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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第四幕 そして運命は廻り続ける

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第四十七話 「教会」

 朝が来て、太陽が昇り、人は活動を始める。

 俺もその例に漏れず、こうして朝の身支度をしているのだが、未だベッドで布団に包まる少女は一向に起きる気配がない。


「アネモネ」


 いつまでも放っておくわけにもいかず、俺は少女の名前を呼んで起こすことにした。


「……ん、クリス?」

「ああ、俺だ。もう朝だぞ、さっさと起きろ」


 もそりと上半身を起こし、ボーっと虚空を見つめるアネモネ。寝起きは意識がはっきりしないタイプなのだろうか。


「……クリス」

「ん?」


 ちょいちょいと、手招きされた俺は何の疑問も持たず、アネモネへと近づいていき……ガバッ!


「あ、アネモネ!?」

「ん、じっとする」


 じっとするったって……抱きつかれたこのままでか? いくらなんでも俺の羞恥心的なモノが持たないのだが……。


「アネモネ?」


 突然の行動に、何がどうしたのかと思っていると、アネモネは微かに震えていたのだ。思わず名前を呼ぶが、瞳を閉じてギューっと抱きついてくるアネモネに反応はない。

 少しの間、時間にして五分くらいそうしていたかと思うと、アネモネが突然口を開いてこう言った。


「……怖い、夢を見ていた」

「夢?」

「……遠く、遠い昔の夢」


 とても怖い夢だったのだろう。

 未だ震え続けるアネモネ。


「……そうか」


 俺はなんと言ったらいいか分からず、そんな気が利かないにもほどがある台詞しか出てこなかった。だから、口下手な俺は少しでも安心してもらいたくて……


「……ん」


 頭を撫でられて、気持ち良さそうな声を上げるアネモネ。

 いつもなら年下扱いするな、なんて罵倒が飛んでくるところだがその様子もない。


「大丈夫。夢は夢だ。今には何の関係もない、ただの夢」

「……夢」

「そ、ただの夢。寝て見た夢なんてもう忘れろ。どうしても見たいってんなら、起きてる間に見るんだな」


 俺の言葉に、こくりと小首をかしげるアネモネ。


「……起きてたら、夢は見れない」

「かもな」


 寝起きだからだろう、アネモネは頭が回っていない様子。

 会話をしたことで落ち着いたのか、アネモネはゆっくりと俺から体を離す。


「……ごめんなさい」


 何がごめんなさいなのか分からなかった俺は思わず聞き返す。


「ごめんなさいって、何が?」

「……突然、触ったりして」


 そういえば、アネモネは接触することを嫌う子だったな。

 けれど俺としてはなんてことはない。むしろ女の子と触れ合えて嬉しいくらいだ。なんて、いくらなんでもストレートに言うわけにもいかず、「気にしてない」と無難な返しをしておく。

 アネモネは一度頷いてから、大きく伸びをしてようやく布団から起き上がる。


「朝食、準備しようか?」

「……うん」

「あいよ、先に下行って準備しておく」


 そう言って俺は二階から一階へ。

 調理場には昨日俺が作った残り物があったので、それを温めなおす。

 さて、おかずはこれでいいとして、アネモネは白パンと黒パンのどっちが好きだったっけ。確か白パンだったような気がする。まあ、違っても無理やり食わせるとしよう。

 戸棚から出した白パンを、適当なサイズに切って盛り付けて朝食の完成。

 テーブルに運ぶと、丁度良くアネモネが二階から降りてくるところだった。


「……皆は?」

「エマとクレハとユーリは買出し。それ以外はギルドの方に向かったよ。寝ぼすけなのはお前だけ」

「……ごめん」

「そういう日もあるだろうよ。そのおかげで俺も自宅待機になったし、悪いことばっかりじゃないさ。ほら、飯の準備できたぞ」

「……ありがと」


 未だ本調子とはいえなさそうなアネモネは、ゆっくりとスプーンを動かして朝食を口に運ぶ。もくもくと食べる様は小動物めいていて、可愛らしい。


「……何?」


 こちらの視線に気付いたアネモネが、小首をかしげる。


「何でもないよ」


 いつまでも見つめていたんじゃ変態みたいだ。俺は俺の出来ることをしよう。

 とはいえ、最近ではもっぱら食事当番みたいになってきてるけどな。本当に、俺は自分で作るのが好きじゃないというに。

 昼食は各自好きに取るとして、晩飯は何にしようか主夫みたいなことを考えていると、いつの間にか完食していたアネモネが隣に立っていた。


「おう、どうした」

「……外、歩いてみたい」

「あんまり出歩かないほうがいいと思うぞ。何があるか分からないし」

「…………」


 じっと、無言の圧力を加えてくるアネモネ。

 ……まあ、いいか。


「俺も付いていくって条件ならいいぞ。どこに行きたい」

「……教会」

「教会?」


 これはまた意外な場所をご所望だった。


「あー、そういえば今日は十三の日だったか」


 こくり、と頷くアネモネに俺は納得する。

 この世界で、十三日は故人を偲ぶ日とされているのだ。無宗教論者であろうと、それは変わらない。もっとも、彼らにとってそれは十二月二十五日はクリスマス程度の意味しかないのだろうが。


「教会だな、分かった。少し待っててくれ」

「……うん」


 外出するということで、俺はエマたちに書置きを残し、武装してから借家をアネモネと共に出た。

 空は曇天。あまりいい天気ではない。だが、こういう日には丁度いいのかもしれない。丁度良くはなくても、雰囲気はある。

 故人を偲ぶには、絶好の天気なのだろう。

 まさかアネモネにそういった情緒があると思っていなかったため、少し意外だった。何か宗教でも入っているのかとアネモネに聞こうとして、俺はアネモネの視線が俺の腰へと注がれているのに気付いた。


「これか?」


 俺はくいっ、と腰にぶら下げた刀……『花一華(ハナイチゲ)』を指先で揺らす。


「……ちゃんと、持っていてくれた」

「そりゃそうだろ。捨てるなんてあり得ないっての」


 武器の携帯は軍人の基本だからな。

 俺の答えに、アネモネは頷く。

 何か、思うところがあるのだろう。

 というより、自分で作ったものなのだから思うところがあって当然か。愛着があって、当然だ。


(愛着、ね)


 ふと、俺は先日イザークと交わした会話を思い出す。

 人が者を愛するように、物を愛するのか。

 物は人が物を愛するように、人を愛するのか。


「…………」


 俺は隣を歩く少女に、その答えを聞いて見たくなった。何となくアネモネならばその答えを、答えとまでいかずとも一片の真実を知っているような気がしたのだ。

 だけれど、俺は結局その問いを舌に乗せることはなかった。


「ん、教会ってのはあれかな」

「……間違いない」


 俺達の視線の先に移ったのは、青色の建造物。青と言っても、べったべたの気持ち悪くなるような青ではなく、自然と調和するような青。

 俺は教会と言えば白いものだとばかり思っていたから、この基調には少しばかり驚いた。これもまた、先入観。自分の中の世界での話だったのだろう。


「中、入るか?」

「……うん」


 こくりと頷いたアネモネを伴い、教会の中へ。

 中は外よりも一層神々しく、蒼色を輝かせていた。

 窓に張られたステンドグラスがわずかな光芒を吸収して、見事なグラデーションを教会内へと演出している。


「やあ、いらっしゃい。お客さんだね」


 俺が教会内の幻想的とも言える光に驚嘆していると、柔和な声音で、俺達を歓迎する言葉が耳に触れた。視線を正面に移すと、そこには一人の神父が立っていた。


「どうも、こんにちは」

「……こんにちは」

「はい、こんにちは。まだお若そうですのに、しっかりとしていらっしゃるんですね。本日は祈りを捧げに?」

「ええ。とはいっても、俺じゃなくてこっちの奴がメインですけど」


 俺は神父の言葉に、隣に立つアネモネを指差して答える。


「そうでしたか。では中を案内しましょう。女の子二人では、何かと不安でしょうから」


 神父はそう言って、朗らかに笑みを浮かべる。

 いつもなら、俺は男だ、なんて言って激昂するところだが、今回ばかりは毒気がそがれてしまっていた。というのも、この神父には女性だからと侮蔑するような空気を感じなかったからだ。

 ただ純粋な好意から、この神父は同行を提案してくれたようである。


「えと……すいません。それではお願いします」

「はい。お願いされました」


 にっこりと、どこまでも柔和な態度で神父は俺達を先導する。


「申し遅れました。私はアダム・ヴァーダーと申します。以後、お見知りおきを」

「どうもご丁寧に。俺はクリス。こっちのちっこいのはアネモネです」

「……ちっこい言うな」

「はは、仲が良いんですね。御姉妹か何かですか?」

「「断じて違う」」


 俺とアネモネが異口同音に否定し、アダムが笑みを浮かべる。「仲が良いのは間違いなさそうですね」、と。どこまでも人当たりのよい御仁だ。こちらまで恐縮してしまいそうになる。

 まるで老年の紳士のような対応であるが、見た感じアダムさん。俺達とそう歳が違わないように見える。もしかしたら二十も超えていないかもしれない。


 短く揃えられた金髪と、綺麗な碧眼が印象的な美少年。高い身長も相まって、女子の理想とも言える外見だ。いや、俺は女子じゃないから理想かどうかは分からないのだが。

 ともかく、非常に女子受けの良さそうな風貌に見えた。今のところ内面も相当に出来た人物であるので、人間としてかなり完成されている。


「そうだ、外は少し曇り模様だったようですが、お洋服などは大丈夫ですか? 良ければタオルなどお貸ししますが」


 なんて、気配りまで出来るとかスペックたけえな。


「あ、お気遣いなく。ちょうど雨が降っていない時間帯だったんで」

「そうですか、それは良かった」


 再び笑みを浮かべるアダム。

 うーむ。俺が女だったら惚れていてもおかしくない好青年だな。是非、見習いたいものだ。

 アネモネはどうだろうかと視線を送ると、アネモネはつまらなそうな顔で後を付いて来ていた。いや、大体いつもつまらなそうな顔しているけどよ。


「どうした、アネモネ。気分でも悪いのか?」


 こっそりと、アダムに聞こえない声量でアネモネへと問いかける。

 一応ここは彼のホームでもあるわけだから、気を使ったのだ。ふむ、俺もなかなか出来た男みたいではないか。


「……大丈夫」


 俺の問いに、アネモネは短い言葉で否定した。

 とはいえ、いつもと少し様子が違って見えたのは間違いではなかったようだ。アネモネの表情診断検定があるとするならば、三級くらいはもらえるかもしれない。


「こちらが礼拝堂になります。お祈りするなら、こちらがよろしいかと」


 つらつらと下らないことを考えていると、いつの間にか目的地に到着していたようで、すっと横に避けたアダムが道を作る。その先には、少しだけ薄暗くなっている空間があり、中には両手を合わせて目を瞑る人影がいくつか。

 ここが、神に祈る場所。礼拝堂って訳か。


「案内ありがとうございます……ほら、行って来い」


 これっぽっちも神に祈る気がない俺が入るのも背信的だろうと思い、アネモネの背を押してやる。俺は中には入らないぞ、という意思表示だ。

 アネモネは一度だけこちらを見て、それからトコトコと礼拝堂に入っていった。

 これで、ひとまずは待ちだな。


「あなたは律儀な方のようですね。クリスさん」

「え?」


 俺がアネモネを見送っていると、隣からアダムが声をかけてきた。


「いえ、別に祈りをしない人でも中に入って構いませんよ」

「……いや、いい。神には祈らないことにしているんだよ」


 祈りたいこともないしな。

 神なんて存在が実在することをなまじ知っているだけに、祈りにくいというのもある。


「そうですか。神を信じていない……という訳でもなさそうですね。神を信じている。故に祈らない。不思議な感性をお持ちなんですね、クリスさんは」


 読心術でも使えるのだろうか、この人は。

 ずばずばと内心を当てられて、動揺する俺。


「祈りってのは好きじゃないんだよ。自分に出来ないことを、誰かに肩代わりさせるような気がしてさ。自分の望むことなら、自分で成し遂げなくちゃ意味がないだろ?」

「……なるほど、そうかもしれませんね」


 アダムはそう言って、笑みを浮かべる。


「だとしたらどうなんでしょう。もしも、自分の力でどうにもならない事態に遭遇したとき、あなたは一体どうするというのですか?」


 そのときは……大人しく諦める?

 いや、俺はそんなに潔い人種ではない。もっと行き汚く、泥を這ってでも何とかしてやろうとするだろう。だからこそ、自分で出来ないとなれば……


「誰かに頼る、かな」

「ほう。それは祈りとは違うのですかな?」

「違う。祈りってのは神にするものだ。俺は人を頼る。どこの馬の骨とも知れない神よりも、隣人のほうがよっぽど信じられるんでね」

「はは、神を馬の骨呼ばわりですか」


 言ってから、あまりにも失礼なことを言ってしまったと自覚する。

 彼らの信仰するものを馬の骨呼ばわりとは、流石に礼儀がなさすぎだ。

 俺は慌てて謝ろうとするが、アダムに気にした様子はない。


「いいんですよ。人の考えは人それぞれ、それを曲げることを主は望まないでしょうから」

「……悪い」


 とはいえ、居心地が悪くなったのは間違いがない。

 俺は謝りつつ、アダムと談笑しながらアネモネの帰りを待つ。


「きっとクリスさんは現実主義(リアリスト)なんでしょうね。目で見て、手で触れるものを何よりも尊ぶ。それもある種の信仰でしょう」

「現実主義なんて、そんな格好がいいものじゃないさ。俺はただ視野が狭いだけのガキだよ」

「だとしても、あなたはその視野で精一杯考え、答えを探し出している。そのあり方は、とても高潔で力強い。私はそのように思います」


 思ってもいないベタ褒めに、なんと言っていいか分からなくなる。

 俺はもともと、褒められるのに慣れたりしていないのだ。

 俺が黙りこくっているとアダムは、


「……すいませんね、さっき会ったばかりの若造が偉そうなことを口走ってしまって。忘れてください」


 と言って頭を下げた。


「いえ、こちらこそすいません。勝手なことばかり言ってしまって」

「いえいえ、私は楽しめましたよ。あなたという人となりを少しでも知れたこと、嬉しく思います。貴方の行く道に、幸あらんことを」


 アダムはそう言って、一歩下がり方向転換して歩き去っていく。

 どうしたのかと思っていると、服を引っ張られる感覚に振り向く。


「……終わった」


 アネモネが、半眼で俺の服を引いていた。


「……クリス、楽しそう」


 楽しそう? 俺が?

 アダムと話して、俺は楽しかったのだろうか。分からない。


「……帰るか」


 結局俺は思考することを放棄した。

 何だか、実にも成りそうになかったから。


「……うん」







 今日は不思議な一日だった。

 思えば、今日がある種の転換地点だったのかもしれない。

 もしかしたら、俺はこの時、これから起こる悲劇を回避するために何かが出来たのかもしれない。もしかしたら。なんて、意味のない仮定。


 この時の俺に、何も出来なかったのだからそんな仮定に意味がない。

 罪には罰が、そして無知には後悔が伴う。

 そのことを、俺は強く強く自覚させられた。




 この日から三日後のことだ。エマが──倒れた。

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