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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第三幕 そして運命は廻り始める

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第二十九話 「一期一会」

 ……どうしてこうなった。

 俺は帝都の街並みを珍しそうに眺め、楽しくおしゃべりしているサラとエマを視界に納めながら、彼女たちの後を追って歩いていた。

 前方からエマとサラの楽しげな会話が漏れ聞こえる。

 

「サラさん、それで三十超えてるの!? すっごく若く見えるのに!」

「ふっふっふ。これでもお肌には気を使っているのです。エマちゃんも、おばさんくらいの歳になればこの苦労も分かるわよぉ」

「こ、怖い話を聞いちゃった……」


 サラとエマはまるで親子のように会話を楽しんでいた。

 俺はというと、話に入っていくことも出来ず、こうして距離を取って歩いている。普通に接すればいいのに、俺は一体何をやってるんだか。


 俺が距離を取っているのに気付いて、エマが速度を落とし、それに気付いたサラがペースを落とすことで俺たちは再び三人並んで歩く。

 ──この微妙な空気、なんとかして欲しい。


「クリストフ君? あまり、顔色よくないけどどうかしたの?」

「……何でもない」


 どこか他人行儀なサラとの距離感を上手く掴めない。

 そのせいでぎこちない空気になっているのだが、どうしようもない。

 この場にエマがいて助かったと心底思う。俺とサラだけでは絶対に会話がもたないだろうから。


 俺がずっとそんな態度だったからだろうか、サラも深くは俺に関わろうとしない。

 長い付き合いだ。俺よりエマのような態度をサラが好むのは分かりきっていた。そして、サラがエマに話を振るようになるのも、想定内。


 ……だと言うのに、俺は心に靄がかかったような気分に包まれていた。

 サラが俺を置いて、俺以外の子供と仲良さそうにしている光景を見るのは……いささか以上に、堪える。

 全部、俺が原因だというのになんという浅ましさだろう。


「──クリスってば!」


 俺を呼ぶエマの声が聞こえて、俺は目の前に意識を集中する。


「……ん? 悪い、聞いてなかった」

「もう、どうしたのさ……えっとね、騎士団の人たちが迎えに来ると思うから、それまでどこかの店にでも寄っていかないかって話をしてたの」

「そうか……」

「クリスも来るでしょ?」

「俺は……俺はいいよ。先に宿に戻っておく」


 エマの問いに、俺は頷くことが出来なかった。

 ここから早く立ち去りたい。ただその一心だったのだ。


「あの……私、お邪魔だったかしら……」


 突然帰ると言い出した俺に、サラが恐る恐るといった様子で聞いてきた。

 その態度にまた、俺は酷く落ち着かなくなる。


「……そんな訳ない。ただ、俺が悪いだけだ」


 俺は心に棘でも刺さったかのような痛みを覚えたまま、二人に背を向けた。

 そのまま立ち去ろうとして、


 ──俺はサラに腕を捕まれた。


「あ、あの。クリストフ君のおかげで、私助かりました。だから……ありがとうございます」


 おずおずと、サラが俺に感謝の言葉を告げてくる。

 その口調に、その呼び方に、俺は……


「────でくれ」

「え?」

「クリストフ君って、呼ばないでくれ!」


 堪え切れなかった俺は、ついに大声を上げていた。


「ど、どうしたの?」

「頼むから、『クリス』って呼んでくれ! 最初に、俺をそう呼んでくれたのは──」


 ──母さんじゃないか。

 言いたかった最後の言葉は結局、音にならないまま消えた。


「わ、私、何か気に障ることしちゃったかしら?」


 なぜ俺が怒っているのか分からない様子のサラ。

 それもそうだ。分かるわけもない。サラにとって俺は、今日始めてあった相手なのだから。

 ……本当に何をやっているんだ、俺は。

 こんなのただの嫌な奴だ。俺の勝手でしたことに対して、勝手に傷ついて、勝手に怒っている。嫌な奴どころの話じゃないな。最低な奴だ。

 

「……すまない」


 俺は最後にそれだけ言って、その場を去ろうとして、


「何で逃げるの」


 回りこんでいたエマに、行く先を封じられる。

 前方のエマ、後方のサラ。逃げ場を失った俺はその場に立ち竦む。


「なんだよ。逃げるって」

「逃げてるじゃん。クリス言ったよね、正しいと思ったことをするだけだって。何があったのか知らないけどさ、ここで逃げるのが『正しいこと』なわけ?」


 詰問口調のエマから送られる視線が俺に突き刺さる。

 ……正しいこと、か。

 空気を悪くするだけの俺に、いる意味なんてないだろう。

 だから俺はこう答えた。


「……そうだ」


 俺の答えにエマは失望したような表情を浮かべ、


「だったら何で……そんな辛そうな顔するんだよ……」


 エマのその表情が見ていられなくて、俺は思わず顔を逸らしてしまう。

 しかし、エマは荒い口調で俺の『逃げ』を許さない。


「クリスは言ってくれた! エマが辛いときは傍にいるって! なのにクリスは辛いことから逃げるって言うの!? そんなの……許さないからッ!」

「お、お前は事情を知らないからそんなことが……」

「だったら事情を話してみてよ! その上で言ってやる! ここで逃げるのは間違ってるって!」


 エマは唾を飛ばす勢いでまくし立てる。

 俺は……ずっと辛い事から逃げてきた人間だ。前世でも、逃げ続けた人間だ。逃げ癖が骨の髄までしみ込んでいるのだ。

 そんな俺に、エマは間違っているとはっきり告げた。

 ……前世の俺にここまで親身になってくれた奴なんて、親を含めていなかっただろう。ここまで俺のことを想ってくれた奴もまた。

 

 俺は視線を戻して、エマの瞳を見つめ返す。

 そうか。そうだよな。エマのおかげで俺は前を向くことが出来たんだった。

 ──もう逃げないって、決めたんだった。


「エマ」

「うん」

「ありがとう。サラと二人で話がしたい。先に宿に戻れるか?」


 若干震える声を自覚しながらようやく絞り出したその頼みにエマは、


「いいよ。ただ、今日の埋め合わせはいつか必ずしてよね!」


 と、男前な笑みを浮かべてそう言うのだ。


「ありがとな」

「どういたしまして。それじゃまた後でね」


 エマは最後に俺の背中を叩いて、宿の方向へ小走りで向かっていく。

 俺は小さくなっていくその背を見送り、振り返る。

 残されたのは俺とサラ。

 久しぶりの親子水入らず。

 なんと言ったらいいのだろう。

 分からなくなった俺は、ひとまずその言葉をサラに送る。


「──久しぶりだね」



---



 私はアドルフの頼みで、彼の妻であるサラの捜索に出ていた。

 街を走りながら、こちらに視線を送ってくる人たちを認識する。


 ──やっぱり目立ってしまうわね。


 私みたいな女の子が一人でいること自体珍しいし、何より私の金色の髪は人目を引いてしまう。昔から密かに抱えたこの悩みに嘆息しながら、私は走る。

 髪の色を変えようかと思ったこともあるが、『彼』が私の髪を綺麗だと褒めてくれたことを思い出しては諦めた。


「あれは……?」


 昔のことを思い出していると、その人影が見えた。

 なにやら困っている様子が伺える。気になった私はその人物に近づいてみることにした。


「あ、あの……」

「どうしたってんだよ、姉ちゃん。ほら、早くそれ売ってくれ」


 なにやらやり取りをしている二人組みの男女。

 おどおどとした少女は商売人なのだろう。荷馬車を後ろに置いた少女が男に言い寄られているように見える。

 ……困っている人は、見逃せない。

 私はその二人にずんずんと近づいて、男の手を握って大きく掲げてやる。


「とりあえず落ち着いてください。彼女、嫌がっているでしょう」

「あ? そうなのか?」


 男はぶっきらぼうな様子で商人の少女に問いかける。

 そこでようやく言葉を搾り出すようにして、少女が言葉を返す。


「……す、すいません」


 頭を下げた少女に男は頭をかいてから、もういい、とだけ言い残してその場を去っていった。

 ──全く。粗野な人ですね。

 私は残された少女に、出来るだけ優しく声をかける。


「大丈夫ですか? 私の名前はクリスタ・フーフェ。あなたの名前は?」


 男が去ったことで、ほっとした表情を浮かべる少女は、名乗り返す。


「私は……エリザベス・ロス・ツヴィーヴェルンです」




「片付け手伝ってもらってすいません。カナリア……私の知人が急用ということで人手が足りなくなっていたので、とても助かります」

「困ったときはお互い様ですよ」


 私はエリザベスと名乗った少女を助けるために、荷物運びを手伝っていた。その間、私達は色々な話をしながら片づけを続けていく。


「へえ、ではエリザベスさんはその人と旅をするのが夢なんですね」

「はい……自然と一緒にいたくなる人なんですよね、あの人は」


 エリザベスは微笑みながらそう言った。

 そしてその言葉に私は、


「すっごく分かります! その気持ち! 私も長年追いかけている人がいるんですけど、なかなか見つからなくって……だからあの人に追いつくのが、私の夢なんです!」


 自分と似たようなことを言うエリザベスに酷く共感していた。

 エリザベスもエリザベスで、私の言葉にきっといつか追いつけますよ、とか一緒に頑張りましょう! と励ましの言葉をくれた。

 今日初めて会った相手にするような話題でもない気がしたが、自然と共感できる部分が多く、いつの間にか私達は『自分の想い人』の話題で盛り上がっていた。


「初めてあったのに、凄く盛り上がっちゃいましたね」


 私と同じことを思っていたのか、エリザベスのその言葉に私は頷き返す。

 私は不思議と話の合うこの少女に、思い切ってその提案をすることにした。


「あの、エリザベスさん」

「何ですか?」

「良かったら……友達になってくれません? 私、帝都に来たばっかりでお友達とかいないんですよね。もし嫌だったら断ってもらっても……」

「嫌なわけないじゃないですか! お友達になりましょう!」


 そう言って握手を求めて、手を差し出してくるエリザベス。

 私はその手を握り返しながら、頬が緩むのを自覚する。


「……ありがとう」


 こうして私に、友達が出来た。


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