第三十四話 「帝都の闇、心の闇」
帝都の一角。
マリンフォードからもほど近いその工場で、俺は愕然としていた。
「刀匠って……この幼女が?」
「……幼女言うな。これでも……十六歳」
「十六!?」
俺より年上だったのかよ! どう見ても十歳程度にしか見えないのに!
俺がさらに驚愕していると、アネモネと呼ばれた幼女──シツレイ、少女はこちらをその小さな指で俺を差し、
「……誰、この失礼な子供は」
「我の友人だ。この刀と同じものを作ってもらいたくてお邪魔させてもらった」
アネモネはその眠たげな半眼で俺をじっと見つめてくる。
「な、なんだよ……」
じっくりと品定めでもするかのような視線に思わずたじろぐ。
何も言わずに俺を見つめるアネモネは……やはり、幼女にしか見えない。身長は目測で130ちょいってところか。銀髪をゴムで左側に纏め上げている。鍛冶をする時に髪が邪魔にならないようにという配慮だろう。
よく見れば服装や付けているグローブも鍛冶をする為のものだ。
……この子が刀匠ってのも、嘘じゃないみたいだな。
なんて失礼なことを考えていると……ぷいっ。
視線をカナリアに戻したアネモネは、
「……分かった」
と、静かに頷き工場の奥へと向かって行った。
付いて来い、とそういうことだろうか。
カナリアと共にアネモネを追ったその先には、見たこともない機械が立ち並ぶ『工房』があった。
「……適当に、座る」
いまいち覇気のない口調で、アネモネは俺達にそう指示してくる。
適当な椅子に俺が座ると、アネモネはずいっ、と俺の体にのしかかってきた。
「ちょ、何してるんだよ!」
「……じっと、する」
アネモネは俺の体をまさぐるように手を這わす。小さな手が胸、首、肩、腕と撫でていく。何してんだ、こいつ。
「アネモネの言う通りにすると良い。我もされたことなのでな。アネモネはこうやって、クリス君の身体を測り、最適な重さ、形状の刀を作ってくれるのだ」
「……その、通り」
アネモネはじっくりと俺の体に指を這わせる。その刺激に背筋がぞくぞくする感覚を覚えながら、俺はあることが気になった。
「か、カナリアもこれ、されたのか?」
「そうだ」
頷くカナリアに、俺はカナリアとアネモネの『そのシーン』を想像する。
…………悪くない。
「……これで、終わり」
俺の体から身を離し、さっさと作業へと取り掛かるアネモネの視線は、すでに鉄へと向けられている。
「アネモネはあのモードに入ると、聞く耳持たないからな。今日はこれで戻ろうではないか」
カナリアの話では、刀を作るのに二週間くらいかかるらしい。思ったより時間がかかるんだな。
流石に工房で待つ訳にもいかず、出来上がったら追って連絡してもらうことに。
それから今日の任務を終えた俺はカナリアと別れ、宿へと向かう。
……妙に疲れたな。
グレン元帥との謁見もそうだし、アネモネって少女も何だか変わった子で気疲れしてしまった。
こういうときは早く帰って寝てしまうに限るのだが、あいにくやることが多くてそれも叶いそうにない。 軍属となった以上、長期的に借りられる宿を探したほうがいいかもしれないと思い、借家を探しているところなのだ。
そんなことを思いながら歩いていると、俺は以前にサラとぶつかった場所を偶然通りかかった。
「…………」
サラは今頃、何をしているのだろうか。
騎士団がこの街に来ていた理由は、とある会議に参加する司祭様の護衛のためだと聞いた。恐らく、サラもその付き添いか何かで来たのだろう。
会って何かが変わったわけじゃない、けど、会えてよかった。今なら素直にそう思える。
最近は妙に過去の因縁というか、因果が俺に押し寄せてきている気がする。思いがけない出来事の数々に面食らっている、といったほうがいいか。
サラのこともそうだし、エマのこともそうだ。
エマ・ライラック。
今も俺の帰りを待っているであろう少女のことを思い浮かべる。
紆余曲折あったが、最終的に和解することが出来た少女。
彼女との出会いも衝撃的なものだった。奴隷だったエマを俺がメテオラで助けたのが全ての始まり。そのときはあんな展開になるなんて思いもしなかったけどな。
俺は苦笑しながら、帝都の街を歩き続ける。
すると時折、視界にホームレスであろう人たちの姿が見えた。薄汚い襤褸を纏って、路地の壁に身を預けるようにして座っている。
「…………」
帝都……というより、帝国全体に対して言えることなのだが、この国は貧富の格差が激しい。サラが追われることになった理由も空腹を訴える住民に疑問を持ったのが始まり。シャリーアは割りと生活保護がしっかりしているから、飢えるという感覚が理解しにくいのだ。
奴隷制度にしても、帝国のそれはシャリーアに比べて厳しい。
エマの話を聞いてから、その思いは更に強くなった。
──何とかしてやりたい。
素直に、そう思える。
困っている人がいて、それを見捨てるというのは『英雄』として正しい姿ではないだろう。
どうすればいいかは分からない。けれど、いずれは何とかしたい問題だ。
「ん?」
俺がこの国の問題について考えていたその時だ、俺の視界に一人の少女が写った。
ふらふらと危なっかしい様子で体を揺らしながら歩くその少女は見覚えのない人影だった。少女はやがて足を絡ませ、その場に転倒した。
割と派手な転び方に、俺はすぐさま駆け寄ってその体を抱き起こしてやる。
「お、おい! 大丈夫かよ!」
抱き起こしたときに見えた。
少女のうなじ辺りに刻まれたソレ……奴隷紋を。
「う、うう……」
苦しげに呻く少女の顔色は真っ白だ。栄養の足りてないその顔には見覚えがあった。これは……飢えに苦しむものの表情だ。
少女の体を見ても、異常にやせ細っている。細枝のようなその腕を取ってやりながら俺は声をかける。
「おい! 歩けるか!?」
薄目を開ける少女は虚ろな瞳をしていた。
これは……本格的にヤバイかもしれないな。
俺は一度その場を離れると、近くの店で売ってた果物を買って戻る。
「ほら、食べれるか?」
俺はバナナみたいなその果実を少女の小さな口に押し付けて、無理やりに出も食べさせようと試みる。
「んっ……ゲホッ、ゴホッ!」
「水も持ってくるから少し待ってろ」
いや、いっそのこと少女を俺の宿へと運んだほうが早いだろうか。
そんなことを考えていると、
「おい、ガキ。何をしている」
と、聞き取りづらいだみ声と共にそんな台詞が聞こえてきた。
声に振り向くと、そこには醜く肥え太った中年の男が立っていた。
「それはオレの奴隷だぞ。勝手なことをするな」
「……あんたがこの子の主人か。何で……何でこんなになるまで放っておいた!?」
男の着ている服は豪華な意匠がされており、その姿を見るだけで分かった。こいつは、貴族だと。
「オレの金で買ったモノをどう扱おうとオレの勝手だろう」
奴隷を買う貴族は多い。金が余っているからだ。
不平等だと思うし、理不尽だとも思う。だけど、これがこの世界の法律でルールなのだ。奴隷は貴族に逆らえない。それが絶対の掟。
──だが、
「それはこの子を虐げていい理由には、ならねえだろォが!!」
俺は少女の姿を、エマと重ねながら吼える。
何でどいつもこいつも似たようなことしか出来ねえんだよ!
これが……こんなのが……
世界のあり方だって言うのなら──俺が変えてやるッ!
俺はメテオラを使おうと、少女のうなじに手を伸ばしかけて……止まった。
「…………ッ」
ふと、思ってしまった。
メテオラを唱える寸前、思ってしまったのだ。
──また罪に問われるかもしれない、と。
「邪魔だ」
貴族の男の振るう腕が、俺の体を打つ。
遅いその動きは、いつもなら簡単にかわせるはずだった。
けれど、このときの俺にはそれをかわすことが出来なかった。
大した衝撃でもないそれを受けて、俺は地面に尻餅をつく。
「帰るぞ、奴隷」
足で蹴りながら、少女を無理やり立たせる男。
少女はフラフラの足取りのまま、貴族の男に着いて行く。
「ま、待て……ッ!」
俺は貴族の男に追いすがるが……俺の言葉を無視して歩き続ける彼らに、どうすればいいのか分からなくなる。
貴族相手に暴力を振るうのは論外。
説得を試みても、通じそうにない。
メテオラで記憶を消す? いや、それだと奴隷紋と合わせて二回も使うことになる。俺に与えられたメテオラは残り86回。無駄遣いは許されない──
「……ッ!」
俺は……
俺は今、少女を救うことを──『メテオラの無駄遣い』だと、思った。
思って……しまった……ッ!
「くそっ!」
自分で自分に悪態を付きながら、俺は考える。
(どうする……どうすればいい……ッ!)
散々悩み、悩み、悩み、俺が出した答えは……




