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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第三幕 そして運命は廻り始める

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第三十六話 「そして運命は廻り始める」

 赤髪の少年、イザーク。

 かつて俺の住んでいたヴェール領にある屋敷を襲ってきた二人組みの片割れ。

 奴が俺たちの屋敷を襲ったときのことはよく覚えている。

 屋敷に響いた悲鳴に、夥しい量の鮮血、首を千切られた無残な死体。それは俺も良く知っている使用人の首だった。


 エルミラ・ベイラー、享年三十八歳。

 俺が生まれたときからの付き合いだった彼女。抱きかかえられたのも覚えているし、おしめまで取り替えてもらった恩人だ。いつかその恩を返そうと心に決めていたが、それも二度と叶うことは無い。

 

 あの日のことを、俺は一生忘れないだろう。


 俺の怨嗟のこもった視線を受けながらも、イザークはどこ吹く風で聞いてもいないことをぺらぺらと語っている。

 イザークは山賊たちが壊滅してから、一人帝都を目指したらしい。

 最初から軍人になるつもりだったという。理由はただ、敵をぶっ殺せるから。合法的に殺人が許されるのは、軍人だけだとイザークは嗤う。


「なァ? 簡単な理由だろォ?」

「……俺は忘れた訳じゃねえぞ」

「あァ? お前の所の使用人を一人、殺したことか? いいじゃねェか別に。そっちだってイワンの大将ぶっ殺したンだしよォ」

「それはお前らが襲って来たからだろうがッ!」


 俺は堪えきれなくなって、イザークの胸倉を掴み壁際に押し付けた。

 派手な音と共に、テーブルが揺れて置いてあった花瓶が転がり、落ちる。

 パリン! と破砕音。

 続いて、カナリアの怒声が響く。


「止めろ二人とも! 何があったか知らんが、落ち着け!」

「そうっすよ。少なくともここで暴れないでもらいたいっすね」


 俺の体をカナリアが押さえにかかる。

 確かにここで暴れてもいいことなんてない。

 俺は自分に落ち着け、と語りかけて拳を収める。


「イザークもあまり挑発的な態度は取らないことね」


 一人我関せずの様子だった桃色の髪の少女がそんなことを言う。

 高慢な様子の少女。ふと、この少女だけ名前を聞いてないことに思い至った。

 俺の視線に気付いたのか、少女はめんどくさそうな表情のまま、


「……ヴィタよ」


 と、自分の名前を答えた。


「とにかく、全員の顔合わせは済んだんだ。今日は解散にしよう」


 収拾をつけるためか、カナリアが手を叩いてそう宣言した。

 その言葉に従い、それぞれ勝手に部屋を出て行く面々。


 イザークが真っ先に部屋を出て行き、それを追う形でヴィタも部屋を後にして、最後にユーリがこちらを一瞥してから、出て行った。

 ……やっちまったな。今日が初顔合わせだったってのに。

 けど、仕方ないだろう。あいつが……イザークが何でもないように話しかけてきたのだから。

 

 イザークは俺の実家にいた使用人を一人殺した。俺も長い付き合いで、よく知っていた彼女を……ッ!

 ──到底許せることではない。

 俺がふつふつと激情を燃やしていると、心配そうな表情でこちらを見るカナリアに気付く。


「カナリアは行かないのか」

「はあ……部屋の片付けもしなければならないだろう」


 ため息を付いたカナリアは地面を指差す。

 俺が落としてしまった花瓶の破片が飛び散り、水浸しの状態だ。


「片づけなら俺がやるよ」

「用具の場所も知らないだろうに。我も手伝ってやるからさっさと済ませるぞ」


 カナリアは手のかかる息子に向けるような表情を浮かべてから、部屋のロッカーから箒を取り出してきた。箒をこちらに放ってくるカナリアに、俺は何とかそれをキャッチする。


「雑巾はここにないので取ってくる。君は破片を集めておいてくれ」

「……分かった」

「怪我には気をつけてな」


 そう言って一度部屋を出て行ったカナリアはすぐに雑巾を手にして戻ってきた。傍らにはバケツもある。雑用を手伝わせてしまったことを悪く思いながら、俺達は黙々と掃除を続けていく。

 掃除がひと段落してからのことだ。


「さて、では少しお話といこうか」


 雑巾とバケツを部屋の隅に寄せてから、壁に寄り添うように立ったカナリアが口火を切る。


「最近の君はどう見ても情緒不安定だ。こういうことを聞くのはあまり好きではないのだが……何があった?」


 カナリアがこういう風に踏み込んでくるのは珍しい。

 彼女は常に凛とした佇まいで、一歩引いたような位置にいた。旅の間も、同じ軍属として働いてからも。それが彼女の性格的なものなのだと、短い付き合いながら理解していた。

 だからこうして踏み込んできた彼女に、俺は微かな意外感を覚えていた。


「言いたくないことなら言わなくていい。だが、同じ小隊になった以上見て見ぬ振りは出来ないしな。君が何か困っているのなら、微力ながら力になりたいのだ」


 真っ直ぐにこちらを見つめてくるカナリアの言葉に嘘は感じられない。この少女は本気で俺の身を案じてくれているのだ。

 ……思えば、カナリアには助けられてばかりだな。

 最初の出会いからしてそうだし、裁判の時のこともそうだ。


「……ありがとう」


 口をついて出たのは感謝の言葉。

 俺は何があったのか、カナリアに言うかどうかを僅かに逡巡する。

 そして結局、俺は──

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