第二十七話 「帝都に集うものたち」
リコルを出発して十日。
俺たちは帝都ガルディアに到着した。
「それじゃあ、わしらは行くけんね」
そう言って真っ先に荷馬車を降りていくヴォイドとクレハ。
彼らは自分たちの荷物を背負いながら、最後の挨拶を俺たちに送る。
「ああ。旅の間すごく助かったよ。それに他のことも」
「気にするなって。わしはわしのしたいことをしただけよ」
手をひらひらと振って去っていくヴォイド。それに続く形で歩きだすクレハは最後に一度だけ振り返り、ちょこんと頭を下げて行った。
本当にマイペースな奴らだな。それがあいつららしいと言えばそうなんだろうけど。
二人ほど仲間の減った俺たちは今後の予定を立てることにする。
「俺たちはどうしようか」
「ひとまずは裁判所の方に顔を出しておくべきだろうな。それ以外は基本的に自由にしていいと思う。まだ裁判まで日数があるし、余裕はあるぞ」
俺のお目付け役であるカナリアの言葉に、俺は日付を計算する。
今日は十の月、二十五の日だ。裁判があるのは十一の月、五の日だ。つまり、裁判まで十日ほど余裕がある計算だ。
「まだ急ぐ必要はなさそうだな。とりあえず宿を探して休息を取ろう」
俺の言葉に頷く皆。
こうして俺たちの方針は決まった。
荷馬車を預けられる宿を探し、それぞれ部屋を借りて自由に過ごすことに。流石、帝都といったところか。地方の宿に比べて、気持ち豪華な気がする。
道路も舗装されているところが多かったし、色々と都市的な街みたいだな。
それから俺は旅の疲れが出たのか、案内された個室に腰を落ち着かせていると、いつの間にか寝てしまっていた。
コンコンと扉をノックする音で目が覚めた俺は、はーい、と若干間の抜けた声を返しながら扉に向かう。
「ど、どうも」
開けた扉の先にはもじもじと落ち着かない様子のエリーが立っていた。何だ、トイレか?
そんな失礼なことを考えていると、エリーが上目遣いに尋ねてきた。
「えっと、少し話したいことがありまして……私の今後のことなんですけど」
「ああ、そのことも話さないといけなかったな。とりあえず、入れよ」
エリーを部屋の中に案内するが、椅子が一つしかなかったのでエリーを座らせて俺は立ったまま話を続ける。
「さて、依頼のことだったな」
俺たちを運んでくれるようにと出した依頼は、帝都に着いた時点で完了している。当たり前のように一緒に宿を借りたが、本来なら別行動に移っておかしくない間柄だ。
エリーにはエリーの生き方がある。別れが来るのも仕方がない。
「実は一つお願い、というか提案がありまして」
そう前置きをしてから切り出してきたエリーの提案は、俺にとって予想外のものだった。
「く、クリスさんも一緒に行商人になりませんか?」
「俺が?」
「は、はい……も、もちろん嫌なら断ってもらってもいいですからね! 無茶なお願いってのは分かっていますし、断られても文句は言いませんから!」
いつも以上におろおろした様子のエリーが早口にまくし立てる。
その表情は照れているようでもあり、何かの一大決心をしている様子にも見えた。
「商人、か」
俺はエリーの提案を本気で想像してみる。
冒険者としての生活と、商人としての生活。
冒険者なら今までみたいに依頼を受けてはその日暮らしの生活。商人なら、街を回りながらその日暮らしの生活。……あれ、大差ないな。
だったら、エリーの提案を受けるのも悪くないと思って、その旨をエリーに告げてやる。
「それも悪くないかもな」
「ほ、ほんとですかっ!」
なんだかんだでエリーのことは好きだし、彼女と旅を続けながら商売するのも悪くない提案に思えた。俺の言葉に身を乗り出して聞き返すエリー。
とはいえ、確定事項ではないので、俺は釘を刺しておく。
「裁判のこともあるしな。ひとまずそれが終わってから返事をさせてくれ」
「もちろんです! クリスさんありがとう!」
まだお礼は早いだろうに、そんなことを言うエリー。
というかお前、男性恐怖症はどうしたんだよ。本当に忘れそうになってしまうほど、最近のエリーは距離感が近い。
「ただ、そうなったらエマも連れて行くからな。あいつとは約束しているし……って、まさかエマ狙いで俺に声かけたのか?」
話しながら、俺はありそうなオチを想像する。
最近の俺とエマの様子を見れば、俺と共にエマが着いてくるのは確実。
ロリコンのエリーはエマを取り込みたいがために俺に声をかけたのかと邪推したのだが……
「ち、違いますよ? 私はクリスさんと一緒に働けたらなって思っただけですから」
慌てて否定するエリーの様子から、どうやら本気で俺を勧誘していたのだと分かる。一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。
「悪かった。前向きに考えておくから許してくれ」
「はい、絶対ですからね!」
前向きに、とぼかして言ったというのにエリーの中では決定事項になってしまったようだ。
……まあいいか。別に嫌でもないし、裁判が終わったらエリーと一緒に旅をすることにしよう。
こうして俺は思いがけない提案から、あっけなく未来の予定を決めたのだった。
エリーの提案を受けてから数日後。
俺は帝都の街並みを視界に納めながら、大通りを歩いていた。
「ふふふ、クリスと二人っきりなんて久しぶりだね!」
俺の隣で嬉しそうに手を振って歩くエマと共に。
「はぐれると面倒だから、手を離すなよ」
「はーい」
人ごみの中を掻き分けるように、とまではいかないがそれなりに人の姿に溢れる大通り。スリにも気をつけながら俺たちは特に目的地も決めずに歩く。
初日に裁判所に赴いてからというもの、暇な毎日が続いていたからエマの提案でこうして外を歩いている。
昔行ったことがある京都の繁華街にも似た雰囲気の中、俺は物珍しそうな目で歩くエマに話しかける。
「あんまりきょろきょろするなよ。おのぼりさんだと思われたら面倒になりかねん」
海外旅行でも、観光客だとバレたらスリのターゲットにされやすいので、現地の新聞を持っていくことがあると聞いたのを思い出し、俺はエマにそう注意を飛ばした。
「ご、ごめん」
「まあ、何かあったら俺がなんとかしてやるけどな」
俺はエマの頭をがしがしと撫で付けて心配するなと告げてやる。
「うあー! 髪が乱れるー!」
「もともと癖毛だし気にするな」
「気にするよぉ!」
手をばたばたと振って暴れるエマ。しかし本気で嫌がっていないことはその顔を見れば分かった。なので俺は少しやさしめに威力を調節して撫でてやる。
そんな時のことだ。
突然のことだった。
路地裏から飛び出してきた人影が、ドンッ、と体当たりでもするかのように俺にぶつかってきたのだ。その衝撃にたたらを踏みながらも、俺は飛び込んできたその人物を支えこむ。
その人物は女性だった。綺麗な黒髪をふわりと風に乗せ、俺へと視線を合わせてくる。
風と共に運ばれるその人の香り。
瞳と瞳が合った時……
「………………え?」
俺は絶句した。
「た、助けて……」
その人の声を聞いて、俺は確信する。
でも……なんで?
なんでこの人がここにいる?
なんで、なんで、なんで?
混乱し続ける俺を置き去りにその人は言葉を続ける。
「助けてください!」
俺は二年ぶりのその人物、忘れもしない……
俺の母親、サラ・ロス・ヴェールと再会した。




