第二十二話 「似たもの同士」
「なかなか帰ってこんのう。あの二人」
「少しは落ち着いて待ったらどうですか、ヴォイド様。子供じゃないんですから」
腕を組み、足を踏み鳴らすヴォイドにクレハがたしなめるように返答する。
少しずつ強くなる雨にクレハは若干苛立っているように見えるが、相方であるヴォイドが動こうとしないのだから、このまま濡れ鼠でいるしかない。
いつもより五割り増しで仏頂面のクレハが自分の見解を口にする。
「死体を埋める手間もありますからね。一時間くらいはどうしてもかかるでしょう」
「普通のトーンで何怖いこと言っとるんよ。わし、ドン引き」
さっ、と顔を青ざめさせたヴォイドが僅かに身を引く。
自分の台詞にどこかおかしな所があっただろうかと首をかしげ、クレハは問いかける。
「ヴォイド様は二人が和解すると?」
「んー。半々ってところかのう。クリスがどんだけ根性見せるかに期待ってところじゃね」
「適当ですね」
「だって人事じゃもん」
「そういう軽薄なところ、反省してください」
溜息をつくクレハに笑い返すヴォイド。
なぜこの対照的な二人が一緒に行動しているのか、彼らの知り合った経緯を知るもの以外には理解できない事だろう。
「ま、なるようにしかならんよ。それにクリスにはメテオラもある。どうにでも出来るじゃろ」
「それもそうですね」
「心情的には、メテオラなしで和解して欲しいものじゃけどね」
「…………」
ヴォイドの言葉に、珍しくクレハが押し黙る。思うところがあるのだろう。何かに思いを馳せるかのように視線を泳がせている。
ヴォイドはヴォイドでマイペースな男だ。押し黙ったクレハに対して特に何するわけでもなく、足で泥遊びを再開するだけだ。
それからしばし沈黙の時間が続き、再び口を開いたのは、遠くからばしゃばしゃと足音が聞こえたときのことだった。
「どうやら招かれざる客が来たみたいじゃね」
「そのようですね。どうします? 迎えますか?」
クレハは腰に下げた日本刀に僅かに触れならがらそう言った。
迎える、とは迎え撃つという意味だ。
クレハは決して好戦的な人柄ではなかったが、この状況ではそれもありえると思ってのことだった。ヴォイドに指示を仰ぎ、帰ってきた答えは……
「いや、放っておいていいじゃろう」
「……よろしいのですか?」
「だって、面倒じゃろ?」
聞く人が聞けば、なんと無責任な発言だと取られかねないその台詞。
どこまでも怠惰なヴォイドの言葉に、生真面目なクレハはもちろん反省を促す……かに思えたのだが、
「そう、ですね」
クレハはいつものように省みる事を要求するでもなく日本刀から手を離し、答えた。
「ヴォイド様はそういう方でしたね」
「最近のわしは少しらしくなかったからのう……まあ、わしらしさなんて有ってないようなものじゃけどね」
「はい」
「いや、そこで素直に頷かれるとわしが無個性な人間みたいに見えるんじゃけど」
「個性の塊みたいな口調で何言ってるんですか。聞きづらくて仕方ないですよ」
「え、マジか」
「昔みたいに、普通の口調で話してくれてもいいのに」
「昔はこっちの言葉に慣れてなかっただけじゃけん。元々こういう少し崩れた口調がわしは好きなんよ」
「……はあ。別に地元でもなんでもない土地の方言に染まるなんてヴォイド様くらいのものですよ」
「ははは、そうかもしれんのう。じゃけど、不思議とこの喋り方がしっくりくるんよ」
「まあ、私はもう慣れましたし気にしてないですけどね」
「じゃあ何で言ってきたの!?」
ヴォイドの言葉にくすくすと笑うクレハ。
人前では滅多に見せないその笑顔に、自然とヴォイドの頬も緩む。
「さて。雨も強くなってきたし、宿に戻ろうかね」
「二人を待たなくていいんですか?」
「面倒になってきた。それに、あいつらが向かった時点でややこしい事になるのは間違いないじゃろうし」
「本当に適当に生きてますよね。猛省してください」
「ああ、宿に戻ったらいくらでも反省するさ。ベッドの上でのう」
「……下品ですよ。自省してください」
「おやぁ? 今の発言のどこに下品な要素があったのかのう。それとももしかして、期待とかしてぐぶらっふぇ!!」
「本当にヴォイド様は……もう」
「痛い痛い痛い痛い! 恥ずかしがりながらも間接極めるのは止めてぇぇぇぇ!!」
ゴキゴキと鳴ってはいけない音がヴォイドの体から発せられる。
つまり、いつもの事だった。
パンパンと手を叩き、さっさと宿へと歩き出すクレハ。
置き去りにされたヴォイドは地面に突っ伏しながら、涙を流す。
ゆっくりと起き上がったヴォイドは最後に一度だけ最近知り合った友人のいるであろう方角へ顔を向ける。
「……お互い、女子の扱いには困ったもんじゃのう」
自嘲気味のその呟きを残し、ヴォイドはクレハの後を急いで追いかけた。
ヴォイドはクリスのことを友人のように思っている。
しかし──友人であって、決して味方ではない。
その違いは、小さいようでとても大きい。
ヴォイド・イネイン。彼の行動原理はとても歪だ。彼の価値観はたった一つの1と、残り全ての0によって構成されている。
究極のエゴイスト。それがヴォイドの本質であり、核である。
荒野の果てにたどり着いたその極致において、友人という存在は……残念ながら、0のほうに分類される。
ここで一つ、メテオラの仕組みについて説明しよう。
メテオラの発動可能回数はその人間としての器によって決まる。
人間としての器を具体的に言うならば、受け入れられる魂の総量のことになる。また、器の大きさは些細な事で変化する。
魂を受け入れる方法も様々。
栗栖蓮のように、誰かを救う事でもメテオラの弾数は変化する。しかし、それとはまた別に……メテオラの弾数が変化する条件が存在する。
救うという行為の正反対……誰かを『殺す』ことでも、メテオラの弾数は増加するのだ。
服に隠れて見えないヴォイドの左肩、刻まれているメテオラの使用可能回数。11842。
彼、ヴォイド・イネインは前世において──『この数字以上の人間を殺すこと』で、今の器に至っていた。
ヴォイドは雨に濡れた髪を鬱陶しそうに払ってから、呟く。
「さて、あの二人。どうなるかのう」
二人の事を思うヴォイド。しかし、それは心配してのことではない。
彼にとって友人は、0に分類されるのだから。
もう一度言おう。
ヴォイド・イネインの行動原理は酷く歪である。
そんな彼とクリスの出会い。それがどのような結末を迎えるかは、誰にも分からない。




