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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

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「それぞれの思惑・裏」

「全く、グレン元帥は何を考えてやがる!」


 ドン、とテーブルを叩きつけて吼えるのはクリスの父、アドルフだ。

 先日行われた三国会議。彼は司祭の護衛としてその会議に出席していたのだが……


「ふざけやがって。宣戦布告だと? ようやく世も安定してきたというのに!」


 忌々しげに言葉を漏らすアドルフの瞳には深い怒りが満ちていた。

 三国会議以来ずっとこの調子のアドルフに、騎士達も居心地が悪かったのか今も彼の周囲には弟子のクリスタしかいない。


「少しは落ち着いてくださいよ、師匠。また血圧上がりますよ」

「……そうだな」

「サラさんも身支度してますし、今は一刻も早くシャリーアに戻るべきです。やることはいくらでもありますよ」

「……そう、なんだけどな」


 クリスタの語る言葉は間違いなく正論。

 だというのに、アドルフは未だ帝都を去る踏ん切りがついていない。

 ちらりと視線を移すのはテーブルに広がる新聞。指名手配の欄に羅列される名前の一つが、どうしても引っかかるのだ。

 クリストフ・ヴェール。

 同姓同名なんてありえない。何故ならヴェールの性はこの国には存在しない苗字だからだ。


「…………」


 クリストフがこの帝都にいる。それはもう疑いようが無い。

 しかし、それをアドルフは目の前にいる金髪の少女に伝えることが、どうしても出来ずにいた。知らずにいるほうが良いかもしれない。だが、ずっと追い続けた彼女の想いを自分は知っている。

 だからこそ、掴みきれない現状にアドルフは選択を伸ばし続けていた。


 しかし、優柔不断な男だと、彼を責めることは出来ないだろう。それは彼の元来の優しさと生真面目さに由来するのだから。

 

 アドルフ・ロス・ヴェール。

 剣鬼と恐れられる彼の来歴は一言で言えば特殊だ。

 一般的な平民の生まれの彼が、貴族の地位に立てたのはひとえにその武力があったからだ。彼が有名となったのは二十年前にあった飛竜の襲来。その防衛に当たっていたときのことだ。


 ただ一振りの剣を持って雄々しく怪物に立ち向かうその姿はさながら絵巻に登場する勇者像そのものだった。ろくに戦力のなかった田舎の街に要請を受けて急行した騎士達がそこで見たのは、返り血を浴び、竜に最後のとどめを刺すまさにその時であった。


 その姿を見た者が彼を評した言葉。それが、剣鬼。

 今なお伝説として語られる男の成り上がり劇の第一歩だった。


「…………」


 しかしそれでも、自分には剣を振ることしか出来ない。

 自分のことを師匠と呼んで慕ってくれる少女にも、剣を教えることしか出来なかった。

 勇者だ、英雄だともてはやされる自分だが、蓋を開けてみればなんてことはない。ただの馬鹿な剣士が一人で馬鹿をやっているだけ。


 アドルフは自覚していた。自分の人生は間違いだらけだったと。

 周囲から見れば煌びやかなものに見えるかもしれないこの人生も、彼にとっては後悔と悔恨に満ちた道でしかない。

 だからこそ、過去の清算は自分の手で行わなければならないのだ。


「クリスタ」

「はい?」


 可愛らしく小首をかしげる愛弟子に対し、アドルフは、


「話がある。聞いてくれ」


 我ながら傲慢なものだと自嘲したくなる『結論』を、口にする決意を固めた。



---



「中々面白い展開になってきたのう」


 帝都の一角。とある宿の一室にて、新聞を広げて愉快そうに、あるいは腹立たしそうに顔を歪める青年が一人。


「どう思う、クレハ」


 誰あろう、ヴォイド・イネインである。


「さて、私には分かりかねます」

「かー! つまらん奴やね。適当でいいから言うてみい」

「少なくとも、ヴォイド様にとって望ましくない結末にはなるだろうかと」


 ぴしゃりと告げられたクレハの言葉に押し黙るヴォイド。

 クレハには分かっていた。彼がいつも以上にはしゃいで見せているのは焦燥の裏返しだということを。


「全く、詰まらんことをしてくれたもんよ」


 一転した態度で、実に面白くなさそうな顔をしたヴォイドが呟く。


「転生者が一人死んで、一人は力を失った、他の二人もよう分からん動きを見せとる。しかもその全てがわしにとって不利益しか生んでおらん」


 それぞれにはそれぞれの思惑がある。故にヴォイドは全てが自分の思い通りになるだなんて欠片も思っていなかった。しかし、


「ここまでわしの脚本から逸れる展開になるとはな」


 この脚本を書いているのは一体誰だ?

 少し考えて、すぐに結論は出た。


「……間違いなくイザークじゃろうの」


 ヴォイドは確信を持って呟いた。

 この代理戦争というシステム自体に思うところがあるものの、ヴォイドは割りと積極的に転生者探しに従事していた。その結果が、七人の転生者の内六人との邂逅。ただ一人を除いて、ヴォイドは他の転生者を突き止めていた。


「アネモネ、イザーク、カナリア、クリストフ、そしてわし。これだけの転生者が一つの都市に集まっておる以上、何かが起きるとは思っておったが……もう少し早く動けば良かったかも知れんの」


 現状は遺憾としか言いようが無い。しかし、過ぎてしまったことは仕方がないとヴォイドはすでに切り替えている。


「脱落者が二人、残るは五人の転生者、か」

「いかがなさいますか」


 今後の方針を尋ねるクレハに、ヴォイドは少し悩んでから、


「耳を貸せ、クレハ」


 今後の方針を、口にした。



---



 運命は加速し始めた。

 これが天の思惑通りの展開だというのなら、嗚呼、クソッタレ。つまり、オレは哀れなピエロをやらされていたってことになるのだろうな。

 そんな役回りを引き受けたつもりもないし、オレはオレの大切なもののためにこうしただけのことだ。まあ、それが奴らの思惑通りってんならぐうの音もでねぇけどよ。


 今更そんなことを言っても仕方がない。アイツに出会った時点でこうなることは予想が出来た。あの真性の気狂いに、な。

 アイツは言うならウイルスみたいなもんだ。奴の思惑は周囲の人間を毒していく。最終的にそれがオレ達自身の利になりゃあいいんだが、オレには到底そうは思えねぇ。

 幸いなことにアイツの関心は今のところ限られている。だからこそ、オレはこうして自由に動くことが出来ている。もしもオレのやろうとしてることがバレていたなら……オレはとっくの昔にアイツに殺されていただろう。


 アイツは絶対に、この展開を認めない。

 だが、もう遅い。

 オレの勝ちだ。

 ここまで来たらアイツももう手が出せねえはずだ。今更どうなる問題でもねえし。だから、オレの勝ち。


 ……だからと言ってそれを誇る気持ちになんてなれるはずもねえがな。

 こんなもの、勝ちなんて呼べる代物じゃねえ。ま、結局のところ、役者違いってことなんだろうぜ。いつもそうだ。オレにはオレの望んだ配役ってのが回ってこねぇ。


 運がない。一言で言えば、それだけ。

 思えば前世でもそうだった。

 金も、地位も、名誉も、何一つ手に入れることが出来なかった。不運に憑かれ、不遇に晒され、不慮に見舞われる人生。


 何一つ、手に入れることが出来なかった。

 何一つ、守り抜くことが出来なかった。


 ──頼む、止めてくれ。これ以上オレから何も奪わないでくれ。


 泣こうが喚こうがお構いなし。オレの最期には何も残らなかった。踏み荒らされ、奪われ続けた生涯の締めにしてはこれ以下のものは早々ないだろう。

 オレは前世の最後に誓ったんだ。もし生まれ変われるのなら、もう奪わせない。今度はオレが奪うのだと。


 ふと、頭を過ぎるのは一人の少女。

 オレが死地へと送った少女の処刑が、三日後に決まった。

 全て筋書き通り。これがオレの脚本で、勝ち筋だ。


「誰にも邪魔なんてさせねェ」


 今度こそ、奪わせないために。

 最後の仕上げに入ろうじゃねえか。

 全てはそう、勝つ為に。

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