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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

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「それぞれの思惑・表」

「号外! 号外だよぉ! 何とあのカナリア大佐がまさかの謀反! 三国会議の結果と合わせてこの号外、四百コル、四百コルだよぉ!」


 帝都の街にて市井の者の貴重な情報源となる新聞。それを売り歩く商人の声が響く帝都は現在、かつて無いほどの緊張状態にあった。

 各方面へ武勇轟くカナリア大佐。

 女だてらに軍の上層部へと上り詰めた少女の反乱未遂と、今後の各国情勢を決定付ける三国会議の終了。

 かねてより注目されていた大事と、つい先日振って沸いた珍事。

 この二つが今、帝都を賑わせている要因だった。


「一つ頂戴」

「はいよ!」


 号外は売れに売れた。かつて無いほどの黒字に貢献する者がここにも一人。

 新聞を注文した少女は商品と引き換えに硬貨を商人に渡してすぐにその場を離れ、住居へと戻っていった。

 きょろきょろと周囲を見渡し、尾行が付いていないことを確認して裏路地へ。最短の道のりから一通り分遠回りしてから借家へと舞い戻る。


「おかえり。エマ」


 外套を脱いで、壁際に吊るした茶髪の少女……エマを出迎える。


「真昼間だってのにどこもかしこも静まり返って不気味だよ。はい、これ」

「悪いな」

「良いって。クリスは今、迂闊に外も歩けないんだから」


 イザークとの戦闘。あれからすでに二日が経っていた。

 その間に色々なことが起きた。

 まずはカナリアが捕らえられたことで当然ながら反乱は中止。二十人程度の仲間が指名手配され、その中には俺、ヴィタ、ユーリの名前も含まれている。


 完全に出鼻をくじかれた形となり、さらにカナリアというトップを失った俺たちはどうにもまとまりを欠いて、進退に窮していた。勝手に雲隠れした仲間も少なくない。

 とはいえイザークが裏切った以上、いつ軍の人間が俺たちを捕らえるために、この部屋へと押し寄せてくるか分からない。逃げ出した彼らを責めることは出来ないだろう。

 本当に、絶望的な状況だ。

 とにもかくにも情報が足りない。

 そう思って俺はエマに買出しを頼んだのだが……


「ちっ、悪いニュースしか載ってやがらねえ」


 目を通した新聞をテーブルに投げ捨てながら毒を吐く。

 世間を賑わしている案件の内の一つ。

 三国会議の結果も、俺たちにとっては予期せぬものだった。


「読ませてもらうっすよ」


 そう言ってテーブルの新聞に手をつけるのはユーリ。

 その隣でヴィタも、次は私ね、とユーリに催促している。

 出来るだけ一緒にいたほうがいいだろうという判断で俺たちは行動を共にしていた。 


「グレン元帥が各国に対し宣戦布告……意外っちゃあ意外っすね」


 そう、先日行われた三国会議のその会場で、グレン元帥は聖教国シャリーア、フリーデン王国に対して宣戦布告を行った。

 百年以上ぶりとなる国家間戦争。グレン元帥はその火蓋を切って落としたのだ。


「そんなこと、民は望んではないでしょうに」


 呟くヴィタの言葉は正鵠を射ている。

 グレン帝国は富裕の差はあれど、全体的な供給は他国に比べて勝っているといってもいい。無駄な軍備をその差を埋めることに使えばもっと豊かな国になるだろう。だというのに、戦争を起こそうとしているグレン元帥の考えが分からない。


「とはいえ、これは自分達にとっては好機かもしれないっすよ」


 そう前置きしたユーリが、


「軍の連中は今、戦争に意識が向かっていて自分達から若干逸れてるっす。それならこの都市からこっそり逃げ出すのもそう難しい話じゃないっすよ。すぐにでも身支度を終わらせて、ここから逃げ出すってのも……」

「ユーリ!」


 ユーリの隣に座っていたヴィタが、ものすごい剣幕で続く言葉を語らせない。


「このままカナリア様を見捨てるって言うの!?」

「誰もそこまで言ってないっすよ。ただ、自分はそういう選択肢もあるって言いたいだけっす」

「そんな選択肢はあり得ないに決まってんでしょうが!」


 激昂するヴィタに対して、ユーリも思うところがあるのか、


「じゃあどうするっていうんすか! このままいつまでもじっとしておくわけにもいかない。かといって隊長を助け出す策がある訳でもない。最も助かる確率が高いのは間違いなくソレじゃないんすか!?」


 と、珍しく声を荒げてそう言い放つ。

 出来るだけ隠していたのであろう焦燥感が、苛立ちと言う形になって表面化していた。ユーリの言い分も一理ある。今の俺たちに出来る最善の選択は逃げ出すことなのかもしれない。しかし、


「この、裏切り者……ッ!」


 椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がったヴィタが叫ぶ。

 それからヴィタは泣きそうな顔になり、


「私達まで裏切ったら……カナリア様は一人になっちゃうじゃない……」


 その言葉にユーリも押し黙る。

 ここでカナリアを置いて逃げれば俺たちもカナリアを裏切ることになる。あれほど固く決意したというのにだ。それだけは、そんな不義理だけは出来ない。


「俺も、このまま引き下がるなんて出来ないし、したくない」

「……まあ、この面子ならそうなりますよね。普通に。自分だって命が惜しいわけじゃないっす。ただ、一度確認しておきたかったんすよ」


 恐らくユーリも覚悟は決まっていたのだ。

 だが彼は年長者として、カナリアがいない今、カナリアの代わりに嫌な役回りを自ら引き受けてくれたのだ。


「向こうには四人でもかなわなかったイザークがいるっす。それに加えて常駐の軍人も少なくとも百以上。どう考えても三人で戦える数じゃないっす。それでも……」

「やる」


 俺はユーリの言葉に半ば重ねるようにして宣言した。


「カナリアを、グレンフォードから救い出す」


 無理、無謀、無策。だからって、このままカナリアを見捨てる訳にはいかない。

 静かに決意を固める俺たちを、


「…………」


 エマが黙ったまま、見つめていた。



---



 目覚めたそこは、牢獄だった。

 独房に手足を枷で封じられたカナリアが、ベッドの上で縮こまるようにして座っていた。自分の力が足りなかったのだと、イザークとの敗戦を何度も何度も思い出しながら。

 ギィ、と鉄の扉を開く音がして二人の人物が独房へと姿を見せる。

 久しぶりに視界に写った光に、カナリアは目を細めてそちらの様子を伺う。


「無様だな、カナリア」

「グレン元帥……」


 声を投げかけてきた人物の声は、幼少より聞き続けた声音だった。

 低く、威圧するようなその声音。幼い時分には恐ろしく感じられたその声を聞いて、カナリアはキッ、と鋭い視線を向けて反抗する。


「全く。お前が反乱なんて大それたことを考えていたとはな、驚かされたぞ」


 こつこつと靴音を鳴らしてカナリアに近づいたグレンは、


「うっ……」

「せっかく手塩にかけて育ててやったというのに、その恩を忘れたのか? お前も所詮は女ということか。感情で動く様は見ていて滑稽を通り越し、哀れだぞ」


 賢くなれよ、とカナリアの顎を乱暴に掴み上向かせたグレンが愚物を見るかのような視線で語りかける。


「お前はただ我の言う事を聞いておれば良いのだ。そこらを這い回る衆愚と同じようにな。我は飼い主に歯向かうため、貴様の牙を磨いてやったわけではないのだぞ」


 手を離し、やれやれと肩をすくめたグレンは、


「我は貴様の腕は認めておる。このまま大人しく飼い犬の立場に甘んじるというのなら、此度の不敬は水に流してやってもよい。何といってもお前は、私の大切な『娘』なのだからな」


 グレンの手を離れたカナリアは、その台詞を苦々しそうな顔で受け止める。

 水に流す? 馬鹿を言うな。そんなもの、望んでいない。

 貴様の元に戻るくらいなら、ここで反逆者の先兵として華々しく散ってやる。

 その程度の覚悟なら、とうの昔に済んでいた。ゆえに、カナリアはグレンの提案を即座に切り捨てる。


「遥か昔に、貴様のことを『父』だなんて思うのはやめた。殺すなら殺せ」

「強情なところは変わらんのう。まあよいさ」


 自分から提案しておいて、あっさりと引き下がるグレン。

 それは彼にとってその提案が、気まぐれ程度の重さしか持っていない証拠だった。


「イザーク、他の反乱者の情報を聞き出せ。手段は問わん」


 後ろに控えていたイザークに、グレンはそう指示を飛ばして独房を後にする。

 一切の躊躇を見せずに振り返ったその背中にカナリアは最後に毒づいて見せる。


「……いつか必ず、誅罰が下るだろう」

「楽しみにしておく」


 久しぶりの本心を見せ合った親子。

 その短い邂逅が、終わった。

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