第十九話 「転生者」
夢を見ていた。
幼い頃から繰り返し見続けていた悪夢。
壁も天井も、赤黒いドロドロとしたものに覆われた世界で俺はいつものように佇んでいた。
何百回と見た夢だ。終わりもよく知っている。
けれど、今回はいつもと僅かに違う夢だった。
──ズブリ
背後に人の気配。
首を動かし、視線を送るとそこには一人の少女が立っていた。
少女の手には短刀が握られ、その短刀は俺の腹部に深々と突き刺さっている。
「あ、あ……」
震える声。
この世の何よりも恐ろしいその感情。
少女の形をしたソレ……罪悪感が口を開く。
「俺なんて、死んだほうがいいだろう?」
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自然とまぶたが持ち上がり、意識が覚醒する。
しばらく頭が働かず呆然としてから、慌てて体を起こす。
「こ、ここは……」
「落ち着けってクリス。ここはお前さんの部屋じゃけん」
俺の呟きに答えたのはベッドに寝そべる俺の隣で、どこから持ってきたのか椅子を三脚並べ、そこに寝そべるように体を横たえているヴォイドだった。
「ヴォイド……どうしてここに?」
「ん」
ヴォイドは俺の問いに対して、面倒そうに指で示す。
その先には……ベッドに寄り添うようにして眠っているエリーがいた。
「エリーちゃんが大声上げて泣き叫んどったんよ。わしはちょうど通りがかっただけなんじゃけど、見とれんくてね」
「え、エリーが?」
「ああ。後で感謝してやるといい」
ヴォイドの言葉に、俺は視線を傍らですやすや眠るエリーへと向ける。
こいつが、俺のために?
「本当に好かれとるみたいで焼けてしまうわい」
「……そんなんじゃねえよ。って、それより、俺はどうなったんだ?」
意識を失う前の記憶を思い出して肌着をめくってみるが、
「傷が……なくなってる?」
傷が塞がっているのではない。傷が跡形もなくなっているのだ。
全てが夢だった……なんて訳もない。ということは、俺は無意識の間にメテオラを使ったのか?
「それは違う」
俺の思考を読んだのか、ヴォイドが否定の言葉を続ける。
「わしがクリスを見つけたときには、すでに瀕死の重体やったよ。普通ならもう助からんとこやね」
「だったら、俺は何で……」
「あれ? もしかして気付いてなかったん?」
本気で意外そうな顔をしているヴォイド。
「気付く? 何のことだ?」
「……方針の違いってやつかねえ。それにしても戦争相手のことくらいは知っていて当然に思うが……」
訳の分からないことを言い始めるヴォイド。
疑問に思っていると、そこで彼の相方……クレハの姿が見えないことに気付く。
「クレハはどうしたんだ?」
「ん? ああ、クレハには頼みごとをしとってね。後でそのことは話したるよ。それよりも、まずはこっちの話から」
ヴォイドは考えをまとめたのか、よっこらせっと親父臭い台詞を吐きながら姿勢を正す。
そして……
「クリス。お前、『転生者』やろ」
「な……ッ!?」
ヴォイドの放ったその単語。
それは俺にかつてない衝撃を与えていた。
俺はこの世界に生まれて、自分が転生者であることを誰にも教えていない。両親にも、クリスタにも、他の誰にもだ。
それなのに、この男は……
「お前、一体何者なんだ!?」
思わず身構える俺に、ヴォイドは変わらぬゆったりとした口調で話を続ける。
「そう警戒せんでええよ。今のとこ、危害を加える気もないしね。……それより、本当に知らんかったんか。最初に会ったのがわしで良かったのう」
何がおかしいのか、にやにやと笑っているヴォイド。
あいにくこっちは笑える要素が欠片も見当たらない。
「答えろ、ヴォイド! 何で俺が転生者だって知っている!」
「まあまあ、落ち着けって。こっちも何から話すべきか悩んどるとこなんじゃけん。ちょい待ちいな」
後頭部をかきながら、ヴォイドは何かを考えるような仕草を取る。
待たされている俺は段々と焦れてくる。
正直、頭の中はパニック状態だった。
ヴォイドが何を言おうとしているのかもそうだし、エマに突然刺されたこともそうだ。
美少女に突然刺されるなんて、イケメンの特権だとばかり思っていたが、自分にも訪れる日が来るなんて。もっとも、冗談めかして言ったところで欠片も笑えないのだが。
エマの姿は室内に見当たらない。
エマはどこへ行ったのか。
俺の傷はどうなったのか。
ヴォイドは何を知っているのか。
それら疑問が一度に頭の中を巡る。
だから、焦れるのだ。
「おい、ヴォイド!」
「んー。そうじゃね。とりあえずはここから話しておくべきじゃろう」
ヴォイドはそう言って、その場に立ち上がる。
話す、といいながら立ち上がったヴォイドが何をするのか身構えていると、ヴォイドは突然服を脱ぎ始めた。
「……はぁ!?」
訳が分からない。
「百聞は一見にしかず。これ見てみ」
元々開いていた胸元をさらに大きく開くヴォイド。
見てみろって……男の胸板なんて興味ないのだが……
「どこ見とるんよ。もしかして、お前、そっちのケがあるんか?」
「んな訳ねえだろ!」
「ふう、焦った。わしはノンケじゃけん、どうしよう思うたわ。そうじゃなくて、こっち。よく見てみ」
冗談めかした口調のヴォイドが右手で指差すのは、彼の左肩。
そこがなんだって……
「……なッ!?」
「ようやく気付いたか」
己の目を疑う。
まさか、そんな、嘘だろ……
俺の目に映ったそれは、これまで全く想定したことのない事実を示すものだった。
「はっはっは。鳩が豆鉄砲くろうたような顔しとるのう! まさか、特別なんは自分だけ思うとったんか? こりゃ恥ずかしい! 中二病とか言うんやっけ? こういうの」
何で気付かなかったんだ。
百聞は一見にしかず? 鳩が豆鉄砲?
それは全て……『この世界にない言葉』じゃないか!
「まさか……お前も……」
驚愕する俺は上手く言葉を繋げることが出来ずにいたが、それでもヴォイドには俺の言いたいことが全て伝わったようで、
「そうじゃ。わしもお前さんと同じ──『転生者』よ」
見せ付けるように晒されたヴォイドの左肩。
そこにはくっきりと──
──11843
その数字が刻まれていた。




