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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第一幕 そして童子は決意する
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第三話 「帝王学」

 とある日の夜。

 夕食を終えた後に、珍しく父のアドルフが声をかけてきた。


「クリストフ、少しいいか?」


 父のいつも以上に真面目な雰囲気に、俺は居住まいを正す。


「お前もそろそろ勉強を始める年齢だと思ってな。そのことで話をしておきたい」


 ……ついに教育が始まるのか。

 この国の貴族の子供は家督を継ぐために様々な教育を受ける。何かを『学ぶ』という観念の薄いこの国で、まともな教育を受けれる幸運を喜ぶべきか、それとも異世界に来てまで勉強をさせられる不幸を嘆くべきか……悩みどころだ。


 背筋を伸ばし続く言葉を待つ俺に、食卓を挟んで反対側に座る父がゆっくりと説明を始める。


「まずは知識的なところからだとは思うのだが……歴史学、商学、行政学、言語学。体術関連であれば剣術学もありかもな。何からやりたい?」

「俺が選んでもいいの?」

「うむ。やりたいことから学び、学ぶことを学んでからでないと、教育ははかどらないからな。そういう意味では、楽しみながら学べる剣術学が良いかも知れんな」


 おお、何か分かっている人みたいなことを言っている。

 現世の父は、かなり優秀な人物みたいだな。

 前世の父親? 特技、必殺技が揃ってスタイリッシュ土下座の立派な社畜だったよ。

 とまあ、昔の父親のことは置いといてだ。

 俺は「私のお勧めは剣術学なのだが……」と、何やら熱弁を始めだしたアドルフに、自分の希望を告げてみた。


「そういうことなら、魔術の勉強を最初にさせてもらっちゃ駄目かな?」

「ん? それは構わないが……使えない者には使えないし、全く面白くないぞ?」


 どうやら魔術の勉強はあまり好んでやるようなものではないらしい。少し意外。


「それでも、魔術の勉強がしたいんだ」


 だが、元の世界の記憶がある俺にとって、他の勉強なんかよりよっぽど優先度が高い。

 前回みたいに制御しきれなくても困るし、そして何より……ロマンがあるじゃないか。魔術。


「やりたいと言うのなら、是非もない。早速明日から教師をつけよう」

「ホントっ!? ありがとう!」


 とにかく、こうして俺の帝王学が始まったのだ。



---



 それから三ヶ月ほど経ったある日。

 アドルフは執務室にて魔道具を使い、とある人物と会話をしていた。

 

 魔道具。

 それはかつての魔術師たちが生涯を賭けて紡いだ魔法陣を内包したアイテム。明かりを灯したり、調理の際に使う火を生み出したり、身分証として使用されたり、魔道具は我々の生活を助けてくれる。

 これはその内の一つ。

 遠方の相手と会話するための魔道具……『音紡ぐ者(セル)』と呼ばれる掌サイズの木箱から漏れ聞こえる部下の声に耳をすませる。


『……以上が今後の自警団の主な活動内容予定になります』

「分かった。報告ご苦労」


 私、アドルフ・ロス・ヴェールはこの周辺の領地を預かる貴族だ。領地の外から時たま訪れる外敵を排除するために組織された自警団の名目上のトップである私の元には、こうして自警団長であるルークから定期的に連絡が訪れていた。


 上部分が開かれ、オルゴールのように内部構造をさらすセルに向かって声をかけ、今後の方針を煮詰めていく。ここまではいつも通り。いつもと違ったのはここからだった。


『そういえば、最近山賊達の動きが活発化しているらしいです。幸い、このヴェール領から遠い地でのことのようですが、一応ご注意をなさってください』

「ふむ、山賊か。厄介だな……私の方でまた確認しておく」

『お願いいたします』


 ルークのその言葉を最後に通信が途切れる。

 私はセルの蓋を閉じてから、目頭を押さえた。少し疲れがたまっているのかも知れないな。だが休んでいる暇はない。


 地主である自分の仕事は多い。貴族とは、領地持ちとはそれほどに責任ある立場なのだ。

 休む暇もない執務を続ける中、私はふと息子のことを思い返す。


 三ヶ月前から行っているクリストフの魔術の勉強。

 魔術の指導が出来そうなものを雇い、教育係りとしてつけたのは良かったのだが……

 そのことごとくが、『彼を見ていると、自分の才能に心が折れそうになります』と言って退職していってしまった。最長で十日、最短だと半日ともたなかったのは面食らったな。

 

 私には魔術の才能がない。

 そのため、息子のクリストフにどれほどの才能があるのか分からなかったが……もしかしたら、私の息子は天才かもしれない。


 最近は親の色眼鏡抜きでもそう思う機会が増えてきた。

 立ち振る舞いや作法も、どこか抜けてはいても丁寧なものだ。

 物覚えもいい。特に算術は一を教えて十を理解するような秀才ぶりだ。

 いや、あれは秀才なんてレベルではない。鬼才、奇才と呼ぶべき領域にある。


「わが子の未来を末恐ろしいと感じるなんてな」


 十の神童、二十を過ぎればただの人なんて言う事もあるし、もう少し様子を見るべきだとはおもうが……


「父さん、いるかな?」


 その時だ、執務室の扉がノックされる音と共に声が聞こえた。


「ああ、いるぞ」


 答えてから、部屋に入ってきたのは先ほどまで考えていた息子、クリストフだった。


「少し外に遊びに行こうと思うんだけど、いいかな」

「ああ、いいぞ。あまり遅くならないようにな」

「うん、ありがとう」


 クリストフはそれだけ言って、部屋を出て行く。

 恐らく、最近よく遊んでいるクリスタという子のところにでも行くのだろう。

 年相応の様子を見せるクリストフに私は、


「考えすぎかもしれないな。なによりあの子は……良い子だ」

 

 と、独り言を呟く。

 初めての子供で、少し過保護になっていたのかもしれない。息子に才能があるのなら、喜びこそすれ不安に思うことなどなかったのだ。

 窓の外に目を向けると、金髪の少女の元へ走る白髪の少年の姿が見える。


「頑張れよ、クリストフ」


 思わず漏れた言葉に、どんな意味が込められているかは説明するまでもないだろう。


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