第三十三話 「帝都一の刀匠」
エリーと別れて数日、俺は少しだけ感傷的になってる自分を自覚していた。
帝都の街並みを眺めていると、ふと言葉が漏れ出る。
「……寂しくなるな」
「大丈夫だって、またいつか会えるよ! エリーがいなくなった分、エマが傍にいてあげるし!」
つい呟いた俺の言葉に、エマが励ましの言葉をかけてくる。
俺はエマの頭を撫でてやることで、感謝を伝える。
「ありがとうな」
「いいってことよ!」
ビシッと親指を立てて見せるエマがとても格好良く見える。
エマがいてくれたのは、俺にとっても救いかもな。
そんなことを思いながら、俺は軍の本拠地である本部・グレンフォードと呼ばれる建物に向かっていた。
政治と軍は密接な関係にあるため、ここは軍の本拠地でもありこの国の国会でもある建物。
予想以上に大きくそびえ立つその建物を見上げ、俺はしみじみ呟く。
「まるで要塞だな」
ぽつりと誰にともなく放ったその言葉。
それに返ってきた言葉は予想外の方向からのものだった。
「その通り。ここは有事の際の防衛拠点としての役割も持ち合わせているのでな。その分頑強に出来ているのだよ」
俺の呟きに答えた声に、俺は上げていた視線を向けると、そこにはカナリアが立っていた。
今日は前に見たときと同じように、六本の刀を腰に差している。じゃらじゃらと邪魔そうなその立ち姿はしかし、凛としてとても良く似合っていた。
「ようこそ、グレンフォードへ。今日からここが君の職場になる」
「わざわざ案内してもらってすまないな」
「なに、誰かはやらねばらなんからな。これも規則なのだ」
五メートル近い高さのある真っ白な壁が続く、グレンフォードの外壁。城壁の外と中を繋ぐ唯一の門にて、門番に身分証を見せて開門を求めるカナリア。
俺はそのやり取りを尻目に、エマへと先に帰るように告げる。
「送ってくれてありがとうな」
「出来るだけ早く帰ってきてね!」
「分かった。善処するよ」
手をぶんぶんと振るエマに俺も小さく手を振り返す。
そうして、俺はカナリアの案内でグレンフォードの内部へと進む。
外から見ただけでは分からなかった建物の全貌。俺達は早速建物内へ向かいながら、今後の話をしていく。
「クリス君には元帥への謁見と装備の選定をしてもらう。今日は初日だからな。軽めの日程となっている。どの部隊へ配属されるかは様子を見てこちらで決めさせてもらうため、追って連絡する。何か質問は」
「ありません」
仕事モードなのだろう。
いつもより数段堅苦しい雰囲気を纏うカナリアに続く形で、俺はグレンフォードの中を歩き回る。
迷路のような構造になっているのは侵入者が簡単に重要施設へと向かえないようにするためのものだろう。新人にはきつい構造だ。
「迷子にならないようにな」
きょろきょろと見渡す俺の様子が面白かったのか、カナリアは微かに笑ってる。
妙な気恥ずかしさを覚えながら、俺はカナリアの後を追う。
軍服を着た人たちとすれ違いながら辿り着いたのは、他のより一層豪華な装飾のされた扉の前だった。
ノックと共に一礼して入室するカナリア。
俺も慌てて頭を下げて、追従する。
「カナリア・トロイ大佐! 本日から本部に着任することになりました新兵の紹介のため、参りました!」
ある程度予想していたが、ここが元帥の部屋か。
……というか、入る前に一言教えてくれよ。心の準備が出来ないじゃないか。
「ご苦労」
執務机を挟んで、椅子に座っていたその男が立ち上がる。
五十を超えているだろう初老の男性は、しかし一切の弱々しさを感じさせない立ち振る舞いだ。
「我がグレン帝国軍第六十九代目総統、グレン元帥である」
重々しい口調で名乗った男、グレン元帥。
グレン帝国軍のトップに当たる元帥は、名前を受け継いでいる。第何代、とつけるのも他と区別を付けやすくするため。
俺はグレンの名乗りを受けて、慌てて名を名乗る。
「クリストフ・ヴェールと申します!」
「ふむ、まだ若いな。我は汝が貴族に歯向かい、牢獄に入れられるところだったと聞いておるが……またどうして貴族なんぞに歯向かった」
突然の質問。
全く予期していなかったその問いに、俺は少しの間考えて、
「そうしなければならないと……それが、正しいと思ったからです」
と、俺の本心を答えた。
俺の答えを受けて、グレンはくっくっく、と笑いを堪えるような仕草を見せた。
「正しいと思ったから、か。汝は面白い男だな。今後は我が帝国の為にその信念、貫きたまえ」
その言葉を最後に、俺とグレン元帥の謁見は終了した。
本当に顔合わせ程度のものだったようで、面接とかあったらどうしようかと思っていた俺は、そこには胸を撫で下ろす気分だった。
再び一礼して、部屋を出る俺達。
「次は倉庫に向かおう。クリス君の装備を決めないといけないからな」
ずんずんと進むカナリアの横に並びながら、俺は気になったことを問いかける。
「なあ、武器ってどうしても選ばないと駄目なのか?」
「我らが武装するのは市民の起こす犯罪への抑止力という意味合いもある。我らの恐ろしさを分かりやすく見せ付けるためにも、帯剣が求められるのだ」
軍人は警察としての役割も持っている。
街中を歩く軍人は、事件があれば駆り出される。それが丸腰だったら犯罪者に舐められてしまう。と、そういうことだろう。
なまじ冒険者なんていう戦闘集団が存在するのだ。治安維持組織にもそれなりの武力が求められる。
俺は納得しながら、カナリアと共に武器庫へと向かう。
武器庫は盗まれることを警戒して、地下に用意されていた。あらかじめ用意しておいたのであろう鍵を使って開錠し、室内へと進むカナリア。
「ここにあるのは全て予備だ。気に入ったのがあればすぐさま使ってくれて構わない」
「分かった」
室内をじっくり見渡す。壁にかけられた剣、斧、槍などの刃物類。
刃が婉曲したものや、逆に真っ直ぐ伸びているもの。
重く、頑丈そうなものから、軽く、振りやすそうなものまで様々な武器が集められていた。
「ここまでくると壮観だな」
「そうだろう。ここには千を超える武器が納められているからな」
俺は手に取ったりしながら武器を見ていくが、どれもピンとこない。
そもそも武器自体俺には不要なものだしな。下手したら動きにくくなるだけだ。
途中から流し見るだけになる選定。
俺はそこで、カナリアの腰に目が留まる。
「そういえば、その刀はここにおいてあるのか?」
「ん? ああ、これは我の特注品でな。ここには置いてない」
「出来れば俺もそれがいいかも」
前にその刀で素振りをしたときのことを思い出す。
あの時は不思議と手に馴染んだのだ。出来れば俺も同じものを使いたかった。
「不可能ではないが……どうしてもこれがいいのか?」
カナリアの問いに、俺は頷く。
両刃の剣と違い、刀なら──峰打ち出来るからな。
「分かった。では少し着いてきてくれ」
カナリアの言葉に従い、俺達は武器庫を出て、さらにグレンフォードからも出て行く。市街地へと足を向けるカナリアに、問いかけてみる。
「なあ、どこへ向かうんだ?」
「この刀を作ってくれた、刀匠のところだ」
カナリアは腰に下げた刀をトントンと指先で叩きながら答える。
刀匠か……格好いい響きだな。どんな人だろう。
俺は刀匠とやらの相貌をイメージしながら、カナリアについて歩く。
目的地は意外とグレンフォードの近くにあった。
徒歩にして二十分もかかっていないだろう距離を踏破して、
「着いたぞ、ここだ」
工場みたいな外観の建物の中へと、カナリアは迷いなく進んで行く。
「御免! 軍の者なのだが、誰かいらっしゃるだろうか!」
カンカンと甲高い音が広がる工場内で、カナリアが声を張り上げる。
それから間もなく音が止まり、ごそごそと誰かが工場の奥から出てきた。そして、トコトコとこちらに向かってくるその人物に、俺は目を丸くする。
刀匠と言われて、渋いおっさんをイメージしていた俺を出迎えたのは……
「……いらっしゃい」
「久しぶりだな、アネモネ」
銀髪を揺らす──幼女だった。




