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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

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「代理戦争」

「あああああぁぁぁぁっ!!」


 絶叫を上げ、憤怒をその瞳に宿して駆け抜けるのはカナリアだ。

 八本もの武器を掲げる彼女は誰よりも総重量が大きいはずだ。それなのに、誰よりも早く駆けるのは日ごろの訓練の賜物か。

 獲物に近寄り──二閃──ッ!

 ほとんど同時に振るわれた双刀がイザークに迫る。


「ハッハァ!」


 イザークの高笑いと共に──キィン!!

 激しい金属音と、火花が工房内に飛び散る。

 あれは……イザークのヤツ、手甲を隠し持っていたのか!

 鉄製の篭手。

 本当に甲を守る程度の薄いガードだが、それでカナリアの刃を防ぐことに成功している。


 カナリアの剣筋は神懸かっている。その衝撃を受け止めるのは、同じ刀剣であっても容易ではない。それを直に体で受け止めたに等しいイザークの動きに然したる異常は見当たらない。

 受けた手を麻痺させることもなく、衝撃を完璧に逃がしきっているのだ。


 ──信じられない技量だ。


 それから更に一合、二合と衝突するごとにイザークの異常性が際立ち始める。

 前に彼の戦いを見たとき、トリッキーな戦い方をすると俺は評した。しかし、それは間違いだったようだ。

 彼は『変則的な体技こそが正常』なのだ。攻撃、防御、回避、それら全てに型がない。


 普通ならば強者と呼ばれるものほど日々の訓練を怠らず、努力して自分と言う刃を研いでいる。

 それは当たり前と言うより以前の純然たる事実としてそこにある。

 しかし、イザークのあれは……異常だ。訳が分からない。


 剣術、体術と俺はそれなりに学んできたつもりだし、自分の中にいくらかの型として吸収している。

 それは大多数の武芸者に言えることだし、そもそも戦いとはそうした研鑽の積み重ねを競う場だと俺は考えてきた。将棋のように、あらゆる攻めに対する受けを、戦術を、定跡を学び己の武技として昇華することで初めて人は戦うことが出来る。


 ──だというのに。


 イザークにはその『型』が一切見られない。

 篭手を装備した程度では、普段の俺と戦い方にそう差異はない。

 そんな俺から見てもイザークの戦いは奇異に過ぎる。


 イザークの中にはこれまで先人達が積み上げてきた武の歴史が全く感じられない。

 ともすれば出鱈目な動きに見えてしまうほどに。

 しかし、その動きがことごとくカナリアの攻撃を避けるように効果を発揮し、また逆にカナリアを追い詰める一助になっている。


 この世の誰にもイザークと同じ戦い方は出来ないだろう。

 いうなれば『我流』。

 それがイザークの本質で、異常性だ。


 その技量はカナリアと同じく神域に近い。

 武器のリーチ、殺傷能力は圧倒的にカナリアが勝っている。だというのに、こうまで拮抗した戦いになるのは素の戦闘能力でイザークが勝っているからだろう。


 もちろん、カナリアも熟練の戦士だ。その戦闘能力が低いわけもない。むしろ、トップクラスの戦闘能力を誇っている。

 それでもなお、イザークには及ばない。

 彼はただただ単純に強い。狂ったように。

 持って生まれた天賦。敵を殺すことにかけて、イザークの右に出る者はいない。


「どォした! 息が上がってるぞォ!」

「く、う……ッ!」


 吠えるイザークが駆ける。床を、壁を、天井を。縦横無尽に駆け抜けるその姿はまるで蜘蛛。決して広いとは言えない工房内を、魔力で強化した体で駆ける。駆ける。駆ける。


 時折襲い掛かる拳撃をいなすので精一杯のカナリア。

 ここまで押し込まれている姿は始めてみる。相性が悪いわけでも、コンディションに恵まれていない訳でもない。

 カナリアとイザークはお互いに近接を主とする直接攻撃系の戦闘スタイルだ。お互いの得意距離が合致している以上、この状況は純粋な戦闘能力の差だ。

 自分の優勢を確信してか、イザークがその口元を大きく三日月に歪めている。


「この際だァ! はっきり言ってやるよ! オレはアンタが嫌いだったのさ! 何でも持ってる、恵まれたアンタがよォ!」


 ──ギィン!

 イザークの一撃に、カナリアが一歩、後ろに押し込まれる。


「アンタは飢えに苦しんだことがあンのかよ? この世の理不尽を、ありったけ詰め込んだ『悪意』ってヤツに触れた経験は? ……あァ、分かってンだよ。親が親だもンな。そんな経験あるわけねェ」


 ドォォォン!

 何とかかわしたイザークの拳が、地面を抉り爆散させる。


「そんなンで、よく世界を変えるだなンて言えたよなァ! 反吐が出る!」

「ぐ、ああ……ッ!」


 ついに、イザークの拳を捌き切れなくなったカナリアが目に見えてダメージを負っていく。これは……まずい……ッ!


「オレは違う。この世界の理不尽を知っている」


 地面に転がるカナリアは無防備だ。

 しかし、イザークはそこで何故か追撃をしないまま、逆に距離を離す。


「見せてやるよ。これがオレのメテオラだ──」


 そう言ったイザークの体から『黒色』のメテオラが溢れ出す。

 俺の白色とは違う色。ヴォイドが前に転移で使ったメテオラも、同じく白色だったはず……ヤツは一体、何をしようとしている?

 不穏な空気を漂わせ、イザークはゆっくりとソレを唱え始める。




《陽が昇り、月が煌き、人は死ぬ。人が真理に勝てねェなら、疾く去るがいい。此処は殺戮の舞踏会(ヴァルハラ)、弱者は不要──》




 ポツリと漏らすように呟くそれは、イザークの祈り。

 メテオラという運命を改変する力の、終極点。




《──卑欲連理(メテオラ)汝に捧ぐ鎮魂歌(エンデ・ファウスト)




 ただ一点に凝縮された祈りが──顕現する。

 黒色のメテオラを身に纏うイザーク。

 それに対して不意打ち気味の攻撃を放つ影が一人。

 

 ヒュッ!


 微かな風切り音を残して、飛ぶ純白の刃が一振り。

 地面に蹲るカナリアの飛ばした不意打ち気味の斬撃。高速で回転する刀がイザークに迫るも……


「もう、無駄だぜ」


 蚊でも払うかのように、乱雑に払われたイザークの腕に──粉々にされる刀。


「な……ッ!?」


 ボロボロと、灰にでもなったかのように跡形もなく消え去る刀。

 ただ……触れただけだ。たったそれだけで、跡形もなく消滅した。

 微かに身構えるイザーク──まずい!

 刀は触っただけで粉々にされたのだ。それがどうして、人体には無効だなんて楽観的に考えられる……ッ!


「轟け、迸れ──《デア・ドンナー》!」


 無意識に、そう、俺は気付けば反射的に魔術を使用していた。

 火系統、雷属性の魔術。その二章節。本来であれば、直撃した時点で黒焦げになるだけの魔力を込めたソレを……

 ──バチィン! と、微かな衝撃と共にイザークは霧散させた。

 ……嘘だろ。魔術も効かないのかよ!


「次はこっちから行くぜ」


 ドンッ!

 先ほどまでの比ではない速度。地面が比喩ではなく爆ぜた後、その爆心地からイザークが飛び出してくる。こちらに向けて。


「らあああああああああああ!」


 新たに抜き出した刃でカナリアが迎撃する。


「無駄だっつってンだろ」


 しかしそれすらも、イザークの手に触れた瞬間に崩れ去ってしまう。


「まだだ!」


 叫ぶカナリアは四本目の刀を腰から居合いの要領で抜き放つ!

 ヒュッ──サァァ……振るわれては消えていく刃は残り四本。しかし、カナリアはこの一本を端から捨てる気でいたのか、投げるように繰り出された斬撃の結果を待つよりも早く、カナリアは次の一撃を繰り出していた。


「シッ!」


 気合一閃。

 本命の斬撃がイザークの足元に迫る。

 巧い! 触った時点で物質を崩壊させるあの手に触れないように、足元から崩す狙いに切り替えたんだ!

 決まるかに思われたその一撃もしかし──


 キィィィィン! と、謎の金属音と共に防がれる。

 奇妙な音に、視線を向けるとイザークの足元。

 彼の左足。その不自然な位置から地面に向けて、斜めに剣が突き出していた。


「いや……剣じゃない。あの形状……」

「バカな……それは……」


 イザークの体から不自然に突き出したその刀剣は……カナリアが使っている刀と全く同じ形状をしていた。


「オレのメテオラは強奪のメテオラだ」


 俺達の驚愕を前に、イザークが語り始める。


「それが物体だろォと、魔術だろォと、俺はそいつを対象から『奪う』ことが出来るンだよ。つまりは『強奪』。それがオレの権能だ」

「ご、強奪の権能だと……?」

「あァ。だから──」


 突然、イザークの体がブレる。

 そして気付いたときには派手な音と共に、俺は地面に叩きつけられていた。


「ぐはッ!?」

「クリス……ッ!」


 カナリアの焦った様な声に、目を開くと……イザークが俺の首元を掴み、地面に押し付けていたのだ。

 ──ヤバイ……『触られた』……

 息を呑む俺の前で、イザークは楽しそうに笑う。


「こんなことも出来るンだぜ」


 そういったイザークの手から俺の体へと黒色のメテオラが流れ込む。

 冷たい水でも流されたかのような感覚に怖気を誘う。死を連想させるその冷たさは、ゆっくりと俺の左肩へと迫って──


「ぐ? う、あ……あああああぁぁぁぁぁぁァァァァァッッ!!」


 情けのない絶叫が響く。

 痛い……何だよこれ……痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ッ!


 叫び声を上げていなければ耐え切れないその痛みに、俺はのたうち回って苦しむ。体の中からゴッソリと何かを持っていかれる感触。果てしなく気持ちが悪い。


「クリスから離れろッ!」


 叫ぶカナリアの一撃をイザークはあっさりとかわして俺達から距離を取る。

 イザークの手が離れても、以前痛みは強く残っている。

 何をされたのか分からない。体がどうなっているのか恐怖で瞳が開けられない。これほどの激痛だ。何があっても不思議ではない。


「クリス! しっかりしろ!」


 カナリアの叱咤に、俺はハッと意識を持ち直す。

 そうだ。今はこんなことをしている場合ではない。

 ゆっくりと薄れゆく激痛に薄目を開けると……


「あ? 体は……何ともない?」


 意外なことに、あれほどの激痛だったというのに体の欠損も見当たらない。血すら流れていない体は健康そのものに見える。

 一体、何をされて……


「…………ッ!」


 ま、まさか……そんな……

 最初に激痛が走った箇所を見て、俺は愕然としていた。

 その様子を見て、イザークが楽しそうに高らかに笑う。


「ハハッ、よォやく気付いたか。オレもやるのは初めてだったが……どうやら『魂の器』を奪うのは、想像以上の苦痛みてェだな」

「お前……俺のメテオラを……ッ!」

「そォだ」


 服をはだけて確認した俺の左肩。

 本来であれば86と刻まれているはずのそこには……


「お前のメテオラ──奪わせてもらったぜ」


 かつてのように、痣一つない真っ白な肌が広がっていた。

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