「反逆の権能」
クリスはメテオラについてほとんど知らない。彼の女神から、何も聞くことが出来ていないからだ。故に、それはクリスの知りえない情報であった。
一つはメテオラの権能。
メテオラという非常に強力な力を持つもの同士がぶつかれば、拮抗という状態に落ち着き、結局最後はメテオラの使用可能回数がモノを言うことになってしまう。
しかし、実情はそれほど単純でもない。
女神達は自身に近い感性を持つものを転生者として選び、力を与えている。
その力には、それぞれ他の転生者には真似できない、『権能』と呼ばれる領域がある。
イザークを例にすれば、『大望』の女神から、『強奪』という権能を獲得している。それは先にも上げた性質が似通っているからこその継承であり、他の転生者に対抗する最高の手段である。
権能は、メテオラの上位に位置している。
権能を発動した相手に対して通常のメテオラは最早効果をなさない。
故に転生者同士の激突とはすなわち、権能のせめぎ合いとなる。
より強く思いを、願いを、望みを祈った者が勝つ。
そして、クリスの知りえない情報のもう一つ。
そうして転生者同士が戦い、最後の一人になったものに対する……『報酬』についてだ。
「オレは代理戦争を勝ち残り、前世をやり直す」
強く宣言したイザークのその言葉。
そう、代理戦争の勝ち残りには『前世をもう一度やり直す』権利が与えられていた。
「バカを言え! そんな願いの為に何人の人を犠牲にするつもりだ! 我らはすでにこの世界に生きているのだぞ! 前世の未練などを持ち込むな!」
イザークの言葉に激昂するのはカナリアだ。
彼女は不遇な前世を迎えたが、それに対して後悔や未練などは持っていなかった。だからこそ、代理戦争には積極的に参加しようとしていない。だが……イザークは違うようだった。
「あんたみたいな恵まれた人種には理解出来ねェだろうな。人生をやり直すってのがどんだけ魅力的かってのがよォ。オレは……やり直してェんだよ! あのクソッタレな人生にも、価値ってのを与えてやりたいンだよ! その為なら、この世界の人間が何人死のうが苦しもうが関係ねェ! オレは、今度こそ奪わせねェ!」
そう言ったイザークは、カランと鍵をカナリアに向けて投げ捨てた。
それはカナリアの手足にかけられた枷を開錠するための鍵であった。
「アンタにも最後のチャンスをくれてやる。権能を使え、カナリア」
「…………」
「アンタの覚悟と、オレの望み。どっちが強いか試してみようじゃねェか」
「……いいだろう」
ポツリと呟いたカナリアは自分の錠を自ら外して立ち上がる。
コイツにだけは負けられないと、強く強く意思を滾らせながら。
「ははっ、いいねえ! 最終決戦だ! 長く続いたアンタとオレの戦いを、終わらせようじゃねえか!」
まず先に権能を発動したのはイザークだった。
「──卑欲連理・汝に捧ぐ鎮魂歌」
以前、工房で披露したときと全く同じ祝詞を口にしたイザークは黒色のメテオラを身にまとい、戦闘準備を完了させる。
「ほら、アンタもさっさと権能を使えよ」
「……我の権能には使用条件がある。ここでは使えん」
「はぁ? なんだそりゃ」
出鼻をくじかれたイザークが呆れた声を上げる。
イザークの権能のように、強力無比な力を振るうのが権能だが、それは彼らの胸に抱いた祈りによって顕現する。故に、カナリアのように特定条件下でしか使えない権能もあった。
対して、イザークの権能にはそのような制限がない。
だからこそ、その可能性に気づかなかったイザークが面倒だな、と口にする。
「条件を言えよ。このまま決着が付くのはオレの望むところじゃねえ」
「……随分と舐めてるな。それほど完璧な勝利とやらを切望するか」
「あァ。なんせオレは強欲だからよォ。勝利も生も、最上じゃねえと納得できねえ」
イザークの切望に対して、カナリアは鼻で笑って見せてやる。
「人間は完璧ではない。だからこそ間違え、悩み、他人を分かり合える。そしてだからこそ、人は美しいのだ」
「……やっぱり全然共感できねえな。アンタとオレじゃあ価値観が違いすぎる」
「そのようだな。残念だよ」
そうは言うが、カナリアに落胆した様子は見られない。
彼女にしてみれば、そのような違いがあることすら人の可能性に他ならず、変わらず愛おしい。彼女は人という生き物を、どこまでも愛していた。
だからこそ、
「命の重みを知らぬヤツには反吐がでる。我が汝を断罪してやろう。イザーク」
「命の重みならよォく、知ってるっての。その上で言ってンだ。くだらねえってな」
その言葉を最後に、イザークとカナリアの戦いが、幕を上げた。
「砕け──メテオラ!」
最初に動いたのはカナリアだった。
さりげなく壁際に寄っていたカナリアは、壁に穴を開けて逃亡を図る。と、同時にメテオラは独房全体にも届いていた。
天井が砕け、床が落ちてくるのに対処を迫られたイザークの一瞬の隙にカナリアはその場から姿を消していた。
「ちぃっ!」
逃亡を許した自分の隙と、さっさと逃げ出したカナリアに対して舌打ちをしたイザークは、カナリアが逃げたであろう方向へ向けて走り出す。
イザークとカナリアの激突は、まず追いかけっこから始まったのだ。
独房は地下にあるため、薄暗い通路は逃げるのに絶好の視界環境となっている。
ここでカナリアを逃がすわけにはいかないイザークは焦りと共に速度を上げていく。
そうして追い続けていると、やがてこちらに正面切って立ち止まるカナリアの姿が目に映った。ゆっくりと速度を落とし、向かい合う形になる両者。
こんな狭い通路で、一体カナリアは何をしているのかと怪訝そうにしていたイザークに、カナリアは声をかける。
「待たせたな。ここでなら、権能が使える」
その言葉にイザークは薄く笑う。
逃げた訳じゃなかったのだな、と。
「ここでならって、アンタの権能は場所が関係してンのか?」
「違う」
「あ? じゃあどういう……」
「すぐに分かる。すぐに我を殺さなかった貴様の愚かさと共にな」
そう言ったカナリアは、イザークのものとは違う祝詞を唱え始める。
《星は空に集い、宵に満ちる。ただ一筋の明星よ、聞き届け──》
カナリアの祈りは単純明快。イザークが過去の理不尽から奪われることを嫌ったように、カナリアもまた譲れない想いがある。
《──ただ一筋の刃を以って、我、鬼と成らん──》
彼女の願いはすでに周知の事実。この理不尽な世の中を変えることが彼女の願いであった。故に、起こる現象もまたそれに付随する。
《──弱き者よ、剣を取れ──》
弱者救済。誰よりも理不尽を嫌う彼女の権能は上位存在に対する『反逆』に他ならない。
《──卑欲連理・血塗られた戦乙女》
是即ち、反逆の権能である。
世界に刃向かう少女の祈りが、此処に顕現した。




