第二話 「自白剤と拘束具」
まずい……メテオラを使っているところを見られた……
「い、今……何をしたの?」
木に手をついて、こちらの様子を伺う少女の警戒度はマックス。
なんとか、誤魔化さなければ。
「えーと、今のは……」
上手い言い訳が浮かばない。それもそうだ。周囲は俺の使った魔術によって、焦土と化している。この状況を説明するのは骨が折れる。
「俺の魔術、みたいなものかな」
だから俺は、本当のことを口にする以外方法がなかった。
さてどんな反応されるかと思えば、少女は驚きに目を見開いていた。
「あなたは魔術師の人なの?」
「まだ勉強中だから、魔術師見習いってところかな。始めて魔術を使ってみたんだけど……こんなことになっちゃって」
俺は魔術教本をひらひらと振って見せてアピールする。
嘘は言っていない。嘘は。
「始めての魔術で!? すごいっ!」
俺の言葉に少女は目を輝かせ始める。
「私の名前は、クリスタ・フーフェ。あなたの名前を聞かせて?」
「俺の名前はクリストフ・ロス・ヴェール」
俺の答えに、少女……クリスタは再び目を見開く。
感情が表情に出やすい子なのだろう。ころころと変わる表情は見ていて面白い。
「ロスって……あの?」
あの、ってのはやっぱりそういうことだよなあ。
ロスは領地持ちの貴族に与えられる称号だ。当然有名な家であり、農民達からは畏怖と共に一目置かれる存在である。
無礼を働いてはいけない相手、それが『ロス』だ。
下手をすれば、領地から強制退去を命じられかねない。
「まあ、うん。そうだよ」
「ごごご、ごめんなさい! あなたが貴族だって知らなくてっ!」
だからクリスタのこの反応は当然だ。
あまり屋敷の外にでない俺の認知度が低いのも同じく仕方のないこと。
慌てて頭を下げるクリスタに俺は、
「頼むから、さっきみたいに接してくれよ。俺は貴族の家に生まれたってだけのただのガキなんだからさ」
頼み込むような口調で呼びかける。
クリスタは綺麗な金髪を滑らせながら顔を上げる。その表情は困惑に色づいている。
「……いいの?」
「うん。むしろ、そうして欲しいくらいだよ」
俺の言葉にクリスタは「変わっているね」と言って笑った。
俺も釣られるように笑みを浮かべ、頬をかく。
完全に俺への警戒を解いたのか、クリスタはこちらに歩み寄りながら話しかける。
「クリストフとクリスタ。なんだか、おかしいね」
「確かに。こんがらがりそうだ」
クリストフとクリスタ。
お互い似た名前を持つ俺達は出会うべくして出会ったのかもしれない。ふと、そんな風に思った。
「クリスタはなんでここにきたの?」
この黒き森は子供が一人で来るような所ではない。一人で来た俺が言うのもなんだけどな。
俺の問いに対するクリスタの答えは意外なものだった。
「私は歌を歌いにきたの」
「歌を?」
「うん。聞きたい?」
クリスタの言葉に俺は無言で頷く。
それを受けてクリスタは両手を広げ、静かに綺麗な声を森に伝え始める。
『幾多の時を越えようと、私はあなたを忘れない──』
未だ幼さを残す声音はソプラノ。
『──悲しい時は笑いましょう、嬉しいときも笑いましょう──』
綺麗な声が届けるのは、どこか儚さを醸し出すメロディ。
『──あなたが私を忘れても、私はあなたを忘れない』
数分間の独唱は万雷の……というにはいささか以上に手の足りない、俺の拍手によって幕を閉じた。
俺は気付けば、その歌声に聞き入っていた。魅了されたと言い換えてもいい。
それほどに、美しかったのだ。
「ど、どうかな?」
「えと、上手い言葉が見つからないんだけど……本当に凄かった!」
微かに頬を染めたクリスタに、俺は拳を握り答える。
こんな感想しか言えない自分が恨めしい。
「ありがとう」
俺の幼児並(実際幼児だ、許してくれ)の感想にクリスタは心底嬉しそうに笑みを浮かべる。
歌が好きなんだろう。そのことが感じ取れる一幕だった。
「ねえ、クリストフも一緒に歌いましょうよ」
「うええっ!? お、俺はいいよっ」
「いいからいいから。私、デュエットを組むのが夢だったのよ」
強引に腕を引かれ、俺は森の中でクリスタと歌を披露するはめに。
独唱から二重唱へと変わった曲の中、へたくそな俺の歌を聞きながらも……クリスタは笑っていた。
そんな風に和やかに過ぎる時間の中、俺はなんだかんだと言いつつも結局は笑顔を浮かべるのだった。
一言で言えば──この日、俺に初めて友達ができた。
その日の夜。
家族三人で食事をしていたときのことだ。
「クリストフ。何かいいことでもあったの?」
突然サラが俺の顔を見ながら聞いてきた。
「え? 突然どうしたの?」
「だって、帰ってきてからずっとニコニコしてるんだもの。結局、私の部屋にも来てくれなかったし……しくしく」
やべ、素で忘れてた。というか、しくしくって口で言うなよ。母さん。
「あー、ごめん」
「いいんだけどね……いいんだけどねぇ……ッ!」
や、やりずれえ。
どんどん悪いことした気分にさせられてしまう。しかし、俺の言い分も聞いて欲しい。見た目二十過ぎ……つまりは、前世の俺とほぼ同年代の女の子、それも美少女となれば接し方に多少戸惑っても仕方ないだろう?
……まあ、今回は素で忘れてたんだけどさ。
「今日は友達が出来たんだよ。だから少し嬉しくてさ……その、素で忘れてました。ごめんなさい」
グチグチと言われてもたまらない。
俺は今日あったことを大まかに白状する。一人で森に行ったこととか、魔術を使ったことあたりはもちろん伏せてな。
俺が話し終え、サラはどんな反応をするのかと思いきや、
「クリストフにお友達!? アドルフ! 今すぐ自白剤と拘束具を用意して! その友達とやらに裏がないか調べるからっ!」
予想以上にぶっ飛んだ反応された!?
「な、なんでいきなりそんな話になるんだよ」
「クリストフは貴族なのよ? よからぬ考えを持った輩が擦り寄ってきてもおかしくないわ!」
確かにそれはそうかもしれないけど……
クリスタに限ってそれはない。そのことをどうやって説明するべきか頭を悩ましていると、
「サラ、クリストフも困っているだろう。その辺にしてやりなさい」
それまで沈黙を守っていた我が家の主、アドルフが助け舟を出してきた。
ナイスだ! 親父!
「でも、クリストフが悪い友達に絡まれたらと思うと私……」
そう言ってしゅん、と俯くサラ。
……俺のこと、真剣に考えてくれてたんだな。もう少しちゃんと聞くべきだったか……
「だがまあ、サラの懸念も分からないでもない。クリストフ、今度その友達を屋敷に招待してやりなさい。そのときに、私が直々に裏がないか確認してやろうではないか」
そう言ったアドルフの目は……ほ、本気だ。あれは何でもヤルつもりの目やでぇ!
普段はあまり表に出すことがないから忘れていた。
アドルフもサラに負けず劣らず、親バカだと言う事を……ッ!
「アドルフ、その席には私も同席させてちょうだいね」
いつの間に復活したのか。にやりと口元を三日月型に歪めたサラ。
俺は二人の(親)バカをなんとか止めなければと、口を開く。
「だ、大丈夫だって! クリスタは優しい子だから心配いらないよ!」
「クリスタ? ……クリストフ。その友達って、女の子なのかしら?」
あれ、雰囲気がまた変わったぞ?
「はは、クリストフも隅に置けないということか。この様子なら跡取りの心配は必要なさそうだな」
「何言ってるんですかアドルフ! その前にクリストフにふさわしいかどうか、私達で審査してやらないと!」
「うむ、無論だ」
なにやら盛り上がり始める両親。
途中から完全についていけなくなった俺は言わなければ良かったと、密かにため息をつくのだった。