「光明」
俺は自分の心の内を、カナリアに打ち明けていた。
──イザークとの過去の因縁。
──英雄になるという虚飾に塗れた夢を、自ら踏みにじったこと。
長い話だった。
とても、長い話だった。
俺の人生の羅列といってもよいその話を終えたとき、カナリアは俺に言った。
「それで、君はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「英雄になろうと思って、領地を出たのだろう? ならば、英雄になればいいだけではないのか?」
何でもないようにそう言ったカナリアに、俺は怒気を強めて言い返す。
「簡単に言うな。俺の気持ちも知らないくせに」
「君こそ難しく考えるな。物事は意外と単純なものだぞ」
カナリアは室内を見渡してから、窓に近づきカーテンを閉め切った。
それからカナリアは思いがけない言葉を放ったのだ。
「クリス君。我は君が欲しい」
「……は?」
「い、いや、変な意味ではなくてな。共に戦うパートナーが欲しいという意味でだ」
カナリアは俺の様子から、慌てながら付け加えた。
ごほん、と一つ咳払いをしてからカナリアは語りだす。
「君も知っているようだが、この国の奴隷制度は他の国に比べて劣悪だ。彼ら奴隷は、辛い従軍に対するモチベーションを保つための道具として扱われている」
「…………」
自分以上に苦しんでいる人間を見れば、辛い軍での任務でも、『あいつらに比べればまだマシだ』という心理が働き、耐えることが出来る。つまりはそういうことなのだろう。
「さらに、軍は自分たちの軍事力を保つために各地域から税金を搾り取っている。君も知っているだろう、この国に住む人々がどれだけ貧相な生活をしているのかは」
カナリアの言葉に、俺はこの二年間で回った村を思い出す。
冒険者の街、アーゼル。炭鉱の街、リコル。そして帝都、ガルディア。
どの街も活気に溢れているとは言いがたい現状だった。
しかし、それは仕方のないことだろう。ここは裕福だった日本とは違う。
「なんで、そんな話を俺にする。そんな軍部批判とも取られかねない話を」
軍の方針に異を唱えるカナリアもまた、軍人である。
だからこそ、彼女がなぜそんなことを言い出したのか分からない。
「君にだから話したんだよ」
俺の疑問に答えたカナリアは、
「我はこの軍のあり方を変えたいと思っている」
と、自分の夢を語りだした。
身分が絶対の正義であるこの世界を。
民が軍の圧制に苦しむこの世界を。
カナリアは間違っていると断じた。
そして、間違いは正さねばならないとも。
「我はこの世界を変えてみせる。腐った軍部に天誅を下し、民を救うのだ」
「……まさか」
「ああ。我は……今の軍部に、反乱を起こすつもりだ」
カナリアの放ったその言葉に、俺は開いた口が塞がらない。
反乱……つまりはグレン元帥を殺すってことか?
「間違いは正さなければならない。そうだろう?」
「…………死ぬぞ」
「その覚悟はとうに出来ている」
俺の忠告に、迷いない口調で答えるカナリア。
本気の本気で反乱を起こすつもりだ。こいつ。
カナリアの真っ直ぐな瞳からは一切の揺れが感じられなかった。
「俺が欲しいってのはそういう意味か」
反乱軍へのご招待ってわけだ。
カナリアは俺の何を見込んで誘ってきたのやら。
「もし断ったら?」
「君は断らないさ」
カナリアはそう言って、俺に近づいてくる。
「奴隷の子を助けられなかったことを後悔しているのだろう? ならば今からでも遅くはない。世界を変えることで、その子を助ければいい」
「…………」
「我はこの世界を変えることで、民を救った英雄になる」
断言するカナリア。その姿は俺が諦めた英雄そのもの。
どんな障害が立ちふさがろうとも、そのたびに乗り越える英雄の姿を、俺は幻視した。
その姿を眩しいと感じる。
カナリアは俺と違って、明確なビジョンを持って行動している。俺と違って、折れたりしない心を持っている。
──ああ、そういうことか。
カナリアは──『本物』なんだ。
「君は何になりたい?」
カナリアが俺に問う。
何になりたいのか。それは英雄を諦めた俺にとって、非常に難しい問いだった。様々な思いが頭の中を駆け巡る。
そして、最後に俺の心に残ったのは──エマのことだった。
彼女の父親、イワンのことは聞いていた。彼もまた、この国の被害者とも呼べる人間だ。奴隷制度に異を唱え、国に背を向けられた元軍人。
エマは言った。この世界は間違っている、と。
俺もそう思う。
ならば、どうする?
『君こそ難しく考えるな。物事は意外と単純なものだぞ』
さきほどカナリアに言われた言葉を思い出す。
──そうだ。俺はエマを助けたときに決めたじゃないか。
俺は俺の正しいと思ったことをする、と。
「カナリア」
「なんだ」
俺はカナリアの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、
「俺を仲間に入れてくれ。俺は……俺も『英雄』になりたい」
はっきりと、俺はそう宣言した。
英雄になりたい。
誰かを救う英雄に。
間違った世界を正す英雄に。
今、はっきりと道が見えた気がした。
その道を示してくれたカナリアは、
「君を歓迎する、クリス。共にこの世界を正そう」
以前にも交わした握手を、俺たちはもう一度行う。
一度は捨てた夢だけど、この人とならもう一度選びなおせるかもしれない。
新たな目標を胸に、俺はカナリアの手を硬く握った。




