第四十六話 「とある刀の話」
刀とは、何か。
剣とは違うのか、槍とは違うのか、斧とは違うのか、弓とは違うのか。
刀とは、何か。
カナリア・トロイにとって刀とは一筋の閃光だ。ただ唯一の機能を極限まで突き詰めた先にある美しさこそが、刀の本質である。
クリストフ・ヴェールにとって刀とは狂気の象徴だ。恐ろしく、おぞましい物。存在からして疑問である不必要さこそが、刀の本質である。
では、アネモネという少女にとって、刀とは何か。
それは本人にすら分からないところだろう。
なぜなら彼女にとって、刀とは余りにも血肉になりすぎていた。感情移入、ならぬ感情没入。埋もれ、埋没するほどに深く共鳴していた。まさしく、一心同体と呼べるほどに。
……いや、もしかしたならば、彼女には心なんて高尚なものは宿っていないのかもしれない。無心同体。だとするならば、彼女は刀そのものだ。刀そのもので、それ以上でもそれ以下でもないただのモノ。それこそが、刀の本質である。
遠く、遠い記憶。
ゆらゆらと波紋が揺れて光を反射する。三尺に届こうかと言う刃文の煌きを受けて、心乱される者は少なくない。誰だって『刀を持てば、斬ってみたくなる』。つまりはただの存在証明。それこそが刀と言うただの物に許された唯一の存在理由だから。
刀に行動原理は存在しない。刀はただの刀なのだから。
持ち主の意向に異を唱えることなど、出来ようはずもない。
それでも、その『刀』は少しだけ毛色が違うと言わざるを得なかった。
簡潔に言い表すと、その刀に触れた者はすべからく狂う。殺刃衝動に突き動かされ、修羅へと落ちてしまうのだ。
その刀には銘があった。
人間に名前があるように、その刀にも名前があったのだ。
遠く、遠い記憶。
なんと言う名前だっただろうか。確か、読みだけ見るととても可愛らしい名前だったと思うのだけれど、字で見ればとてつもなく恐ろしい。そんな名前だった気がする。
それもそうだ、その刀は妖刀と呼ばれていたのだから。恐ろしいはずである。名前を忘れてしまっても、そのあり方だけは忘れられない。どれほどの時が経とうと、忘れられないのである。
──ヤメテ、私に触れないで。
そんな微かな願いも無情に消える。
数多の人間がその刀を手に取り、数多の人間を殺してきた。
だから、この刀身はべったりと血で汚れているのだ。
生まれた時からすでに罪深い。
それは、原罪の記憶。




