「反乱軍」
カナリアの誘いを受けて、数日が経った。
その間に俺は、カナリアに反乱軍の構成員について聞かされた。
総勢四十六名。少ないのか多いのか分からない人数だったが、これが俺たちの戦力だ。そのトップがカナリアになっている。彼女に賛同する者の内、何人かに会わせてもらったりもしたのだが、その全員が力強い瞳をしていたのが印象的だった。
そして何より驚いたことに俺が配属されたカナリア隊はそのメンバー全員が反乱軍に所属しており、最初から俺をメンバーに引き込むつもりだったらしいのだ。
「もっとも、入ってくれそうになかったら他の隊へ転属してもらうことになってたっすけどね」
訓練室にて、俺の隣に立つユーリがそう教えてくる。
俺たちの視線の先ではカナリアとヴィタが模擬戦を行っている。黒と桃色の髪が揺れ、お互いの模擬剣が激突する。
ヴィタも相当腕がいいみたいだが、カナリアに押され気味だ。というより、カナリアが強すぎるんだよな。この模擬戦にしても、カナリアが負けたところは見たことがない。
ユーリに聞いてみても、
「自分も見たことないっすね。隊長はバケモンみたいなもんすから人間には勝てないっすよ」
と、冗談めかした言い方で恐ろしいことを言ってくる。
軍にいる人間から見ても化け物とか、いよいよカナリアの絶対性が際立つな。
そんなカナリアはというと、自分が化け物扱いされているとも知らず、ヴィタの模擬剣を神速の一閃でなぎ払うところだった。
「次!」
全く疲れた様子も見せずに、こちらに視線を送ってくるカナリア。
俺とユーリはお互いに顔を合わせ、お互いに「逝ってこいよ」と視線で語り合う。結局、カナリアに呼ばれたユーリがいつもの笑みを引きつらせながらとぼとぼと歩いていった。
悲壮感漂うユーリとすれ違うようにこちらに向かってきたのは先ほどまでカナリアと打ち合っていた少女、ヴィタだ。
ヴィタは俺と視線が合うと、ぷいっとそっぽを向く。
初顔合わせのときから何故か嫌われている俺。何もしてないはずだが、エマのときみたいなこともある。いきなりぶっすり刺されないとも限らないので、何気に警戒している相手だ。
「……カナリア様に誘われたらしいわね」
一定の距離を保ったまま、唐突にヴィタがそんなことを聞いてきた。
「ああ。お前ら全員反乱軍に入っているんだってな。よろしく頼む」
「ふんっ。こんな奴の何が気に入ったのやら。絶対役に立たないに決まっているわ」
歩み寄るつもりだったのだが、ヴィタにそのつもりはないようだ。
しかし、今後幾度となく顔を突き合せるであろう仲間がずっとこんな態度では居心地が悪い。
俺は思い切って聞いてみることにした。
「なあ、なんで俺のことそんなに嫌ってるんだよ。俺、何かしたか?」
出来るだけやんわりとした口調で聞いてみたのだが、
「そんなの、あんたがカナリア様に取り入ろうとしてるからに決まってるじゃない!」
刺々しい口調と共に、ヴィタがこちらを睨んでくる。
「取り入るって……俺が?」
「誤魔化さないでよね。そうじゃなきゃ、カナリア様があんたなんかのこと気にかけるはずないんだから」
確かにカナリアは俺のことを気にかけてくれている。
裁判の時のこともそうだし、こうして仲間に誘ってくれたこともそうだ。
しかし、俺は取り入ろうだなんて思ったこともない。
そのことをヴィタに告げてやったのだが、
「嘘つかないでよね!」
と、聞く耳を持ってくれない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、カナリアの「次!」という声が聞こえてきた。やけに早い。さてはユーリの奴、瞬殺されたな。
順番的に次は俺だろう、と自分の模擬剣を握りなおし俺はカナリアのもとへ。
「……私はあなたのこと、まだ信用してないんだからね」
後ろからヴィタの不機嫌そうな声が聞こえたが、俺は聞こえないフリをした。
「それでは今日の訓練はここまでとする」
俺がカナリアにしこたま苛められてから、数時間後。カナリアが隊の仲間に告げる声が訓練場に響いた。
軍人の訓練はきついと聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
俺は震える足を何とか動かして、更衣室に向かう。
特に男女で分けられているわけではない更衣室。一応のマナーとしてカナリアとヴィタにシャワーの優先権を譲った俺とユーリは更衣室の扉の前で二人が出てくるのを待つ。
「そういえばイザークはどうしたんだ。今日は姿を見ていないんだが」
「ああ、彼はいつものサボりっすよ」
壁に背を預けて、話す俺たち。
どうやらイザークは訓練に真面目に出てきた試しがないらしい。
「軍人としてそれでいいのか?」
「よくはないっすけど、隊長が許可してるみたいっすからね。下っ端の自分らには何も言えないっすよ」
そう言って肩をすくめるユーリ。
ユーリの話では、イザークは元々かなりの問題児として扱われていたようだ。軍の中でも孤立気味だったイザークを自分の隊に招き入れたのがカナリア。
一体、カナリアは何を考えているのだろう。イザークみたいな危険人物を味方に引き入れるだなんて。
「イザークの素行に問題があるのは認めます。けど、軍人なんてそんなもんっすよ。どこかしらに問題のあるやつばっかりっすからねえ」
「……それは分かってるけど」
分かっている。けれど、感情論として許せないのだ。
他国で起こったあの事件は、この国の法で裁くことが出来ない。それがまた、俺のやるせなさを助長する。
「……なあ、ユーリもこの国のあり方がおかしいと思っているのか?」
反乱軍に入るということは、この国のあり方に不満を持っているから。
そう思った俺は、ユーリに聞いたみたのだが、
「自分っすか? そっすね。自分は特におかしいと思ったことはないっすよ」
「そうなのか?」
「ええ。自分の場合は色々特殊っすからね」
ユーリはそう言って、いつも浮かべている笑みを引っ込める。
「隊長に出会えたのが自分の全てっす。この国がどうとかじゃなく、自分はあの人の付いて行きたいんすよ」
「……そうか」
語るユーリの過去に何があったのかは分からない。詮索するのも悪いと思い、深くは聞かない。俺だって過去のことを根掘り葉掘り聞かれたくはないからな。
しかし……カナリアは人望があるんだな。
隊の全員が、カナリアに一目置いている様子。あのイザークですら、だ。
まあ、かくいう俺もカナリアに惹かれ始めているのを自覚しているけどな。
例えるならカナリアは光なのだ。
誰しも心に抱えている闇を、カナリアは決して他人に見せない。それが、眩しいのだ。絶対的な強さは、心の弱い人間ほど強く惹きつけて離さない。
真っ直ぐ目標に向かって進む彼女のあり方はとても美しい。
そんな彼女が作る国はどんなものになるのか興味がある。そして、その道を真っ直ぐに進むカナリアを支えてやりたいと、強く思うのだ。
そんなことを考えていると、女性陣の支度が終わったようで、
「すまない。待たせたな」
と、カナリアが短パンにシャツ一枚というラフな格好で現れた。
おおう……また目のやり場に困る。もう少し何とかならんのかね。
「そうだ、クリス。お前に一つ任務を与えたい」
「え? 任務?」
カナリアはラフな格好でも決して外さない刀の鍔を触りながら、その任務とやらの内容を伝えてくる。
「ああ。君はヴィタとあまり仲が良くないだろう。だから、今度の休日は二人で親交を深めるために街を散策するのがいい」
…………え?
「言っておくが、これは任務だからな。費用は我が出してやるから羽目を外して来い」
ふふん、と誇らしげに言うのはいいけどカナリアさん……俺とヴィタの二人でデートに行けって、それはいくらなんでも無理ゲー過ぎませんかね。
俺が口元を引きつらせながら、さてどうやって断ろうかと考えていたときだ、ガチャリと扉が開く音と共にこちらもシャワー上がりなのだろうヴィタがラフな格好で出てきた。
ヴィタと俺の視線が合う。
なんとも形容しがたい表情を浮かべるヴィタ。あえていうなら『ぐぇえ』ってところだろうか。きっと俺も似たような顔をしている。
「楽しんでくるといい」
すごくイイ顔でそう言ったカナリア。
……予感どころじゃなくて、嫌な確信がする。どうしたものかな。




