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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

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「帝都攻防戦」

 最初に気付いたのは俺だった。


「伏せろッ!」


 轟音と共に、窓辺が砕け散りその破片を撒き散らす。カーテンが燃え、瓦礫の飛沫が飛んでくる。しかし警戒すべきなのはそこにはあらず。


「魔術が飛んでくるぞ!」


 第一波から第二波へ。

 衝撃か、炎嵐か、それとも他の魔術によるものなのかまでは窺い知ることが出来なかったが、俺たちが攻撃されているという事実だけははっきりと分かっていた。

 話し合いをしていた真っ最中に飛んできた衝撃に、俺がエマを、ユーリがヴィタを庇う形で地面に伏せて耐える。俺はすぐさま状況を察して、


「恐らく軍の奴らに見つかったんだ。すぐにここを離れよう」


 全員が緊張した表情を浮かべ、頷く。

 ついにこのときが来たか。

 出来ることならこちらから仕掛ける形にしたかったが、それは高望みが過ぎたな。中々どうして帝国軍は優秀のようだ。ここまで早く見つかるとはな。


「く、クリスぅ……」


 不安気に俺の服を掴むエマ。その頭を撫でながら、俺は大丈夫だと告げてやる。


「逃げの一手だとは思うが、玄関と裏口。どっちが安全だと思うよ?」

「どっちも似たようなもんでしょ。こっちだって準備はしてるんだから強行突破でいけるわよ。強行突破で」


 強気なのはヴィタの美点だと思うけど、もう少し考えようぜ。


「数で負けてるのは明らかなんだし、囲まれるのだけは避けたほうが良さそうっすよね。なんで道の狭い裏口がいいかと」

「意外とまともな意見のユーリに賛成だ。裏口に向かうぞ」


 率先して動き始める俺に続く形で、ヴィタとエマも付いてくるのだが……


「おい、ユーリ急げ。あまり時間はないぞ」


 動こうとしないユーリに業を煮やして催促をする。

 自分で裏口が良いとか言い出しといて、どういうことだよ、おい。


「……自分はここで、敵の注意を引き付けるっす」

「はぁ?」

「まあ聞いてくださいよ。全員裏口から逃げると、敵はそっちに集中していつか包囲されるっす。だから自分がここに残って、敵兵力を分断させるっす」

「馬鹿か! その分こっちも分断されることになるだろうが!」


 元々少ない数をさらに割ってどうする。数の不利がますます浮き彫りになるじゃねえか。


「どの道誰かがやる予定だったでしょ。こっちは大丈夫っすよ。ちょっとやそっとじゃやられねえっすから」

「……本気かよ」

「もち」


 にやりと笑うユーリ。

 こいつは本気で、陽動という最も危険な役割を進んで引き受けようとしているのだ。


「……分かった。頼む」


 時間もないので、俺はユーリを信じて託すことにした。

 置き去りにするのは気が引けたが迷っている暇はない、俺はエマとヴィタを連れて路地裏へと駆け出した。最後に、振り返らぬままユーリに言葉を残して。


「──死ぬなよ、ユーリ」


 

---



「死ぬなよ、ねぇ。一体誰の心配してんだか」


 肩を回して準備運動するユーリ。その口調がいつもより荒々しいものになっているが、それを聞くものはいない。元々彼は敬語なんて使うような上品な男ではない。故に、こっちが彼の本性、本質をより正確に表しているといえた。


 借家にはすでに火が回っていて、いつ天井が落ちてくるともしれない。だというのにユーリはゆっくりと余裕を見せながら歩いている。

 火の粉が視界を焼き、灰が気道を犯している。

 ──ここは戦場だ。懐かしい。命の重みを感じる。


 まるで故郷に帰ってきたかのような感覚を覚えながら、ユーリは準備しておいたソレを手に取った。あまりの質量に、普段から持ち歩くことが出来なかったためイザークと戦うときは準備できなかった彼の武器。


 ソレを引きずるようにしながら家を出てみれば、そこには百に届こうかという数の軍人がいた。

 どいつもこいつも揃って黒服を着こなして個性がない。こんな奴らは全員モブだと、ユーリは切って捨てる。視線を這わせて、危険そうな人間を四、五人ほど見つけて注意を向けておく。

 ユーリの妙な威圧感を感じてか、いきなり飛び掛ってくるような者はいない。

 一瞬の間をおいて、彼らの総大将であろう人物が姿を見せた。


「ユーリ・クラフトだな。お前には手配書が出ている。大人しく付いてくるなら僅かばかり延命できるぞ」


 その顔には見覚えがあった。

 帝国軍に五人しかいない、大隊長。強襲と遊撃を担当する第五大隊のトップ、レオナルド・レーヴェだ。

 若干二十六歳にして隊長格に収まった超新星。若年層の兵士に絶大な人気を誇る若き大将は、その栄華を表すかのような輝く金色の髪を持って存在を誇張する。

 間違いなく格が違う。一対一でも到底勝ち目がないであろうその人物に向けて、しかしユーリもまるで気負うことなく言葉を返す。


「ナマ言ってんじゃないっすよ。そう言われて大人しく付いていく馬鹿がどこにいるってんですかい」

「……お前にはこの人数が見えないのか?」


 レオナルドは馬鹿にする態度で、ユーリに問いかけた。

 確かに彼の言うとおり、刃向うだけ無駄と言うものだろう。だが……


「約束があるんでね。止まれねえんですわ」

「あん?」

「光差す道となる、それが自分の役目なんすよ」

「はっ、何言ってんだか。もういい、お前ら、そいつを捕らえろ」


 レオナルドの号令で、ユーリの近くにいた兵士がゆっくりと近づいてくる。彼らはユーリがこの人数相手にどうすることも出来ないと思っているのだ。


「……ぬりぃ」


 ユーリは家の中から引きずってきたその武器を、未だ手放してなどいない。

 ユーリは未だかつての誓いを忘れず、同じように戦意を失ってなどいない。


「──解放(ディクラフト)ッ!」


 ──轟ッ!!

 そんな音と共に、振るわれたソレが、兵士の体を粉々に打ち砕き絶命へと至らせる。圧倒的な質量は荒々しく大気を震わせ、暴風を生む。

 その風を肌に感じた周囲の兵達は、何が起きたのか一瞬理解出来なかった。

 だって、到底そんなことが出来るとは思っていなかったから。


「ぬりぃ、あめぇ、お前らヤル気あんのかよ、おい」


 メキメキと、ユーリの体から異音が発生する。それは筋肉の躍動の音だったが、そんな音聞きなれていない彼らにとって、それは気持ちの悪いノイズでしかなかった。

 ゴンッ、と音がして地面に亀裂が入る。ユーリが武器の先を地面に置いただけで、大地にヒビが入ったのだ。とんでもない質量を持ったソレ……


「銘を金砕棒……ま、ただの鉄の棒なんだけどな」


 軽い口調と共に、こちらも軽々と持ち上げたその鉄塊の重量(キログラム)は三桁に届く。だというのに、ユーリはそれを『片手』で持ち上げていた。


 彼の口にした、解放という単語。

 それは魔術ではない。

 それは呪文ではない。

 

 ユーリはその言葉を体現する数少ない人物であった。クリスがその事実を聞いたのはイザークの戦いの後のこと。驚きと共に、世界は狭いものだとクリスは言った。

 彼はこれで見るのは『二人目』だと、そう呟いたクリスの脳裏にはその時、一人の少女の姿があったことだろう。


「お、鬼だ……」


 軍人の一人が、思わずといった様子で声を漏らした。


「おう、見るのは始めてかよ。いいぜ、ついでだ。冥土の土産に教えてやるよ……亜人種って奴の恐ろしさをよ」


 メキメキと、彼の頭部に先ほどまで無かった『角』が出現していた。遠目からでもはっきりと視認できるその角は、彼の身体能力をぐんぐんと引き上げていく。


 消えたかのように錯覚するほどの速力を生み出す脚力。

 超重量の武器を軽々と振り回す腕力。


 その二つが生み出す衝撃は、並ではない。

 常人には再現不可能な領域で、ユーリは豪腕を振るい続ける。


「はははははははっ!」


 狂ったように笑うユーリ。

 血が体内を暴れまわる。元々彼は体格に恵まれている部類ではない。そのため、これだけのパフォーマンスを維持するのに絶大な負担を強いられている。


 一つは痛み。

 彼は体中に針が突き刺さるかのような痛みに常に晒されていた。

 そして、一つは極度の興奮状態。

 痛みと、脳内物質により一種のハイに陥っているのだ。


 これは昔の彼そのものだ。ユーリは過去をあまり語らない。それゆえに彼の過去を知る者はカナリア以外にいなかった。

 カナリアが見れば、出会った頃を思い出すことだろう。

 ユーリが手のつけられなかった悪童だった、あの頃を。


「こいつッ!」


 たまらず飛び出してきたレオナルドとユーリが激突する。

 レオナルドの拳と、ユーリの金砕棒が激突して暴風と、衝撃を周囲へと撒き散らす。


「お前ら下がってろ! こいつは俺がやる!」


 隊長自ら前線に出るなんて戦争であれば考えられないことだが、この場面に限って言えばこれは恐らく正着手だ。ユーリとまともにやりあえるのは、レオナルドをおいて他にいない。無駄な犠牲を出さないためにもこれは至極真っ当な判断だった。


 だが、それはユーリにしても望むところ。

 敵の大将を叩ければ一気に流れはこちらに傾く。

 時間稼ぎ以上の働きを出来るかも知れない。


 荒ぶる感情に飲み込まれそうになりながらも、ユーリは冷静に現状を分析していた。

 ──戦いながら考えるようになるなんて、俺も随分利口になったものだ。

 ふっ、と自嘲を含めた笑みを浮かべながらユーリは闘争へと身を投じる。

 懐かしい、戦場の香りを楽しみながら。


「行くぞォォおおおお!!」


 帝都攻防戦。

 その最初の一幕は、一人の鬼を中心に展開された。

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