第四十一話 「足音」
カナリアの話では、イザークもアネモネもカナリアも全員が転生者だということだった。そして全員が、女神からそれぞれのことを聞いていて、そのことについて話をしていたのだと。
……正直、嘘だろって気分だ。
ヴォイドから他にも転生者がいるという事実は聞いていたがしかし……ここに四人もの転生者が揃っているとは思わなかった。
「てっきり我はクリスが気付いた上で変わらない態度を取ってくれていたのだと思っていたよ」
「いや一度くらい確認してくれても良かったじゃん……」
「初めて会った次の日、確認しようとはしたのだが……その、余りそういう空気でもなかったのでな。あれが君なりの停戦表現かと思っていたのだ」
えーと、カナリアと会った次の日って……あれか! エマがすっごい懐いてた日のアレか!? 確かに、戦う気があるようには全く見えないだろうがそれでも……
「それに一応我は聞いたぞ。戦う気がないということでいいのかと」
「え? マジで?」
全く記憶にない。
一体どういう会話をしたんだったか……流石に思い出せない。ああ、もう。何で現実にはバックログ機能がついてねえんだよ!
「というかアネモネも、イザークも気が付いてたなら何かアクションしろよ」
「オレは最初に会ったとき、テメエがメテオラを使うのを見て、ちゃんと『兄弟』っつったろ」
「分かりずれえよ!」
「……クリス、変なことしないって言った」
「えーと工房に遊びに行ったときだよな? 言ったっけ? 駄目だ、思いだせん!」
頭を抱える俺。そして、彼らにとっても思わぬ展開だったようで全員がどうしたものかって表情だ。
「とりあえず、戦う意思はねェと見ていいんじゃねェか?」
「まあ、そうだな。クリス、他に知らない情報はあるか……と、こんな聞き方をしても意味がないな。それでは……クリスは、女神から何を聞いているのだ?」
改めて聞きなおすカナリアに、俺は「一度も、会ってない」と素直に白状した。実際に知らないものは知らないのだし、ここで見栄を張ることに意味はないだろう。
「そんなことがあるのか……しかし、それはまた扱いに困るな」
カナリアは思案顔を浮かべる。
何を話すべきか、選択しているのだろう。俺だって全てを教えてもらえるなんて思ってはいない。はっきり言えば、俺達は敵同士なのだ。敵に塩を送るような真似を彼女らが自らするわけがない。
そう思って、カナリアの対応を待っていると……
「おい、オメエは何色だ」
と、イザークが突然そんなことを聞いてきた。
何色? 何色ってなんだ? 何の色を聞いているんだ?
当然浮かぶその疑問が顔に出たのか、イザークは納得した表情を浮かべ、
「なあ、カナリア。ここでこいつを殺すってのもいいンじゃねえか?」
なんて、物騒なことを口にしたのだ。
「なっ!」
さっきまでと言っていたこととまるで違う。停戦するんじゃなかったのかと思いながら、後ずさり、イザークから距離をとる。
「女神に会ってねェってことは、当然権能も持ってねェってことだ。これなら、簡単にヤレるぞ」
そういったイザークの目が据わっていく……こいつ、やるつもりかよ!
俺は俺で、魔術をいつでも詠唱できるように準備して、腰につるした刀へと指をかける。そうして戦闘準備をしていると、俺の目の前にすっ、と盾になるかのようにその身を滑り込ませる小さな影が一人。
「……させない」
銀髪を揺らす、アネモネだった。
「アネモネ……お前……」
味方をしてくれるのかと、万感の思いを込めて俺は呟く。
「やめろ、イザーク。停戦を申し出たのは我々だ。その我々がいの一番に破ってどうする」
「…………」
カナリアの言葉に、無言のまま拳を下ろすイザーク。妙な雰囲気に包まれたその時だ、
「声を荒げていらっしゃいましたが、何かありましたか」
と、クレハがこちらの様子を気にして、声をかけてきた。
新たな介入者の登場で、毒気がそがれたイザークは「なんでもねェよ」とだけ言い残してその場を去っていった。もう、話すことは何もないとでも言いたげな態度だ。
「すまんな、アイツには後で言っておく」
「いや、俺は構わないけどよ……少しでいいから教えてくれないか? その、転生者のことを」
「先に無礼を働いたのはこちらだしな。構わない」
そう言って俺の頼みを承諾してくれたカナリアに頭を下げて感謝を伝える。
それに、感謝というならこっちにもだな。
「ありがとな。アネモネ」
真っ先に俺のことを心配して飛び出してくれた少女に、俺は感謝の言葉を送ると共にその頭を撫でてやる。ちょうどいい位置に頭があったせいなのだが、アネモネは若干不服そうな様子だった。
エマにやるのと同じノリでやっちまったけど、そういえばこいつ年上だったな。忘れそうになるけど。
俺は手を離してから、さて説明してもらおうかと、カナリアに一歩近づき……ぎゅっと、服の裾を捕まれその動きが一瞬止まる。
「アネモネ?」
「……私が教える」
はっきりと、頑として譲らない口調でアネモネはそういった。
「なんだか妬けてしまうな。アネモネはこういう男が好きなのか?」
その様子を見て、からかうようにそう言ったカナリアに、アネモネは「……そんなわけない。趣味が悪い」と一笑に付す。
もうちょっと言い方があるだろうと思いながらも、結局アネモネに事情を聞くことにした。付き合いはそれほど長いわけでもないのに、不思議とアネモネを信用する自分がいたのだ。
「それじゃあ邪魔者は退散するとしよう」
最後までからかうカナリア。こいつがこういう言い方をするのは珍しい。やっぱり友達と仲間だと、対応も違うってことなのだろう。
「……それじゃあ、教える」
「ああ、頼む」
何はともあれ、俺はこうしてずっと疑問だった代理戦争の真相に、迫っていくのだった。
アネモネから聞いた代理戦争の要点は三つ。
一つ、転生者は女神からもらった権能をメインとして戦い、自分の信念を賭けて戦うということ。
一つ、そうして最後の一人になった転生者には前世をやり直す権利が与えられるということ。
一つ、七柱の女神達は転生者に情報と権能を与えるだけで、それ以上のことは決してしない。ただ、与え、傍観するだけである。
ぽつぽつと長ったらしくではあったが、アネモネから聞いた話を総合するとそういうことだった。いくつも新しい事実が上がって来て、混乱したがそれら全てを飲み込むことは出来た。どうにか、といったところではあったが。
「だが、なんで俺の女神は姿を見せないのかって疑問が残るぞ」
「……流石にそこまでは分からない」
「まあ、そりゃあそうか」
しかし、俺だけ何も分かっていないってのは居心地が悪いというか酷く落ち着かない気分にさせられる。ほんと、なんで俺の女神は会いにきてくれないのか。
「……でも、クリスは運が良い」
「え?」
「だって……あれほど、転生者と関わっていながらこうして生き延びてる。結構、驚き」
確かに。よくよく考えてみれば結構幸運だったのかもしれない。
というか、俺の出会った転生者が全員好戦的じゃなかったんだよな。イザークは別として、ヴォイド、カナリア、アネモネと誰もが俺に好意的な態度を示してくれた。
本当によく生きていられたものだと、今更ながらに思う。
きっと、転生者は好戦的な部類と、非好戦的な部類に分けられるのだろう。そして、俺は幸運にも非好戦的な転生者と多く出会ってきた。
「ま、いきなり戦えって言われても困るわな、普通」
案外このまま誰とも戦わないまま一生を終えるんじゃねえの、と。俺は楽観を多分に含んだ希望的観測をアネモネに伝えた。そして、
「……この戦争は、そんなに甘くはないよ」
と、俺を諌めるアネモネの鋭い視線に思わず口ごもる。
「……運命からは、逃げられない」
最後にポツリと呟いたアネモネのその言葉が、どこまでも不吉な気を伴って俺の耳へと届いた。
そして、この時の俺には知る由もなかったが……
──すでにその時から、破滅の時は静かにその足音を響かせていた。
舞台は独立都市・ツヴィーヴェルンにて幕を上げる。
かつてない大乱戦が、訪れようとしていた。




