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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第一幕 そして童子は決意する
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第一話 「メテオラ」

 おかしい。

 俺は一体どうしたというのだろう。

 身体の感覚が酷く曖昧で、意識も朦朧としている。

 確か……地元で起きた大震災の生存者を探すため、救助活動をしていたことは覚えているんだが……

 

 そこまで記憶を探ったところで、俺の視界にヌッと二人の人影が映りこむ。角度的に見て、どうやら俺はベッドに横になっているようだ。そんな自分の状況が分からないほどあやふやな状態だった。


「××××××××××」


 金髪の男がなにやら訳の分からない単語を口にする。

 一体、何語をしゃべってるんだ?


「×××××××××××××××」


 男の声に返すように、言葉を発するのは男の隣にいた美少女だ。男とは違い、黒髪を伸ばしたその少女はそっと俺の身体を抱き上げる。

 ……えっ!?

 自宅警備員を営む俺の身体はやや肥満。少女の細腕で抱えられる訳がない……はず。


 少女に抱えられることで見やすくなった自分の姿。それは明らかに……

(俺、幼児じゃん!)

 ベビー服で身を包み、アンバランスな身体を揺らす幼子の姿が、そこにはあった。




 俺、栗栖蓮改め……クリストフ・ロス・ヴェールが生まれて、五年の月日が経った。

 その間に、俺の身に起きたことについてはあらかた理解していた。

 前世の俺は死んだらしい。まあ、そのことについてはすでに割り切っている。何の因果か、こうして記憶を持って生まれたことを今は喜ぼう。

 ただ、最後の記憶。あの少女を助けられなかったことだけが心残りだが……


 ──コンコン

 

 自室のベッドに寝そべって前世に思いを馳せていた俺の耳に、扉をノックする音に続いてこの家で働いているメイドの声が聞こえてくる。


「クリストフお坊ちゃま。夕食の時間になります。食堂までお越しくださいませ」

「……分かった」


 俺は立ち上がり、メイドの声に応じて食堂へと向かう。

 五歳になったこの身体にすでに違和感はない。やや短すぎる手足を振って、豪華な装飾のされた廊下を歩く。普通の家と違って、屋敷と呼べる広さのこの家は子供の体には広すぎる。

 いや、大人でも広すぎるだろう。屋敷全体の手入れが大変だからメイドを雇っているのだしな。


 横幅も広い廊下を歩いていると、この空間を照らす光になっているものが視界に入る。燭台のようなものではない。ただ魔法陣と呼ばれる幾何学模様の円が書かれた紙が置かれているだけだ。込められた魔力量に応じて光源を提供し続ける魔法陣。その仕組みがどのようなものかは分からないが、とても便利なものだと思う。


 わけの分からないものでも使うことは出来るという事だな。飛行機とかだって飛ぶ理由が分かっていないのに使われているし、そこまで変なことではないだろう。

 もし変なことだと言えるものがあるとするならば、それは『魔術』なんてモノが一般的に存在しているこの世界そのものだろう。

 

 人間は慣れる生き物だとは誰が言った言葉だったか。まさにその通りだと思う。この異世界にもすでに適応しつつある自分の順応性が恐ろしいぜ。

 まあそもそも、ここは剣と魔法の異世界だ。抵抗感なんて感じる訳がなかったけどな。

 前世の知識があることも、確実に有利に働く。こんなベリーイージーな異世界生活が他にあるかよ。

 

 つらつらと思考を加速させながら歩き、俺はようやく目的の食堂へとたどり着いた。無駄に広い部屋に食卓、そこで豪華な食事を前に俺を待っていたのは……俺の今生の家族だ。


 俺が自分の定位置となっている席に腰を落ち着かせると、家族全員(とは言え三人だけだ)が席についたことを確認した我が家の主、俺の父親であるアドルフ・ロス・ヴェールが声を上げる。


「それでは食事にしよう。豊穣の神に感謝を」


 両手を合わせて祈るように目を瞑る俺達。これがこの世界でのいただきますだ。

 アーゼル教と呼ばれる宗教を信仰している俺の両親は毎食欠かさずこの儀式を行う。俺は日本人らしく、無宗教論者なのだが両親がやっているので合わせてやっている。


 そのため、両親ほど熱心にやっちゃいない。いち早く目を開いた俺はカチャカチャと音を立てながら食事にかかる。ナイフとフォークを使うのは昔から苦手だ。不器用なところは前世から変わらないらしい。


「あらあら、口元にソースがついているわよ。クリストフ」


 そういって俺の口元をナプキンで拭うのは、隣に座っていた俺の今生の母親である、サラ・ロス・ヴェール。生まれた時に見た黒髪の美少女は、実は母親だったのだ。

 俺的かわいい女の子ランキングぶっちぎりの容姿を持っているのが実の母親とか、何の冗談だよ。


 サラはニコニコしながらナプキンを片付ける。

 その様子だけでも分かることだが、サラは俺のことを溺愛していた。席にしても、広いテーブルなのにわざわざ俺の隣へと移動しているあたり、その溺愛っぷりが伺える。


「髪が少しはねているわね。後で櫛を通してあげるわ」


 サラは俺の真っ白な髪を撫でながらそう言った。

 ……なんとなく気恥ずかしい。


「でも何で、クリストフの髪は白いのかしらねえ」


 ぼやくように呟くサラ。

 俺の髪は父の金髪にも母の黒髪にも似ず、なぜか白髪だった。


「先祖返りか何かかもしれんな」


 サラの言葉にいつものように言葉を返すアドルフ。

 この家の主であるアドルフは貴族の人間だ。

 領地持ちの証である、『ロス』の名を持つ我が家はこの辺り一帯の土地を所有している大地主なのだ。そこらの家とは比べ物にならない資産を持つ我が家の格は、今食べている食事やメイドの存在からも伺える。


 恵まれすぎだと、思わなくもない。サラの愛情には戸惑ってしまうがな。

 食事を終えた俺は、そそくさと逃亡を図る。


「ごちそうさま。少し外に遊びに行って来るね」

「はい、いってらっしゃい。帰ってきたら私の部屋にいらっしゃいね」

「わ、分かったよ。母さん」


 に、逃げ切れなかった……

 

 どうあっても俺に構うつもりのサラに若干ブルーな気分になりながら一度自室に戻り、準備をして屋敷を後にする。

 まあいい。今日は試してみようと思うことがあるのだ。

 俺は先日、父の書斎から拝借したそれを見て笑みを浮かべる。


「魔術教本……やっぱ魔術とか使ってみないと損だよな!」


 先日目をつけたこの本には魔術の理論的な解釈が書かれている。よく分からない理論も多かったが、俺は『習うより慣れろ派』だ。とりあえず、使ってみよう。


 それにもう一つ……生まれるその瞬間に聞こえたあの声が言っていたメテオラというのも気になる。

 ようやく体がしっかりしてきた今日、俺はついに魔術の世界に一歩足を踏み入れるのだ!

 

「さて……この辺りなら、誰もいないかな」


 一時間くらい歩いてたどり着いたのは、領地の端に位置する『黒き森』。ここなら誰かに見られることもないだろう。

 ここなら万が一、何かあっても被害は出ない。 


「まずは魔術からやってみるか」


 魔術を発動させる方法は二つ。魔法陣を使うか、詠唱をするかだ。まず試すなら、とっつき易い詠唱からだろう。

 手に持った魔術教本をぺらぺらとめくり、目をつけていたページに到着する。まずは初歩の初歩、火の玉を作る魔術からだ。


「燃えろ──《フレア》」


 火系統の初級魔術が発動し、火の玉が生まれる……


「……あれ?」


 はずだった。

 俺の手にはライター程度の火しか生まれなかった。そして、それすらもあっという間に消えてしまう。明らかに失敗だ。


 うーん。おかしいな、この詠唱で間違いないはずなんだけど。

 うまく発動しなかった理由を探るために、持ってきていた魔術教本を開く。


「魔術が発動できない場合、原因は……魔力が足りないか、魔力に適性がないかのどちらかだと考えられる、か」


 本を読んで、全員が全員魔術を使えるわけではないのだと気付く。

 ……なんてこった。最悪なことに、俺は使えないほうみたいだ。剣と魔法の世界にきて、魔法が使えないなんてお預けもいいところじゃないか。


 ぐぬぬ、と唸る俺はひとまず魔術のほうは諦めて、『メテオラ』を試してみることにする。

 あの時の声は、この力を『運命を改変する神通力』と説明していた。

 であるならば……


「俺が魔術を使えないっていう持って生まれた運命も、変えることができるのか?」


 善は急げ、するは失敗何もせぬは大失敗。

 とりあえず試してみよう。

 

 脱力するように立ち尽くし、瞳を閉じた俺がイメージするのは魔術が使える自分。


 ────ゆっくりと、俺の右手に白い光が生まれ始める。


 先ほど使った魔術。その規模こそ小さかったが、魔術自体は発動していた。ならば、俺に足りないのは魔力量ではないだろうか?

 一つの仮説を立てた俺は、『魔力がアホみたいに多い自分自身』をイメージする。


 ────その瞬間、白い光が急激に輝きを増して俺を包み込んだ。


「痛ぇ!」


 ズキリと左肩の辺りに痛みが走る。

 一瞬の出来事に俺は思わず目を開けて、たたらを踏む。


「な、なんだこれ……」


 痛む左肩を晒してみると、そこには……

 これは……数字の107か?

 そうと見えなくもない形の痣が浮かび上がっていた。


 まあいい。痛みも引いたし、気にしなくてもいいだろう。

 俺は先ほどのメテオラが成功したのかどうか確認するため、再び手を木に向けて詠唱を開始する。


「燃えろ──《フレア》」


 ゴオオオオオオオッッ!!

 

 詠唱と共に、俺の手から迸ったのは炎の渦。

 やった! 今度こそ成功だ!

 俺は魔術の発動に歓喜する。これで俺も魔術師だと。しかし……


「いやいやいやいや! 火ぃ強すぎでしょ!」


 魔術教本には火の玉を生み出す魔術と説明があったのに、これでは火炎放射というにも生ぬるい。

 木どころか、森ごと燃やしつくすのではないかという炎の勢いに冷や汗が流れ落ちる。


「ど、どどどどうする!? ひとまず火を消さないと……っ!」


 水の魔術で消火する? 風の魔術で吹き飛ばす? 土の魔術で火を埋める?

 ……早くしなければ、火が回って大惨事になってしまう。

 俺は焦っていた。

 非常に、焦っていた。

 だから俺は、どのページに乗っているか分からない魔術の詠唱を調べることをやめて、叫んだ。


「頼む! 『この森の炎を消してくれ』──メテオラ!」


 俺の手から(ほとばし)った白い光が、森を包む。それと同時に、炎が急速に萎んでいくのを確認して、安堵の息を漏らす。

 ……よ、良かった。

 五歳にして放火犯になるところだったぜ。


 チクリ……と、微かな痛みを感じて俺は左肩を見る。そこにあった痣は、106へと形を変えていた。

 もしかしてこれ、メテオラの残り使用可能回数を示しているんじゃないか?


 いちいち数える手間が省けてラッキーだ、なんて考えていたその時……


「そ、そこにいるのは……誰?」


 背後に聞こえた声に慌てて振り返ると、そこには俺と同じくらいの歳の少女が立っていた。

 や、やばい……見られた……


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