表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/158

「とある軍人の話」

 木漏れ日が瞼に当たり、その眩しさでイザークは目を覚ました。

 朝露が周囲の草をしっとりと濡らしている丘の上。未だ太陽が顔を覗かせる時間帯に、イザークは帝都から少し離れたところにある丘の上で木によりかかるようにして眠っていたのだ。

 立ち上がり、大きく伸びをするイザークの背後から、一人の少女の声が聞こえてきた。


「皆のところへは行かないのか?」


 イザークがその声に振り返れば、そこにはつい先日に直属の上司として小隊を組むことになったカナリアという軍人が立っていた。


「ここは寒いだろう。向こうには火も起こしてある。一緒にどうだ?」

「お構いなく、隊長さん。オレは一人の方が落ち着くンだよ」


 そう言って再び木元に腰を下ろすイザーク。

 現在、彼らは小隊の遠征訓練の一環として共同で野営を行っていた。カナリアが個々人に役割を振っていく中、監視役を自薦したのはイザークただ一人だった。


「……彼らとは馴染めんか」

「彼らっつーか、他人と馴染めねェんだよ」


 それに、お前らだってオレなんかとつるみたくはねェだろうが、とイザークはぶっきらぼうに付け加える。

 山賊上がりの軍人として、イザークは多くの人間に疎まれていた。

 血筋が悪い、と。


 優性遺伝や劣性遺伝といった単語すら知らないくせに、ただ生れ落ちた環境で人の優劣を測る彼らに、イザークはほとほと呆れていた。

 そっちがそのつもりなら、別に構わない。オレだって好きにやらせてもらうと。

 そういう態度が、益々彼の悪評に拍車をかけると分かっていながら、イザークは省みることをしなかった。


「少なくとも、我の小隊はそういう理不尽な差別はしていないぞ。彼らなら、君のことも迎えてくれるだろう」


 事実、ユーリを初めとして、お世辞にもいい経歴とは言えない弾かれ者が集まっているのがカナリア隊だ。だが、就任して間もないイザークにはそんなことは知る由もなかった。だから、


「ハッ、上辺はどうでも腹ン中じゃ見下してるのが人間って生き物だ。アンタだって本当はオレのこと、寝首かいてやろうなんて思ってンじゃねェのか?」


 オレが転生者だということを、アンタはもう知っているだろうと、イザークはカナリアに皮肉げな様子で問い詰める。


「ああ、そうだな。だが、それがどうした?」

「……は?」

「君は我らの仲間だ。殺そうとだなんてするわけがないだろう」


 こいつは何を言っているのだろう、と呆れた様子のイザークにカナリアは言葉を続ける。


「君は人の弱い部分を知っている。君は人の醜い部分を知っている。だからこそ、君のような人間が我には必要なのだ」

「……必要、ねェ」

「ああ、そうだ。我らは共に同じ目標を持てると思うのだ。人は一人ではすぐに間違える。だからこそ、仲間がいるのだ。道を間違えたとき、正してくれる仲間がな」


 仲間。

 それはイザークにとって、互いに利用し合う関係としての意味合いしかない。

 ずっとそうされてきたし、してきたのだから。

 だが、カナリアにとっては違うようだった。


「幸い、君は我と同じ力を持っている。我が間違えたときに、君ならそれを正すことが出来る。違うか?」

「違わねェ。けど、違うぜ。なんでオレがアンタのためにそこまでしなきゃならねェんだよ。そんな義理はねェ」


 イザークの言い分はもっともだった。

 だけどそれに対して、カナリアはいやらしい笑みを浮かべてからかうのだ。


「初めて会ったとき、『オレの女になれよ』だなんて見栄を切ったのは誰だったかなあ? ん?」

「なっ! テメエ!」


 真っ赤な顔をしたイザークが、カナリアの口を塞ごうと手を伸ばすが、カナリアはひらりとかわして言葉を続ける。


「自分のものだと思っているのなら、その管理はきちんとするべきだろう? なあ、イザーク。我はあの時受けた衝撃を忘れられる気がせんぞ」

「黙りやがれっ!」


 軍の訓練場にて、初めて二人が会ったときにイザークが放った言葉がそれだった。そのときイザークはカナリアがグレン元帥の娘だと知らず声をかけ、見事の玉砕したという過去を持っていた。

 普段クールを演じている彼にとって、黒歴史とも言えるほどの恥ずかしい一面だった。


「どうせ、『最悪、メテオラを使って手篭めにしてやろう』だなんて思っていたのだろう? 残念だったなあ、はっはっは!」

「くっ……それ以上、言うんじゃねえッ!」

 

 イザークがカナリアを追い、カナリアがイザークから逃げる。

 その一場面だけを見たのなら、仲の良い友達同士に見えるかもしれないが、この時のイザークはそれどころではなかった。


「忘れろォ!」


 結局最後はいつものように落ち込むイザークをカナリアが慰める形に落ち着いた。


「いつか殺す……」

「まあそうぼやくな。誰にだって恥ずかしい過去の一つや二つはあるものだぞ。我だって昔、部屋を掃除していたら何故か父に強盗でも入ったのかと騒がれたことがあってな。それ以来、我は部屋の掃除をさせてもらえなくなったことがある」

「べったべただなオイ! どこのお嬢様だよ!」


 さらに野営ということで、カナリアの料理が振舞われイザークが驚愕するまで一時間をきっていたのだが、それはまた別の話。


「まあ、そう落ち込むな」

「うるせェよ。それに、いつか殺すってのは冗談じゃねェからな」


 そう言ったイザークは真剣な表情に切り替える。

 聞いてみたくなったのだ。

 この代理戦争という殺し合いを運命付けられた自分たちの行く末を、カナリアはどのようにしたいのか。いつか殺し合うというのなら、こうしてバカをやっていることに、何の意味もない。


「そこのところどうなンだよ。オレは死にたくねェからアンタを殺すぜ」

「それなのだがな、我は代理戦争とやらに……どうも興味が沸かんのだよ」

「……なんだと?」

「別に生まれ変われなくても良いではないか。人の一生はたったの一度。だからこそ、人は皆、今を真摯に生きておるのだ。自分だけその真摯さを裏切るなんて、どうにも性に合わん」


 イザークはカナリアの言った言葉が、自分を油断させるための罠かどうか邪推した。しかし、すぐに目の前の少女はそんな下らない嘘をつくタイプでもないと思い直す。


 だからこそ、イザークはカナリアのことが分からなくなった。

 人生をやり直せるというのなら、あのクソッタレな前世を少しでも良いものに変えられるというのなら、それは願ってもないことだと、イザークは本気で思っていたからだ。


「アンタは前世を……今までの人生に満足してンのか?」

「無論だ」


 迷うことなく、カナリアは断言した。

 その自信に満ちた声音は、自分という人間をどこまでも許していた。自分はこうだと、他者に一切妥協しない確固たる自我が、そこにはあった。


「…………」


 眩しいと、ふと思った。

 誰かをこれほどまでに美しいと思ったことがあっただろうか。

 カナリアの語る言葉がどれも力強く、イザークにとってこれ以上なく惹きつけられた。

 自分は弱者だ。だからなんだと。それでも今を真摯に生きていれば上等ではないかと、カナリアは言うのだ。


 それは過去を引きずり続けるイザークにとって、あまりにも輝いて見えた。

 彼女は漆黒の過去ではなく、黄金の未来を見ている。

 適わないと、素直に思わされた。


「……だけどよ、いつかは戦う日が来るンだぜ?」

「我は人生をやり直す特権なんぞ、求めておらん」

「オレが求めてンだよ。だからオレがそう思ってる限り、オレはアンタをいつか殺すぞっつってんだよ」


 格の違いとでも言うべきもの見せ付けられたイザークは、それすらも認めたくなくて、カナリアを詰問口調で問い詰める。

 そして、


「そのときは、汝が我を殺すといい」


 カナリアの放った言葉に、イザークは再び驚愕するのだった。


「殺すがいいって……自分が何を言ってるか、分かってンのか?」

「ああ、だが条件がある。取り決めと言っても良い。イザークが人生のやり直しを望むのなら、それを無抵抗で受け入れてやるから我の望みにも力を貸せ」


 カナリアはそう言って、イザークに思わず笑ってしまいそうになる望みを吐き出した。


「…………」


 黙って聞いていたイザークは思った。

 こいつはガキか、と。

 彼女の語る理想は青臭くて、一笑に付すのが当然の反応だった。しかし、イザークは笑うことなくその言葉を聞いていた。


「どうだ、この契約を受けてみないか?」

「……契約っつーよりただの口約束だろォが」

「そうだな。だが、我は破ったりしないぞ」


 オレが破ったらどうすんだよと、イザークは呆れ果てる。

 人を疑うことをしない、ただの馬鹿だとイザークは見下した。確かに彼女の理想は輝いて見えるが、それはただ汚いものに奇跡的に触れてこなかっただけなのだ。


 生まれたときから純粋無垢に、悪意や裏切りというものに縁がなかったからこその感性なのだ。だからこそ、イザークは彼女のことを羨んだ。そんな人生を、オレも送れるものなら送ってみたかったよと。

 カナリアという存在はイザークにとって、神経を逆なでする存在だった。彼女の語る言葉も、境遇も、現実を見ていない箱入り娘のそれとしか写らない。

 ……だと、言うのに。


(何だろうな、この気持ちは)


 イザークは不思議と、カナリアを嫌悪する気持ちが沸いて来なかった。

 普通なら、その輝きを奪ってやりたいと思うのが彼の常であったが、この時ばかりはそうならなかった。確かに欲しいと、そう望んでいるというのにだ。


(……あァ、そういうことかよ)


 そして、イザークは気付いた。

 自分は彼女の輝く光が欲しいのではない。


 ──光輝く彼女こそが、欲しいのだと。


 訓練場で出会ったときの、外面だけを愛でて欲しくなったのとは全く違う方向と純度で、イザークはカナリアに惚れ直した。


「……いいぜ。そこまで言うならアンタの命、オレが奪ってやるよ」


 けれど、どこまでも素直でないイザークは、そんなことを口にしていた。


「では決まりだな」


 そう言って細かな取り決めを言い始めるカナリア。

 一つは、カナリアが反乱を終えるまで、それをイザークが手伝うこと。

 一つは、反乱が終わり、そのときにカナリアが生きていればイザークがカナリアを自由に出来るということ。


 全く、頭がおかしいとしか言いようがない。

 何せ、カナリアが圧倒的に有利な条件だから。

 カナリアはイザークをこき使った後に、この約束を反故にすることが出来る。そして、普通はそうする。けれど……


(この女は、そうしないンだろうな)


 自然とそう思えた。

 人を疑い続けたイザークにとって、それは驚愕すべきことだった。


「どこか変更したいところはあるか?」

「……いや、その条件でいいぜ」


 イザークは己の心の向かうまま、カナリアを信じることにした。


「では、よろしく頼むぞ。イザーク」


 手を差し出してきたカナリアに、おずおずと手を伸ばすイザーク。

 誰かと触れ合うのは、久しぶりだと、その手の暖かさを感じてそう思った。


 互いの熱を奪い合う。

 そのことに、心を奪われる自分をイザークは自覚していた。



 ──彼女の為に生きよう。



 奪われ続けたイザークの自分以上に大切な存在。カナリアがそうなるのに、それほどの時間はかからなかった。

 一言で言えば……


 イザークは、カナリア・トロイという女性に心底惚れていたのだ。



---



「…………」


 かつて交わした約束を思い起こしていたイザークは、ゆっくりと瞳を開く。


 終わった。

 長い戦いが終わった。


 イザークは自分の勝ちを確信する。

 目の前の少女、カナリアの左肩を見て。


 帝都攻防戦。グレンフォードの地下にて行われた転生者同士の激突。その終止符が打たれたのだ。

 お互いに、最後の死力を尽くした一撃は周囲に衝撃を撒き散らし、一つの結末へと終着した。つまり……イザークの勝利へと。


 薄く笑みを浮かべるイザーク、そして……






 ──致死量の血液が撒き散らさた地面に、カナリアが倒れこんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ