ。

 権能とは、祈りの具現。即ち、使用者の強い願望によって引き起こされる現象に過ぎない。だからこそ、この事象を説明するためには『悪意ある第三者』が必要となってくるのだ。


 ああ、間違いない。

 これはクソッタレの状況だ。

 ふざけやがって。まさにイザークの言うとおり。


「じゃあ、転生者の誰かが、エマが病気になるように祈ったってことか」

「普通なら考えにくいことだがなァ。権能ってのは取り返しが利かない。一度手に入れたら、変更不可、返品不可って代物だ。なのに、その力でたった一人の小娘に呪いをかけるたァ……狂ってやがる」


 権能とは本来、転生者同士で戦うためにあるようなものだ。

 だというのに、その権能で一般人のエマを苦しめる理由が分からない。私怨、怨恨、その辺りが妥当になってきそうではあるが……。


「……権能は、転生者しか使えないんだよな」

「ああ」

「それで、エマが病気に罹っている以上、その『誰か』はエマのことを知っている人物って訳だ」

「……ああ」


 たらり、とイザークの額に汗が滲む。

 そうなる。理屈の上ではそうなってしまうのだ。


「だとしたら……『犯人』は相当限られる」

「……だな」


 いい加減、空気が重たい。

 エマを知っている転生者なんて、それこそ指の数で事足りる。


「…………」


 オーケー。

 一度落ち着こう。

 まずは状況の整理だ。


 エマが病気に罹り、それがメテオラでも治せない。

 だとするならば、エマは権能によって苦しめられているに違いなく、その犯人は『転生者』で、『エマを知っている人物』である。


 ここまでは問題ない。

 問題はここからだ。

 ならば、『犯人は誰なのか』。それが問題だ。大問題なのだ。


「オレは違うぜ」


 真っ先に、イザークがそう言った。

 エマのことを思って、あそこまで憤慨してくれていたのだ。イザークが犯人ではないだろうと思ってはいたが……考えてみれば、イザークはかなり怪しい人物に思える。


 何せ、エマとはかなり以前からの知り合いであり、恨みがあるというのならイザークの確率が高いような気がする。実際には、逆に怨恨を向けられる側なのだが。だからと言って分からない。恨みを向けられることを煩わしく思って、ということならありえなくもない。


「おい! オレを疑ってンのかよ!」

「……いや」


 まだ決まってはいない。

 だが、いきなり容疑者から外すにしては、余りにも胡散臭すぎる。


 ひとまず、他の可能性も考えてみよう。

 カナリアは……ないと思う。ないと思うが、分からない。

 今回の件だって、一番に気をかけてくれたし、エマの友人でもある。そんな彼女が犯人な訳が……。


「……いや、待てよ」


 カナリアはエマの友人だ。

 なのに……なぜ、メテオラを使って助けてやろうとは思わなかったのだ?

 そうだ、普通に考えれば使う。使おうとするだろう。なのに、その素振りも見せず、黙って看病をするだけだった。俺にメテオラを使ってはどうか、何て打診もされた覚えがない。


 カナリアは何故、黙っていた?

 それは……その理由は……もしかして、もしかするのだろうか。


「オイ、オマエ何考えてンだよ」

「……ある訳ない、よな」


 俺は頭を過ぎった最悪の疑惑を、頭から追い払う。


「なあ、イザーク。お前はカナリアの権能がどんなものか知ってるか?」

「いや、知らねェ。権能だけは切り札みてェなもんだからな。いくら親しいっつっても転生者に教えたりはしねェ」

「そうか……」


 疑いを完全に晴らすためにも、カナリアの権能について知っておきたかったのだが、空振りのようだ。

 カナリアはひとまず置いておくとして、次はアネモネだ。

 アネモネは……まずないだろう。

 あれほどエマと仲良くしてくれていたのだし、彼女がエマを苦しめることを是とするわけがない。


「…………」


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 考えがまとまらない。

 俺はこのままではいけないと思い、ひとまずイザークには帰ってもらうことにした。少し、一人で考えたかったのだ。


「……他にありそうな可能性は……」


 ありそうな可能性。

 まず一つは、あの三人以外の転生者が絡んでいるという可能性……。


「……ヴォイド」


 そうだ。あの男だ。

 なぜヴォイドは今回の任務に、半ばごり押しする形でクレハを連れて行かせたのだ? 今思えば、あれは中々不自然ではなかろうか。エリーのため、なんて言ってはいたが実際にクレハが役に立っているかと言われれば、微妙なところだ。


「…………」


 ヴォイドも、転生者だ。

 つまり、権能を持っている可能性が高い。


「……駄目だな」


 俺は友人にまで疑惑の目を向けてしまっている。

 最低だ。最低最悪だ。

 考えても分からないことは考えない。それが俺のスタンスだったはずなのに、いつのまにか愚にも付かない考えが頭の中をぐるぐると回ってしまっていた。


 エマのために、料理でも作るか。

 そう思った時のことだ。

 ガシャン、とエマが寝ている部屋から音がした。


「エマ?」


 俺は何があったのかと思って様子を見に行くと、そこにはゲホゲホと、苦しそうに咳を繰り返すエマの姿があった。


「エマ、水飲めるか?」


 俺はすぐさま近寄り、背中をさすりながら水を手渡す。


「ん……ゲホッ、ゴホッ」

「ゆっくりでいいから。ゆっくりで」


 それから十分近くエマの容態は安定しなかった。

 苦しそうに、喘ぐエマ。

 これ以上、見ていられない。早く、何とかしてやらないと……。


「クリス……」

「何だ」

「エマ、死んじゃうのかなぁ……」


 荒い吐息混じりにエマが呟いたその言葉に、俺は背筋が凍る思いだった。


「そんな訳ないだろ。きっとすぐ良くなるっての」


 すぐに否定してやる。そんな未来は許容できないと、断じて認めないと。

 そんな俺に、エマはあの日のことを語りだす。


「クリスは……約束、覚えてる?」

「当たり前だろ」


 かつて、あの日、あの場所で、エマと交わした約束。



『──エマ、約束しよう。お前が俺の罪を忘れない限り、俺はお前のために生きてやる』


 

 俺は一言一句違わず覚えている。


「クリスはさ、バカだよね……自分からそんな約束しちゃって……」


 苦しいだろうに、エマは語る口を止めようとはしない。

 今を逃せばもう話すことも出来ないと、言わんばかりに言葉を続ける。


「エマのこと、家族みたいに扱ってくれたの……嬉しかったよ」


 エマは焦点の合わない瞳で俺を探す。

 細く、小さな腕で、俺を探す。

 ふらふらと差し伸べられた手を俺は握り返す。


「だからさ……もう充分だよ……クリス……クリスの罪を……許すよ」


 ポツリ、ポツリと放たれたエマの言葉。

 それは、約束の終了に他ならなかった。

 もう、自分の為に生きなくても良いと、エマは言ったのだ。

 俺は、その言葉を告げられた俺は、何も言わない。


「多分、エマ……もう、駄目みたい……もう、何も、感じないんだよ……」


 エマの手を握る俺。

 俺の手を握らない、エマ。


「……少し、喋り疲れちゃった……」


 ゆっくりと、瞳を閉じるエマ。

 その最後に、エマは微かな声で、しかし確かに呟いた。


「…………クリス、大好き」


 そう言って、エマは瞳を閉じた。

 やがて、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 次にエマが目覚める保障は、どこにもない。

 明日にも、エマが永遠の眠りに付く可能性は、否定できない。


「……あまり時間はない、か」


 だとするならば、急がなければならない。


「エマ……俺はお前の味方だ」


 宣言する。

 誰に憚ることもなく、俺は俺の内心を吐露する。

 絶対に、何があろうと俺はエマを見捨てたりなんかしない。


「行ってくるよ」


 俺は立ち上がり、借家を後にする。

 俺はエマを見捨てない。

 そう……


 ──他の何を、犠牲にしようとも。

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