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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

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「イザークの目的」

 カナリア・トロイは生まれながらの勝者であった。

 帝国における最高の権力を持つグレンを父に持ち、何不自由ない生活を送っていた。普通であれば天狗になるところだ。そう、普通であれば。


 カナリア・トロイは生まれながらに転生者であった。

 それもまた、彼女の幸運と呼べるかも知れない。転生者は前世の記憶とメテオラ、その二つのアドバンテージを持っている。故にどうしたって普通の人間と比べて異常な感性を持って生まれてくる。


 世界にとって救いであったのはカナリア・トロイが異常なまでに正常であったことだろう。彼女は不正を嫌う、悪を嫌う、不公平を嫌う。それは彼女の前世から来る妄執とも呼べる思いであった。

 人が社会を生み、社会が国を維持し、国が世界を構成し、世界が人々に影響を与える。そう言った歯車のごとき仕組みが存在する以上、そこには確固たる正しさが必要になる。


 正しさ。それを追い求めることがカナリア・トロイという人間の行動原理であり、彼女にはそれを追求するだけの力と地位があった。

 故に、彼女は世界を正そうとした。ただ、それだけ。


 そこに善悪の基準は存在しない。あるのはただ、正誤だけ。

 悪いことでも、正しければ問題ない。必要悪はどうしたって求められる。いつだって彼女はそう思っている。だからこそ、彼女の行動は時に突飛で常人には理解されない。


 カナリア・トロイは生まれながらに孤独な少女であった。

 しかし……それも、数年前までの話。

 今は違う。彼女には頼りになる、道を同じくする仲間が出来た。

 クリス、ユーリ、ヴィタ、イザーク。


 中でもこの四人は特別だった。自分の小隊のメンバーであり、家族のように思っていた者たちだった。

 大切だった。何よりも大切だった。

 失いたくない。自分よりもよっぽど大切な人たちだった。


 共に歩く誇らしさと、彼らを危険に晒す罪悪感の板ばさみを常に味わって生きていた。それでもその葛藤を振り切って進んできたのは胸の内に望みがあったからだ。

 間違ったことは、正さないといけない。

 その思いがあったからこそ、カナリアは進むことが出来た。出来て、いたのに……


「……我は、間違っていたのかな……」


 ふいに零れた迷いを強く自覚する。

 人生を賭けていた。

 だけど結果はこのザマだ。


 終わりよければ全てよし、なんて言葉があるくらいだ。ならば終わりが駄目なら全て駄目になってしまうのではないか?

 このまま終われば、我はただ仲間を死地に追いやっただけなのではないか?

 悶々と、鬱々と、忸怩たる思いを膨らませるカナリアは数日とは言え、薄暗い監獄での生活に精神的に弱気になっていたのだ。

 そんな様子を見て、一人の少年が声をかける。


「随分とやつれたみたいだな」

「……うるさい」


 何を思っているのか。目の前の男、イザークは感情の読み取れない表情でこちらを見ている。

 イザークはカナリアの監視役としてここに居た。妙な動きをすれば殺す、と。武器も取り上げられたカナリアでは逆立ちしたって勝てない相手だ。不用意なまねは出来ない。


 こいつさえいなければ……こんなことにはならなかった。

 恨み言を吐き出したくなるが、彼を仲間に引き入れたのはカナリア自身。責任の一端は自分にもあった。

 本来ならイザーク、カナリア、クリスと三人もメテオラを使える者がいたため、反乱も容易だろうと考えていたのが甘かった。まさに取らぬ狸の皮算用。外にばかり目がいって内の監視が疎かになっていた。


 遅きに扮した後悔に苛まれるカナリア。

 対してイザークは暇そうな態度のまま、世間話をするかのような調子で声をかけてくる。


「そういや、さっき連絡が入ったんだけどよ。アイツら、暴れてるらしいぜ」

「アイツらって……まさかっ」

「ああ。クリスが正面切ってここに攻めてきたンだとよ。援護してる奴もいるらしいし、間違いなくあの面子だろォな」


 告げられたイザークの言葉に、カナリアの先ほどまで気力のなかった声に力が入る。彼らがこのタイミングでここにやってくる理由は一つしかないからだ。


「彼らは無事なのか!」

「さてな。詳しいことは知りゃしねェよ」

「……くっ」


 焦りがカナリアを包んでいく。

 何で来たのだと。我のことなど放って逃げれば良いものをと、思わずにはいられない。しかし……思えば彼らが黙って引くはずもない。彼らはそういう馬鹿な奴らだったからこそ、馬鹿な自分に付いて来てくれたのだ。

 何としても、彼らを死なせてはならない。


(そのためにも……)


 ジャラリと、自分の手足に繋げられた鎖を見る。頑丈なその鎖は腕力で引きちぎることは不可能。だが……方法はある。

 メテオラを使えばこんなもの、どうとでもなる。

 しかし、


「おっと、ヘンなことは考えるんじゃねェぞ」


 目の前のイザークがそれを許さない。


「俺にはアンタの殺害許可も下りてる。やろうと思えばいつでもやれるってことを忘れンなよ」

「……分かっている」


 またも障害となったイザーク。


(このまま皆の無事を祈ることしか出来ないのか)


 そう悲嘆に暮れていたときのことだ。


「……しかしアイツらも哀れだよなァ、国のためを思ってその国に追われてンだから皮肉としか言えねェ」


 くくく、と笑いを堪えているイザークに、カナリアは我慢の限界が訪れた。


「お前がそれを言うのかイザーク! 誰のせいでこんなことになっていると思ってる!」


 貴様さえ、貴様さえ裏切らなければこんなことにはならなかったのだと、憎悪を視線に込めて睨みつける。

 カナリアは不正や悪事を嫌う。また、不誠実であることもだ。かつて共に戦おうと約束したイザークの裏切りはカナリアにとって到底許せるものではなかった。


「怒りたい気持ちは分かるがよォ、言ってくれンな。これでも結構悪いとは思ってンだぜ?」


 そう言ってやれやれと肩をすくめるイザーク。

 いくら話しても無駄だと、カナリアは相手にすることをやめた。

 それからイザークも特に話しかけることもなく時間が過ぎた。退屈そうに伸びをしたり、欠伸をしたりするイザークとは対照的にカナリアはじっとその場から動かなかった。


 自分に何か出来ないか、必死に考えているのだ。

 しかし打開策も見つからないまま、時間が流れ、ギィ、と音がして新たな人物が姿を見せた。ちらりと視線をやれば、グレン元帥がいつも以上にきっちりと着こなした軍服の徽章を揺らしながらこちらに歩いてきた。


「監視は真面目にしているようだな」

「ええ、もちろん。言われたとぉり見張ってやすぜ」


 上司と部下とは思えない会話だったが、イザークらしいといえばらしい。誰が相手でも態度を変えないその姿はある意味豪胆といえる。


「何のようだ」


 しかしカナリアにとってはこの二人がいるだけで面白くない。刺々しい口調でそう問いかけると……


「我はイザークに用があって来たのだ」

「そゆこと。オレが旦那をここに招待したってワケ」


 イザークが? 一体何のようで……

 グレンはグレンで、「我は忙しい、早く用件に入れ」と、イザークを急かしていた。彼もイザークがどういうつもりで呼びつけたか知らないらしい。


「まあ大したことじゃねェよ。すぐに済む」

「ならとっとと終わらせろ」

「まあ、一言で言うなら……死んでくれや、大将」


 どこまでも軽いその言葉。まるでお使いを頼むかのような気安さで、イザークはそう言った。そして、言うよりも早く、イザークは行動に移っていた。

 ドスッ、とくぐもった音に続いてグレンの苦しげな声が聞こえる。突然の衝撃に、己の胸元を見るグレン。

 ──イザークの腕が深々と突き刺さった己の胸を。


「い、イザーク、貴様……ッ!」

「仕上げだ」


 そう言ったイザークは正拳をグレンの顔面に打ち込んだ。それだけで四散する血と肉に、カナリアは絶句していた。

 イザークの突然の凶行に理解が追いついていないのだ。

 真っ赤な血液が床を伝ってカナリアのそばまで流れ伝い、その熱に触れたときカナリアは、はっと我に帰った。


「き、貴様は何をしている!」

「あン? オレはオレの脚本で動いてるだけだっつの」


 両手を真っ赤に濡らすイザークは変わらぬ様子で淡々と答える。殺人をなんとも思っていない様子だ。

 殺人……カナリアは地面に倒れこみ、血を流すその肉塊を見て自分の父が死んだことを強烈に理解させられた。

 喜びとも悲しみとも付かない妙な感覚がカナリアの胸中に渦巻いていたが、今はそれどころではない。カナリアの問い詰めるような視線を受けてイザークは語りだす。


「アンタは国を代えたかったンだろ? だったら手っ取り早いのはトップが入れ替わることだ。だからオレはそれを実現しただけのことよ」


 元々反乱はグレン元帥をトップの座から引き摺り下ろし、アレン大将を新しく頂点に置き換えることを目標としていた。故に、そこだけ見ればイザークの言う通りなのだが、


「それでは民も納得しない。暗殺や謀殺で代えられるほどこの国の腐敗は生易しくはないぞ」


 そう、この国は腐りきっている。そのことをカナリアは深く理解していた。

 この国のトップを父としてきたのだからそれも当然といえば当然。故に、どうすれば改善できるかをひたすら考えてきたカナリアにとって、「グレン元帥の暗殺」なんて、真っ先に頭に上がるところだ。


「重要なのは改革の重要性を多くの人間に知ってもらうことにある」


 だからこそ、カナリアは遠回りとも言えるやり方をいくつも考え、最も効果のありそうな方法を選出したつもりだ。そのことは反乱軍の人間であれば誰でも理解していることで、もちろんイザークもその例に漏れないはずだった。


「お前は……お前のやり方で反乱を起こしたってことなのか?」


 イザークの考えが分からなくなったカナリアは不意に頭を過ぎったその想像を口に出した。だがその淡い幻想は、次の言葉で粉々に砕け散る。


「ああ、そういうことだ。オレも考えてたンだよ。どうすれば……オレがこの国のトップになれるかってことをよォ」

「……は?」

「だから、オレがどうやったら元帥の地位に座れるかって考えてたンだよ」


 イザークは至極真面目な表情で、そんなとんでもない事を言い始めた。


「元帥だと? なれる訳がないだろう」

「そうかねェ。案外何とかなりそうな気もするがな」


 そう言ってイザークはカナリアに近づいていく。

 何をするつもりなのか分からないイザークに、カナリアは後ずさるが鎖のせいですぐに逃げ場を失う。


「シナリオはこうだ。まずオレが逆賊に気付き、それを阻止する。そんで拘留中の罪人が暴走してグレン元帥を殺害する。そんで、それを見咎めたオレが、罪人に裁きを与えるって寸法よ」

「……っ」

「反乱の阻止、そしてグレン元帥の仇討ち。この二つの功績があればいいとこまでいけンだろ」

「……その程度で元帥の地位に着けるわけがないぞ」

「はっ! そんなこたァ分かってンだよ」

「ならどうして……」


 カナリアの言葉にイザークはにやりと笑う。

 そして、忘れたかよ、と前置きして、


「オレには『メテオラ』がある。元帥の地位に着くぐらいワケねェよ」

「……ッ!」


 イザークの言った言葉に、カナリアは絶句する。

 考えたことがないわけではないし、実際反乱にしたって各所でメテオラを使う機会が訪れるだろうとは思っていた。


 だが、メテオラはなるべくなら使いたくはなかった。

 それは、彼女の信条に反するからだ。

 力を持って制するのであれば、それはグレン元帥のやり方と何も変わりがない。だからこそ、そのやり方は出来るならやりたくなかったのだ。


「イザーク、お前は……この国を、変えてくれるのか」


 だが、イザークがやるというのならそれはカナリアにとめる権利はないだろう。必要があれば使う。そういう風には思っていたのだから。ここでイザークを非難する権利は、カナリアはない。


「……期待してるとこわりぃがよ。オレは別に現体制を変えるつもりはねェぜ」


 期待が空回り、歯軋りするカナリアに、イザークはついに真の目的を口にした。


「オレは戦争を起こす。ここの兵士どもをうまく利用して、オレは……『代理戦争』の、勝者になる」

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