「桃色の少女」
「言っておくけど、これはデートとかじゃないんだからね。誤解しないでよね」
「分かってる」
ツンデレ口調ではあるが、好意の裏返しだなんてベタな誤解はしない。女子が嫌だと言う時は本当に嫌なときなのだと、俺は中学で得た経験から知っている。……嫌なこと思い出しちまったな。
さて、俺が現在何をしているのかというと──俺にも分からん。
カナリア隊長の勧めで、こうしてヴィタと二人っきりで街を歩いているのだが、正直カナリアの思惑通り仲良くなれる気がしない。最初から嫌われてるしな、俺。
「……なにか話しなさいよ。黙りっぱなしじゃ空気悪いじゃない」
「そう思うなら、自分で話題作れよ(ボソッ)」
「何か言った」
「言ってません」
どうも、こういう強気な女性というのは苦手だ。女性経験が少ないからかね。
このまま無視していても蹴りが飛んできそうなので、俺は頭を精一杯捻って話題を探す。
しかし、女の子の喜びそうな話題というのが思いつかず、俺は気になっていたことを聞いてみることに。
「そういえば、ヴィタはどうして軍に入ったんだ?」
「普通、いきなりそういうこと聞く? まあいいけど。私が軍に入ったのはカナリア様に拾われたからよ」
「拾われた?」
「ええ、私は孤児だったから」
ぽん、と出てきたそのワードに俺は思わず姿勢を正す。
この世界では孤児に対して救済なんてありえない。普通は餓死するか、奴隷になるかの二択だ。そういう意味では、奴隷より下の身分と言えるかもしれない。扱いは平民だけどな。
「それは、なんと言うか……すまん」
「謝るくらいなら最初から聞かないでよね」
返す言葉もない。これはデリカシーが足りないと言われても仕方がないな。
「そんなに落ち込まなくてもいいわよ。昔のことだしね」
俺の様子を見て、ヴィタが慌てたようにフォローしてきた。口は悪いけど、案外気が利くやつなのかもしれない。
しかし、孤児から軍人ってかなりの成り上がりだな。ラッキーな奴だ。
「人に歴史あり、ってやつか」
「何それ?」
思わず漏れた俺の言葉に、ヴィタが首をかしげる。
「誰かが言ってた、ことわざみたいなもの」
「ふーん」
興味なさげなヴィタ。
まずいな。どうも会話が続かない。
話題探しに視線を泳がせ、ヴィタの服装に目が行く。
今日はいつもの軍服と違い、おしゃれな服を着ている。子供っぽいところがあるからフリフリの服を着てくるかと思いきや、大人っぽいシックな装い。
背丈が足りてないから、背伸びしている感が漂っているけどな。
「……何見てるのよ」
じろじろ見過ぎたか。
キロッ、とヴィタが鋭い視線を向けてきたので、適当に誤魔化しておく。
「いや、大人っぽい服着てるなーって」
「そ、そうかしら。まあ、私って大人っぽいところあるものね。仕方ないわ」
別に褒めたわけでもないのに、頬を染めて服の襟や袖やらを整えるヴィタ。
……何だか可愛らしく見えてきた。
「さあ、どこに行きましょうか! 今日一日この私が付き合ってあげるんだから、感謝しなさいよね!」
若干テンションが上がった様子で、大きく手を振って進むヴィタ。
撤回するわ。案外、カナリアの思い通りになるかもな。
デートもどきを始めて数時間。
チョロイン疑惑がどんどん深まっていくヴィタとの買い物中に、俺はそれに気付いた。
(何やってんだよ……二人とも)
俺とヴィタの後方、三十メートルくらい離れたその地点に、見知った相手──エマとカナリアがいるのを発見した。どうやら、俺たちを尾行しているっぽい。
最初は偶然かと思ったのだが、俺とヴィタの行く先々に付いて来るので間違いないだろう。一体、何をしているのやら。
「遅いわよ、クリス!」
「ああ、悪い」
ヴィタに尾行されていることを告げるべきが黙っておくべきか悩みながら、俺はヴィタの後を付いて歩く。最初の嫌がっていた様子はどこへやら、自ら進んでいくヴィタはとても楽しそうだ。桃色のツインテールも、心なしか弾んで見える。
「そろそろ、昼食にしましょうか?」
「そうだな。何か食べたいものとかあるか?」
俺は美味ければ何でも良い派なので、ヴィタに選択権を与えたのだが……失敗だったかもしれない。
それから十数分後、
「へい! 激辛ラーメンお待ち!」
屋台に連れて来られた俺は、「これが絶対美味しいから!」と半ば無理やり俺の分も注文したヴィタの勧めで、真っ赤な色のラーメンを前に慄いている。
「おい、これはヤバくないか」
「本当に美味しいから、騙されたと思って食べてみなさいよ」
そう言ってヴィタはずるずるとラーメンをすすり始める。
……今更だが、全然女の子っぽい店じゃないよな。ここ。
とはいえ注文した後だ、今更食べないわけにもいかない。
「南無三……ッ!」
意を決して、その真紅に染まった麺を口に運ぶ。
ぐっ! これは……ッ!
「辛い! ……辛いが……う、美味いぞ!」
「だから言ったでしょうに」
自慢げに薄い胸を張るヴィタに、俺は頷く。
確かにこれは美味い。辛さというのは痛みだというから、俺は敬遠しがちだったジャンルなのだが、これなら完食できそうだ。
それから数分間、無言で貪り続けた俺たちはほとんど同時に空になった丼をカウンターに置いた。
「美味かった。また来ることにしよう」
「教えてあげた私に感謝しなさいよね」
自慢げに鼻を鳴らすヴィタに、今回ばかりは参ったと大仰に傅いて見せる俺。
「ははあ! 有難き幸せ!」
俺のそんな態度が可笑しかったのか、くすくすと笑うヴィタ。
それからもお互いの知っている食べ物の話で盛り上がりながら、俺たちは散策を続けていく。
「今日は楽しかったよ。ありがとな」
夕暮れ時になり、そろそろ解散しようかという所で俺はそう切り出した。
どうなることかと思っていたが、予想以上に楽しい休日になった。ヴィタのことも分かったし、実に有意義な時間だったと思う。
「私も暇つぶし程度には楽しめたわ。また暇なら食事にでも誘いなさいよね」
朝と同じようにツンデレ気味のその台詞。
しかし、今度は本気なのか照れ隠しなのか分からないな。個人的に照れ隠しだったら嬉しい。
「ああ、また誘わせてもらうよ」
「誤解されても嫌だから、頻繁には止めなさいよ」
「誤解? ……ってああ。お前、好きな奴がいるのか」
俺の言葉に、ビクッと背筋を伸ばすヴィタ。どうやら当たりらしい。
「ほほう。意外だな。誰なのか教えてくれよ」
「む、無理! 絶対無理! というか、好きな人なんていないから!」
真っ赤な顔でぶんぶんと手を振りながら否定するヴィタ。
……ふむ。いるのは確定として、誰だろう。
隊の仲間なら、ユーリが妥当か? でもそんな雰囲気なかったしなあ。意外なところでイザークだったり? 想像出来ないな。
「減るものでもないし教えてくれよ」
「し、しつこいわね! あんただって言えないでしょうが!」
「ん? 俺が言ったらお前も言うのか?」
売り言葉に買い言葉、謎の流れで俺とヴィタはお互い同時に好きな人の名前を言うことに。
しかし、好きな人か。ノリで言ってしまったがどうしよう。
好きというか、気になっている人なら思い至ったので、俺はその人の名前を言うことにする。せーの、というヴィタの掛け声に合わせ俺は……
「「カナリア(様)」」
と、軽々しく言ってしまったのを後悔する最悪のハモリをやらかす。
と、というか……マジかこいつ。予想すら出来なかったその回答に俺は二の句が告げない。
「「…………」」
沈黙が苦しい。
いや、けど普通思わないだろう。女性同士でなんて、なあ?
俺が誰にともなく言い訳していると、
「やっぱり……」
と、底冷えするような声音と共にヴィタがこちらを睨んで来る。
「やっぱりカナリア様のこと狙ってたのね! この変態!」
「お前にだけは言われたくねえ!」
「とにかく! 今後カナリア様には近づかないようにしなさいよね!」
キーッ、とか言いそうな様子で憤慨するヴィタはそう言って去っていく。
せっかく仲良くなれたと思ったのに、最後の最後で特大の地雷を踏んでしまったようだ。やれやれ。
俺は肩を落として、自宅に戻る。
──それから俺は、家に待っていたエマの真っ黒な笑顔に再び顔を引きつらせるのだった。




