第三十一話 「プリズン」
真っ白な壁に、漆塗りのテーブルが並ぶその一室。
手錠をかけられた俺はその部屋の中央で、裁判長の言葉を聞いていた。
「被告、クリスに対して我が法廷は『三年間の懲役』を命じる!」
ダンッ! と、思わずビクッとなってまう音が宮廷に響く。ガベルと呼ばれる裁判の判決の際に使われるハンマーを振り下ろし、そう宣言した裁判長。
つまりは、そういうことだった。
──嘘だろ、おい。
俺はサラとの再会を果たしてから数日後に裁判を行った。何とかなるだろうと思っていた裁判。結果から言えば何とかならなかった。
……マジか、としか言えないその結果。
──懲役刑、三年。
無情な判決が下された三日後。
俺は面会人が来たということで、面会室に通されていた。
着ている服は白黒の囚人服。さらには手錠のおまけ付きだ。
面会室は特殊な造りになっていて、拘留されている人間と面会人との間には壁があり、それぞれは頭の高さにあるわずかな隙間からお互いの顔を確認できる程度だ。
非常に窮屈な面会。しかし、贅沢も言えない身分になってしまった俺はもう笑うしかないのでとりあえず笑いながら、その面会人に話しかける。
「よう、エリー」
出来るだけいつものように気さくに話しかけたのだが、対するエリーの表情は晴れない。節目がちだったエリーは俺の言葉に、ようやく視線を上げて俺の顔を見据えると、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「……大変なことになってしまいましたね」
……深刻な顔でそういうこと言うの止めてくれないかな。こっちまで不安になってくるじゃん。
影を落とした表情のままのエリーと、俺は今後について話していく。
「今、カナリアさんが軍部に掛け合ってなんとか司法取引が出来ないか持ちかけてくれています。その間は実刑を引き伸ばせるので、とりあえず拘留所に留まることが出来ます。ですから……もう少しの辛抱ですからね!」
「おい、フラグっぽいぞ。ソレ」
「私たちに任せてください! 絶対にクリスさんの無罪を勝ち取って見せます!」
「…………」
どうしよう。皆のことを疑う訳じゃないんだけど、ものすっごい不安。
次の日も面会人が現れた。
今度はエマ。身長が足りないということで、台座を借りたエマは俺と無理やりに視線を合わせながら会話をしていく。
「大変なことになっちゃったね」
「何でお前らは第一声がそれなんだよ。本当に大変なことになっちゃったみたいだろうが」
どうしてどいつもこいつも深刻に考えるかね。
ポジティブに行こうぜ、ポジティブに。
「ぐすっ……」
「…………」
「き、きっとなんとかなるよ……クリス、大丈夫だからね……」
やめてくれ……ッ! もうこれ以上旗を立てないでくれ……ッ!!
「それに、エマは……待ってるから! いつまでも、クリスが出てくるまで待ってるからぁ……っ!」
やめろぉぉぉッ!!
三年どころか永久に懲役しちゃいそうな勢いになってんだろォが!
俺の必死の祈りも届かず、エマは啜り泣きを続ける。
その様子を見ていた俺は、ふとエマが体を抱くように身に着けているその外套に見覚えがあった。
「エマ、その服……」
「ああ、これ? ごめんね、クリスの服を勝手に使わせてもらってるんだ。これを着てると……クリスがそばにいれくれるような気がして……」
「それ死亡フラグだから! やめてくれる!? 別のフラグまで立っちゃうだろ!?」
一体、いくつのフラグを乱立すれば気が済むんだ!
女の子とのフラグならまだしも、そんなフラグいらんわい!
俺は嫌な予感をびんびんに感じながら、彼女たちとの面談を終えたのだった。
……え? 大丈夫だよね? このまま懲役とかないよね?
拘留所生活、四日目。
まさに監獄といった風情の檻つきの個室のベッドに、俺は寝そべっていた。
早く寝たいというのに、不安で寝つきが悪い。
それもこれも、あいつらのせいだ。あいつらが不安になるようなことを言うから──
八つ当たり気味に不満をぶつけていると、別の個室、別の拘留者がいるであろう方からその話し声が聞こえてきた。
「おい、聞いたかよ。監獄の噂」
「な、なんだよ。噂って」
どうやら男二人の会話のようだ。
俺は監獄という単語に興味を引かれて、聞き耳を立てる。
「どうやら……監獄の中はヤバイらしい」
「ヤバイって……どうヤバイんだよ」
「中の受刑者たちは皆、禁欲生活を強いられているだろ? だからさ、よく起こるんだとよ」
「──もしかして、暴動か?」
「違う。もっと単純な欲があるだろ? ソッチのほうだよ」
「そっちって、アッチの方か? でも中って男女別なんだろ? どうやってヤルんだよ」
「ばっか、まだ分かんねえのかよ」
「まさか……」
「ああ、そのまさかだよ……中の受刑者たちはほとんど毎日【ピー】を【ピー】してて、たまに【ピー】することもあるらしいんだけど、それがまた【ピー】で【ピー】になる奴が絶えないんだとよ」
「ひっ! う、嘘だろ!?」
「残念だが、本当の話だ」
「怖いところだな、監獄は……まあ、罰金で済みそうな俺達には関係ない話だけどな」
「はは、お互い運が良かったな。俺も実際にぶち込まれることになってたら、流石にこんな話は出来ねえよ」
「そうだよな、ははは」
「さーて、明日にはここともおさらばだし、さっさと寝ちまおうぜ」
「そうだな、おやすみ」
その言葉を最後に、男たちの会話は聞こえなくなった。
まもなく、ぐーぐーといびきが聞こえてきた。本当に寝てしまったのだろう。
静まり返る留置所内。俺はと言うと……
「…………」
次の日の早朝。
俺は面会人が来たということで、早くから面会室に通されていた。
いつもの面会室。今回の第一声はこれだった。
「助けてぇぇええええええッ!!」
「おおう!? ど、どうしたクリス君。聞いていたのと大分様子が違うが……」
「出してぇぇぇ! 中はいやぁぁぁぁあ! 外にぃぃぃぃぃ!!」
睡眠不足と、際限ない不安から半狂乱になって騒ぐ俺の様子に若干引き気味のカナリアが言葉を続ける。
「安心してくれ、クリス君。司法取引の件だが……成功だ。なんとか、条件付で釈放の許可を取り付けてきた」
カナリアの言葉を飲み込むこと数秒。
言葉の意味を理解した俺は壁に額をぶつける勢いで食いつく。
「ほ、本当か!」
「ああ。ただ、いくつか条件があってだな」
「なんでも言ってくれ! 何でもする!」
「……何でもするとは凄い言葉だな。軽々しく使うものではないぞ」
カナリアは俺にそう忠告して、条件とやらも明記されていた一枚の契約用紙を壁の隙間から送り込んできた。
それを手にとって、目を通す俺。
なになに……
「三年間の従軍により、懲役を免除……?」
……正直、思ったより微妙なその内容に俺は眉をひそめざるを得ない。
懲役から逃れたといえば逃れたのだろうが、軍に入らなくてはいけないのでは大して変わらないような気もする。
もちろん塀の中と軍の中では自由度や『安全性』も段違いだろうが、三年間拘束されることに変わりはない。
「なあ、カナリアが頑張ってくれたのを否定するつもりはないんだが……これ、もう少し期間短くとか、他のことに出来たりしないのか?」
「すまないが、それが精一杯だ。そもそも司法取引自体、滅多に通るものではないのでな。これで我慢してくれ。もちろん、塀の中のほうがいいならサインをする必要はないが……」
「いや! 塀の中だけはないから!」
俺は昨日の男たちの会話を思い出し、身を震わせる。
俺はノーマルだ。あんなの冗談じゃねえ。
契約用紙の隅から隅まで目を通して、内容を逐一確認して行く。
……特に変な記述はなさそうだな。
俺はカナリアから借りたペンを使ってサインを入れる。クリストフ・ヴェールと。そして、用紙をカナリアに送り返す。
これで、貞操は何とか保たれた。
「では早速、届けてくるとしよう……ん? 君の名前はクリスではなかったのか? クリストフと書かれているが」
「クリスはそう名乗っているだけだ。本名はそっち」
「……ふむ。ヴェール、か」
呟くカナリアは真剣な表情で用紙に視線を送っている。
何か問題でもあるのだろうか。
心配になった俺はカナリアに問うが、何でもない、とカナリアはそう告げて面会室を出て行った。
……何だったんだ?




