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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第一幕 そして童子は決意する
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第五話 「賽は投げられた」

 その密談はクリストフの父、アドルフの管轄するヴェール領から数百キロメートル離れた彼らの秘密基地で行われていた。


「オヤジ、そろそろ蓄えがなくなりそうだよ。最近は騎士団の連中が目を光らせてるし、この辺で『狩り』をするのはもう厳しいかもしれない」


 最初に口を開いたのは、山賊として活動している彼ら全員分の食料を管理している茶髪の少女。いまだ幼女と呼べる年齢に見える彼女はこの一団の中でも一際浮いた存在だ。

 それに対して答えるのは、荘厳な雰囲気で立つイワンと呼ばれた大男……指名手配を受けている山賊の頭。隻眼のイワンと呼ばれる男だった。


「そうか……そろそろ動くべきかも知れないな」


 イワンはそう言って、一つしかない瞳でぐるりと周囲に視線を送る。

 彼の周囲にはイワンの手下である山賊達が集まっている。その数は五十人と、かなりの大規模だ。

 その山賊達の中の一人、イワンの右腕とされる赤髪の少年……イザークが口を開く。


「動くって……この国から出て行くってことかァ?」


 聖教国シャリーア。それがヴェール領を擁するこの国の名前だ。

 この国から出て行くとなれば、その選択肢はフリーデン王国かグレン帝国の二つしかない。そして、その両方がシャリーアより軍事力が高い。山賊家業をするならシャリーアが一番なのは間違いなかった。

 そのことを疑問に思っての問いだったのだが、


「現時点でシャリーアから出て行くのは得策ではないだろう」


 イザークの懸念は杞憂だったようだ。

 イザークの問いを否定で答えたイワンはその腕を広げ、ただでさえ威圧感のある巨体をさらに際立たせて宣言する。


「心配するな同胞よ。すでに打開策は見つけている。我らが目指すのはここより南にある……ヴェール領だ」


 はっきりと告げられたその宣言に、にわかにざわめき始める基地内。

 それもそのはず、


「ヴェール領って……首都シャリーアのすぐ近くじゃないっすか!」


 聖教国シャリーアの首都は、国の名前と同じでシャリーアと呼ばれる。その首都シャリーアはこの国の総本山であるため、その警備は最も厚い。そんな首都の隣の村なんて危険地帯もいいところだ。

 騒ぎ出す仲間たちをイワンは手で制してから、言葉を続ける。


「落ち着け。いいか、地図を出すから良く見ろ。まずはこの位置が首都シャリーア。その東がヴェール領になっている。では……その更に東側には何がある?」


 地図を囲むように集まった山賊達はイワンの指差す位置を見て、次々とその表情に理解の色を浮かべる。


「なるほど……グレン帝国に逃げる訳ですか」


 グレン帝国。

 軍事国家でもあるこの国はシャリーアとは友好国とは言いがたい関係にある。逃げきれば追っ手もついては来れないだろう。しかし、


「なァ、さっきこの国を出るのは得策じゃねェって言ってなかったか?」


 再び疑問の声を上げたのは赤髪の少年、イザークだ。


「現時点では、な。ヴェール領でひと稼ぎした後は、それを元手にグレン帝国の傭兵に転属するつもりだ。この計画を実行に移す前に、お前らの意見も聞いておきたい……どうだ、付いて来てくれるか」


 イワンの言葉に古参の山賊達から次々と賛成の声が上がり始める。

 彼らはみな、薄々気づいていたのだ。騎士団の監視がきつくなる一方の現状では、何かしらの打開策が必要であることを。

 賛成ムード一色の中、唯一反対の声を上げたのはイザークだった。


「この計画には賛成できねェ。上手く行かなかった時はそれで詰みじゃねェか」

「確かに、いくらか被害は出るだろうが……このまま、手をこまねいても結果は変わらない。今こそ、行動を起こす時なのだ」


 力強いその言葉に、基地内が熱気に包まれる。誰も彼もがやる気を見せる中、イザークはつまらなそうな表情を浮かべている。

 彼は戦うことが好きだった。だから、この勝てないから逃げるという戦略が気に入らなかったのだ。


「秘策もすでに用意してある! 目指すはヴェール領! この国で最後の大仕事、完遂するぞッ!!」


 イワンの号令に、基地内を揺らすほどの歓声が巻き起こった。



--- 



 とある密談より数日後のことだ。


「山賊の一団がこの土地に近づいてきているだって!?」


 最近伸びすぎて邪魔になりつつある白髪を弄りながら屋敷の中を歩いていると、応接間の方からアドルフの声が聞こえた。それは聞いたこともないほど焦りと緊張に満ちた声だった。

 何かあったのだろうか。

 俺は興味本位に応接間に近寄り、聞き耳を立てる。


「ええ、速度から見て明日の晩にはこちらに到着するとのことです」


 誰の声だろう。聞き覚えのない男の声だ。

 続いて聞こえる父の声にも緊迫感が満ちていて、重要な話をしているのだと分かる。


「ルーク、すぐに警備兵を手配しろ。私はシャリーアに伝令を送って、増援を手配する」

「かしこまりました」


 どうやら話も終わったようで、コツコツと靴が床を叩く音が聞こえる。

 こちらに近寄ってくるその音に俺は慌ててその場を離れ……

 ガチャリ、と予想通り開いた扉から出てきたのは長身の男。白を基調とした制服に身を包み、帯剣しているところを見るに自警団の人間だろう。


 この村を魔物などの外敵から守る自警団。その人間が直々に屋敷へと来たこと、それに先ほどのやり取りを鑑みれば……事件の匂いがするね。どうも。

 すれ違うようにその男(恐らくルークと呼ばれた男だ)をやり過ごし、俺は応接間へと入る。

 中には頭を抱えたアドルフが、考える人みたいなポーズで椅子に座っていた。

 俺の入室にアドルフは顔を上げ、


「さっきの話、聞いていたのか?」

 と、聞いてきた。

 まあ、このタイミングで入ってくれば疑うのも当然か。

 特に否定する理由もないので、素直に頷いて俺は口を開く。


「俺にも何か手伝えないかな」

「これは私達大人の問題だ。クリストフは何も心配しなくていい」


 アドルフの明確な拒絶に、俺は思わずたじろぐ。

 だが、父が困っているのを知って見てみぬふりは出来ない。

 立ち上がって、部屋を出て行こうとするアドルフになおも俺は食い下がる。


「でもっ! 俺にだって何か出来ることが……」

「……お前は賢い子だ。だから、分かってくれ。俺はお前を危険な目にあわせたくはないのだ」


 そう言って俺の頭を撫でるアドルフの手は、とても優しいものだった。厳格な父の見せた確かな愛情に、俺は二の句が告げない。

 ……何だよ、それ。そんなこと言われたら、何も言い返せないじゃんかよ。


「ありがとな、クリストフ」


 最後にそういい残したアドルフは迷いのない足取りで応接室を後にする。

 取り残された俺は一人、自問する。

 ……俺は、どうするべきなのかな。




 次の日の朝、俺はいつも以上に早起きをして屋敷の前に集まった自警団の面々に視線を送っていた。彼らの前で、アドルフが激励を送るのが聞こえる。


「この村の人々を守るため、極悪非道の行いに天罰を下すため、我々は決起する! 我が領に侵攻を続ける山賊共に我らの力を見せ付けてやろうぞ!」


 百人近くも集まった自警団の面々を眺めながら、アドルフは拳を掲げながら叫ぶ。


「これより、山賊の一団へ迎撃を開始するッ! 我が領土に一歩たりとも踏み込ませるな!」

「「「おおおおおおおおおおおおお……ッ!!!」」」

「全軍、行軍開始ッ!!」


 領主として、指揮下の自警団へと命令を終えたアドルフは進み始めた彼らを眺めている。その表情から、彼らの前では決して見せなかった不安が見て取れる。

 一人佇む父の姿に、俺は思わず近寄って声をかけていた。


「父さん。屋敷に戻ろう。後は皆が勝つことを信じるしかないよ」


 それに対して返ってきたのは、思いがけない言葉だった。


「違うぞ、クリストフ。信じるべきなのは彼らの勝利ではなく、彼らの無事だ。彼らが無事ならば盗賊連中なんぞ、どうなろうと構いはしない」


 振り返ってそう断言するアドルフの言葉に……不覚にもカッコいいなんて思っちまった。

 ……いや、ここは素直に関心するところなんだろう。

 俺の頭をぽんぽんと叩きながら、「まだまだ領主としての器ではないな」なんて軽口を叩くアドルフの後を追うように、俺は屋敷へと戻る。

 どうなるかはまだ分からないが、長い一日になりそうだ。


 


 自警団が屋敷を出発してから十時間後。

 彼らは目標である山賊達を見つけ、交戦に入っていた。

 その真っ只中のこと……苛立ちを隠せない様子の自警団長ルークの言葉が響く。


「なんだこいつら! 戦う気はないのか!?」


 いけない、自分が迷えば部隊が迷う。

 そうは思うも、山賊達の動きの不可解さに眉をひそめずにはいられない。交戦を開始してすぐに山賊達は『黒き森』に逃げ込んで行った。逃がすわけにも行かず、部隊を送り込んだがどうも様子が変だ。

 山賊達は全く攻める気がないのか、逃げてばかりだ。交戦と言ったが、それは鬼ごっこのような形で、明確な激突には至っていない。

 一体こいつらは何をしている? これはまるで……


「時間稼ぎをしているよう?」


 自分で自分の思考に疑問符を浮かべる。

 時間稼ぎ? 何のために?


「まさか……ッ!」


 その可能性に気づいたとき、ルークは自分達の失策を知った。


「第三部隊! 直ちにヴェール領に戻れ!」


 今からでも間に合うだろうか。

 二十人ばかりで構成され、後詰として配備されていた第三部隊に急遽、予定にない指揮を飛ばす。

 自分の考えていることが正しいなら……


「村が……危ない!」




 ルークの懸念は当たっていた。

 村の中を堂々と歩く人相の悪い二人組み。彼らに不審の目を向けながらも、村人たちはそれを放置していた。なぜなら彼らは夢にも思っていないのだ。その二人組みが山賊一味……中でも指折りの悪党、イワンとイザークであるなどとは。


「しっかし、良く考えたねェ。仲間のほとんどを囮に使って、一部だけ本丸に突入させよォだなんて」


 二人組みの片割れ、赤髪を揺らして歩くイザークが隣の大男、イワンへと彼にだけ聞こえる声量で声をかける。


「危険度は高いが……悪くない手だろう? 俺たちは屋敷へと突入する言わば、作戦の要。お前の戦力には期待してる」

「あァ、期待しててくれ。綺麗な花ァ咲かせてやっからよォ」


 喜色満面。

 わくわくして仕方ないといった様子で笑うイザーク。

 この大一番に、最も頼りになる戦力片手にイワンは己の策が上手く嵌ったと笑みを浮かべる。

 山賊がヴェール領に向かっている、ねえ。普通そんな情報が漏れるようなバカな行動を山賊がするもんか? まあ、本当の情報であるせいで疑うことも出来なかったのだろうがな。


 俺たちが自警団の連中に、わざと情報を流したおかげでこうして楽に村へと侵入できている。この村は現状、守り手を欠いた隙だらけの城。落とすのは容易い。

 領主もしくはその親類を人質に取り、大量の金品を巻き上げる。至ってシンプルなこの作戦。成るか否かは……


「この屋敷での成果如何にかかっている」

「んじゃ、ぱっぱとお仕事始めますかねェ」


 こうして何の障害もなく、凶悪な実力者二人がヴェール領の中心部……ヴェール家の屋敷へと到着したのだった。

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