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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第四幕 そして運命は廻り続ける

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第三十八話 「繋がる思い」

 工房でアネモネの作業を手伝った日以来、俺は足繁くアネモネの元へ訪れていた。まるで特定のホストに入れ込んだ貴婦人のようだ。

 もちろん俺に少女趣味などありはしない。

 俺が何度もこの工房を訪れているのは、この工房に漂う外の世界と断絶された空気に浸っていると、妙に落ち着く気分にさせられるからだ。


「おいっすー。また来たぜ」


 いつものように片手を挙げて視線の先の少女、アネモネへと声をかける。


「……貴方も懲りない」

「暇なんだって」


 本当は軍の訓練があったが、ブッチしてやった。聞くところによるとイザークもサボりまくっているらしいし、これくらいなら構わないだろう。


「……カナリアに言いつける」

「だー! それだけは止めてくれ!」


 と思ったら、ここに裏切り者がいた。

 風邪を引いていた、お婆ちゃんの荷物を背負っていた、などなど昔から使い古された言い訳を用意している身としてはそれはあまり良い事態とは言えない。


「自業自得」


 必死でアネモネを宥めようとするも、たった一言でばっさり切られる。

 折角人が遊びに来たというのに全く歓迎する雰囲気がない。

 これは少し物申す必要がありそうだ。


「今度俺の家に来いよ。客人への対応の仕方ってのを教えてやる」


 なんて、半ば冗談で言ったつもりだった。

 だが、アネモネは何かを考えるような仕草を見せてから、こくりと頷いた。


「え? マジで? 来るの?」

「……誘ったのは貴方」


 ポッと頬でも染めてくれたら非常に萌えそうな台詞を放つアネモネ。実際にはジト目だったが。


「まあ構わないけどよ。それで、いつ来る?」

「……今日」

「今日? いいけど随分急だな」

「……明日からは、少し忙しい」


 貴方の刀がそろそろ出来上がるから、と。アネモネはそう言った。


「あれ? 少し早くないか? まだ二週間も経ってないだろう」


 最初に聞いていた予定日よりまだ時間があったから、疑問に思った俺はアネモネにそう聞いてみた。


「……貴方の刀は先に作ることにした」

「あ、そうなの。でも何でだ? もしかして俺の為?」

「……うん」

「何で不服そうな顔なんだよ。そこは照れた雰囲気で頼む。はいっ、テイクツー」


 馬鹿なことを言っていると、ボスリと腹を殴られた。全然痛くないが、これはこれでアリだと満足することにした。彼女なりのテレ方だと思えば問題ない。


「……妙な人」


 そう言って外出の準備をするアネモネ。

 作業着っぽい服から、ジャージっぽい服へと。うん。全然変わってない。


「もう少しお洒落とか出来ねえの?」

「……必要性を感じられない」


 あ、そうですか。俺の家に来るのにお洒落は必要ないと……そういうのじゃないと分かっていてもへこむな、これ。


「……さっさと、行く」

「はいはい」


 アネモネに促され、借家へと向かう俺達。

 昼間の街並みは人の行き交う忙しい時間帯だ。見るからに人ごみとか苦手そうなアネモネがはぐれないように手を引いてやる。


「ほら、こっちだ」

「……ん」


 改めてみると、本当にちっこいな。こいつ。エマよりも身長低いんじゃないか? 

 同じくらいだとしても十二歳の子と比べられていい勝負をする時点でアネモネの発育が悪いのは疑いようもない。いと哀れ。


「まあ、そういう方面に需要がないわけでもないしな。ポジティブに行こうぜ」

「……何の話か知らないけど、馬鹿にされてるのだけは分かる」


 ぐりぐりと腹部に拳を押し付けてくるアネモネ。相変わらず痛くない。


「ほら、ここだ」

「……結構近い」

「引越しするときに近いところ選んだからな」


 人通りが少ない裏道を選んで自宅へと向かう。そして、裏口から家へと入り、「ただいまー」とエマに呼びかけるが……返事がない。


「いないみたいだな」

「……誰かと住んでるの?」


 そういえば言っていなかったと、俺はアネモネに同居人が一人いることを伝える。すると、アネモネは先に言ってと呟いた。すいませんね、気が回らなくて。


「……同居人って、カナリア?」

「ん? 違うぞ、エマって女の子だ。どうしてそう思ったんだ?」

「……何となく、貴方たちは気が合いそうだと思ってたから」


 気が合いそう、ねえ。確かに共感できるところは多いけど気が合うってほどじゃないと思う。親しくなると尻に敷かれそうだしな。付き合うのは避けるタイプだ。


「……二人ともとても怖がりで、そして強い意志を持ってる」


 下らないことを考えていると、アネモネがポツリと呟いた。


「短い付き合いの癖に、知ったようなことを言うんだな」

「……検査したときに、色々分かったから」


 検査したときって、あの体を密着させたアレのことだろうか。まさか、あの程度でそいつの性格まで分かる訳ないだろうと笑うと、アネモネは至って真剣な表情で口を開く。


「……私は触れた相手の考えてることが、何となく分かるの。ずっと、昔からそうだった」


 ずっと昔から。

 そう言ったアネモネは遠い目をする。それほど人生刻んでいるわけでもないだろうに。

 しかし、アネモネの言った能力は興味深い。メテオラとか言う何でも能力を持ってる分。そういった超常現象に対する耐性と理解力は高いつもりだ。

 そこで俺は興味半分、疑い半分で試してみることにした。


「俺が何を考えてるか当ててみてくれよ」

「……面倒」


 だが、たったの二文字で断られてしまった。


「別にいいだろう。減るもんじゃなし」

「……減る。主に私のやる気が」

「やる前からすでに地面すれっすれ程度の気力だろうが。あってもなくても変わらんわい」


 どうしても気になった俺は、何度もアネモネに頼みこむ。

 いい加減うざったいくらい頼み込んだら、アネモネはしぶしぶといった様子で承諾してくれた。そこまで嫌がらなくてもいいだろうに。


「……それじゃあ、服脱ぐ」


 ……あ、そうか。肌を触れ合わせるってこういうことだった。

 考えてることが分かるという部分だけ頭にあったから、触れているという部分にまで意識が向いていなかったぜ。これ、アレだな。見方によってはセクハラと取れないこともないぞ。


「じゃ、じゃあ頼む」


 だが、ここで引くのも意識したみたいで格好が悪い。

 俺は上着を脱いで、アネモネに体を預ける。

 立ったまま抱きつくような体勢になる俺達。接近したアネモネからミントの甘い香りがして一瞬ドキッとさせられる。


(何で女ってのはいい香りしてんだよ……)


 人体の不思議を感じながら待つこと数十秒。

 何も喋らないアネモネに、俺は段々悪いことをしているような気分になり、思わず声をかけてしまう。


「な、なあ。分かったか?」

「……もう少し」


 そう言って難しそうな表情をするアネモネ。

 というか俺は俺で何か考えないと。せっかくアネモネがやってくれているというのに、当の俺がボーッとしてたんじゃ答え合わせが出来なくて意味がない。


 何を考えようか。どうせなら突飛なのがいいだろうと頭を悩ませる。

 だから、そのときの俺は気付くのが遅れた。

 いつのまにか、玄関からエマが帰宅していたということを。


「…………」


 変な顔のまま、驚愕に固まるエマとばっちり目が合う。

 買出しに行ってくれていたのだろう。買い物袋をその小さな手で抱えていた。


「お、お帰り」

「……何してんの? ねえ。何してんの?」


 氷点下にまで落ちた声音で尋ねるエマ。彼女の視点で状況を見てみると……

 上半身を晒した俺に抱きつく幼女。

 ……うん。アウト。


「い、いやこれは事情が……」

「どんな事情だぁッ! この馬鹿クリスっ! 最近のクリスにどんだけ気を使ってきたと思ってんのよっ! それなのに、それなのにぃぃぃぃっ!」


 バキィッてな表現がしっくりくる一撃をもらって吹き飛ぶ俺。

 そうなると当然俺に抱き付いていたアネモネも巻き込まれるように吹き飛び、重なるように地面を転がる俺達。

 俺と共に揉みくちゃにされたアネモネはゆっくりと口を開き、


「……分かった。クリスは今、どうしてこうなったと嘆息してる」

「うん。誰でも分かるね、それ」


 どうにもマイペースなアネモネだった。




 結局あれから事情を説明して、何とかお許しをもらった俺。俺達でない辺り、状況をよく説明できていると思う。

 そしてそんなこんなで、現在。何故か俺とアネモネとエマの三人で食卓を囲んでいる。ちなみに料理は俺が作った。本当にどうしてこうなった。


「……案外、美味しい」


 おい、案外ってどういう意味だ。


「でしょー。あんな顔してるくせに生意気だよねー」


 おい、生意気ってどういうことだよ。

 あまりの理不尽にいい加減我慢の限界だったが、すでに結託している女性陣を相手にするのは分が悪い。全く、どうして女ってのはすぐにつるみたがるかね。


「クリス、おかわり」

「……私も」

「おかわりくらい自分でやれっつの」

「……それが、お客様への対応?」


 可愛らしく小首をかしげるアネモネ。だが口元が笑ってやがる……ような気がする。

 そういえばそうだった。最初は客人への対応の仕方を教えてやるってことで、つれてきたのだった。色々あってすっかり忘れていた。


「ったく。仕方ねえな」

「何だかんだでクリスは優しいよねえ」

「……良い男」


 明らかなお世辞だったが、黙って聞いてやる。べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ。

 それから小一時間後、結局俺はいいように使われてしまい、言われるがままにマッサージやらお遊戯やらに付き合わされた。まるで雑用だなこりゃ。


「……そろそろ帰る」


 アネモネがそう口にしたのは、どっぷりと夜が暮れてからだった。

 何なら泊まっていきなよ、と提案したエマに俺も同意する。この時間から出歩くのは危ないしな。アネモネみたいな女の子はすぐに目をつけられることだろう。


「……それじゃあ、お言葉に甘える」

「あいよ。そんじゃ寝るとこ準備してやるよ。その間にシャワー浴びて来い」


 手で追い払うようにエマとアネモネを誘導して、俺は布団を引っ張りだす。

 布団といっても、掛け布団的なものでしっかりしたものではなかったが、贅沢はいえない。スプリング付きのベッドなんて超高級品なのだ。というかあるかどうかすら分からない。今度開発してみようかな。


 そんなことを考えながら寝る準備をしていると、シャワールームからきゃっきゃと女の子特有の高い声が聞こえてきた。

 どうやら二人一緒に入っているらしい。仲が良いことで。

 ちらりとシャワールームに視線を送ったときのことだ。「きゃあっ!」と、尋常ではない声が上がり……中から人影が飛び出してきた。


「く、クリスッ、ででで出たっ! 八本足のアイツが出たよぉ!」


 びっちゃびっちゃのまま、こちらに避難してくるエマ。こいつは山賊暮らしをしていたとは思えないほど昆虫類が大の苦手なのだ。ちっこい虫にすら飛び上がって驚く。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 今、問題なのは、エマがシャワールームに入っている途中に慌てて出てきたという事実一点。つまり何が言いたいのかというと……肌色だった。一面、肌色だった。

 そしてそれは、シャワールームの奥にいる人影にもいえることで……


「…………っ!」


 つい向けてしまった視線の先。

 顔を真っ赤に染めたアネモネが、あってないような胸をその手で隠す。


(アネモネがここまで感情を顔に出したのは始めて見たな)


 なんて、暢気にそんなことを考えていると、パールのようなものが飛んできて俺の頭部に直撃した。激痛と同時に倒れこむ。俺は頭部からぴゅーぴゅーと出血しながら、薄れていく意識の最後に思った。


 何で風呂場にパールのようなものを持ち込んでいるんだよ、と。

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